旅立ち (第二部 木ノ葉留学編 完結)


「荷物の整理は済んだのか!?」
「ああ。こっちで買ったもんとかは、後から送ってもらうし…大事なもんは、巻物ん中に封印したじゃん」
 出立の日が決まり、三人は慌ただしく旅立ちの準備をしていた。
「我愛羅…お前も荷物をまとめたのか?」
「ああ…」
 テマリは、いつもと変わらない様子の我愛羅にとりあえず安心すると、三ヶ月間控室として使わせてもらった火影の来賓室を片づけていた。
「貰った資料関係は、この前バキ達に持ち帰ってもらったものの、まだ、身の回りの品が随分あるな」
「いらないものは捨てるに限るじゃん」
「もったいないじゃないか。だからといって木ノ葉の奴に荷物持ちさせるわけにもいかないし…」
 テキパキと忙しく立ち回るテマリとは反対に一段と口数が少なくなった我愛羅を気にしていたのは、カンクロウだった。
「我愛羅…ちょっとこい。こっち、片付けるぞ」
 奥の部屋にある寝室にカンクロウは、我愛羅を呼ぶとそっとドアを閉めた。
「…なぁ、お前、大丈夫なのか!?」
「何のことだ?」
「いや…だから…その…」
「…ナルトのことか」
「わかってるじゃん」
「……」
 我愛羅は、カンクロウに呼ばれた時から質問されることを予想していた。
「今更どうしようもないことだ。始めからわかってたことだし…」
「それは、そうだが…」
「問題ない…と言いたいところだが…今は、先のことしか考えないようにしている。アイツもオレも…」
「…そうか」
 カンクロウは、考えまいとしている我愛羅にあえて質問してしまったことを後悔した。我愛羅は、寝台に腰かけると、昨夜ナルトと話したことを噛み締めるように脳裏に思い描いた。


「出発日が決まった」
「え…!?…そうか…とうとう帰っちゃうのか…」
 三か月の滞在という話は、始めからわかってはいたが、いざその日が決まってしまうと、別れは現実となった。
「世話になったな…いろいろと」
「我愛羅…」
「お蔭で沢山の思い出ができた。…あの椅子とか…このベッドとか…ここまで一緒に歩いた道とか…わずか三か月のことなのに…不思議だな」
「そんな話、聞きたくないってばよ!!」
 珍しく饒舌な我愛羅の横で、ナルトは突然、不機嫌になった。
「ナルト…?」
 そのまま黙り込んだナルトは、我愛羅から顔をそらした。
「…何を怒ってる」
「お前がオレの気持ちをちっともわかっちゃいねぇからだってばよ」
「……」
 ナルトは、我愛羅の理解者だった。そして、我愛羅も、ナルトの事をよく理解していると思い込んでいた。突然のナルトの言葉に我愛羅も沈黙した。ナルトから、聞かされた言葉は、我愛羅にとって意外過ぎたからだ。
…もしかして…本当は、オレの事が迷惑だったのか!?…
 他者が親しげに近づいてきては、最後に自分を裏切っていく…これまでもたびたび繰り返された出来事だ。…我愛羅は、下唇を噛むと自然と拳を握った。だが、ナルトの言葉は、我愛羅の心配を裏切るものだった。
「…お前がいなくなったらオレは、また一人ぼっちだ。お前には、カンクロウやテマリがいるけど…オレには家族がいねぇからな」
「ナルト…」
「去っていく者より、残される者の方が数倍辛いんだってばよ。それに、ここには、お前の思い出がいっぱいあるからな。オレは、そんなもんに囲まれて、これからもずっーとこの部屋で過ごさなきゃならない」
 ナルトは、いつの間にかぽたぽたと大粒の涙をこぼしながら、我愛羅を責めるように叫んでいた。
「…すまない。…オレは、自分のことばかり考えていたようだ…」
 我愛羅は、ナルトの横に腰を下ろすと同じように下を向いた。
「うん。我愛羅…オレも多分、そうなんだ。オレも自分の気持ちを持てあましているんだ…お前に八つ当たりして…ごめん」
 ナルトは、流れ落ちる涙を両腕で拭っていた。拭いても拭いてもそれは、蛇口の壊れた水道のようにあふれ出た。我愛羅は、そんなナルトを見ながら、自分との別れを深く悲しんでくれるナルトの存在に心が揺れた。そして、これまで残されるナルトの気持ちに心を傾けてこなかったことを反省した。
「オレは、勘違いしていた。心のどこかでお前はオレがいなくなっても平気なのだと考えていた。お前には、大勢の仲間がいるし、師匠と呼べる人たちもいる。そして、木ノ葉の里には、お前を応援する人々が、沢山いてお前は元気に笑っていたから。…だから、オレが去っても、お前は変らず元気に過ごしていくのだろうと…勝手にそう思っていた。…お前との別れを辛く思うのは、おそらくオレだけで…そんな感情は女々しいのだと思っていた。…お前がオレと同じように別れを辛く感じているとは、思ってもみなかったんだ」
 我愛羅は、ナルトの肩にそっと手を置いた。
「…うっく…」
 ナルトは、服の袖手で涙をぬぐった。そして、我愛羅の顔を真っ直ぐに見た。
「お前にだっているってばよ。…テマリやカンクロウやバキ先生…そして、あのリュウサって上役もきっとお前の味方だ。今のお前なら、砂の里に帰っても、きっと沢山の仲間ができるってばよ。オレが保証する」
「ナルト…」
「お前が、手を伸ばせば、繋がりたいと思う人がいっぱいいるはずだ」
 ナルトは、肩におかれた我愛羅の手を包み込んだ。そして、泣き顔と笑顔が入り乱れた表情で笑った。
「……」
 我愛羅は、ナルトの青い瞳を間近でしっかり覚えておこうと目を見開いたが、なぜか霞んでよく見えなかった。
…この手を誰かが掴んでくれることをオレも願う…お前のように…
「離すなよ。我愛羅」
 ナルトは、我愛羅の手を強く握った。
「…え?」
「オレは、いつでもお前の側にいる。そして、心の中で手を握っている。例え遠く離れていてもな。そして、オレたちは、共に火影と風影になるんだ!!」
 ナルトは、明るい瞳で力強くそう言った。そして、突然、閃くと手のひらを叩いた。
「あっ、だったらオレもその日に、エロ仙人と修業の旅に出ることにすればいいんだ!!そしたら、この部屋でめそめそすることもねぇし…。うん。そうするってばよ。決まり!!」
「…お前にしては、名案だな」
 我愛羅は、喜怒哀楽の激しいナルトに苦笑した。それは、二人の旅立ちを力強く背後から押す提案でもあった。


 待機所で火影に挨拶をした後、大勢の木ノ葉の忍達に見送られながら、我愛羅たちは、出発した。それぞれが、笑顔だったり、涙交じりの表情だったりと様々だったが、意外だったのは犬塚キバが、カンクロウに抱きついて号泣したことだった。
「じゃあな…気ィ付けて帰れよ」
 正面の出入り口で最後まで三姉弟を見送りったのは、シカマルだった。
「ああ…世話になった」
 カンクロウは、先ほどからきょろきょろとあたりを見渡していた。
「ナルトの奴は?ずっと姿が見えないじゃん」
「アイツは、自来也さまと修業の旅に出発したぜ」
 シカマルは、サクラから聞いた話をカンクロウに伝えた。
「はあ?どういうことだよ。我愛羅を見送ってからにすればいいのに…。まったく気が気かない奴じゃん」
 カンクロウは、呆れてそう言った。
「お互いに見送らない約束だからな」
 我愛羅は、穏やかな口調だった。その顔は、晴れ晴れとしているようにも見えた。
「また、何かあったら助けてやる…そん時は言いな。泣き虫くん」
「一言多いぜ…これだから女ってやつは…」
 テマリとシカマルは、いつもの調子で挨拶を交わした。三か月前にその門をくぐった時は、その場所が、それほど懐かしい場所になろうとは誰一人として思ってはいなかった。だが、今は、それぞれに別れがたい人ができ、忘れがたい場所となってしまった。
「さぁ、これから砂の里までまた三日間かかる。さっさと行くよ」
 テマリは、赤丸の頭をいつまでも撫でて別れを惜しんでいるカンクロウをけし掛けると、先頭を切って歩いた。我愛羅は、それに続いた。
「おい、ちょっとまてよ。置いてくなよ」
「早く来い。カンクロウ。雨が降り出すぞ」
 夕立が近づいてるのか、西の空が暗くなっていた。
「木ノ葉の変わりやすい天気も見納めじゃん」
 そこに来た時は、まだ深緑だった木々は、今は、すっかり色づき色とりどりの葉をつけていた。そして、いつの間にか日の出が遅くなり、日の入りが早くなった。そして、時折、頬をなぶる風は、冷たくなっていた。
…じゃあな…今度会う時は、多分、オレってば、火影になってるってばよ…
 アパートのドアを閉めながら、ナルトは、そう言った。そして、我愛羅は、テマリ達が待つ火影の執務室へ、ナルトは、自来也の待つ温泉宿へ出発した。
『オレも負けられないな…』
 我愛羅は、遠ざかる木ノ葉の里を背後に感じながら、ただ前だけを向いて進んでいた。

 
 二日目の夕刻、風の砂漠が見えてくるとあたりの風景は一変した。植物の姿が消え代わりに広がったのは砂漠だった。我愛羅は、カンクロウと二人、崖の上で夕日を見ていた。
「カンクロウ…オレは、正規部隊に入ろうと思う」
「えっ!?」
 我愛羅は、かねてより考えていた決意をカンクロウに告げた。
「正規部隊って…どういうことじゃん」
 カンクロウは、耳を疑った。砂の三姉弟は、風影の子どもとして初めから特別部隊を組んでいた。それは、人柱力である我愛羅を管理し、他の忍たちを区別するものでもあった。我愛羅は、今、その境界線を越えようとしていた。
「考え直せ。こんなことは言いたくないが…里にとってお前は‘恐るべき兵器’でしかない。今さらオレたちから離れて正規部隊に入るなんて…キツいだけじゃん。お前をよく思っていない上役ばかりだし…里の大半もお前に対して恐怖心を抱いている」
「分かっているが…待っているだけでは、もっと大きな苦しみにまた襲われる。…努力し自ら切り拓くしかないんだ…」
 我愛羅は、カンクロウに背を向けたまま話を続けた。それは、以前から考えていたことらしく我愛羅の強い意志を感じさせる言葉だった。
「一人きりの孤独な道に逃げずに里の皆と触れあい、絆を結びたい。だからオレは、砂の一人の忍として風影を目指す。オレがこの里に繋がり生きるために…」
…そうすればいつかあいつのように…
「我愛羅…」
「努力し、他者から認められる存在になりたい」
…うずまきナルト…お前のように…
 我愛羅は、ゆっくりと空を見上げた。カンクロウは、ただ黙って聞くしかなかった。
「…他者との繋がり…オレにとってそれは今まで憎しみと殺意でしかなかった。しかし、あいつがあそこまでして言う繋がりとは一体何なのか…今頃になってオレにも少し分かったことがある…」
 我愛羅の正面で夕日が、空をオレンジ色に染めていた。それは、燃えるように明るく輝き、世界を照らし出していた。
「苦しみや悲しみ…喜びも他の誰かと分かち合うことができるのだと…うずまきナルト…アイツと戦い触れ合うことでそれを教わった気がする。アイツは、オレと同じ苦しみを知っていた。そして、生きる道を変えることが出来る事を教えてくれた。…オレもいつか誰からも必要とされる存在になりたい。…恐るべき兵器としてではなく…砂隠れの風影として」
 振り向いた我愛羅の顔には、微笑が浮かんでいた。カンクロウは、その笑顔をまぶしいと思った。
「…わかったよ。…それが、お前の答えなら、もう反対はしないじゃん」
 我愛羅が風影になるまでには、多くの困難が伴うだろう。絶対権力を持つ合議制会議や暴走する守鶴、偏見の塊の里の人々…カンクロウは、我愛羅が、すべて承知の上で出した結論を支持することに決めた。
…しかし、よりによって正規部隊とはな…これもまた、うずまきナルトの影響かよ…
 夕日の残照が我愛羅の全身を包み込むと、カンクロウは、一瞬、そこにナルトが立っているような錯覚に襲われた。
…そうだな…お前たちは、共に風影と火影を目指すんだよな…
 そして、今、困難な道を二人で歩み始めた。その決意は、固くもう誰にも止めることはできないことをカンクロウは、知っていた。

「おい。お前ら。いつまで話し込んでるんだ。夕食が冷めちまうぞ。さっさと下りて来い」
 崖の下から、テマリが怒鳴った。カンクロウは、テマリにも我愛羅の決意を伝えたかった。おそらくテマリは自分以上に驚くだろう。
『ってことは…オレ達も正規部隊じゃん』
 我愛羅のために彼らは、アカデミー卒業後に配属された部署から特別部隊に異動した。当の我愛羅が、正規部隊に入るなら、我愛羅班は解散だった。
「いずれ我愛羅のいる班とチームを組んだり、合同任務を行うことになるんだろうな」
 カンクロウは、その頃までには、上忍になりたいと思った。それが、我愛羅を支えるということだった。
「早くしろ。どんどん伸びてるぞ!!」
「一体何作ったんだよ。テマリのヤツ」
 カンクロウは、我愛羅に目くばせすると一緒に崖を飛び下りた。
「なんだよこれ…」
「木ノ葉の非常食だ。お湯を入れるだけだから便利だぞ」
「はぁ〜?」
「…伸びてる…」
 我愛羅は、見慣れた非常食をそれ以上文句を言わず食べた。それは、懐かしい匂いのする食べ物だった。
 
…大切な仲間…
…一人ぼっちのあの地獄から救ってくれた
オレの存在を認めてくれた大切なみんなだから…

…ありがとう うずまきナルト…
…ありがとう 木ノ葉の仲間…

第二部 木ノ葉留学編 <完>


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