青嵐


 木ノ葉の忍者学校は、断崖の麓にあり、歴代火影の火影岩に見守られるように建っていた。すでに50年以上の歴史を持つ学びやは、設立当初は独立した教育施設であったが、次第に周辺の軍事・内政施設を含めてアカデミーと総称するようになった。現在の教育体制は、三代目の時代に完成されたものであり、そのシステムの中でこれまで数多くのすぐれた忍を輩出してきたのだった。
「わたくしが本日より2週間、ご案内役を務めさせていただきます特別上忍のエビスでございます」
 我愛羅たち砂の三姉弟は、かねてから希望していたアカデミーの視察に訪れていた。財政難で弱体化する一方の砂の里の危機的状況を打開するには、早急に効率よく忍者を養成するための教育システムを整える必要があった。現在の砂の忍者学校の体制やカリキュラムでは、すでに手詰まりであり、これまでの中忍選抜試験の実績から見ても、何としても木ノ葉のシステムを導入したいと切望していたのは、テマリだった。風影や上役たちは、一部の傑出した力を求め、人柱力を砂の里の最終兵器とみなしていたが、その力は破滅的であり、使い勝手という点においては、はなはだ不都合極まりないことをテマリはよく知っていた。
「当アカデミーでは、何より個性を尊重する忍の育成に努めております。これは、設立当初からの一貫した教育理念であり、お陰で生徒たちは自由闊達、みな各々の忍道を模索しつつ、日々鍛錬を怠らず精進しております」
 朝から、校内をあちこち案内しながら、エビスは、丁寧に説明して回っていた。時折、一緒にくっついてきているナルトが、備品を勝手に動かしたり、撫でまわしたりするのを咳払いで制しながら、ほぼ午前中の日程が、時間通り順調に終わろうとしていた。
「午前中、最後にご案内いたしますのが、火影岩でございます。歴代の火影様の偉業を讃えるとともに、我ら忍が『火の意志』を忘れないようにと里のどこからでも見えるように掲げているのでございます。丁度、中央に見えますのが、このアカデミーのシステムを完成された三代目さまでございます」
 屋上の正面に大きな岩を削って作った巨大な彫刻が並んでいた。
「お前に似ている…」
 我愛羅は、火影岩を見上げるとそう呟いた。
「えっ?オレと火影のじいちゃんが?」
「いや。その隣だ…」
「四代目に?オレが…?!」
 これまでナルトは、誰からもそんなことを言われたことがなかった。物心着いたときから両親はおらず、アカデミーでいたずらをしながら大きくなった、そんな記憶しかない。だから、我愛羅に伝説の英雄である四代目火影に似ていると言われて驚くと同時に、嬉しさがこみあげてくるのだった。
「まぁ、オレも将来、火影になる男だから、どこか風格とか…雰囲気とか…片鱗を醸し出しているのかもしれねぇってばよ。でへへ…」
 ナルトは、嬉しそうに大きな口を開けて笑うと両腕を頭の後ろで組んだ。
「お前は、火影になるつもりなのか?」
「ああ。オレの夢なんだ。でもただの夢じゃなくて、ぜってぇー叶えてやる夢だってばよ」
「…夢…」
「何だよ。オレじゃ、無理って今、思っただろう。お前ってばよ」
「いや…そうではない…」
…ナルトの夢は火影になること…
「我愛羅の夢は?」
「夢?…オレの?」
「ああ。大人になったら、すげぇ忍者になるとか…って、お前、今でもすげぇけどな…」
「夢など…考えたこともない…」
『…そうだ。オレは、日々生き延びることに精一杯で…自分に未来があるなどと考えたこともなかった…まして、夢を描くなど…』
「なら、我愛羅もさ、砂の里の風影目指したら?そんで、オレとお前で同盟を組んで木ノ葉と砂を守っていこうぜ」
「風影…オレが!?」
 我愛羅は、思いもよらぬナルトの提案に体の向きを変えて聞き返していた。
「だって我愛羅の父ちゃんは、四代目風影だったんだろ?なら、父ちゃんの後を継いで五代目風影を目指すって別に変じゃないと思うけど…あれ?思わない?普通…」
「…そんなこと、一度も考えたこともなかった…」
「そうなの?なら、そっちの方がオレには、意外だってばよ」
「……」
「多分、我愛羅ならやれると思うぜ。お前ってば、なんか威厳があるし…今だってオレより、ずっと風影に近い所にいる気がするし…」
「……」
 我愛羅は、いとも簡単にナルトが、口にした言葉を自問していた。
…オレが風影に?…そんなこと…いったい里の誰が望むというのだ?…いや、誰もそんなことを望みはしない…
「…どうして…お前は火影になりたいんだ?」
「だって火影の名前を受け継ぐってことは、里一番の忍者になるってことだろ?もしそうなれば、みんなにオレの力を認めさせることができるし…この里を守るってことは、オレの大切な仲間を守るってことだし…。それに…オレには、不思議な力があるみてぇだし…。せっかくなら、その力をみんなのために役立ててぇし…」
「オレ達の中にいるバケモノの力を人のために役立てるだと!?」
「ああ…バケモノっていっても、今、オレ達の中にいるわけだから、そいつは、オレの一部だろ?」
 我愛羅は、ナルトの言葉一つ一つに敏感に反応していた。
『同じ人柱力として…同じ苦しみを味わってきたはずなのに…こいつは…バケモノの力を人のために役立てたいと考えているのか?』
 我愛羅は、ショックを受けていた。似ていると思っていたのは、その境遇だけで、人柱力としての考え方がナルトと我愛羅では根本的に違っていた。
 …オレは、いつだって…父さまのために頑張ってきたのに…
 …それがお前の甘さだ。我愛羅、お前はまだ人柱力が何なのか分かっていないようだ…
 守鶴を封じ込められ人柱力として、人に疎まれ、恐れられて生きてきた。いつも一人ぼっちで、家族からも遠巻きにされ、親しく交わる友もなく、勝手にバケモノを封じ込めた父親を憎み、自分を疎ましく思う里の人々を怨み…その命を奪うことで自分の存在価値を感じようとしていた…
『…こんなオレに…風影になる資格などあるのだろうか…』
 それきり黙りこんでしまった我愛羅にナルトは声を掛けようとした。しかし、我愛羅は、ナルトに背を向けると少し離れたところでうつむいていた。
「それでは、お食事会場にご案内いたします」
 エビスは、一行をアカデミーの貴賓室に案内した。我愛羅は、黙ったままナルトの前を歩いていた。
「我愛羅…いったいどうしちまったんだよ。なんか急に暗くなったってばよ…」
 後ろから話しかけるナルトに我愛羅は、立ち止った。
「……」
「オレ、なんかお前の気に触るようなこといったっけ?」
「いや。お前のせいではなく…これは、オレ自身の問題だ…」
 心配するナルトを振り返ると我愛羅は、そう静かに言った。
 
 
 案内された貴賓室のテーブルの上には、すでにたくさんの料理が用意されていた。その天井には、熱烈歓迎という横断幕まで掲げてある。
「ささ…どうぞ。テマリ様。カンクロウ様。…我愛羅様はこちらに…ナルトくんはその隣にね」
「お心遣いに感謝する」
 テマリは、エビスの細やかな気配りに謝辞を示した。エビスは、にっこり笑って係の者に用意が整ったことを合図した。
「もうじき、五代目火影様もお見えになりますから。少しお待ちを…」
 しばらくすると、ツナデがイルカを伴って姿を現した。
「イルカ先生!!」
 喜んだのは、ナルトだった。全員が立ち上がって、ツナデを迎えた。ツナデは、テマリの側に行くと初めに声をかけた。
「木ノ葉の滞在中にそなたたちと食事でもと思っていたが、なかなか時間が取れずすまなかった。テマリ姫、何かお困りのことや、ご要望はないか」
「火影様のお心づかいに感謝しております。お陰様で三人ともつつがなく過ごしております」
「ならば結構。大いに学んでいかれるがよかろう」
 ツナデは、一同を見渡しカンクロウの側に移動した。
「そなたは、芸術や文化にも造詣が深いと聞いた。木ノ葉にも学ぶところがあればよいがな…」
「木ノ葉の深き懐は、大いに刺激になっております」
 ツナデは、満足そうに頷くと、我愛羅の側に移動した。
「砂瀑の我愛羅の名前は、木ノ葉でも特に有名だ。特にあの中忍選抜試験からはな。…どうだ、木ノ葉の生活には慣れたか?」
「……」
「ん!?」
「我愛羅。ちゃんと聞かれたことに答えないのは失礼だぞ」
 あわてて、テマリが我愛羅に注意をするが、我愛羅の表情は変わらなかった。
「…まぁ、よい。そなたは、無口だとバキから聞いておる。ナルトは、ちゃんとやっているのか」
 ツナデは、隣に居るナルトにも声をかけた。ナルトは、先ほどからの我愛羅の態度に違和感を感じていた。怒っている…というわけでもなさそうなのだが、それまでとは一変し、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
「おうっ。まかせとけってばよ。バァちゃん」
 ナルトは、いつものように軽口を叩いた。
「ナルト。お前…少しは、空気を読めっていつもあれほどいってるだろ!!」
 ナルトを叱ったのはイルカだ。ナルトは、でへへと笑うと隣の我愛羅の肩を軽く叩いた。
「我愛羅、この人がイルカ先生。この間、話したろ?オレを最初に認めてくれた人だってばよ」
「……」
 我愛羅は、イルカを見ると軽く頭を下げた。イルカは、我愛羅が自分に頭を下げたことに驚いた様子だったが、やがてにっこりと笑った。
「ナルトが、いろいろ迷惑をかけてると思うけどよろしくね」
 我愛羅の目の前でイルカは、ナルトの頭を撫でながら温かく笑いかけている。
…こいつが、ナルトの最初の理解者…ナルトを一人ぼっちの地獄から救い出した人間…
 我愛羅は、ナルトからイルカとの出会いやイルカがナルトをかばって大けがをしたことなどを聞いていた。
…そんな出会いがあったからこそ、ナルトは、大切なものを守るために命をかけることができるのか…
「……」
 我愛羅は、ナルトが出会った師匠の名前を一人づつ思い出していた。そして、人との関わりの有無が、今日の自分とナルトとの決定的な差になっていることに気がついたのだった。


「準備はいいか。コレ!」
「うん。木ノ葉丸君。あいつら砂の里の人間のせいで、優しかった火影様が死んじゃったんだよね」
「でも、本当に大丈夫かな。こんなことをして…」
「ちょっと驚かすだけだ。コレ。オレ達が砂の人間なんて大っきらいだって教えてやるんだ。コレ!」
 天井裏でごそごそと画策しているのは、木ノ葉丸、モエギ、ウドンの三人である。彼らは、給食時間中に教室を抜け出すと、貴賓室の天井裏に潜んだ。朝、イルカから今日から二週間、砂の里の要人が視察に来るので礼儀正しくするようにと話を聞いた。木ノ葉丸は、いてもたってもいられなくなり、この時間を朝からずっと待っていたのだった。
「どいつが一番ボスなのかな」
「絶対、あの黒い衣装で顔に隅どりしているでかい奴だな。コレ!」
「目つきの鋭さなら、あのナルト兄ちゃんの横の人も負けてないと思うけど…」
「あれはチビだから一番下だな。コレ」
 木ノ葉丸たちは、ゴーグルを装着すると作戦を開始した。
「……」
 初めに天井を見上げたのは我愛羅だった。
「ん!?…砂…?」
 しばらくして汁物のふたを開けていたカンクロウも気がついた。うっすらと汁の上に砂が浮いているのだ。
「あっ…」
 やがてテマリの食べかけのサラダの上にもパラパラと砂が落ちてきた。
「何と…!!」
 ついにツナデの酒の器にも見てわかるほどの砂が入っている。
「うぉっーっっ!!!…ま…まずいってばよっ!!この展開は…!!」
 血相変えて、椅子を蹴って立ち上がったのはナルトだった。
「ど…どうしたんだ。ナルト」
 その様子に驚いたのは、イルカだった。一同も同じようにナルトを見上げた。
「…これじゃ、アカデミーの食堂のおっちゃんやおばちゃんたちが皆殺しにされちまうってばよ…」
 ナルトは、以前、我愛羅から聞いた毒殺の話を思い出したのだった。恐る恐るナルトは我愛羅を見た。
 その時だった。
「うわっーーーっっ!!」
 天井の底が抜け、大量の砂埃とともに三人の子供が降ってきた。
「…こ…これはっ!!」
 エビスは、その正体をいち早く発見すると腰を抜かした。
「木ノ葉丸、モエギにウドンじゃないか!!」
 イルカは、テーブルの上に粉塵とともに転がっている三人の生徒の名前を叫んだ。
「どういうことだ。これは!!」
 ツナデは、思いもかけない珍客たちに激怒した。
「…木ノ葉丸…いったいお前たちってば…なにやってんだってばよ」
 ナルトは、自分を兄弟のように慕う三代目の孫の木ノ葉丸を問いただした。
「…オ…オレらは、砂の里の人間なんか認めねぇぞ。コレ。そいつらのせいでオレのじじぃは死んじゃったんだからな!!」
「木ノ葉丸。お前ら何言ってんだ」
 イルカは、木ノ葉崩しの際に子供たちとともに避難した時のことを思い出した。確かにあの時は、音の忍に加えて、大量の砂の忍が木ノ葉の里を襲撃した。戦闘が終わってからも、その死体処理では音の忍を遥かに上回る人数の砂の忍を見かけた。木ノ葉丸たちもそれを目撃していたのだ。
「…じじぃは、オレのじじぃは、火影だったんだそ。この里やオレには、なくてはならない人間だったのに…お前ら砂の人間が木ノ葉になんか攻め込んでこなければ、オレのじじぃは死なずに済んだのに…。せ…戦争が終わったからって…のこのこ木ノ葉に砂の奴が視察に来るなんて…そんなの…そんなのオレは、絶対認めねぇぞ。コレ!!」
 木ノ葉丸は、泣きながらそう叫んでいた。つられて、後の二人の子供たちも泣きだした。
「イルカ、その子たちを地下牢につれていけ。子供とはいえ、要人を迎える席に乱入するとは許しがたい。厳罰に処すから、お前たちも覚悟しておけ!!」
 ツナデは、怒髪天を突く勢いで子供たちを怒鳴りあげると、イルカに命じた。
「…待て」
 制したのは、我愛羅だった。
「…怪我をしている。牢ではなく、医務室に連れていけ」
「我愛羅…」
 驚いたのはツナデだった。ずっと黙り込んでいた無口なはずの少年が、静かに立ち上がった。
「会食は、終わりだ。我々は、十分にもてなしを受けた。午後からの予定が間もなく始まる。…そうだろ?火影」
「あ…ああ。そちらが穏便に済ませるというなら…ありがたい」
「……」
 我愛羅は、腕を組んだまま、テマリとカンクロウを睨んだ。
「ああ。も…もちろんだ。我々も十分、宴を堪能した。なぁ、カンクロウ」
「ああ…。そ…そうだな。我愛羅の言うとおりだ」
 我愛羅は、席を立つとその埃だらけの部屋から出て行った。
「我愛羅…」
 追いかけたのは、ナルトだった。
「ありがとう。我愛羅…」
「誰も子供のいたずらを罰しようなどとは思ってはいない…しかし、火影には立場もあるからな…」
「うん。我愛羅。でも、お前ってば、やっぱりすごいよ」
 ナルトは、咄嗟の我愛羅の処置に感心すると、嬉しそうに肩を抱いて笑った。
「…砂瀑の我愛羅か…。やはりただものではないな…」
 ツナデは、ナルトと二人、廊下の向こう側を歩いていく我愛羅の後ろ姿を見送りながら、嬉しそうに笑った。
「お部屋に帰ってお召ものを取り換えませんと…」
 ツナデも埃だらけになっていた。
「そう言えば…アイツとナルトだけなんで、あんなに小ざっぱりしてるんだ?ちっとも服が汚れてなかったぞ」
 ツナデは小首をかしげながら、シズネとともに執務室に戻った。
「まいったな…」
「ああ…。あの我愛羅が、あの場でこうも鮮やかに采配を振るうとはな…」
「…あれもナルトの影響なのか?!」
「いや。もともと度胸もあるし、賢い子だ。あれが本来の力だろう。…それにしても、午後からの予定の前に着替えた方がよさそうだ。お前、衣装が黒だから余計に埃が目立つぞ」
「うげーっ。本当じゃん。オレさまが、なんでこんな目に…」
 貴賓室の後始末も大変だろうなと思いながらテマリとカンクロウは、天井が抜けめちゃくちゃになった部屋を後にした。築50年以上が経過した建物は、歴史の重さとともに老朽化も進んでいた。


 思わぬ事件で再び我愛羅が、いつものように心を開いたことが、ナルトには嬉しかった。午後の視察は、それぞれが着替えに帰ったこともあり、結局、中止となった。空いた時間を利用して、ナルトは、いつも自分たちが利用していたサバイバル演習場に我愛羅を連れて行った。
「ここだってばよ。ここで、オレとサスケとサクラちゃんは、いつも修業していたんだ」
「うちはサスケか」
「ああ…。お前もよく知ってるあのサスケさ。…アイツもオレもここで強くなった。オレは、なんでもできるアイツに負けたくなくて、アイツみたいになりたくて…ウスラトンカチってアイツによく言われながら、修業してたんだ。オレは、なかなか影分身もできなくて、卒業試験も何度も落ちるようなドベからの出発だったけど、いつかトップで卒業したサスケに追い付きたくて仕方がなかった」
 ナルトは、そこかしこにあるサスケとの思い出を我愛羅に話しながら、時折、今はいない友人のために遠い目をした。
「アイツを大蛇丸から取り戻す。だから、オレは、お前らが里に帰った後、エロ仙人…いや、自来也先生と修業に出る予定なんだ。あと、三年ぐらいは大丈夫らしいけど…オレは、サスケを取り戻すためにもっともっと強くなんなきゃなんねぇ。…そして、サスケ助けて、ついでに他の仲間も助けて…最後は、火影になるんだ」
 我愛羅は、迷いのないまっすぐなナルトの志を羨ましく感じた。自分にないもの…それは、おそらく、自分自身を信じる力なのかもしれないと我愛羅は思った。
「ナルト…お前は、今より、ずっと強くなるはずだ。…お前の中にある尾獣の力…それを完全にコントロールできるようになれば…だが、それは、容易なことではない」
 我愛羅は、その力の巨大さを知っていた。尾獣は、尾が増えるほど凶暴さを増すという。一尾の力すら、持て余している自分と違って、ナルトの中に封じ込められているのは九尾だった。その力を制御することは、もはや我愛羅の想像を超えていた。しかも、幼少のころから、我愛羅の中のバケモノは、我愛羅の意志に反してたびたび表に現れた。そして、時に優しく囁きかけ、時に脅かし、頭痛とともに心を弄んだ。
…オレは、醜い守鶴が嫌いだったし、到底、ナルトのように自分の一部だとは思えなかった…いつか、アイツを追い出して、オレは、自分を取り戻したかったんだ…だが、アイツを追い出せば、オレの存在もまた消えてしまう…オレは、オレ自身を嫌悪しながら生きていた…自分を信じることなどできないまま、自分を愛しているふりをして…
 我愛羅が見る限り、ナルトはまだ、ほとんど九尾の力を使っていないように見える。人柱力として、体内に別の生物を宿す違和感は、そうでない者には到底理解できるものではなく、これまで、誰ともそんな話をしたことがなかった。
「我愛羅…。オレは、お前に話しておきたいことがあるんだ」
「…なんだ」
「"暁"って組織、聞いたことあるだろ!?」
「各里の抜け忍で構成する傭兵組織だ」
「ああ。アイツら、人柱力を狙っているらしい。"暁"にいるサスケの兄ちゃんが以前、オレに接触してきたことがある」
「…人柱力を狙う奴らは、これまでも大勢いた。だが、"暁"か…」
「我愛羅も気をつけろよ。アイツら…絶対、お前も狙ってくるってばよ。あと、三、四年後って言っていた」
「…大蛇丸に加えて"暁"か…厄介だな」
 人柱力であるということは、それ自体が生きることを困難にする上に、常に存在を狙われるという危険性を背負っていた。子供の頃にも、何度か誘拐されかけたことがあったが、それは、年月を経ても変わらない事実だった。
「まぁ、あんまり心配ばっかしてると、滅入っちまうからよ、それまでに、強くなりゃいんだよ。オレ達も…。それこそ、誰にも負けねぇぐらいに。そしたら、いつの間にか、里一番になれるだろ。強くなることと、火影になることは、結局、同じような気がするんだ」
「ナルト…」
「我愛羅は、今でも十分強いと思うけど…お前も多分、もっともっと強くなるはずだから…。目指そうぜ。一緒に、里一番を!!」
「…だが、オレは、風影になることを誰からも望まれてはいない…」
「そんなのオレも一緒だってばよ。でも、誰かに望まれてなるんじゃなくて、オレがそうしたいからそうするんだってばよ」
「……」
 我愛羅は、ナルトの単純さとそれを上回る意志の強さを羨ましく思った。いくらナルトに強く背を押されても、様々な事情から、簡単には決意できない我愛羅だった。
「そうだ。我愛羅にオレのとっておきの忍術を見せてやるってばよ」
「お前のとっておき?」
「へへ…さっき案内していたエビス先生もイルカ先生も…実は、エロ仙人も大のお気に入りのオレの十八番だってばよ」
 ナルトは、深刻な表情の我愛羅を驚かせるために、変化の術を使った。現れたのは、髪の長いナルトの女の子番だった。
「これが、泣く子も黙るお色気の術だってばよ」
「……」
 我愛羅は、腕組みをしたまま、無表情で女の子化したナルトを見ていた。
「どう?オレってば、可愛い!?」
「……」
「…ちぇっ…」
 全く反応をしない我愛羅としばらく見つめ合うとナルトは、諦めて術を解除した。
「せっかく、喜ばせようと思ったのに反応なしかよ…」
「……」
「自信あったんだけどなぁ…」
「…知らない女より、オレは、いつものお前の方がいい」
 我愛羅は、そう言うと元通りになったナルトを睨んだ。ナルトは、急に照れくさくなり、頭を掻いた。


「我愛羅が、謁見を申し込んできただと!?」
「はい。来賓室でお待ちいただいてます」
「…なんだろうな。まぁ、いい。通せ」
 ツナデは、昨日の我愛羅の様子を思い出すと、礼を言ういい機会でもあるし、その器を測ってみたいと考えた。間もなく、シズネに伴われ、我愛羅が姿を現した。
「どうした。そなたが謁見を申し込むなど…意外だな」
「……」
 我愛羅は、黙ったまま部屋の中に入るとツナデの前で立ち止った。
「火影に尋ねる」
「なっ…なんだ。…昨日のこともあるし、私もお前に興味を持ったところだ。なんでも尋ねるがよい」
 ナルトと同じ年とは思えない、その不遜なまでの落ち着きにツナデは、一瞬ひるんだ。
『こいつは、人にモノを尋ねる礼儀というものを知らんのか。この私に挑んでくるつもりか?』
 我愛羅は、ツナデの前で腕を組むと睨むようにして言葉を続けた。
「火影の資質とはなんだ」
『や…やはりコイツは、私にケンカを売る気だ!』
 ツナデは、唐突な質問に気分を害した。火影本人にその資質を尋ねるということは、次に非難の言葉を用意していることが定石だった。
『クソ…こんな、ガキに負けるわけはいかない。私は、現役の火影だぞ』
「なぜそんなことを聞きたがる!?…砂瀑の我愛羅…お前は、風影にでもなるつもりなのか!?」
 我愛羅は、本心を見透かすようなツナデの一言に一瞬、眉間にしわを寄せた。
『ふん…そういうことか。コイツ…ナルトの奴に、触発されたな。どうせ、ナルトに、風影になって一緒に同盟を組もうとでも言われたんだろ。アイツの考えそうなことだ。そして、コイツは、ナルトほど単純ではないから、大方、自信がなくなってここに来たというわけだな』
 ツナデは、再び自分に主導権が戻ったことが分かると、我愛羅に対してこう言った。
「せっかく木ノ葉まで来ているのだ。年若いそなたに、一つ教えてやろう。火影は、木ノ葉の忍者の頂点だ。そして、木ノ葉では、忍者になるためにまず、木ノ葉アカデミーの入学条件に当てはまらねばならない。こうだ。"一つ、里を愛し、その平和と繁栄に尽力する志を持つものであること、二つ、不撓不屈の精神を有し、たゆまぬ努力と鍛錬を行う者であること、三つ心身ともに健全であること"。つまり、それを誰よりも具現化できる忍であること、それが火影の資質だ」
 ツナデは、歯切れよく、たたみかけるように我愛羅に言った。
「……」
 我愛羅は、かつて似たような文面を見た記憶があった。それが何であったのかを思い出すと、下唇を噛み、拳を握りしめた。
「どうだ。砂にも忍となるための条件があるだろう。お前がもし、風影を目指すつもりなら、まず、それを確かめるがよい。影とは、忍の里の頂点だ。己の命は、己のものではなく、里や多くの忍たちを守るためのものだ。砂の里のために命をかける覚悟があるのなら、お前も堂々と風影を目指すがいい」
「…火影の教えに感謝する」
 我愛羅は、入って来た時とは裏腹に、礼儀正しく一礼をするとその部屋を辞した。
「…ったく、緊張させるガキだな…。でも…おもしろい」
 ツナデは、シズネを呼ぶとお茶を入れさせた。
「砂瀑の我愛羅か…。バキが心配するよりずっと、筋金入りじゃないか」
 ツナデは、大いに笑った。そして、会えば会うほど、我愛羅を気に入ったのだった。


『あれは、あの時、オレが破りすてた宣誓書と同じ内容だった…』
 我愛羅は、控室に戻るとソファに倒れ込んだ。
…これが新入生誓いの言葉だ。今からこれを読み上げて、風影さまに宣誓しなさい…
 アカデミーに入学する際に我愛羅は、担当教師から一枚の紙切れを渡された。目の前には、父である四代目風影が立っていた。
   …私は、入学に当たり、次の三つのことを風影と砂の里の民に誓う…
   …一つ、私は、里を愛し、その平和と繁栄に寄与する忍となることを誓う…
   …二つ、私は、不撓不屈の精神を有し、たゆまぬ努力と研さんに励む忍となることを誓う…
   …三つ、私は、里のために身命を賭す忍となることを誓う…
 我愛羅は、宣誓書を一瞥すると、破り捨てたのだった。そして、慌てた教師の質問が終わらぬうちに、四代目風影から発せられた疾風塵により、壁に叩きつけられた。我愛羅の目の前には、微動だにせず、仁王立ちしている風影がいた。
……逆らうことは、許されないと知っているはずだ…忍になるのがいやなら、今すぐお前を殺すまでだ。里を守る気のない人柱力は、生きている価値すらない……
『あの時の宣誓書がまさかこんな所で関係してくるとはな…』
 我愛羅は、自嘲した。ナルトとの違いを決定的に思い知らされた気がした。宣誓を拒んだのは、一項目めに怒りを感じたからだった。
…里を愛しその平和と繁栄に寄与する忍…
 自分の生命を脅かされ生き残ることに必死だった6歳の自分。…その自分を脅かすものは、父であり、里の人々だった。そして、忌み嫌うのも父と里の人々だった。そんなものたちを無償で愛して、その平和や繁栄を願うことなど到底できるはずがなかった。
与えられることなく、与えることのみを要求されても、我愛羅にはそれに応えられるものが何もなかったのだ。
『…絶望的だな…』
 風影を目指す…それは、ナルトが言い始めたことだったが、我愛羅なりにその可能性を模索しようとしていた。しかし、どこにもその回答が見つからず、途方に暮れる一方だった。
「我愛羅…。なんだ、もうツナデのバアちゃんとの話は終わったのかよ。待たせちまって悪かったな。そこで、ちょっとイルカ先生とあったんで昨日のことを話してたんだ」
 ナルトは、ソファに横になっている我愛羅の側に寄った。
「…お前…まさか泣いてんのか!?…ツナデのバァちゃんにいじめられたんだな。くそぅ。オレが、仇とってきてやるってばよ」
「待て。ナルト…オレは、眠いだけだ。お前を待ってたら、あくびが出た」
「我愛羅…」
 我愛羅は、片腕で瞳に浮かぶ涙をごしごしとぬぐった。
「あのさ、気のせいかもしれないけど…なんかさ。お前ってば、最近、妙にあせってるっていうのか…なんか、迷ってるっていうのか…」
「お前のせいだ」
「えっ!?オレが原因なの!?」
「お前が変な術を見せるから…」
「えっー?なんだよ。我愛羅ってば、全然、興味なさそうにしてたくせに…お前ってば、ひょっとしてむっつりスケベなのか?!」
「……」
 ナルトのレベルに下りれば、こんな苦悩さえ馬鹿らしいということになるのかもしれないと我愛羅は思った。
『…だが、これが現実なんだ…』
 我愛羅は、今更ながらに風影への道が険しいことを知った。


 その日の夜、ナルトは我愛羅をラーメン一楽に連れて行った。
「おっちゃん、オレみそ大盛りね。我愛羅は、何にする?」
「お前と同じものでいい」
「じゃ、みそ大盛り二つ」
 そこは、カウンターになっていて背後は、路地に面していた。我愛羅は、店全体を珍しそうに見渡した。砂の里でも同じようなカウンターの店を見かけたことがあったが、入ったことはなかった。
「こっちの子は始めてみる顔だな」
 ラーメン屋の店主テウチは、渋い顔でにっこり笑った。
「オレの友達。砂の里から留学して来てるんだ」
「へえっ、砂の里。そりゃ遠いところから来たもんだ。うちのラーメンは一度食べたら、遠くの里の忍も、変装して食べにくるって有名なんだ。味に国境はねぇからよ」
 ラーメン一筋30年の店主は鮮やかな手並みで、麺の湯切りをすると丼鉢にくるりと入れた。そして、スープを注いで具を丁寧に並べるとナルトと我愛羅の前に置いた。
「へい。お待ち!!」
「へへっ。ラーメン、ラーメン♪」
 いかにもナルトは、楽しそうに箸を割ると、勢いよく食べ始めた。我愛羅も真似をして食べ始めた。初めて食べる味だったが、どこか懐かしい味がすると我愛羅は思った。音を立てながら、ナルトはずるずるとすごい勢いだ。
「こっちのお客さんは、上品だね。でも、ラーメンは、ナルトみたいにスピードが大事だ。そうでないと麺が伸び切っちまって、スープが美味くからまねぇ。何事も食べ時ってものがあるからね。さ、勢いよくかっこみな」
 店主は、我愛羅に食べ方の極意を伝授すると、嬉しそうにまたにっこりと笑った。
…木ノ葉の人間は、皆、温かい…
 我愛羅は、出会った人たちに優しく微笑まれるたびに繰り返しそう感じていた。
「あ〜。美味かったってばよ。我愛羅は、どうだった?」
「ああ。美味かった」
 そう言いつつも我愛羅の丼鉢にはまだ、半分ほどラーメンが残っていた。
「お前ってば、ホント少食だな。今は、同じぐらいの背丈だけどそのうち、オレは大男になって、お前はチビのまんまってことになっても知らねぇってばよ」
 ナルトは、我愛羅の前から食べかけの丼鉢を移動させると、残りをたいらげた。
「おっ、ナルトだ」
 のれんをくぐって入ってきたのは、秋道チョウジだった。
「昨日は、大変だったらしいな」
 連れは、奈良シカマルだった。事の詳細をどうやら、テマリに聞いたらしい。
「あれ?テマリのねぇちゃんといのは一緒じゃねぇの?」
「ああ。いのはテマリと一緒に、ラーメンより栗羊羹だって、さっさと"甘栗甘"に行っちまった。女はすぐこれだからな…」
 いのシカチョウトリオの三人組だったが、食事時は、男女別行動となるらしかった。
「なんでいのは、焼き肉Qで10人前食って、寿司食い放題の後、締めがラーメンじゃ、そろそろ別行動したくなるって、いつも言うんだろうね。あっ、オレ、とんこつ大盛り食べ放題ね。ねぎたっぷり入れてね」
 チョウジは、そう注文した後でナルトの前にある割り箸箱に手を伸ばした。
「げっ…砂瀑の我愛羅…」
 チョウジは、そのまま固まった。
「夕食は、来賓室で用意されてるんじゃなかったのか」
「ああ。今日は、特別。我愛羅にここのラーメン食わせたかったから」
「…ふうん。お前の前に丼二つあるけどね」
 我愛羅は、目の前にあった箱から割り箸を取ると、固まっているチョウジに無言で差し出した。
「……」
「あ…ど…どうもありがとう…へへへ…」
 チョウジは、思いがけない我愛羅の親切に緊張しながら礼を言った。我愛羅たちが来ていることは、さっきまでテマリと一緒に焼き肉を食べていたので十分承知しているはずだった。しかし、中忍試験の時のあの我愛羅の様子を思い出すと、とても平常心ではいられないチョウジだった。
「あードキドキする。ラーメン大盛り食べ放題なんか頼むんじゃなかった。もう、胸がいっぱいでとても食べられないよ…」
「そりゃ、すでに腹いっぱいの間違いだろ。まぁ、お前の場合、どこからが腹で、どこからが胸なんだか、よくわかんねぇけどな」
 シカマルは、なんだかんだ言いながら、出されたラーメンをよどみなく流し込むチョウジに呆れていた。
「じゃ、オレたちは、先に帰るから…。行こう。我愛羅」
 ナルトは、椅子から勢いよく飛び降りると、隣の我愛羅に手を差し出した。我愛羅は、その手を無視して椅子からひらりと飛び降りた。
「うわぁ…やっぱり砂瀑の我愛羅だ…」
 チョウジは、間近で見る我愛羅の姿を目で追った。
「なんか…超クールでカッコいいね…」
 割り箸を渡してもらったことですっかり、警戒心が薄れて、恐怖はあこがれに代わっていた。


 テマリといのは、木ノ葉茶通りにある"甘栗甘"という甘味処で栗羊羹と栗ぜんざいのセットメニューを食べていた。
「テマリさんが来てから、女子会ができるんでとっても嬉しいです。今度、サクラって子も誘ってかまいませんか?」
「ああ。構わないよ。女の子は、多い方が楽しいからね…」
「テマリさんってなんかカッコいいですよね。女として憧れます」
 いのは、さっぱりした男勝りの性格のテマリにぞっこんだった。あこがれのおねぇさんと一緒にこうして夜の茶通りをぶらぶらできる、その幸せをかみしめていた。
「砂の里にも今度遊びに行っていいですか?!」
「ああ。許可が出たらいつでも来るといい」
「砂の里って女の子は一度は行ってみたいところなんですよねぇ。砂漠で月とか星とかみたらきっとロマンチックだろうな」
 いのは、ついつい大きな声で話していた。
「しっ…。私たちが砂の里のものだと知って警戒する者もいるかもしれない」
「あっ…す…すみません。つい、私ったら…」
 ここは、木ノ葉の里の商店街だった。戦争は終結したとはいえ、まだ、里のあちこちに木ノ葉崩しの時の破壊の跡が残っていた。昨日の三代目の孫が言ったように、まだまだ砂の里の者に対して快く思っていないものも多いはずだった。無用な騒ぎは起こしたくない、また起こしてはならなかったのだ。
 しかし、テマリの心配をよそにすでにその時、彼女たちの周りに見えない影が忍び寄ってきていた。
 甘味処を出ると二人は、シカマル達との待ち合わせ場所に向かった。途中、少し人通りの少ないところに出ると、彼女たちの前に数人の男たちが現れた。
「何者だ」
「名乗るほどのものじゃありませんよ。お嬢さん」
「……」
「アンタ…砂の里から来たそうじゃないか」
「テ…テマリさん」
「大丈夫だ。見ればただの町人じゃないか。私は砂の里の忍だ。下手に近づくと怪我をするよ」
 テマリは、背中に手をやった。
「ちっ…しまった。扇子を置いて来ちまった」
 食事に出るのに邪魔になるからといつも背負っていた忍具を今日は、置いてきてしまったのだ。まさか、こんなことになるとも思わず油断していた。テマリは、右足のホルダーに刺したクナイを確認すると、彼らと間合いを取った。男たちは、皆、木刀を持っていた。
「かかってきな」
 負ける気はしなかった。体術についても一通り、マスターしているはずだった。また、いざとなれば、幻術を使ってこの場から抜け出すことだってできるはずだった。しかし、彼らが上段に振りかぶったその時、テマリの左足に痛みが走った。誰かが手裏剣を放ったのだった。
「…し…しびれる…。こいつら毒を塗ってたのか…」
「テマリさんっ!!」
 いのは、ふらつくテマリを支えた。
「お前たち…忍か」
 男たちは、無言で殴りかかってきた。
「やめろってばよ!」
 通りかかったのは、ナルト達だった。
「テマリ…」
 我愛羅は、テマリに駆け寄るとその傷口を見た。
「毒?」
 紫色に変色したそこは、血を流しながらみるみる腫れていった。
「すみません。私のせいなんです。私が…砂の里の話なんて大きな声でしてしまったから…テマリさん。ごめんなさい」
 いのは、反泣き状態で説明した。ナルトは、男たちと応戦中だった。数は多いものの一人ひとりの戦力は大したことがなさそうだった。我愛羅は、いつも斜めにかけている白布を引き裂くとテマリの左足の大腿部を強く縛った。そして、傷口から毒を吸い出すために唇をあてた。我愛羅の足元で危険を知らせるように砂が蠢いていたが、それを抑制しながら、テマリの毒を吸った。
「我愛羅…駄目だ。そんなことをしたら、お前の体に毒がまわる」
 テマリは、無言で毒を吸い出す我愛羅を止めた。
「やめろ。我愛羅。やめるんだ…や…めろ」
 テマリの意識が次第に薄くなり、静かになったと思ったら気を失っていた。
「我愛羅…こっちは片付いたけど…そっちは…!?」
 ナルトは、男たちを軽く叩いて気を失わせるとテマリと我愛羅の元に走った。
「…応急処置はした…これで死ぬことは…な…い…」
「我愛羅っ!!」
 テマリの毒を吸い出すと、我愛羅もまた気を失った。ナルトは、我愛羅の口の周りについたテマリの血を拭った。
「我愛羅っっ。我愛羅ってばよ」
「ナルト!!」
 さらに駆けつけてきたのは、シカマル達だった。
「シカマル、テマリのねぇちゃんと我愛羅が…」
「急いで運ぼう。チョウジといのはテマリを運べ」
「オレとナルトは、我愛羅だ」
 それぞれをはさむようにして肩を貸すと木ノ葉病院へ彼らは向かった。
「毒の種類は一体何だ?ああ…ちょっとオレが目を離したすきに…あの時別行動なんかするんじゃなかった。すっかり油断してた。すまないナルト」
「オレに謝られても…」
 シカマルは、テマリといのを別行動させてしまったことを悔いていた。アカデミーの事件は、町の縮図だ。木ノ葉丸でさえああなのだから、まだ町のいたる所に遺恨は残っていてもおかしくはなかったのだ。だからこその要人警護であり、これは、Aランク任務の仕事だったのだ。
「テマリっ!しっかりしろ!!」
 昨日の件は、我愛羅が穏便に処理したらしかった。しかし、たび重なる木ノ葉の不祥事に、もしも二人の身に何かが起これば、砂の里が黙ってはいないだろう。シカマルは、唯一の中忍としてその責任の重大さを痛切に感じていた。
「テマリと我愛羅は!?」
 すぐさまカンクロウも木ノ葉病院に駆けつけてきた。
「すまない。カンクロウ。オレがついていながら…」
 カンクロウは、いきなりシカマルを殴っていた。
「どういうことじゃん。一度ならず二度までも…ことと次第によっちゃあ許さねぇぞ…」
「…シカマルのせいじゃねぇってばよ。いきなり手をあげんなよ」
 ナルトは、シカマルとカンクロウの間に割り込んだ。
「ナルト、お前もだ。もしも、我愛羅になんかあったら、オレは、お前を殺す!!」
 カンクロウは、殺気立っていた。こいつは本気だとナルトは思った。やがて、処置が終わり二人は病室に戻された。まだ、意識は戻っていなかった。ナルトは、我愛羅の枕元に立って、その青ざめた顔を見下ろしていた。
…我愛羅…お前は、自分の姉ちゃんを助けたかったんだよな…お前は…こんなに…こんなに命かけて大切な人を守ろうとしてるじゃねえか…なのに何迷ってんだよ…
「ナルト…」
 テマリと我愛羅の間に座るカンクロウは、我愛羅を見ながら、ぼろぼろと泣いているナルトに気がついた。
「我愛羅は…必死だったんだ…自分の身が危ないとか…そんなこと、考える余裕もないくらい…」
「…すまない。お前やシカマルのせいじゃないことぐらいオレにだって分かってたのに…」
 カンクロウは、木ノ葉に来てからナルトのお陰でどれほど我愛羅が変わったのか誰よりもよく知っていた。そして、こうして我愛羅のために素直な涙を流せるからこそ我愛羅の心を開き、立ち直らせることができたのだということも十分承知していた。
「テマリさんの方は、応急処置がよかったので、間もなく目覚めると思いますが…」
「が!?…がってなんだよ。がって…。我愛羅はどうなるんだよ」
 カンクロウは、言葉尻を捉えると看護師に詰め寄った。
「解毒剤は、処方しましたが、なかなか飲み込んでくれなくて…その…砂が邪魔をするんです」
「砂が!?」
「はい。この毒に効く毒消しには、別の種類の毒を少量使うんですが…どうやらそれに反応するらしく…」
「ちっ…オートの砂かよ。こんな時に…」
「ちょっとでも意識を回復してくれれば、その時に自分で飲んでもらうしかありません…」
「そんな馬鹿な事があるかよ」
 看護師は、そう言うと毒消しの器を枕元に置いて出て行ってしまった。
「砂の里の人間だって…馬鹿にしてんのか。アイツら…」
「オレに貸せってばよ」
 ナルトは、毒消しの器をカンクロウから受け取ると、一口それを口に含んだ。そして、我愛羅を抱き起こすとそのまま口移しで与えた。最初は、咳きこみ吐き出してしまったが、ナルトは、繰り返し続けた。
「ナ…ナルト…」
「我愛羅、飲み込め。こんなところで死んでどうするんだ。お前は、オレと一緒に風影目指すんだってばよ」
「風影!?…我愛羅が…?」
「そうだってばよ。こいつは、風影、オレは、火影を目指すんだってばよ」
 ナルトは、器が空になると二杯目をシカマルに持ってこさせた。
「こいつが、目覚めるまでいくらでもオレが飲ませてやるから…ぜってぇ死なせないってばよ…」
 ナルトは、我愛羅に呼びかけながら、毒消しを飲ませ続けた。
「…ナ…ルト…」
 四杯目の途中で我愛羅の意識が戻った。
「我愛羅…」
「オレ…は…」
「もう大丈夫だってばよ。ちゃんとお前のねぇちゃんも無事だったから…」
「…アレは、テマリだったのか…」
 我愛羅は、咄嗟に取った行動に記憶があいまいだった。初めは、テマリだという意識があったが、途中からは、そこでそうする必要性があったからそうした。それだけだった。
…オレは、誰かの役に立てたのだろうか…
「我愛羅…」
 上から落ちてくる雫に気がつき見上げるとナルトが大粒の涙をこぼしていた。
…あの時見た雨のようだ…
 我愛羅は、ナルトと眺めた五月雨を思い出していた。
…こいつもよく泣く…
 ナルトの涙を見るのは何度めだろうか。素直に感情を表すその様を見ていると、まるでその涙が呼び水のように我愛羅の感情を刺激する。
「ナルト…泣くな」
「泣いてなんかいねぇってばよ」
 ナルトは、そう言いながらまた、ぼろぼろと涙をこぼした。我愛羅は、側にあったナルトの手をそっと握った。


 事件は、すぐさまツナデの元に報告された。
「まずいな。木ノ葉崩しの記憶も醒めないうちに彼らを受け入れたのは、やはり、時期尚早だったか。このまま、砂の里が黙ってるはずがない。一度ならず二度までも木ノ葉の人間に彼らが襲われたとあっては…飼い犬に手を噛まれるとはこのことだな」
 三姉弟のうちの二人までもが病院送りの重体になってしまったことをツナデは、深刻に受け止めていた。今日明日にでも砂隠れのバキに何らかの報告をせねばならなかった。いや、すでに遅すぎるのかもしれない。カンクロウからの伝書鳥が先に着いてしまえば、情報隠しと責められても仕方がなかった。
「どうすればいいんだ。せっかく和解のための交換留学なのに…このまま、また戦争にでもなったら…」
 木ノ葉も再興している最中だった。まだ、その傷も癒えていないのに新たなる火種を抱えてしまうとは…。しかも、砂隠れは、風影が空席状態だ。このまま、戦争に突入することになれば、他の里が介入してくることは間違いなかった。
「ツナデさま。我愛羅様が、謁見を申し込んでおります」
「我愛羅が…!?もう動けるのか?」
「はい。テマリ様はまだのようですが…」
「…さすがは、人柱力。回復力が常人とは違うと聞いていたが…。よし。通せ」
 ツナデは、我愛羅が訪ねてきたことで道が開けることを確信した。
 やがてシズネに案内されて我愛羅が部屋に現れた。
「…まだ、顔色が悪いようだが…動いても平気なのか!?」
「心配は無用だ。急ぎ、相談することがある」
「そうか。まぁ、座れ。私も丁度、そなたに相談したいことがあったのだ」
「……」
 ツナデに促され、我愛羅は着席した。まだ、めまいがしたが、事態は、急を要した。謁見は、ツナデの謝罪から始まった。
「一昨日、昨日と我が里の者が迷惑をかけた。すまなかった。許してほしい…とは、はなはだ虫のいい話であるが、火影として今、砂の里とは事を構えたくない。寛容なる判断と理解を示して欲しい」
「同感だ。砂と木ノ葉は、いまやっと新しい道を探り始めた。この道をオレも閉ざしたくはない」
 ツナデは、我愛羅の即答にはっと顔をあげた。目の前の我愛羅は、泰然と座り、まっすぐにツナデを見ていた。
『…こいつは…』
 そこに座っているのは、一介の下忍のはずだった。しかし、ツナデには、そうは見えなかった。
「…まさに、それこそが、今回の交流の目標だ。木ノ葉崩しの様な悲劇は二度と起こしてはならない。…私とそなたの目の黒いうちはな」
 ツナデは、我愛羅を砂の里を代表する者として扱い、最大限の敬意を持って接した。
「火影に異論がなければ、オレたちは、この後もこのまま、予定通り滞在を続けることを希望する」
「無論、異論などあろうはずがない。それこそ、望むところだ。しかし、そなたの里がそれを許すかが問題だな」
「砂の里は、まだ今回の事を知らない。…三か月の無事の滞在…シナリオ通りに事は進む。今後、何があってもだ」
 それは、今後も我愛羅たちの身に何があっても、木ノ葉の責任を不問に付すということだった。
「二度とこのようなことは、起こらない。火影の名にかけて、そなたたちの身の安全は保障する」
「心配は無用だと言ったはずだ。オレたちは、砂の里の忍だ。自分たちの身は、自分たちで守る。木ノ葉は、これからも砂の同盟国だ」
「まさに慧眼、みごとな判断だな。…我愛羅、そなたこそ、風影の器だ。今後もナルトとともに砂の里の長を目指すがよい。期待しているぞ。私で力になれることがあれば、いつでも言うがよい。今回の事は、そなたへの大きな借りだと思うことにしよう」
 我愛羅は、ツナデに礼をするとその場を辞した。
「ツナデ様…。よかったですね。本当に…」
「ああ。…アイツが、あれほどの器とは…思わず、言ってしまったぞ。いや、言わされた…という感じだ。五代目風影、楽しみだな」
 ツナデは、嬉しそうに笑った。そして、まだ、回復していないテマリにカツユを一匹、派遣した。


「いやだ。絶対に嫌だ。虫は苦手なんだ…。しかもナメクジじゃないか。コイツ」
「ワタクシは、ツナデさまのお使いなんです。怖くはありませんから…」
「怖いんじゃなくてキモイんだよ。お前は」
 テマリは、先ほどから小さなナメクジと対峙していた。左足の腫れは引いたものの、まだ、痛みが走った。忍である以上、その痛みが、もしかしたらこの先どこかで命取りになることがあるかもしれなかったが、それよりも嫌悪感が勝っていた。
「自然治癒…それが、砂の里の基本だ」
「そんな基本、あったっけ!?初めて聞いたじゃん」
 カンクロウは、首をかしげた。しかし、テマリは、最後まで抵抗をし続け、ついにカツユは、姿を消した。
「いたた…」
「みろ。だから、治療受ければよかったじゃん」
「…いやだ」
 言い出したら聞かない、それが、テマリだった。
「ところで、我愛羅はどうした!?」
「ナルトのところに戻ってる。アイツの家の方が、病院より、落ち着くらしい…。すっかり、なついちまって…いいのかな。本当に…」
「…なるようにしかならない。もう子供ではないし…今や火影も一目置く存在だ。私たちにできることは、あの子を見守ることだけだ」
「そうだな…。我愛羅が、風影か…それもいいかもな」
「ああ…。初めは、まさかと思ったが…ここに来て、大きく変わったあの子を見ているうちに、なんだか本当にそうなるような気がしてきたよ」
「…オヤジが知ったら、驚くだろうな。きっと…」
「そうだな」
 考えてみれば、こうして木ノ葉に滞在しているのも、父親の死がきっかけだった。出会いと別れ…それは、交互に訪れて、新しい世界を切り拓く。我愛羅にとってもテマリやカンクロウにとっても、木ノ葉の人々との出会いは、この先、大きな意味を持つことになるのだった。


「ツナデのばぁちゃんは、なんて言ってた!?」
「…オレに風影を目指せと言った…」
「だろ!?だから、オレが最初にお前に言ったってばよ」
「…たが、砂は合議制だ。上役全員に認められなければ、風影にはなれない」
「まぁ、火影も似たようなもんだってばよ。だったら、認めさせりゃいい。…そりゃ、人に認められるってのは、簡単じゃねぇから、大変だろうけど、とにかく努力して、ひたすら努力して…どうせ近道なんかねぇーから、とにかく諦めずに努力するしかねぇってばよ。そしたら、いつかオレたちは、夢を掴めるってばよ」
「…努力して…認められる?…」
「うん。オレはさ、最初は、オレ一人でも努力してがんばるつもりだったけど、同じようにお前が、がんばってると思えば、もっともっとがんばれそうな気がするってばよ。それは、お前がこの後、砂の里に帰ってからも、同じ事だと思う。オレは、木ノ葉でがんばるし、お前は、砂の里でがんばる。オレは、お前に会いたくなったら空を見るから、お前もオレに会いたくなったら空を見ろよ。そうすれば二人とも寂しくないはずだってばよ。だって、この空は、ずっーと、ずっーと繋がってるからな。オレもお前も、同じ空の下でお互いに里一番を目指してがんばろうぜ!!」
「…ナルト…」
 ナルトの青い瞳が、我愛羅を見ていた。それは、ナルトの言った自分とナルトを繋いで広がる大空のように澄み切った青い瞳だった。我愛羅は、ナルトの瞳の中に映った自分を見つけると、それを信じてみようと思った。
 


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