外伝 砂の残照 前篇  (四代目風影)


「ばかな…」
 第三の目が捕えた映像…それは、オレのシナリオには無い結末だった。夜叉丸は、気配を消したまま攻撃を仕掛け、我愛羅の砂に捕えられた。そして、オレの命令に従って、父と母、自分が注いだ愛情の全てを我愛羅から取り上げると、身体に巻きつけた大量の起爆札で自爆した。
「一体どうしてこんなことを…」
 人柱力としての我愛羅の価値を確かめる…それが今回、オレが夜叉丸に与えた命令だった。我愛羅の中で目覚め始めた守鶴の力を押さえるため、いささか性急な作戦ではあったが、砂隠れを守るためにはそれしか方法がなかった。先代の人柱力と違って、我愛羅は、まだ自分が何のために守鶴を宿されたのか自覚もしていない。そして、将来その力をコントロールできるかどうかも未知数だった。

…条件…
…なんだ?
…それが、その子がこの世に生まれて来るための条件ですか…
…この子の運命だ
…違います!!今、あなたが決めようとしているんだ!!
…夜叉丸…

 胎児に守鶴を憑依させることが決まった時、これまで一度も逆らった事がなかった夜叉丸が、初めて声を荒げた。それは、身重の姉を心配しての発言だったが、オレは、予定通り計画を実行した。そして、人柱力を手に入れた代わりに妻を失った。夜叉丸は、オレを責めなかった。代わりに献身的に我愛羅を慈しんだ。今考えてみれば、その穏やかな顔の下で静かにオレへの憎悪をたぎらせていたのかもしれない。

…赤ん坊は…無事に生まれたそうですね…
…ああ…未熟児だったが…今のところ守鶴ともちゃんと共鳴している…
…なら、計画通りですね…
…夜叉丸…
…あなたは、この里の風影として人柱力を作った。そして、僕の姉さんは、四代目風影…あなたの妻としてその人生を全うした…

 忍の世界では、自分を律する厳しさが求められた。その為には、いつまでも親の愛情を欲したままの子どもであってはならなかった。非情な手段ではあったが、それは、オレ自身が両親から学んだ事でもあった。
 
…夜叉丸への命令を撤回してください。どうしてもやらねばならないのならオレに命じてください!
…お前では、役不足だ…
…このままでは、夜叉丸が死んでしまいます…
…大丈夫だ。我愛羅に夜叉丸は、殺せない。例え守鶴が出て来たとしても、夜叉丸だけは絶対に殺せない。だからこそ夜叉丸に命じるのだ…
…違う…そうじゃない。そうじゃないんだ…
…もういい。下がれ…口を挟むな…
 そうやってオレは、夜叉丸が取るべき行動を唯一察知していたバキを排除した。

「なぜだ…夜叉丸…」
 目の前では、守鶴化した我愛羅が、里を破壊しながら、狂ったように咆哮している。
「何が間違っていたというのだ?オレは、いつだってこの里の為に最善を尽くしてきた。最愛の妻を差し出し…息子を人柱力にもしたじゃないか。なのになぜ、今になってお前が、こんな形でオレを裏切るのだ!?」
 オレは、次第に何の相談もなしに勝手に死を選択した夜叉丸に怒りすら感じ始めていた。

…わかりました。ご命令とあれば、従いましょう…
 あの時も夜叉丸は、淡々とオレの命令に従った。
…ボク達双子は、砂漠であなたに命を救われた。ボク達の命は、すでにあなたものです…
 四代目風影は、同じ顔の妻と懐刀を持っている…多くを説明せずとも理解する腹心がいる…だから、その命令を下した時もちゃんとオレの真意を察していると思っていた。夜叉丸は、オレにとってはそんな存在だったのだ。
…オレが信じられるのは、お前と加瑠羅だけだ…
…僕達は、あなたの忠実な部下です…

「風影様。大変です。我愛羅様が!」
「分かっている」
 オレは、目の前で城壁や建物をなぎ倒して暴れる守鶴化した我愛羅を止めるために、守鶴の額に近づいた。そして、そこで眠っている我愛羅を容赦なく叩き起こした。痛みで目覚めた我愛羅の顔は、見る見る腫れあがり、ゆっくりと見開かれた翡翠色の瞳がぼんやりとオレを見つめた。夜叉丸の裏切りと死…それをこの幼い我愛羅は、どのように受け止めたのだろうか。
…お前は、この瞬間から、一人ぼっちだ…もはや、母も父も叔父も…そして、兄姉すらいない…
 オレは、守鶴化を解いた我愛羅の体を抱えると、風影邸へと引きかえした。途中、我愛羅が破壊した城壁や建物の修理をする補修班とすれ違ったが、彼らはただ黙って会釈をした。
…オレ達は、二度と元には戻れない…
 オレは、我愛羅の体を医療班に預けると屋上へと向かった。

… お願いです。私たちを一緒に連れて行ってください
…砂隠れに?
…私が、忍になりますから…
…僕も忍になります。だからお願いします
 姉は、弟の為に、弟は、姉の為に自らの命を差し出し嘆願した。砂漠で出会った彼らは、命以外は、何も持たない子どもだった。
…後悔するなよ…
 その時、彼らにかけた言葉は、かつて三代目風影がオレに言った言葉と同じだ。

「夜叉丸…」
 屋上には、まだ飛び散った血しぶきや肉片が生々しく散乱していた。
「………」
 オレは、足元に転がる歪んだ額当てを拾い上げた。それは、夜叉丸がアカデミーを卒業した日にオレが額に巻いてやった物だった。
「どうしてお前が死なねばならないんだ…」
 絶対に裏切ることのない双子…それは、子どものころから、嫌というほど骨肉の争いを見せられたオレにとって、この世で唯一信じられる存在だった。

…カンザブロウ…また砂金を取ってきておくれ。もっともっとこの家を大きく立派なものにしたいんだよ…近所のどこよりも…
…父さん…夜中だよ…ボクもう疲れてて…
…夜なら月明かりがあるだろ…
…私の誕生日には、大きな宝石をお願いね…
…母さん…それ以上、大きなものはこの町には無いんだよ…
…なら今度は、叔父さん達に金塊を頼むよ…何、お前にとっては造作もないことだろ…砂漠に行きさえすれば、いくらでも砂金が手に入るんだから…
…カンザブロウは、渡さないよ…うちの大事な息子なんだから…
…義兄さんたちの一人占めは許さないぞ…カンザブロウは、俺たち一族皆のものだ…
…もうやめて…父さん…母さん…叔父さん…叔母さん…

 六歳の頃、オレは、既にこの世の中に嫌気がさしていた。際限なく屋敷を改装する父親、貴金属に異常なほど執着する母親…そして、どこからともなく集まって来る親戚と名乗る連中。皆がオレを無限に金の卵を産むニワトリだと思っていた。その姿は、まるで一本の細い糸にすがりつく地獄の亡者の様でもあった。ある日、オレを連れ去ろうとする親戚が現れると、両親は、オレを奪われまいと地下牢に閉じ込めた。彼らは、皆、貪欲で満足することを知らない人種だった。オレは、そんな一族に愛想を尽かし砂漠に逃げ出した。そして、そこで一人の砂鉄使いの忍に出会ったのだ。
…そんなところで何をしている…
…ボク…
…お前の様な子どもがこんな時間にどうして一人で砂漠に居るんだ…
…ボクは…
 オレは、その忍の気迫に押され、咄嗟に砂金を目くらましに使った。
…お前も磁遁系の血継限界だったのか…
 初めて聞く言葉にオレは、訳がわからず首を振り続けた。
…違います…違います…ボクは、そんなんじゃありません…
…自分の事をまだよく知らないようだな…
 男は、オレの事を奇妙な子どもだと思ったようだが、それ以上の追求をせず立ち去ろうとした。
…ま…待ってください…
 勇気を出して呼びとめたのは、オレの方だった。
…どうしたら強くなれますか…
 唐突な質問に男は笑った。そして、オレの側に座ると、
…忍になれば、強くなれる…
と言った。
…強くなれば、無理やり他人に利用されずに済みますか?強くなれば、もうボクを閉じ込めようとか、砂金を夜通し取ってこいなんて言わなくなりますか?
…強くなればな…
 男は、オレの頭に手を置くとそう言った。
…ボク…強くなりたい…忍になりたい…
 それは、あの双子が丁度、オレに砂漠で嘆願した時とよく似ていた。
…忍になりたいだと?…お前の家はどこだ?家族は?一人ってわけじゃないだろ?…
…ボクは、一人なんです…両親も親戚も…ボクを心配してくれる人は、誰もいません…
 その頃は、シムーンが吹き荒れ、一瞬にして村が壊滅する事が稀ではなかった。そして、偶然生き残った孤児たちが砂漠を彷徨った挙句、そのままミイラ化している事も多かった。オレの両親は、本当は生きていたが、オレは、彼らと決別したかったのだ。
…後悔するぞ…
 オレは、わずか六歳で一人で生きて行くことを自ら選択し、その忍に着いて行った。両親には、それきり会う事はなかったが、何の未練もなかった。
「そうだ。所詮、血のつながりなどない方がましだ」
 オレは、その後、男の家に居候しアカデミーに通わせてもらった。そして、誰も知る者のいない里で成長し、その男の後を継いで四代目風影となった。誰も信じず、誰も頼らず…それが、オレの忍道だった。


「…風影様。処理が終わりました」
 暗部の処理班の手で迅速に作業は行われ、屋上は何事もなかったかのように整えられた。
「夜叉丸の埋葬は、いかがいたしましょう」
「暗部の掟に従え」
「承知しました」
 あれ程、おびただしい血痕も今は、どこにも見当たらない。恐らくその中には、我愛羅が額から流した血も混じっていたに違いなかった。
「…我愛羅…」
 あの湖の様な翡翠色の瞳が、真っ直ぐにオレを見詰めることは、もう二度とないはずだ。あの柔らかい赤い髪の毛をこの指に絡め、小さな頬をそっと撫でた日は、もはや遠い過去となった。


「明日からは、アカデミーで学べ」
 我愛羅の部屋を訪ねたオレは、事務的に用件を告げた。我愛羅は、寝室で一人布団をかぶって泣いていた。オレは、そんな我愛羅を抱き締めるでもなく、その小さな唇がオレを責める言葉を口にする前にその場を立ち去ったのだ。
「バキ…何処にいる?姿を現せ」
 オレは、いつものようにバキを呼んだ。だが、現れたのは、別の忍だった。
「バキは、もうここにはおりません」
「どういうことだ?」
「今日付けで、第三中央方面砂漠基地に転属になりました」
「転属?砂漠基地にだと?誰がそんな勝手な事を…」
「私です」
 申し出たのは、上役のガレキだった。
「どうしてお前が…」
「忍の配属先を統括しているのは、人事班の私ですから…バキには、見識を改めさせることにしました」
 ガレキは、何かと自分達のやり方に異議を唱えるバキを快く思っていなかった。こうして忌憚のない意見を言う正直者の側近をオレはまた一人失ったのだった。
「御心配には及びません。風影様には、我々、合議制会議がついております。今回の夜叉丸の事も、砂の英雄として手厚く葬ってやります。何といってもあの加瑠羅様の弟君ですから…」
「夜叉丸が、砂の英雄だと?」
「守鶴の暴走を止めようとして、命を落とした勇者です。加瑠羅様の横に大きな墓標を立てるよう埋葬班にも命じておきました」
 古参の上役は、深々と礼をした。本来、暗部の忍に墓はなかった。だが、夜叉丸のこれまでの功績は大きく、ガレキの提案は、まさにオレの本心でもあった。
「心から、お悔やみを申し上げます」
 ガレキは、いつになく厳粛な顔をしてそう言った。


 翌日から、我愛羅は、アカデミーに通うようになった。テマリとカンクロウには、前々から我愛羅の護衛を命じていたが、我愛羅は、それを振り切り一人でアカデミーに現れた。初日は、歴代風影の像のある広間で宣誓書の読み上げが行われることになっており、オレは、重い足取りでその場所に向かった。忍服を身につけた我愛羅は、それまで見た事もないような硬い表情をしていた。
『一晩で顔つきが変わったな…』
 それは、我愛羅の幼年期の終わりを意味していた。額には、くっきりと緋色の文字が浮かび上がっている。
『あの時、刻んだのは自分の名だったのか…だが、それでいい。お前は、他人に心を許すな…そして、誰にも利用されるな…』
 人柱力である為には、何よりも自我を強く保つ事が必要だった。憎しみのチャクラに反応する守鶴は、甘言を用いて人の心につけ込むという。それに打ち勝つには、非情な心しかないのだ。
『夜叉丸の死は、決して無駄ではなかった』
 オレは、少しずつ自分の立場を自覚をしつつある我愛羅に安堵した。だが、次の瞬間、それは、裏切られた。
「宣誓などしない!」
 我愛羅は、教師のオトカゼが差し出した宣誓書をいきなり破り棄てた。生きるために砂忍になったオレや夜叉丸、加瑠羅と違い、始めから砂忍になる事を義務付けられていた我愛羅には、それを拒否することなど許されなかった。
「それはどういう…」
 驚いた教師が、我愛羅に質問した。だが、オレは、それが終わらぬうちに我愛羅を容赦なく壁に叩きつけた。我愛羅は、オートの砂により守られてはいたが、ぶつかった衝撃ですぐには立ち上がれなかった。
「お…おやめください。風影様」
「……」
 ようやく顔を上げた我愛羅は、鋭い目つきでオレを睨んだ。
「逆らうことは、許されないと知っているはずだ」
 オレは、冷たくそう言い放ち、我愛羅の前に立ちはだかる。
「……」
「忍になるのがいやなら今すぐお前を殺すまでだ。里を守る気のない人柱力は、生きている価値すらない」
「風影様…。なんというご無体な…」
 それは、もはや親子の会話ではなかった。何故なら、その場に立っているのは、四代目風影と、まだ守鶴の制御もできない未熟な人柱力だったからだ。我愛羅は、結局、一言も言い返すことなく諦めたように目を瞑るとそのまま気を失った。
「医務室に連れて行け。回復したら教室に戻せ」
 オレは、オトカゼにそう命じ、その場を後にした。

 この日を境にオレは、ただ純粋に四代目風影として生きる事を決意した。守りたいものは、もはや自分の家族ではなく、この砂の里であり、そこに住む人々だった。オレは、私欲を捨て去ることで、砂の里の為に命を散らした加瑠羅や夜叉丸の死に応えようとしたのだ。温かな団欒…それは、民だけが享受すればよかった。
 アカデミーで学び始めた我愛羅は、恐れていた暴走もなく順調に過ごしていた。当時、もっぱらオレ達の頭を悩ましていたのは、大名による更なる軍縮だった。里の運営に使える予算も全盛期の三分の一までになった。
「まぁ、いざとなれば、風影様が何とかしてくださるでしょう。あの方には、特別な才能がおありですからな」
 時折、そんな囁きが聞こえたが、里の為に生きることを決めたオレにとって、それは本分であり、また、オレが風影として選ばれた大きな理由でもあった。
 にわかに周辺が騒がしくなったのは、我愛羅が、11歳になった頃だった。
「これは、一体何だ?」
 始めの異変は、風影邸の中で起こった。いつの間にか大広間の四方に柱が立てられ、御簾が下げられていたのだ。
「古の王族になぞらえた謁見の間です。これからは、他里の使者達とはここでお会いください。この御簾は、一種の結界であり風影様の御身を守りつつ、その権威を高めるための舞台装置です」
 怪訝な顔をするオレに得意げにそう説明したのは、ガレキだった。
「大名家ならいざ知らず…仰々しいな」
「何をおっしゃいます。元々、この里を開いた初代様は、西方の王族でした。今の大名様は、それを御存じないのです。こうして伝統と格式、それに神秘性を加えることで風影様のカリスマ性も高まります。そうなれば、もはや大名様といえども我ら砂隠れをないがしろにはできないはずです」
 ガレキの提案は、突拍子もなかったが、それを元に戻す間もなく音隠れから使者が到着した。
 年若い使者は、献上品と称して膨大な金品を持ちこんだ。それは、まるでこちらの窮状を全て知ってるぞと言わんばかりだった。
「音隠れは、近年開かれたばかりの里だとか。里長は一体どなたが?」
「大蛇丸様です」
「…大蛇丸?まさかあの木ノ葉の伝説の三忍の…?」
「はい」
 使者から返って来た答えに一同は、驚愕した。それは、オレも良く知っている名前だった。大蛇丸は、オレ達の一つ上の世代であり、既に木ノ葉の抜け忍だった。
「行方不明と聞いていたが、自ら、隠れ里を立ち上げるとは…」
「大蛇丸様は、風影様とのお目通りを希望しておられます」
「お待ちください。風影様、木ノ葉の抜け忍が作った隠れ里ならば、まずは同盟国である木ノ葉隠れに連絡を…」
 その場に居合わせた相談役のエビゾウ翁が、当然の提案をした。
「しかしながら、砂隠れが衰退すれば、真っ先に攻め込んで来るのは木ノ葉なのではありませんか?」
 使者は、そう言うと懐から巻物を取りだした。
「大蛇丸様からの密書です」
 末端の者が受け取るとそれは、黒盆に乗せられ何人もの上役達の手を経て、オレの元に届けられた。ガレキの言う通り、御簾越しの会見は、オレ自身の立場を重くしているようだった。
「音隠れは、まだ忍の数も少なく単独で大国を相手にすることはできません。しかしながら、御里のバックアップは、可能です。お国の大名様や他里への牽制には、十分かと」
 オレは、使者の言葉よりもその届けられた文面に釘づけになった。
「…木ノ葉崩しを行うだと?」
 その言葉にたちまち謁見会場内がざわついた。
「バカな。木ノ葉と砂は同盟国だぞ。わざわざ何のために…」
「こやつ、我らと木ノ葉隠れの間に亀裂を入れるつもりか?!」
「なりませぬ。風影様。それは、絶対になりませぬぞ」
 血相を変え、オレと使者の間に立ちはだかったのは、相談役のエビゾウ翁だった。
「まぁまぁ…皆さま、落ち着かれませい…唐突な提案には、何か根拠があるはず…そうですな。音の使者殿」
 ガレキは、冷静にその場を沈めると使者に次の言葉を促した。
「我々は、最近、木ノ葉が砂に攻め込む計画を立てているとの情報を入手しました。それでこうして取り急ぎ、駆けつけたのです」
「初耳だな。そんな話は…」
 一同が頷く中、計ったようなタイミングでオレの背後に暗部の者がやって来た。
「先程、届いた暗号文の解読が終わりました。木ノ葉隠れの火影の金庫に、どうやら砂隠れに侵攻する作戦書があるようです」
「…本当なのか?」
 オレは、我が耳を疑った。それは、前々から噂されていた事ではあったが、証拠がなかった。その頃、木ノ葉隠れは、死亡した四代目火影に代わって復権した三代目火影が、里を統治していた。そして、水面下では五代目火影の座を巡って長らく武闘派と穏健派が深刻な対立を繰り返していた。また、黎明期から続く名門の一族が一夜にして滅亡するなど、奇怪な事件も起こっていた。
「調査を急がせろ。判断するのは、それからだ」
 オレは、暗部にそう命じると使者の拘束を兼ねて逗留を許可した。そして、もたらした情報が偽りならば、即刻その首をはね、大蛇丸に送り返すつもりだった。
「どうなさるおつもりで…?」
「大蛇丸の復讐に加担する気はない。この砂隠れに近づいたことを後悔させてやる」
 ガレキに問われるまでもなく、オレの意思は、始めから決まっていた。軍縮が進む中、他里と同盟を結ぶならいざ知らず、戦争を仕掛けることなどありえなかった。
「大蛇丸は、確か穢土転生とかいう禁術の使い手でしたな…」
「それが?」
「…いえ…ただ、もしそうなら、行方不明の三代目風影様のお声が聞きたいと思いまして…一体どこにいらっしゃるのか…せめて御遺体の回収が出来ましたら里葬が出来ますのに…」
「………」
「それこそ戯れ言でしたな…失礼しました」
 ガレキは、元々、三代目風影の側近だった。わざわざオレに穢土転生の話をしたのも、何処かでまだ、オレを四代目風影と認めていない証拠だった。
「死んだ者達の本心か…」
 オレは、皆が去った後も一人謁見の間に残っていた。そして、いつしかあの双子の事を考えていた。

…わかりました。ご命令とあれば、従いましょう…
…ボク私達は、砂漠であなたに命を救われました。だからこの命は、すでにあなたものなのです…

 顔を上げると御簾越しに丸窓から月明かりが差し込んでいるのが見えた。
「今日は、満月だな」
 それは、我愛羅の中で守鶴の力が高まる時だ。そして、五年前の満月の日、オレは夜叉丸に作戦を実行させたのだ。
「加瑠羅…夜叉丸…」
 オレは、急に彼らに会いたくなり、その足で英雄たちが眠る墓地に向かった。大きな墓標が、月明かりを受け長く伸びた岩陰に抱かれるように並んで立っていた。
「お前達の本心は、本当はなんだったんだ…どうして…それを最後までオレに見せてくれなかったんだ…」
 加瑠羅が死んでから、12年、夜叉丸が死んでからは、既に5年の歳月が流れていた。今更、問うてみたところで答えなどありはしなかったが、オレは、そうせずにはいられなかった。
「…穢土転生か…もしも、もう一度、お前達に会う事が出来たなら、オレは、お前達に聞いてみたい…」
 オレは、本当は、ずっと憎まれていたのか?…父や母や一族が、オレを利用したように、オレもまた、お前たち双子を利用したにすぎなかったのか?
「違う…オレは…お前たちを愛していた…本当は、誰も失いたくなかったんだ…」
 オレは、胸が痞え墓標の前に突っ伏した。そして、構わず大声を上げた。
「戻ってこい!加瑠羅!戻ってこい!夜叉丸!…我愛羅!…バキ!皆、オレを置いて何処に行ってしまったんだ!!」
 深い後悔が一気に押し寄せ、オレは、加瑠羅が死んで以来、初めて自分の本心に向き合った。
「もう一度…もう一度お前達が、戻って来てくれるなら…オレは…オレは…」
 風影の座を棄ててもいい…オレは、本心からそう叫ぼうとした。だが、その瞬間、背後で蠢く者の気配を感じ、オレは、また暗闇の中に自分の本心を見失ってしまったのだった。

《後編に続く》


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