外伝 風の墓標 (後篇)



その3 大切なもの

「そんなの…嘘だっ!!」
 姉の死を知らされた時、僕は、思わず伝令の忍を殴っていた。人を殴ったことなど初めてだった。
「大丈夫だと…おっしゃった…チヨバア様がついているからと…」
 僕は、混乱状態のまま、義兄の執務室に向かった。
…僕から姉を奪い…そして、ついにはその命まで奪ってしまうのか…
「どこまであなたは!」
 僕は、無礼を承知で勢いよく扉を開けた。だが、そこに風影の姿はなかった。
「何処に…」
 僕は、それから屋敷中を探し回った。血相を変えて走る僕の姿に砂忍たちは、道を開けながら、あちこちで噂した。皆、姉の死を知っているようだった。そして、僕は、最後に屋上へと辿りついた。
「風影様…」
 義兄は、一人手すりを握ったまま空を仰いでいた。
「夜叉丸…」
 後ろから僕に声を掛けたのは、バキだった。
「奥さまが…」
「うるさい!!」
 僕は、思わず声を荒げた。それに気づいたのか義兄が、ゆっくりと振り返った。バキは、義兄に一礼すると急いでその場を立ち去った。
「…聞いたのか…」
「はい…」
 義兄の目は、赤くはれていた。妻を失ったのだから当然のことだった。だが、僕には今更のように思えた。
「まさか、こんな事になるとはな…」
 始めから無茶な計画だったのだ。それを無理やり実行し、わざわざこんな結果を招いたのは義兄だった。責めたい気持ちが僕をここまで走らせたが、目の前で憔悴しきっている風影の姿に僕の気持ちは、急速に萎えていった。そして、気がつけば、いつものように本心を隠してしゃべっていた。
「…赤ん坊は…無事に生まれたそうですね」
「ああ…未熟児だったが…今のところ守鶴ともちゃんと共鳴している」
「なら、計画通りですね」
「…夜叉丸…」
「あなたは、この里の風影として人柱力を作った。そして、僕の姉さんは、四代目風影…あなたの妻としてその人生を全うした…」
 自分を責めに来たとばかり思っていた義弟が、あまりにも冷静な様子に義兄は、少し驚いたようだった。僕も信じられないほど淡々と話していた。先程まで、狂ったように屋敷の中を駆け回り、目の前にいる義兄を呪い、罵倒するつもりだったのに、いつの間にかそれは別の物にすり替わっている。
「会わせてください。生まれて来たお子様に…僕は、今からあなたの命令を忠実に実行しますから…」
 姉の命を奪ってこの世に誕生した人柱力…その時の僕は、その禍々しい存在を厳しく監視し、管理し、そして、最後にその命を奪う事で姉の復讐を果たそうと考えていたのかもしれない。
 僕らは、先に姉が安置された部屋を訪ねた。横たわる姉は、やつれてはいたけれど、どこか満足そうにほほ笑んでいるようにも見えた。
「大役…お疲れ様でしたね。…ゆっくり休んでください…姉さん」
 僕は、頭を下げて祈りを捧げた。その美しかった唇が、僕の名を呼ぶ事は二度とない。西の砂漠から遥か東の果てにある砂隠れに来た僕達は、そこで永遠に別れを告げることになった。僕達姉弟の水先案内人である義兄は、そんな僕達の様子を廊下から見守っていた。
「こっちだ」
 それから僕は、義兄に伴われて子供部屋へと向かった。そこには、小さな赤ん坊が乳母と医療忍者に付き添われて眠っていた。
「たった今、お休みになられたところです」
「ご苦労だった。さがっていい」
 義兄は、人払いすると、その赤ん坊を腕に抱いた。
「我愛羅と言う名だ。加瑠羅が、息を引き取る直前に名づけた。…前々から考えていたらしい」
 その子は、義兄と同じく既に目の周りにうっすらと隈を浮かべていた。成長すれば血継限界として磁遁が使える証拠だった。
「我愛羅…“我、愛を与えるもの”ですね…」
「そんな意味があるのか…」
「前に姉と話した事があります。その名をいずれ自分の子につけたいと…これは僕たち一族に伝わる伝説の勇者の名前です。それを知る人間も、もう僕だけになってしまいましたが…」
「夜叉丸。お前は、一人ではない。この子にも、先に生まれたテマリやカンクロウにも加瑠羅の血が流れている。それにお前が自分の家族を持てば、その伝説はその子に受け継がれていくはずだ」
「僕の子供…ですか」
「そうだ。加瑠羅は、お前が早く結婚することを望んでいた」
「………」
 それは、何故かこれまで一度も想像したことがない生き方だった。
『どうしてだろう…』
 普通の男なら大人になればごく自然に考えるはずのことだった。だが、長い間、僕は姉だけを思っていたし、暗部の忍になってからは、人の命を奪う事ばかりしてきた。そんな僕に普通の人生が送れるとは到底思えなかった。
「あっ…笑った」
 その時、義兄に抱かれた赤ん坊が一瞬ほほ笑んだように見えた。
「どれ。まだ、目も見えてないはずだぞ」
 腕の中の赤ん坊を覗きこむ義兄の顔は、いつになく穏やかだった。
『…ああ…この人は、やはりこの子の父親なのだ…』
 僕は、赤ん坊をあやす義兄の顔を見て、何故かしみじみとそう思った。
「僕にも抱かしてください」
 義兄は、小さな息子を僕に渡した。軽くて今にも消えてしまいそうなほどその赤ん坊は小さかったけど、温かくそして、真綿のように柔らかかった。
…この世の中に子供の幸せを願わぬ親はいない。オレとて同じだ。その子は、この里の人々に必要とされ、そして、この里を守る為に生まれてくる…オレはそう信じている…
『きっとあなたは、本当は、僕にこの子を守れと命じたかったのですよね…』
 僕は、腕の中の赤ん坊を見ながら、いつの間にかぽろぽろと涙を流していた。姉を失った悲しみは、簡単に癒せるとは思えなかったが、この腕の中にいる子供は、確かに僕が愛した姉の忘れ形見なのだ。
「砂が…」
 気がつくと僕達の足元にさらさらと砂が集まっていた。
「これが守鶴を宿す人柱力の力なのですか?」
 僕は、まだ目も見えぬうちからその赤ん坊が見せる能力に驚いた。砂は、静かに僕たちを螺旋状に包み込んでいく。
「これは…姉さんのチャクラだ…」
 僕はそこに懐かしいチャクラを感じ、そう呟いていた。それは、義兄も同様だった。
「どうやらこの砂は、加瑠羅の仕業のようだな」
「姉さん…死んでもなお我愛羅様を守りたかったんだ…」
 その時、僕の腕の中で我愛羅が突然泣きだした。消えてしまいそうなほど小さな赤ん坊…だが、確かな鼓動と大きな泣き声が、この世に生を受けた事を僕達に力強く訴えていた。
『…我愛羅…僕は、姉さんの代わりに君を守るよ。そして、姉さんが君に語るはずだったこの世界の不思議について教える。砂漠やこの里やこの風の国の事を…僕の大好きだった姉さんが、君にそうしたかったように…』
「また眠ったようだな」
「ええ…」
 義兄は、静かになった我愛羅の柔らかな頬を人差し指で軽く突くと、優しい声でそう言った。
 二日後、葬儀が執り行われ、姉は、歴代の英雄達が眠る墓地に葬られた。その墓標は、大きくて立派なものだった。
『これなら砂に埋まることはない』
 僕は、姉の眠った場所を見失わずに済むことに安堵した。
 それから、僕と我愛羅の賑やかな生活が始まった。心配していた砂の守鶴は、まだ目覚めておらず、我愛羅は、無邪気で愛らしいごく普通の子供だった。
「ねぇ夜叉丸…これは、なんなの?」
「それは、サボテンという植物ですよ。触ると棘が刺さって痛いですよ…っといっても、我愛羅様には砂が触らせてくれませんか…」
「お花のところならさわれるよ」
 三歳になる我愛羅は、何にでも興味を持つ好奇心旺盛な子供だった。そんなところは、姉譲りだ。
「ちぎったりしたら可哀想ですよ。やっと咲いたんですから」
「お花も生きてるの?」
「そうですよ。サボテンも猫も…クモやトカゲだってみんな一生懸命生きてるんですよ」
「ボクも?」
「もちろんです」
 幼い我愛羅は、毎日、屋敷の中をちょこまか走り回った。僕は、そんなやんちゃな我愛羅の後を追いかけ、我愛羅は、僕について回った。僕らは、本当の親子のように仲が良かったし、寝るとき以外はいつも一緒だった。
「ちゃんと勉強してるのか?」
「はい。父さま。今日は、絵本を読みました」
「もう文字が読めるのか?」
「夜叉丸が教えてくれたから…」
「それは偉いな…」
「見て。数だって覚えたよ。ほら、1・2・3…」
 我愛羅は、小さな指を順番に折り曲げた。義兄はそんな様子を嬉しそうに見ている。我愛羅は、毎日、父親と過ごせる時間を楽しみにしていた。そして、僕もその時間が大好きだった。こうして僕達は、まるで本当の家族の様にその生活を楽しんでいた。
「夜叉丸…お前には、感謝している」
「風影様…それは、僕の方です」
 義兄は、時折、僕にも優しい言葉をかけ、じっと見つめる事があった。多分、そこに死んだ姉の面影を見ているのだろう。僕達は、二卵性双生児だったが、性別が違うだけで本当にそっくりだったのだ。
「オレが信用できるのは、お前だけだ」
「…僕は、いつでも忠実なあなたの部下です」
 絶対的な信頼を寄せられ、いつしか僕は姉の愛したその人を同じように愛するようになっていた。


 その日、我愛羅は、小一時間ほど屋敷から姿を消した。そして、しばらくすると泣きながら戻って来た。
「ボク…何もしてないのに…」
「何があったのです?」
「ボールが飛んできて…だから、砂が僕を守ろうとして…」
「オートの砂が発動したのですね」
「うん。でも、周りの子達が、それを見てボクのことをバケモノだって言った」
 どうやらオートの砂が、里の子供たちを驚かせてしまったようだった。
「みんな、ちょっとびっくりしただけですよ」
「バケモノってなあに?怖い人の事じゃないの?」
「違いますよ。人は、自分が出来ない事が出来る人を見るとついそう言ってしまうものなのです。我愛羅様には、皆にない特別な力がありますから」
「ボク、特別じゃなくていい…みんなと遊びたい」
 五歳になると、これまで屋敷の中で過ごしてきた我愛羅も外の世界に興味を持ち始めた。僕は、その晩、昼間の出来事を義兄に伝えた。
「外に出しても構わない」
「しかし、また今日みたいな事があったら…」
「温室で育てても、忍の世界では通用しない。それにそろそろ人柱力として生きる事の厳しさを教えてもいい頃だ」
「しかし、万一守鶴が目覚めて暴走したら…」
「制御する方法を身につけるチャンスでもある」
「そんな…我愛羅様は、まだ五歳ですよ」
「…だが、人柱力だ」
 我愛羅の成長は、義兄にとっては重大な関心事だった。その人は、子煩悩な父親の顔と、冷徹な里の指導者の顔を持っていた。


その四 覚醒の時
 
 その年の秋、五影会談に出発する風影を見送るために修業に出されていたテマリとカンクロウが久しぶりに屋敷に帰って来た。そして、その夜、我愛羅の部屋から屋敷中に響く悲鳴が聞こえた。駆けつけてみると、カンクロウが放心状態で座り込んでいた。当の我愛羅は、その横で砂を蠢かせながら悲しそうに泣いている。
「お…お前なんか弟じゃない。オレにはバケモノの弟なんかいない!!」
 テマリに抱きかかえられ部屋を出て行くカンクロウは、吐き棄てるようにそう言った。それは、恐怖のあまり出た言葉なのだろうが、我愛羅を傷つけるには十分だった。この時、テマリやカンクロウは、我愛羅の家族ではあったが、味方ではなかった。
 僕は、その出来事を五影会談から帰ってきた義兄に報告した。
「幸いカンクロウ様にもお怪我はありませんでしたし…我愛羅様も酷く驚いただけのようでした」
「以前とは、違う…という事か…」
「はい。少しずつ守鶴が出てきても意識を保てるようになっています」
「わかった。今後も引き続き監視を頼む」
「承知しました」
 僕は、義兄がそれ以上の命令を僕に与えなかった事にほっとした。
「どうして報告などするんだ…黙ってれば分からないだろ…」
 風影の執務室から出て来た僕を待っていたのはバキだった。僕は、この先、本当の命令を実行しなくても済むように伏線を張ったつもりだったが、理由を知らないバキには、不可解な行動に見えたようだった。
「バキ…僕は、我愛羅様のお世話係ですが、それはあくまで風影様の命令だからです。あの方が、我愛羅様を始末しろと言えば、僕はそれに従います」
「ウソだよ。あんたにそんなこと、できるはずがない。あんたは、我愛羅をあんなに可愛がっているじゃないか。それは、あんたの大事な姉さんの忘れ形見だからってだけではないはずだ。あんたと我愛羅を見てれば、よくわかる」
「そうですか。でも、それも風影様の命令だからです。…風影様は、私にとっては、絶対的な存在なのですよ」
「優しい顔して恐ろしい冗談を言うのは、やめろよ。あんたを信じられなくなるから」
 バキは、風影の護衛の一人として、身辺警護を任されていた。だから、日中も屋敷の中で、僕と我愛羅がどのように過ごしていたのかよく知っていた。だが、暗部時代の僕の事はあまり知らなかった。僕が、命令一つで毒物を井戸に流し込み、多くの人々の命を奪ってきたことや、医療忍術を悪用し、まだ死ぬべき時ではない人たちから残りの寿命を取り上げてしまった事など…僕のこの穏やかな顔の裏側には、名前の通り夜叉の顔が隠されているのだ。
「バキ…君は、昔から正直で勇気がある人だ。でも、砂隠れにはいろいろな考え方の上役たちもいるから…どうか気をつけてくださいね」
 僕は、いつも忌憚のない意見を言い、行動に移すバキの率直な生き方を好ましく思っていた。本当は、風影を支える側近は、このバキの様な人材でなければならないのだろうけど、僕は、義兄の顔色を窺い、首を縦に振るだけの忠実な部下であり続けた。
『本当は、僕にも全部分かってるんだ。でも、既に我愛羅は、人柱力として生まれてしまったし…姉さんは、その犠牲になった…そして、僕は義兄に決して裏切らないと忠誠を誓ってしまった…』
 この先、我愛羅が暴走すれば、その時は、僕が責任を持ってその可哀想な魂を昇天させる。それが僕が義兄から貰った使命だった。
  
 我愛羅が六歳になると、些細なことで攻撃用の砂が発動するようになった。
 その頃、里は、風の国の大名による軍縮が進み、風影は、里の経済を立て直すために砂金採集で砂漠に遠征することが多くなっていた。そして、我愛羅は、人の悪意を感知し、外歩きをするたびに見知らぬ人々から不条理な扱いを受けていることに不安と不満を募らせていった。あれ程、無垢だった我愛羅の魂は、そのたびに傷つき、見えない血を流し続けていた。
 そんな中、我愛羅の砂が、里の子供たちを襲った。
「明日、我愛羅の価値を確かめる。…母の事を語り精神的に追い詰めるんだ。それで暴走がなければ、我愛羅の処理は見送る」
「姉の…本当にそれでいいのですか?」
「………」
 義兄は、その問いに一瞬、父親として我愛羅の事を考えたようだったが、次の瞬間、その顔は、風影の表情になっていた。
「あいつが母加瑠羅のことを敬愛しているのは、知っている。だからこそ、それを取り上げても暴走を押さえられるぐらいでなければ、人柱力として務まらぬ!」
「…わかりました。ご命令とあれば、従いましょう」
 僕は、逆らうことなくそう了解すると執務室を出た。そのまま我愛羅の部屋に行こうかとも思ったが、その時間は、もう薬で軽い眠りについているはずだった。
…姉さん…僕は…我愛羅を…
 僕は、ただ、ただ早く一人になりたくて私室へ急いだ。落ち着いて考えなければ、今の気持ちが自分でもよくわからなかった。そんな僕を呼びとめたのは、やはり、バキだった。
「なぜ命令を断らなかった」
「風影様の御意志だからです」
「バカな。誰が考えたって無茶な命令だ。あんたは、自分の姉を崇拝していた。そして、我愛羅を溺愛している。その二つを否定することは、あんた自身を否定することだろ。分かってるのか!?」
 バキは、僕の心の内をいつの間に垣間見たのか、僕以上によく知っているようだった。
「それでも…風影様の命令なのです…」
「夜叉丸、本当にそれであんたは後悔しないのか?言い出しにくければ、オレが、風影様に直談判してやる。これは、あんたに下す命令ではないと」
「やめてください。…これは、僕の任務です。…もう、ずっと前から決まってた…」
「夜叉丸…」
「ねぇバキ…僕も君の様に生きることが出来たらよかったのかもしれませんね。君のその率直さと行動力…それは、僕には無いものだ」
「おい、夜叉丸…」
「それより、君に僕からお願いがあります」
「願い!?」
「君のその勇気と行動力を将来、僕の我愛羅様の為に使ってはくれませんか?」
「我愛羅の?…ちょっと待てよ…将来って…あんた…まさか」
 バキは、まだ何か言いたそうな顔をしていたが、僕は、準備があるからと言ってその場を立ち去った。
…あんたは、姉を崇拝していた。そして、我愛羅を溺愛している。その二つを否定することは、あんた自身を否定することだろ…
「そうだね…バキ…君の言うとおりだ…」
 部屋へ戻ると、僕は、言葉にならなかった気持ちを代弁してくれたバキに感謝した。
…ねぇ、夜叉丸…将来、私に子供ができたら、我愛羅って名前をつけるわ…。その子は、私達のように故郷を追われた砂漠の孤児達やこの砂の里の人々に愛を与え、幸福に導く子なの…
…私達って…
…私とあなたに決まってるでしょ…私たちは、この砂の里に大きな借りができた…それを里の人たちへ返してくれるのがこの子なの…そうしてこの子が、里の人たちに必要とされれば、きっとこの子の人生も幸せなものになるはずだから…
 姉は、生まれてくる子供に沢山の願いを込めてその名前をつけた。
…そうだね…きっと僕からも伝えるよ…姉さんがどんな思いでその名前を付けたのか…その子をどんなに大切に思っているか…
「ごめん。姉さん、約束を守れなくて…」
 
 次の日の夜は、満月だった。空には、満天の星が輝いていた。僕は屋上で一人ぼっちで泣いている我愛羅を見つけ、わざと自分の気配を消して近づいた。
…ねぇ、夜叉丸…あの星は、なんて言うの?…
…あれは、シリウスですよ…
…シリウスか…青白くてなんだか寂しそうな星だね…
…でも冬の夜空では、一番見つけやすい星なんですよ…
…そうなの?あっ…本当だ…夜叉丸のいう通りだね…
 僕は、我愛羅と過ごした日々を思い出しながら、一歩一歩近づく。
『ごめんね…我愛羅…こんな形で君を傷つけて……風影様…すみません…これ以上お役に立てずに…』
 僕は、愛する人たちに交互に詫びた。
『僕にとっては、どの人も本当に大切な人達だった…』
 そして、僕は、我愛羅にクナイを放った。それは、予想通りすぐにオートの砂で弾きかえされ、僕は攻撃用の砂に巻かれた。砂は僕の体を限界まで締めつけたが、それは心の痛みに比べればたいしたことはなかった。
「な…なんで…なんでなの…なんで夜叉丸が…どうして!?どうしてェ…いつも…いつもボクを…夜叉丸だけは…」
 刺客が僕だった事に気がついた我愛羅は、泣きながらそう叫んでいた。それでも僕は、風影の忠実な部下として、幾つもの嘘をつき続けた。
…本当は、皆が、我愛羅…君を愛しているのに…
 僕の言葉は、姉や義兄の思いを否定し、そして、僕自身の思いを否定した。幼い我愛羅は、きっと心に深い傷を作り、血の涙を流していることだろう。
…我愛羅…君は、強く生きて…
 僕は、体に巻きつけた起爆札に手をかけながら、瞳に写る我愛羅の泣き顔を見た。そこには、僕の愛した人たち全ての面影があり、僕自身の泣き顔もあった。それは、まだ僕達姉弟が、西の砂漠で家族とともに暮らしていた幼い日々を思い出させる表情だった。

 <完>

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