外伝 風の墓標  (前篇)


……ねぇバキ…本当は、僕も君の様に生きられたら、よかったのかもしれませんね……

 その1  出会い 

 その頃、僕と姉は、中央砂漠にある小さな村に住んでいた。村人は、岩山から掘り出した鉱物や輝石を定期的に通るキャラバン隊に売り、代わりに食糧や衣類を分けてもらう、そんな質素な暮らしぶりだったが、不平も言わず淡々と過ごしていた。僕達姉弟は、日中は村の学校に通い、読み書きを習った。そして、夜は、岩山で見つけた化石を磨くといった毎日だった。
 だが、ある日平和なくらしが、突如出没した妖獣・砂ネズミによって破られた。
「長老様、このままでは、村は全滅です」
「分かっておる。しかし、あんなバケモノをいったいどう退治できるというんだ。人の手でどうこうできる類のものではない」
「砂隠れの忍に頼みましょう。彼らは、忍術を使って妖獣を操ると聞きますから…」
「だが、多額の費用がかかるとも聞く」
「村の命運がかかっています。ここは、皆が全財産をはたいても守らねばなりません」
「確かにその通りだ」
 議論の末、長老達は、砂ネズミの討伐を砂隠れに依頼した。
 そして、三日後、砂忍達が到着した。
「お待ちしていました。私が、この村の長老です。ほら、何をしている。お前たちも挨拶しなさい」
「こ…こんにちは」
 僕達は、彼らが中央砂漠に差し掛かったころから、その気配を察した。そして、初めて見る本物の忍者の到着に胸を高鳴らせた。彼らは、僕達の予想通り、三人組だった。一人は2mの大男、もう一人は、丸々太った巨漢、そして、最も強い気を放つ残りの一人は、15歳ぐらいの小柄な少年だった。
「砂ネズミが、現れたのはいつ頃からだ?」
「十日ほど前からです。始めは、村の外れの砂漠です。熱風竜巻シムーンとともに現れ、たまたま通りかかったキャラバン隊を襲いました。次は、東の岩場です。やはりシムーンと同時に現れ、採掘をしていた村人が、犠牲になりました」
「カンザブロウ、地図を出せ」
「……」
 命じられた少年忍者が、無言でポケットから小さな巻物を取り出した。そして、素早く指を動かすと、驚いた事に机の上に大きな地図が現れた。
「夜叉丸、今の見た?すごいわね。どうしてあの人、あんなことが出来るのかしら」
 小声で話しかけたのは、加瑠羅姉さんだった。
「忍者だから…」
 僕は、絵本で見た忍者の話を思い出した。彼らは、不思議な術を使い、ある時は、水の上を歩き、ある時は、崖をトカゲの様に登るらしい。そして、手を使わずに武器や物を動かしたり、場合によっては、怪我や病気さえ治してしまうのだ。
「ねぇ、あの地図、どこから出したと思う?」
「ポケットの…中?」
「違うわよ。きっとどこか秘密の空間から取り出したのよ」
 姉さんは、好奇心丸出しで瞳をキラキラさせていた。そんな、僕達の会話が聞こえたのか、少年が一瞬こちらを見た。僕達は、慌てて口をつぐんだ。 大人たちは、そんな僕達には構わずに深刻な話をしていた。
「ここと…この辺りにも、出没した事があります」
 長老は、眉間にしわを寄せて砂ネズミが、獰猛で容赦がないことを訴えた。それは、僕達も知っていた。犠牲になった人のお葬式では、残された家族が泣いていた。そして、バラバラになった体を丁寧に砂に埋めてそこに石を置いた。だが、翌日、その墓石は、流砂に埋もれ無くなっていた。
「シムーンの予想表からすると、次に砂ネズミが出現しそうなのは、このあたりだな」
 大男が、手元の資料を見ながらそう言った。
「それを見たらシムーンが来ることが分かるの?」
 大胆にもその資料に手を伸ばしたのは、加瑠羅姉さんだった。丁度、同じ事を考えていたが、僕には姉さんほどの行動力はなかった。
「おい、勝手に覗くんじゃない。これは、砂隠れの機密資料だぞ!!」
 巨漢の忍が、怒って姉さんを突き飛ばした。
「危ない」
 バランスを崩して倒れそうになる姉さんを支えたのは、カンザブロウと呼ばれた少年忍者だった。
「ご…ごめんなさい」
 姉さんは、突き飛ばした巨漢にではなく少年にそう言った。
「加瑠羅と夜叉丸は、あっちに行ってなさい」
 長老は、村の重大事を話し合う場に子供の僕達が同席するのは、ふさわしくないと思ったようだった。僕達は、隣の部屋に移ったが、扉がなかったので、大人たちの話は丸聞こえだった。
「姉さんのせいで追い出されちゃったじゃないか。もっと忍者を見たかったのに…」
「ケチな人たちよね。あんな便利な物を持っているなら全部の村に配ってくれればいいのに…」
 僕には姉さんの言いたい事がよく分かった。僕達は、この村に来るまで、西の砂漠に住んでいた。ある日、シムーンによって僕達の村は全滅した。そして、洞窟で遊んでいた僕と姉さんだけが生き残ってしまったのだ。姉さんが、シムーンの予報表に強い興味を示したのはその為だった。もしも、その時、僕達の村にその予報表があれば、僕達は、砂漠の孤児にならなくて済んだはずだった。
「自然災害のシムーンは無理としても、砂ネズミなら封印することが出来る」
「お金ならあります。どうかあの砂ネズミだけでも退治してください」
「砂金30キロだ。先に貰おう」
「30キロですって?…待ってください。そんな大金…この村には…」
「払えないというのか?忍に任務を依頼しておきながら、ふざけた奴らだな。おい、皆、引き上げるぞ」
「そ…そんな殺生なことを言わないでください」
 長老は、立ち去ろうとする大男の忍にすがった。巨漢が、その時、太い足で机を蹴飛ばした。
「オレ達をなめるな」
「本当に困ってるんです。少しずつ必ずお支払いしますから…」
 長老は、引き出しから小袋を取り出すと忍達の前に並べた。その中には、村人から拠出された砂金や鉱物が入っていた。
「ふん。これっぽっちじゃ起爆札代にしかならんな。やはり、諦めろ。砂隠れは、ボランティア集団ではない」
 その時、黙って窓の外を見ていた少年が、窓ガラスを指差した。
「シムーンが来る」
「何?」
 全員が、一斉に窓の外を見た。僕達がいる部屋の窓からもその様子が見えた。一点に集まり始めた黒雲は、やがて渦を巻きながら漏斗状に長い脚を地面に伸ばす。それだけなら普通の竜巻と変わらないが、シムーンの場合は、その中心に高熱を含んでおり、一瞬にして辺りを乾燥させ、粉上の死体を作る熱風竜巻となってしまう。
「間違いなく砂ネズミもやってきます。襲われれば、この村はお終いです」
 長老の声は、震えていた。僕達もこれまでの恐怖を思い出し、体が硬直した。
「大変だ。どんどんこっちに向かって来るぞ!!」
 二人の忍達もその切迫した状態に気がついたらしく、険しい顔になっていた。
「砂ネズミもいるようだ」
 少年は、片方の瞳に指を当てたままそう言った。僕達もただならぬ大きな気配が、近づいてくる事を感じていた。
「くそう…ミイラ取りがミイラになったんじゃ、里に帰って笑われる」
「隊長、どうするんですか?」
「行くに決まってる!」
 大男の忍がそう言い放つと真っ先に飛び出した。
「待ってくださいよ!!」
 その後を巨漢が追った。
「……」
 少年は、指を素早く動かすと一瞬で姿を消した。僕は、きっと先程の巻物にその少年が、吸い込まれたに違いないと思った。
「ワシは、村人達を避難させる。お前たちは、いつもの所に隠れていなさい」
 長老は、僕達にそう言い残すと物見やぐらのある方向へ走って行った。窓からは、先ほどより明らかに大きくなった黒い雲の塊が、迫っているのが見えた。
「ねぇ夜叉丸…あの人、大丈夫かしら」
「カンザブロウって人の事?」
 姉は、頷いた。焦げ茶色の髪に鋭い瞳、黒い服を着た少年忍者…僕は、まだ、その少年がどんな人なのかは知らなかったが、この先、僕達姉弟と深く関わる事を予感した。
「夜叉丸、急ごう」
「うん」
 僕達は手を繋いだまま家のすぐ側にある岩山に登った。シムーンが来るたびに僕達は、中腹にある小さな洞穴に隠れた。そこは、長老が食糧貯蔵庫として使っている場所だった。
「もうあんなことにはならないわよね…」
「大丈夫だよ。今回は砂忍が三人もいるし…それに、何があっても僕が姉さんを守るから」
「それ、逆でしょ。いつも夜叉丸を守ってるのは、私じゃない」
「それは、そうだけど…」
  僕達は、洞窟の重い扉を閉めるとロウソクを灯した。しばらくすると轟音が響き岩山が振動で揺れた。それは、シムーンが、通り過ぎて行く音だった。それから外が静かになると扉を叩く音が聞こえた。
「きっと長老様よ!」
「よかった。御無事だったんだ」
 姉さんは、立ち上がると急いで扉を開けた。だが、そこに立っていたのは、あの少年忍者だった。
「どうしてあなたが…」 
「村は、全滅した」
「まさか」
 僕は、その言葉に驚き表に飛び出した。そこに広がっていたのは、数本の柱だけが斜めに突き出た砂漠だった。
「砂ネズミの方は、東の外れにある洞窟に封印した。戻って来てみたら村は、このありさまだった」
「じゃあ長老さまも村の人も…みんな、この砂の下敷きになったってこと?」
「…嘘よ。そんなの…」
 姉は、大粒の涙を落とした。僕達は、こうしてまた、シムーンのせいで愛する者を失い、そして、生き残ってしまったのだ。
「長老様…」
 僕達は、二人きりで砂漠を彷徨い、死ぬ直前にこの村の長老に拾われ、再び愛する者を持つ事が出来るようになったばかりだった。
「これからどうするつもりだ」
 少年は、僕達にそう聞いた。
「お願いです。私たちを一緒に連れて行ってください」
 嘆願したのは、姉さんだった。
「砂隠れに?」
「私が、忍になりますから」
 突然の姉の申し出に僕は、驚いた。だが、何も持たない子供の僕達が、砂隠れに連れて行って貰う為には、それしか方法がなかったのだ。
「僕も忍になります。だからお願いします」
 僕達は、二人で頭を下げた。おそらく二人の大人の忍は、反対するだろう。だが、一番強い気を持つこの少年忍者なら、彼らを説得してくれるかもしれない。僕達は、その望みに懸けたのだった。少年は、腕組みしたまま、少しの間、考えていた。
 そして、「後悔するなよ」と、言い僕達を仲間の所へ連れて行った。
「おい。カンザブロウ。なんだ。そのガキどもは…」
 僕達を見た巨漢が、怪訝な顔をした。
「彼らは、忍になりたいそうだ」
「忍にだと?」
 大男が、驚いたように聞きかえした。それから値踏みするように僕達姉弟を見た。
「同じ顔をしてやがるな。歳は?」
「私たちは、二卵性双生児で8歳です」
 はきはきと巨漢に答えたのは、姉さんだった。
「ふん。なかなか気も強そうだな。…弟の方は、トロそうだけどな」
「オレんちも娘の方がしっかり者だぞ。息子は、泣き虫だけどな。お前ら、読み書きぐらいはできるのか?忍者になるには、アカデミーで難しい勉強をしなけりゃならんぞ」
「砂文字と岩文字なら…」
「何?岩文字だと?」
「木ノ葉の文字は、まだ、途中だけど…でも、がんばって全部覚えます」
 僕は、彼らに見捨てられないようにと必死で答えた。
「おいおい…暗号解読班にでも入るつもりかよ」
「岩文字が読めるとは驚いたな。既にお前の何倍も使えそうじゃないか、この坊主」
「やめてくださいよ、隊長。これでもオレだって必死で努力してるんですから…」
 先程まで、怖いと思っていた二人の忍が、いつの間にか普通の大人たちの様な会話をしていた。
「お前達…感知タイプだな」
 少年が、ぽつりと呟いた。
「コイツらが?」
 二人の男たちが、驚いた顔で少年を見た。
「…間違いない」
 少年の目の周りには、先程まではなかった黒い隅どりがうっすらと浮かんでいた。
「感知タイプってなんですか?」
 姉は、明るくそう聞きかえした。だが、忍達は、ただ互いの顔を見て頷くばかりだった。
「お前たちには、どうやら砂金30キロ分以上の価値がありそうだな。いいだろう。一緒に来い」
 こうして僕達は、その少年のお陰で砂隠れに行くことを許された。
「さようなら…長老様…そして、村の人たち…」
 僕達は、砂に埋まった村に向かって祈りをささげた後、彼らとともにその地を後にした。


その2 砂忍として

 砂隠れに付いた僕達は、程なく忍者養成学校への入学を許可された。子供たちの年齢は、皆、バラバラだったが、大抵一番だったのは、二つ年下の赤砂のサソリだった。傀儡と言われる人形を操り、忍者になるために小さなころから修業していて、一年でアカデミーを卒業すると翌年、中忍になった。
「すごいね…」
「オレだって負けないぞ」
 僕の横で静かな闘志を燃やしていたのはバキだった。三つ年下のバキは、体は大きかったが、何かと心配性で試験の前日によく高熱を出した。そして、食欲がなかったところ、高野豆腐を食べたら熱が下がったと言いそれ以来、好んで食べるようになった。そんなバキは、僕の良き相談相手でもあり、三年間共にアカデミーで机を並べた後、一緒に卒業した。そして、沢山の任務をこなしてバキは12歳で中忍になった。僕はと言えば、任務の傍ら医療忍術の修業を続けていたため、彼らよりずっと遅れて16歳の時に中忍に昇格した。それは、丁度、正規部隊で活躍していた赤砂のサソリが、突然、砂隠れを抜けたころでもあった。
 双子の姉は、その後もあの少年忍者と親交を深めていた。7つ年上のその人は、僕達よりも先に大人になり、やがて姉と結ばれた。 
「姉さん、それ…」
「結婚指輪よ」
 姉の薬指には、金の指輪が光っていた。身一つで砂漠から砂の里に来た僕たちは、その少年の屋敷に居候し、沢山の借りを作った。そして、その代償として僕から姉を奪っていった。
「あの人、すごいのよ。砂金を扱う忍なの」
「…砂金?」
「砂の中から金の粒を見つけ出せるの。この指輪も目の前で作ってくれたのよ」
「そうなんだ…」
 その人が、どこか冷めて見えるのは、きっとこの世の人々が、わずかな金の為に争う姿に呆れているからに違いない。義兄は、その気になりさえすれば、砂の中からいくらでも皆が望むものを取り出すことが出来る人なのだ。
「姉さん…幸せ?」
「もちろんよ」
 誰よりも姉の幸せを祈っていたはずの僕だったが、心のどこかで段々と必要とされなくなる事に寂しさを感じ始めていた。
「夜叉丸も早くいい人を見つけて幸せになってね」
 姉は、僕にそう言うとバラ色の顔でほほ笑んだ。
「そうだね…そうするよ」
 そう呟く僕は、きっと暗く悲しそうな顔をしていたに違いない。なぜなら一番聞きたくなかった言葉を姉から聞かされたのだから…。姉は、僕にとっては母であり、理想の女性であり、永遠の恋人だった。
…それをあの人が、全て奪ってしまった…
 二年後、姉は、長女を出産し、その翌年には、待望の長男を産んだ。こうして姉一家に新しい家族が増えるたびに、僕は、その広い屋敷に一人取り残された。
 それから少しして第三次忍界大戦が終結し、木ノ葉と砂の間に同盟条約が結ばれた。やっと平和な時代が来る、誰もがそう安心した矢先、三代目風影が失踪する事件が起きた。岩隠れの暗部の仕業だろうというもっぱらの噂だったが、何も証拠はなかった。そして、その捜索に警備の手を回した間隙を突いて本当に岩隠れが攻めてきたのだ。慌てた上層部は、国境を固め急遽上役達を招集した。そして、その夜、僕の義兄を四代目風影に指名したのだった。その時、既に姉は、三人目の子供を身ごもっていた。
「夜叉丸、話がある」
「何でしょうか」
 四代目風影の側近となった僕は、その政権を支えるために全力を尽くす事を義兄に誓ったばかりだった。それがこれまでの恩を返す最善の方法であったし、この砂隠れに繋がり生きるための方策でもあった。命じられればいつでも命を投げ出す双子…四代目風影は、同じ顔の妻と懐刃を持っている…そんな評判が世間に立ち始めたころだった。
「今度生まれてくる子を人柱力にする」
「えっ!?」
 僕は、思わず聞き返していた。砂隠れが、一尾の守鶴を保有している事は知っていた。そして、これまで何人かに憑依実験が行われた事も承知していた。
「胎児のうちに憑依させる方が、適合率が高いらしい」
「胎児って…まさか姉さんのお腹の中にいるうちに憑依させるおつもりなのですか?」
「そうだ。チヨバアもその方がいいと言っている。今回だけは、失敗できない。風影になった以上、早く自分の片腕を育てる責任があるからな」
「…ですが、母体はどうなるのです?万一の事があれば姉は…」
「チヨバアがついているから心配ないだろう。それより、お前に頼みたいのは、生まれて来る子供の方だ」
「…お子を?」
「その子は、おそらくオレの血継限界を受け継いでいる。だからこそ人柱力にするのだが、そのリスクも大きい。この子が守鶴を制御できれなければ、砂隠れにとっては極めて危険な存在となる」
「……」
 僕は、その任務を理解するのに少々時間を要した。そして、念の為に聞いた。
「…もしも暴走が起きたら…一体どうなさるおつもりですか?」
「完全体になる前に処分しろ」
「…それが僕の任務…」
「そうだ」
 義兄は、生まれてくる子供に高い期待をかけながら、一方で万一の場合に備えて僕を刺客に選んだのだ。だが、その子を処分すれば、きっと僕は、姉の信頼を失うだろう。
「守鶴を宿した人柱力は、精神状態が不安定になる。だから、医療的な管理も必要だ」
「…暗部で医療忍者の僕には、まさにうってつけの任務…というわけですね」
「ああ…。しかも、お前は、叔父でもある。幼い子供には、時には愛情も必要だろう」
「愛情…ですか」
 僕は、次第に体が震えだした。この矛盾する二つの任務をどう解釈し、実行すればよいのだろう。義兄は、その子を愛しつつ、一方で、殺せと命じているのだ。混乱が僕を無意識に口走らせた。
「条件…」
「なんだ?」
「それが、その子がこの世に生まれて来るための条件ですか」
「この子の運命だ」
「違います!!今、あなたが決めようとしているんだ!!」
「夜叉丸…」
 これまで一度として逆らった事がない僕が、突然、声を荒げたことに義兄は、驚いていた。だが既に僕は、気持ちを押さえることが出来なくなっていた。
「教えてください。どうして、自分の子供にそんな過酷な運命を背負わせることが出来るのですか。そんな風にして生まれて来た子供は、いったいどうやって生きて行けばいいのでしょうか」
 義兄は、取りみだす僕を前にして、一瞬顔を曇らせた。
…ねぇ夜叉丸…私、あの人を愛しているの…だから、あの人とともにこの砂の里で生きるわ…
 同じ屋根の下で暮らしていても、既に姉は、遠い存在だった。今度の事も多分、僕の知らないうちに夫婦で決めた事なのだろう。
「…夜叉丸」
 義兄は、うなだれる僕の肩に片手を置くと、もう片方の手で僕の右手を握った。
「今度、生まれてくる子供は、この里にとってもオレにとっても特別な存在なのだ。だから、お前に託すのだ」
「風影様…」
「この世の中に子供の幸せを願わぬ親はいない。オレとて同じだ。その子は、この里の人々に必要とされ、そして、この里を守る為に生まれてくる…オレはそう信じている」
「…分かっています…本当は…僕、ちゃんと分かっていますから…」
 触れられた右手から義兄のチャクラが静かに流れ込んで来た。それは、鋼のような強さと憂いを秘めた蒼いチャクラだった。
「オレが、この里で本当に信じられるのは、加瑠羅と夜叉丸…お前達だけだ」
「風影様…」
 絶対的信頼…僕は、どうしてこれ以上、義兄に逆らう事が出来ただろう。そして、姉がこの義兄にどうして魅かれたのか、その瞬間、理解した。
「僕は…忠実なあなたの部下です…」
 自ら発した言葉は、僕を縛る呪印となっていった。

 新年になり半月ほど経つと、砂隠れの命運を背負った小さな人柱力が誕生した。そして、同時に、運命は、永遠に僕から姉を奪い去ったのだった。


(後篇に続く)



小説目次   戻れない過去(本編・幼少期我愛羅)


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