外伝 誕辰(バースディ)


「偶然、病院で見ちゃったんですけど…テマリさんてもうすぐお誕生日ですよね」
 待機所でテマリを見つけると、イノは、以前テマリが入院していた時にその枕元に生年月日を書いた札が下がっていたことを思い出した。自分の大声が原因で、テマリは、暴漢に襲われてしまったのだが、自責の念にかられる一方で、花屋を手伝っているせいか木ノ葉にいる間にテマリの誕生日が来るんだと考えてしまった。それが、間もなくやってくる8月23日だった。
「誕生日?…そういえばそんな日があったな。すっかり忘れてたよ」
「忘れてたって…ご自分のお誕生日ですよ」
 驚くイノに対してテマリは、キョトンとした顔をしていた。
「…言われてみればそうだが…そんなに意味がある日なのか?もう生まれて十何年もたつぞ」
「えっ?だって…えっと…そのぉ、もうすぐお別れだし、怪我をさせちゃったお詫びも兼ねて女子会ってことでお誕生会を開かせてもらえたら嬉しいなと思って」
「誕生会?」
「…って…誕生日をお祝いする会ですよ。…もしかして…砂の里にはないんですか?」
「他はどうか知らないが、うちにはそんな風習はない」
「えっ!?お誕生日のお祝い…しないんだ」
「ああ、だいたい何をするんだ、その会では」
「ケーキ食べたり…花やプレゼント貰ったり…一つ歳を取ることを家族や友達同士で喜びあうんです。うちは、花屋だから、プレゼント用の花束の注文が来るんです。だから、どこの家でもそうなのかと思ってました」
「ふぅん。どうせ歳は、皆一つずつ平等に取るのにわざわざそれを喜ぶのか…面白い行事だな」
『砂の里って…やっぱり木ノ葉とはいろいろ違うのね…』
 テマリの真顔を見る限り、どうも冗談を言っているようにも思えず、イノは文化の違いを感じた。


「砂隠れには、誕生日を祝う習慣がないんだってな。イノの奴、驚いてたぜ」
「誕生日を祝う?」
 犬塚キバは、イノが驚きのあまりあちこちで言っていた言葉を小耳に挟むとそれをカンクロウに伝えた。カンクロウの反応からしても、どうやら噂は本当らしいとキバは笑った。
「誕生日か…その昔、あったような遠い記憶もないことはないが…アレは、チヨばぁんちにいた頃だったっけ」
「えっ?なんだ、やっぱりちゃんとあるんだ。イノの奴、一人で早がてんしやがって…」
「そうだ、確かうちは我愛羅が生まれてから…やめたんだ。いや、お袋が死んだからかな?」
「えっ?それって…どういう…」
「アイツが生まれた日にお袋は死んだからな」
「えっ?そりゃあ…誰が考えてもお祝いなんて気分にはなれねぇ日だな…」
「ああ。だから、誕生日も祝わなくなったんだ」
「ごめん。オレ笑ったりして…悪かったよ」
「まぁ、別に気にすることはないじゃん」
 キバは、カンクロウから聞いた話を一刻も早くイノに伝えなければと思った。
『こりゃ、そうとう深刻な事情だぜ。なのにアイツったら、あっちこっちで興味本位に言いふらしやがって…こんなこと我愛羅の耳にでも入ったら大変だ』
 キバは、赤丸を連れて一目散に駆けだした。


「ねぇ、ナルト。知ってた!?テマリさんのお誕生日が近いからお祝いしようって話したら、砂の里って誕生祝いなんてしないらしいわよ」
 イノは、待機所の廊下でナルトを見かけると、待ってましたとばかりに駆け寄った。我愛羅は、丁度、火影に呼ばれて執務室で話をしているところだった。
「誕生祝い?」
「そう。普通は、どこの家でもやるでしょ?」
「オレ、家族いねぇからよくわかんねぇけど…」
「あっ…ご…ごめん。あたしったら…」
 イノは、軽い口調で話しかけ、ナルトに家族がいないことを思い出した。
「でも、その日は、イルカ先生が毎年ラーメンおごってくれる日だってばよ」
「…そうか。…イルカ先生にとってアンタは弟みたいなものだもんね」
 ナルトは、イノを責めるでもなく、普通に笑っていた。イノは、朝からはしゃぎすぎたことを後悔し始めた。そして、皆が皆、自分と同じ境遇ではなく、それぞれに事情があることを知った。悪気はなかったのだが、不用意な発言で、すでに誰かを傷つけてしまったかも知れない。そう思うと不安になった。
『…誕生日か…』
 イノの言葉をきっかけにナルトの脳裏に、かつて我愛羅がリーの病室で話したことが蘇ってきた。
…オレは、母と呼ぶべき女の命を奪い生まれ落ちた…最強の忍となるべく父親の忍術で砂の化身をこの身に取り憑かせてな…オレは生まれながらのバケモノだ…
『砂の里が誕生日を祝わないんじゃなくて…我愛羅のところが祝えないんだろうな…』
 ナルトは、突然あることを思いついた。
「そうだってばよ!イノに頼みがあるんだけど…」
「なに?突然…」
 ナルトは、閃いた計画をイノに話すと、イノは何度も頷き、早速、準備をするからと言って走り去った。


「おっ…帰って来た」
 キバは、赤丸と一緒に山中花店でイノの帰りを待っていた。
「お前、砂の里には、砂の里の事情ってもんがあるってこと、ちゃんと考えろよな」
「なによ。アンタに言われなくったってちゃんとわかってるわよ」
 イノは、キバの言葉にむっとして、乱暴に花を入れてある冷蔵庫の扉を開けた。
「まったく…我愛羅が知ったら大変なことになるぜ」
「ふん」
 イノは、愛想のないまませっせと花を小分けしていた。
「人の話聞いてんのかよ。…突然、仕事始めやがって…」
「うるさいわね。これは、ナルトに頼まれたの」
「えっ?ナルト?…アイツもまだ砂の里の事情を知らないんだな」
「さあね。…どいてよ。そこ」
 イノは、キバの後ろにあるリボンを取ると丁寧にラッピングを始めた。何やら楽しそうな様子にキバは、ため息をついた。
「知らねぇからな。どうなっても…」
「うるさいって言ってるでしょ。ナルトにはナルトの考えがあるのよ」
 イノの手によって器用に花束が出来上がっていく。キバは、もう一度深いため息をつくと、諦めて山中花店を後にした。


 火影の執務室から我愛羅が出てくると廊下にナルトが待機していた。
「待たせた」
「全然。オレも用事あったから、今来たところだってばよ」
「…そうか」
 ナルトは、いつものように我愛羅と一緒にアパートへの帰路についた。その帰り道での出来事だった。
「なぁ、お前さぁ、誕生日って祝ってもらったこと…ある?」
 決心して切り出したナルトの言葉に我愛羅は、あっさり答えた。
「夜叉丸がいたころは、毎年ケーキだ、プレゼントだと盛大に祝ってくれてたが…?」
「えっ!?そうなのか?」
「甘いものが、苦手なオレに甘くないケーキをこしらえてくれたものだ。…それがどうかしたのか?」
「いや…そうじゃなくて…逆だってばよ」
 ナルトは、我愛羅がちゃんと誕生日を祝ってもらっていたことに驚いていた。
「お前の姉ちゃんや兄ちゃんは、お前が人柱力になったせいで、誕生日を祝うのをやめたって言ってたから…」
「オレが、6歳の頃までは上役たちからもよく贈り物が届けられた記憶があるが…」
「えっー!!…全然、オレが聞いてた話と違うってばよ」
「夜叉丸が死んでからは、一切なくなったが…でも時々今でも起爆札付きの贈り物を届ける奴が何人かいるな…」
「って、それは、お祝いじゃねぇってばよ。…なら、7歳からは誕生祝いは、なしってこと?」
「そうだな。ここ数年は、ないな」
 我愛羅は、突然、ナルトが誕生日の話を始めたことに首をかしげている。
「お前の誕生日…確か10月10日だったな」
「え?なんで知ってるの!?」
「木ノ葉病院のベッドの札に書いてあった」
「ああ…そういうこと」
「欲しいものがあれば届けてやる」
「我愛羅…」
 ナルトは、我愛羅が自分の誕生日の事をちゃんと知っていたことに感動を覚えた。それからアパートまでの一本道を二人で歩いた。そこは、規則正しく電柱が並んでいる道だった。
「なんか電柱にあったりして…」
 黙って通り過ぎようとする我愛羅にわざとらしくナルトは声をかけた。よく見ると一番手前に赤いバラが一本ラッピングして括りつけてあり、その次の電柱には、二本…そして、三本と一本ずつ増えている。それは、アパートの前まで続いていた。ナルトは、影分身するとそれぞれの電柱の前に立った。
「…一体…」
「1月19日 一歳の我愛羅へ、誕生日おめでとう  うずまきナルトより」
 ナルトはカードを読み上げると、赤いバラを我愛羅に渡した。
「お前…」
 次の電柱の前でもナルトは、同じようにカードを読み上げた。
「二歳の我愛羅へ、誕生日おめでとう 同じくうずまきナルトより」
 そして、赤いバラを我愛羅に渡した。
「三歳の我愛羅へ、誕生日おめでとう うずまきナルトより」
「四歳の我愛羅へ、誕生日おめでとう うずまきナルトより」
「五歳の我愛羅へ、誕生日おめでとう うずまきナルトより」
 アパートが近くなるにつれ次々に本数が増えていく花束を渡しながらナルトは、カードを読み上げる。我愛羅は、花を抱えたまま歩き続けた。
「十三歳の我愛羅へ、誕生日おめでとう 出会えて本当によかったってばよ 生まれてきてくれてありがとう うずまきナルトより」
 最後のカードを渡したナルトは実体だった。
「ナルト…」
「十四歳の1月19日の我愛羅の誕生日には、オレが砂隠れに行って一緒に祝うってばよ。でも、もしも任務で行けなかったら、オレはその日、何度もおめでとうってつぶやくから」
 我愛羅は、腕の中の98本のバラの花束越しにナルトの顔を見つめた。
「オレってば、ちょっと奮発し過ぎかな。これで、しばらくまた、バーゲン品のカップラーメンだってばよ」
 そこには、照れたように笑うナルトの姿があった。
…おめでとうございます。我愛羅さま…これは、風影さまから…こっちは、私から…
 遠い昔、小さな我愛羅に大きな箱をプレゼントしてくれた二人がいた。箱を開けると我愛羅の顔は、輝く様にほころんだ。母の命日ではあったが、祝福されていることが嬉しかった。そして、皆があなたを愛してますよと夜叉丸は、我愛羅の頬にキスをした。それは、我愛羅がとっくに忘れていた遠い過去の思い出だった。
「ありがとう。ナルト…」
「うん。…喜んでもらえてオレも嬉しいってばよ」
 それから二人は、アパートの中に入って行った。

 
「テマリさん。お誕生日おめでとうございます」
 予定通りに イノは、サクラとヒナタを呼んで甘栗甘でテマリの誕生会を開いた。色とりどりの花で作られた大きな花束を渡すとテマリは、驚きながら喜んだ。そのことが、イノにはとても嬉しかった。四人の前には、大きなデコレーションケーキと飲み放題のココアが置かれていた。
「イノは、砂漠が見たいって言ってたな。砂の里にも遊びに来るといい。砂丘の夕日も綺麗だが、月の砂漠も見ごたえがあるぞ」
「私は、この前の任務で見せていただきました」
 サクラは、大きな夕日が地平線を真っ赤に染めながら沈んでいくのを見たばかりだった。そして、周囲が漆黒の闇に包まれると、降るような星空が頭上に広がり、砂は波打つ海のように見えた。
「素敵ですね。私も早く行きたいなぁ…」
 つぶやいたのは、ヒナタだった。
「そうだ。一緒に行こう」
「うん」
 イノの誘いにヒナタは、はにかみながら頷いた。
「これは、今日の礼だ。そのうち可愛い花が咲く…こいつにはあまり水を与えすぎないようにな」
 テマリは、三人にサボテンの鉢植えを渡した。それは、見慣れない植物だったが、精一杯とげを伸ばしていた。
「また絶対来てくださいね。木ノ葉に…」
「ああ。中忍試験の事もあるから…これからも木ノ葉にはちょくちょく来ることになる」
「おい、テマリ…」
 その時、店の入り口でテマリを呼ぶ声がした。皆が振り向くとそこには、シカマルの姿があった。
「じゃ、私はコイツと打ち合わせだから…。先に失礼するよ。今日は、ありがとう。楽しかったよ。誕生会ってなかなかいいもんだな…」
 一つ一つ小さな別れを重ねながら、彼らは、旅立つ準備をしていた。 
「それで夕食、何をご馳走してくれるんだ?」
「めんどくせえけど…お前、誕生日だっていうからちょっと奮発することにした」
「ほう。殊勝な心がけじゃないか…」
「一楽で一番高いもん、注文していい!!」
「って、ラーメン屋かよ」
「餃子もつけるから」
「…ったく」
 二人は、いつもの文句を言いながら、通いなれた道を歩いていた。
「そうた。…これ」
「ん?」
「オレからの誕生日プレゼント」
「シカマル…」
「将棋セット、ミニ版」
「ちっ…」
 どうせあれこれ考えているうちに面倒くさくなったに違いないとテマリは思った。実際、その通りのシカマルだった。


「カンクロウ、お前さ…誕生日、いつ!?」
「5月15日」
「とっくに終わってるな…」
「お前は!?」
「7月7日…」
「終わってるじゃん」
「おい、来年、覚えてたらなんか送ってやるから、お前もよこせ」
「送ってきたものによるじゃん」
「…だよな」
「しかし、毎年みんな一つずつ歳とるのに、何でわざわざ祝うかな」
「でもま、なんかくれるってんならそれでもいいや。花だけは、かんべんだけどな」
「いねぇって。男相手に花贈る奴なんか」
「それもそうか」
 キバとカンクロウは、大人に隠れてビールを飲みながら、大笑いしていた。つまみの落花生のおこぼれを貰うため赤丸は時々、鼻を鳴らした。


 食事を終えたシカマル達が、家に帰ると、テマリあてにプレゼントが届いていた。
「うわぁ…きれいだな」
 テマリは、ひと目見て上物だとわかる薄紫のショールを首に巻いてみた。すべすべとしてそれは、極上の肌ざわりだった。
 シカマルは、箱の中のカードに手を伸ばした。
「なになに…『テマリへ 誕生日おめでとう 我愛羅より』」
「えっ?我愛羅!?」
 驚いたのはテマリだった。
「…ホントだ。我愛羅の字だ…」
 細い右横上がりの文字が、流れるように踊っていた。
「我愛羅が、私の誕生日を祝ってくれるなんて…こんなの生まれて初めてだ」
「しかも、なんか高そうだし…」
「…うれしい…」
 テマリは、一言そういうとショールに頬すりした。
「そういえば、お前…いくつになったんだっけ?」
「うるさい、女に歳を聞くな!!」
 テマリは、シカマルを睨むとプレゼントを抱えて自分の部屋に戻ってしまった。シカマルよりも三つ年上のはずのテマリだったが、シカマルの9月の誕生日が来るまでは、さらにまた一つ年の差ができてしまった。
「…ま、いいっか。考えたところで縮まるわけでもねぇし…」
「風呂沸いてるよ。先にテマリさんに入ってもらいな」
 シカクにお茶を出しながら奈良ヨシノは、シカマルに言いつけた。
「ハイハイ。…めんどくせぇな…」
「ハイは、一回!!」
 母親にいつもの口調で叱られながら、シカマルは、階段を上がった。もうじき客間は、空になる。
「やれやれ…」
 今度は、さすがにテマリの荷物を持って砂の里まで送っていくわけにもいかない。
「ま…そのうちまた会えるってことさ」
 シカマルは、そう呟くとテマリの部屋の前で沈む夕日をしばらく見つめていたのだった。


小説目次     NEXT「旅立ち」(第2部完結編)

Copyright(C)2011ERIN All Rights Reserved.