卒業認定試験


 それから、2年後テマリが卒業し、次の年には、カンクロウも卒業していった。アカデミーには、11歳になった我愛羅だけが残った。何かにつけて我愛羅をかばってきた姉兄の心配をよそに、当の我愛羅は何食わぬ顔で一人、淡々と学校生活を送っていた。しかし、以前とは違って、ほとんど授業には出なくなり、一日の大半を第三砂漠演習場で過ごすようになった。我愛羅が教室に不在であることについて、教師たちは見て見ぬふりをし、多くの生徒たちの安全を優先することを暗黙の了解とした。最大多数の最大幸福を彼らは、選んだのだった。我愛羅にとっても、それは、好都合であったらしく、すれ違う教師には、相変わらず無言ではあったが、礼儀正しかった。安心した級友たちは、次第にアカデミーに戻り、また、活気のある学校生活が戻ってきた。
 我愛羅は、腕を組んだまま、砂漠の空を見上げていた。一度に持ちあげることが可能な砂の量や、最大高度、コントロールできる範囲などを調べては、日々その数字を伸ばしていった。また、それらを基本に、さらに砂を自在に扱うためのチャクラのコントロールにも余念がなかった。また、最も重要な課題は、それを攻守にどう活かすかだった。我愛羅は、過去の技術全集を紐解き、そこから読み取れるだけの情報を読み取った。また、他の忍具からの応用や、名だたる忍が書いた戦略戦術論を読み、それを一つ一つ実践できるレベルに変換しながら、自身の未知の力を確認した。元来、砂の里には、資源としての砂が豊富に存在する。そのため、過去に砂を忍具として使用した例は多かったが、体系的なものがなかった。我愛羅が目指したのは、もっと壮大で破壊力に富む、革新的な忍術の開発だった。そのためには、砂の性質を始め、鉱物や地形の特徴、気象など、森羅万象について多くを学ぶ必要があった。それは、すでに12歳の子どもが卒業するまでに身につけるアカデミーの教育の範疇を超えており、そこに学ぶことの限界を知ると、我愛羅の足は、自然と図書館及び生徒が自由に修業で使える第三砂漠演習場に向かった。
 …オレは、強くなる。そして、オレの存在を消し去ろうとした里の奴らを殺す…
 我愛羅は、里への憎しみを糧として、向上心に燃えていた。

 砂を遥か上空まで持ち上げて、それを一つ一つの小さな小石大に凝固させ、一気に加速をつけて雨の様に落下させる、後に砂時雨(しぐれ)といわれる技の練習をしている時だった。砂漠の向こう側に、小さな大気の揺らぎを感じると、我愛羅の神経はそこに集中した。
「侵入者か…」
 我愛羅が、第三砂漠演習場を選んだのには、もうひとつの理由があった。その広大さから、どうやらそこは、他国の密偵たちが砂の里に侵入するときの抜け道となっていることだった。
「……」
 我愛羅は、蜃気楼の中から現れた珍客が、射程距離に入ってくるのを待った。彼らは、三人組で行動していた。そして、砂漠の真ん中に腕組みをして立っている小さな子供を見つけると、身を隠すことなく近づいてきた。
「おやおや、砂漠の真ん中でちびっこ王子様が俺たちを歓迎してくれてるぞ」
「こんな砂漠になんで子供が…」
「ひょうたん?…子供…どこかで聞いたような…」
 最後の一人が、つぶやいたその時だった。彼らの頭上から、にわか雨のように小石が降り注いだ。それぞれが、激痛に顔をゆがめ防御体制を取ろうとした時だった。足元から砂が蛇の様に這い上がり、あっという間に体を拘束した。三人の男たちは、驚いて顔を見合わせた。どうやら、目の前に立っている小さな子供の仕業らしい。
「小僧…貴様…」
「一体何者だ!」
「お…思い出したぞ。砂の里の人柱力は、確か…ひょうたんを担いだ砂使いだと…」
 我愛羅は、両腕を前方に伸ばすとゆっくりと手のひらを握った。断末魔とともに血しぶきが砂の隙間からはじけ飛び、男たちの姿は消えた。わずかに残った血だまりも、すぐさま砂に吸収された。そして、最後に彼らの存在の証として残された衣服と忍具が、風になぶられながら、静かに砂塵に埋もれていった。
「砂漠は、清潔だ…」
 我愛羅は、静寂を取り戻した砂漠を見て、そう呟いた。
 こうして、侵入者たちは、第三演習場に迷い込むたびに、技術向上にいそしむ我愛羅を喜ばせ、新しい技の実験体として貢献し続けた。異郷の忍たちの無数の命が、砂塵の中に消えた。誰も彼らの存在を知る者はいなかった。我愛羅もまた、彼らのことを知らなかった。どこから来て、どのような人生を歩み、どこに行こうとしてたのか…。
 
「卒業させて、特別部隊に入隊させるですって?」
「それが、風影様のお考えだ」
「しかし、当初の予定では、卒業は、来年だと」
「早期卒業者は、これまでいくらでもいた。実力的には、むしろ遅すぎるぐらいだ」
「それは、そうですが…」
 一年前、兄のカンクロウが卒業するときにも同じような議論が持ち上がった。なんだかんだと言って、カンクロウは、弟の我愛羅の面倒をみていたし、もめごとが起こるたびに、あちこち調整しながら、我愛羅と生徒たちの間を奔走した。
「我愛羅君も、12歳まではここにいると言ってました。無口なあの子にしては珍しく、はっきりと私に意思表示をしたんです。それなのに…」
「風影様のご命令には逆らえまい」
 オトカゼは、我愛羅が入学してきた初日に、歴代風影の石像の前で起こった風影と我愛羅のやり取りを思い出した。圧倒的な父権で、その生命までも脅かす四代目風影。容赦なく放たれた疾風塵に立ち上がることもできずに、気を失った我愛羅。それは、誰もが抱いている恐怖をまとった砂瀑の我愛羅の姿ではなく、父親に力づくでねじ伏せられている幼い子供の姿だった。
「こんなに急ぐのには…何か理由があるのでしょうか」
「我々が、それを知る必要はないよ」
 アカデミーは、あくまで忍者養成学校に過ぎなかった。同じく風影を頂点に掲げていようと、そこは、軍事本部ではなかった。

「卒業…」
「そうなんだ。風影様のご命令なんだよ」
 オトカゼに呼ばれ、我愛羅は、久しぶりに教室に来ていた。生徒たちは、すでに家路についたあとだったので、騒ぎにはならなかった。我愛羅にとってアカデミーは、とりあえず身の安全を保障する場所だった。暗殺者は、いつ何時、襲ってくるかわからない。しかし、外部からの侵入を排除するために、強力な結界が張られており、我愛羅は、しばし緊張感から解放され、修業に専念することができた。その利点は、捨てがたいものだった。
「命令ならば、しかたがない…」
 我愛羅は、無表情のまま、そう答えた。オトカゼは、その短い言葉の中に、風影のためにすべてを諦めるしかない我愛羅の無念さを感じた。
『…この子は、ずっとこうやって耐えていくのか』
 要件を聞き終わった我愛羅は、一礼すると部屋を出て行った。オトカゼは、命令に従う我愛羅の後ろ姿を見送った。

 それから、一ヶ月後、卒業する者たち全員が、里の郊外にある卒業試験場に集められた。その年の最年少の卒業生として我愛羅の姿もそこにあった。
 試験内容は、砂漠での耐久力を図るものだった。国土のほとんどを砂漠で占める風の国には、砂の里の他に無数の部族集団が作るオアシスや、村があった。それぞれに、自治権が与えられ、異なる風習や文化が発達していた。その頂点に立つのが大名の一族だった。広大な砂漠の大半は、熱風が吹き荒れる人の住めない死の砂漠、通称ソト(素土)と言われていた。
 卒業試験の会場として選ばれたのが、このソトとの境界にある第123演習場だった。
「いいか。間違ってもこの演習場から出るんじゃない。ソトに出れば、たちまち乾燥して生き物は死ぬ。シムーンの話は、みんな知ってるな。ここが、その毒の風が吹き荒れる地だ」
 熱風を伴う砂嵐、それは、摂氏54度、湿度10%で、竜巻のような形で襲ってくる自然現象だった。遭遇した人間や動物は、みな窒息するか、乾燥により熱射病になった。一見うつぶせで寝ているように見える死体は、触ると粉状になることから、毒の風と言われていた。
「では、基本ルールとチーム分けについて説明する。これから行う卒業試験は、スリーマンセルで6日間行う。この演習場には、五つの柱が立っているが、その柱に記された文字をこの用紙に書き写しながら進め。5本目がゴールだ。ただし、水は、1リットル、食料は、一回分しか渡さない。おおよそ柱と柱の間は、16時間で移動できるから、各班で途中休憩や、睡眠をとりながら、ペース配分して移動しろ。無事に柱にたどり着くことができれば、次の配給が受けられる。まぁ、アカデミーの卒業試験としては、ちょっとハードだが、みな通過してきた道だ。一応、班に一つずつのろしを渡す。使えば、当然ギブアップになるが、命だけは助かる。では組み分けをする」
 我愛羅は、ミギとヒダリという双子の生徒と班を組むことになった。二人とも初めて見る顔だった。
「我愛羅さま、よろしくお願いします。ボクは、ミギでこっちがヒダリ、ボクたちは、双子なんです」
 如才なく彼らは、同じ顔をして笑った。
「見ない顔だな…」
 我愛羅は、双子を一瞥した。
「僕らは、中途編入組なのです。長い間、師匠と旅をしながら修業していたので…」
 彼らからは、大したチャクラを感じなかった。途中で刺客に豹変したとしても、取るに足りない存在だ。我愛羅は、彼らへの興味をなくすと、外套とゴーグルを装着した。まもなく、三人分の食料と水、そして、班に一組ずつ用紙とのろしが渡された。三人一緒の行動が基本となるため、わざと水と食料は、1つの容器に収められていた。それを双子の兄のミギが受け持ち、用紙とのろしをヒダリが持った。
「行くぞ」
 10分おきに2組ずつが出発した。我愛羅たちの班の出発は、15番目、最後だった。砂漠は、日の出とともに気温が上昇し、太陽が真上に来る頃には、灼熱の地獄と化す。1日16時間で目標に到達するとはいっても、夏季は、日照時間が長く、太陽は、早朝5時に昇り、日没は午後8時となる。夜間の移動だけでは、9時間しかなく、不足分の7時間を日中の時間から捻出する必要があった。それが、各班の最初の作戦となった。現在の時刻は、午後6時、日没までには、2時間あり太陽は、まだ西の上空でぎらぎらと輝いている。
「ちょうどいい時刻です。このまま移動し続ければ、翌朝10時には第一の柱にたどり着けます。楽勝ですね」
 ミギがうきうきと言った。出発したてで元気が有り余っているようだった。
「人は、16時間も続けて砂漠を移動する事はできない」
 我愛羅の指摘に、ヒダリがうなずいた。
「途中の休憩は、必要ですね」
「……」
 双子とはいっても陽気な兄のミギに比べて、弟のヒダリは、幾分思慮深いようだった。
「おそらく、途中にトラップがあるはずだ」
「仕掛け…ですか」
「トラップに対処する時間、それら考慮すると、実際の移動にかかる時間は、少なくとも20時間。もっとも暑い時間帯である正午から4時間を除いて、常に移動し続けなければ、目標にはたどり着けませんね」
 卒業試験にしてはちょっとハードだが…といった試験官の言葉を三人は、思い出した。
「そんな…。6日間もあるんですよ。遅れれば、水と食料がつきます。食料はともかくとして、水なしじゃあ、死にますよ」
 ミギの嘆きをよそに、ともかく彼らの行軍は始まった。

 初日は、4時間おきに20分の休憩を入れた。水分補給をそのつど行い、2回目の休憩時に食事をした。砂漠に慣れさせるためなのか、特に変化のないまま、彼らは、順調に移動し、翌朝11時には、最初の目標地点である第一の柱にたどり着いた。おおよそ17時間後のことだった。柱には、「木」と書かれた文字が貼ってあった。ヒダリは、それを用紙に書き写した。
 彼らは、柱の側にある小屋で2回目の配給を受けると、そのまま、1時間ほど移動を続けた。そして、太陽が真上にかかる頃、着ていた外套でそれぞれ簡易テントを作り、その日影で4時間ほど仮眠した。我愛羅もまた、横になり体を休めた。里の中とは違い、さすがにうだるような暑さと、刺すような日差しに体力の消耗を感じた。その上、砂の鎧をまとっているため、チャクラの消耗が激しかった。
「のろしだ」
 4時間後、出発時に西側に赤い色のついた煙が立ち上っていた。早くも脱落組が出たらしい。休憩なしに跳ばしたか、内輪もめか、その原因は分からなかった。
 1時間ほど進んだところで、我愛羅たちは、砂に座り込む先発組に出くわした。彼らは、口々に怪しげな物を見たと訴えていた。
「いよいよトラップかな」
「幻術の類でしょうか」
「……」
「来るなら来い。俺達には、我愛羅さまがついていらっしゃる」
 時間が経つにつれ、双子が、特に自分を恐れることなく、自然体で接している事を我愛羅は不思議に思った。長い間旅をしていたといっていたので、自分に関して偏見がないのかも知れないと我愛羅は思った。休憩に入るたびに、彼らは、まず我愛羅に水を渡した。食事をする時も、さりげなく我愛羅に気を配っているのが分かった。悪い気はしなかった。里と違って、ここには、自分の存在を否定したり、非難したりする者はいない。あるのは、砂と太陽と、互いに先入観なく出会ったばかりの彼らだけだった。
「うわああっ…」
 少し先を歩いていたミギの前に、突然、大きな砂トラが現れた。通常の3倍はあろうかという砂トラの大きさにミギが腰を抜かした。
「ミギ、危ない!」
 座りこんだミギを襲う砂トラに、ヒダリがクナイを放つと、砂トラは首を大きく振ってはじき返してヒダリの方に向きを変えた。猛然と飛びかかり、万事休すとヒダリが思った時、砂がヒダリと砂トラの間に立ちふさがった。思い切り砂に叩きつけられた砂トラは、一瞬ひるんだが、体制を立て直すと、今度は、我愛羅に向かって大きな口を開けて襲いかかった。我愛羅が、その口に向かって大量の砂を放出すると、砂トラは空中に吹き飛び煙のように消えた。
「やはり…幻術か」
「助かりました」
「怖かったよう」
 皆が口々に言っていた怪しげな物の正体は、幻術で作られた砂トラだった。アカデミーの生徒を驚かせるには、十分な迫力だったが、我愛羅は、つまらなそうに舌打ちをした。
「先を急ごう」
 予想通りとはいえ、時間を無駄にしてしまった。結局、行軍の脚が止まればとまるほど、体力は、消耗し、目的地に到着する時間が遅れ、水分と食糧の配給時間は、延長される。まさに、ここにこの試験で試される忍耐力の醍醐味があった。
 2日目は、初日同様に4時間移動し、20分の休憩を行った。1日、1食での行軍は、さすがに体に応えてきた。絶えず食料の補給を求めて、胃が収縮し、血糖値が下がる事から、移動中にも眠気が襲ってきた。疲労から少しの起伏で足を取られ倒れこんでしまうと、つい眠ってしまいそうになった。
「この状況からすると、かなりの班がすでに脱落したかもしれませんね」
 ヒダリは、聡明だった。
「でも、僕らは最後までやれますよ。我愛羅さまが一緒だから」
 ミギは、明るく陽気だった。
 天空には、星空が広がっていた。漆黒の宇宙に筆を滑らしたような天の川が広がり、その間に色とりどりの星が明滅していた。その星星を従えながら、鎌の様に細い三日月が彼らを見守っていた。
 夜通し歩き続けているうちに、東の空が白み始め、日の出の時刻が近づいてきた。砂の表面に太陽が当たると、キラキラと輝き、あたり一面が燃えるように輝いた。
「美しいですね」
 ヒダリが我愛羅に話しかけた。我愛羅もその光景を美しいと感じた。里からも何度も朝日を見たが、そんな風に感じた事はなかった。ミギは、太陽に向かってはしゃいでいた。
 予定通り、3日目の正午に第二の柱に到着すると、彼らは、柱に書かれている「火」という文字を用紙に書き写した。疲労を除けば、彼らの班にはなんら問題がなかった。補給を受けると、そのまま、柱の近くで仮眠を取る事にした。すると、先発したにも関わらず、遅れた班が第二の柱に到着した。彼らは、休憩中の我愛羅たちに気がついた。
「おい。見ろよ。我愛羅だ」
「最後に出発して、一足先にご到着か。さすが、人柱力は、違うねぇ」
「そりゃ俺達とは違うさ。なにせ…」
 彼らは、こそこそと我愛羅の噂をしていた。気がついたミギが立ち上がろうとすると、
「気にするな」
と、我愛羅が制した。
「でも…」
「奴らは、ここまでだ」
 確かに彼らは、ひどく消耗していた。途中で怪我をしたらしく、二人が足を引きずっていた。
「かまわず、仮眠しろ」
 我愛羅は、双子にそう言った。
「あのう…我愛羅さまは、お休みにならないのですか?」
 ヒダリは、彼らが寝た後、我愛羅が、砂漠を見張っている事に気がついていた。
「オレは、眠らなくても大丈夫だから…」
「それでもお体を休めませんと…」
 ヒダリのしゃべり方は誰かに似ていると我愛羅は、思った。
…夜叉丸…
 そうなのだ。彼らは、穏やかに過ごしたあの夜叉丸との日々を思い出させるのだ。ヒダリのさりげない口調や心遣いが、夜叉丸を思い出させ、ミギの明るさが、夜叉丸に甘えていた自分を思い出させた。
「…余計な事をいいました」
 黙り込んでしまった我愛羅に、ヒダリは、申し訳なさそうにそう言った。
「…いいんだ。別に謝る必要はない」
 ミギとヒダリに次第に心を許していく自分に気がつくと、我愛羅は、ヒダリから目をそらした。
…そんなに信用して…大丈夫なのか?…奴らは、お前を殺しに来た刺客かもしれないのに…
 目を閉じかけた時、頭の中で老人のしゃがれた声が響いた。
…心を許せば、殺されるぞ…
 我愛羅は、ゾクリと総毛立った。
…夜叉丸がそうだったように…タスケやマサ吉がそうだったように…みんな本当は、オマエが嫌いだった…
「嘘だっ!」
 叫びながら顔を上げると、隣からミギとヒダリの穏やかな寝息が聞こえた。
「……」
 我愛羅は、ひざを抱えて、うつむいた。頭の奥底で頭痛が始まっていた。暖かな気持ちが、何者かに汚されていく。嫌悪感が頭痛をさらに酷くしていった。

「出発する」
 4時間後、彼らは、また行軍を開始した。残りは、あと3日間。ほぼ半分まで来ていた。しかし、疲労はピークを迎え、ミギが立てなくなった。
「大丈夫です。僕が背負って行きますから…」
 ヒダリは、そういうとふらつきながらミギを背負った。背の高い彼らを我愛羅が、背負うわけにはいかなかった。
「のろしを上げる」
 卒業試験に脱落したところで我愛羅には、何の後悔もなかった。むしろ、アカデミー生に戻れる事は、歓迎すべき事だった。スリーマンセルでの不測の事態は、あらかじめ想定されていたし、死者を出すよりは、よほど懸命な判断だった。
「いえ…大丈夫ですから」
 ヒダリは、ミギを背負って、先に進み始めた。
「待て」
 我愛羅は、ヒダリの手の荷物を掴んだ。
「オレが持とう」
 ヒダリは、にこりと笑うと、
「お願いします」
 と我愛羅に渡した。
 途中、砂に足を取られて何度か転びそうになりながら、彼らは、歩みを続けた。砂漠は、果てしなく続いていた。斜めに差し込む残照の砂漠を彼らは、無言で歩いていた。先を歩く我愛羅は、時折、後ろの双子を振り返り、彼らがちゃんとついて来てるか確認した。振り返るたびにヒダリが、大丈夫だと笑った。何度か繰り返すうちに、我愛羅は、違和感を感じた。
「足音が…しない?」
 砂を踏む音がしない。しかし、振り返るとそこには微笑むヒダリがいた。
「…ヒダリ?」
 我愛羅は、立ち止まると彼らが自分に追いつくのを待った。しかし、彼らとの距離は、縮まらなかった。
「…!」
 そのとき、我愛羅の手元で、食料と水を入れた容器が、大爆発を起こした。砂煙がもうもうと舞い上がり、あたり一面が砂色に染まった。爆風で飛ばされた我愛羅の体は、その勢いで演習場の結界を破り、ソトの地へ放りだされていた。そして、そのまま巨大な砂嵐に巻き込まれてしまったのだった。

「大変です。我愛羅班の信号が消えました」
「近くで規模の大きな爆発があったようです」
 生徒たちをモニタリングしていた試験本部は、騒然となった。予期せぬ大爆発は、彼らが仕掛けた物ではなかった。
「我愛羅の班には、他に誰がいたんだ」
 試験官の1人が叫ぶと、名簿をすばやく別の試験官がめくった。
「途中編入のミギとヒダリという双子です」
「双子?」
「ああ、それなら私の受け持ちです」
 担当教師が名乗りを上げると、年長の試験官の1人が、叫んだ。
「そいつらは、偽者だ!」
 皆が顔を見渡す中、年長の試験官は続けた。
「その双子は、死んでる。ここに来る途中に殺された。先ほど、遺体が見つかっている」
「では、何者かが入れ替わっていたと?」
「人柱力をねらって入り込んだ奴らだ。我愛羅はどうなってる!?」
 その質問は、二重の意味を持っていた。彼らは、4日目に我愛羅に奇襲をかけるように風影から命令されていた。だが、作戦を遂行する前に、先手を打たれたのだ。
「とにかく生死の確認が先だ。もしかしたら、守鶴化しているかもしれん」
 ざわめきたつ試験本部から、アカデミーに向けて、伝令用の鷹が放たれた。試験官たちは、血相を変えて爆発現場に向かった。

 


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