風紋


「…サスケ…行くな!」
 ナルトの口からその名前が発せられる時、その右手は宙を掴むように伸ばされる。我愛羅は、ナルトの左手が自分の手を握りながら、もう片方の手がサスケのために差し出されていることを知っていた。そして、そのサスケが掴もうとしている先には、あの大蛇丸の手があった。
「ん…我愛羅…また起きてたのか?」
 ナルトは、隣でじっと自分を見てる我愛羅に気がつくと、眠そうに目をこすった。
「お前の寝言で目が覚めた」
「オレの寝言!?」
「お前、またうちはサスケの名を呼んでいたぞ」
「…ごめん」
「おかしな奴だ。なぜ謝る!?」
「…起こしたみたいだから…」
「別にいい…。サスケは、お前が命がけで守ろうとした友だ。寝言で名を呼んでもおかしくはない」
「我愛羅…」
 ナルトは、夢の中でサスケを追いかけていたことを見透かされ、顔を赤らめた。
「サスケを思うお前の気持ちはよくわかる。…お前が、友のためにどんなに真剣になれるのか…オレは、この目で見てきたからな…」
 木ノ葉崩しの時、樹上に追い詰めたサスケをナルトやサクラが、命がけでかばった。そして、守鶴化した我愛羅に立ち向かった。
「ごめん。もっと話していたいけどオレまた眠気が…」
「…おやすみ…」
 ナルトは、我愛羅に詫びつつ、またすやすやと眠ってしまった。
「……」
 我愛羅は、気持ち良さそうに眠るナルトの側を離れ、ベランダに出た。空には、満月が煌々と輝いていた。


「大変だっ!カンクロウ、我愛羅!!」
 木ノ葉に来て一か月が経ったある日の午後、バキからの密書を持って、テマリが来賓室に戻ってきた。
「どうしたんだ。そんなに顔色を変えて…」
 カンクロウは、テマリの姿に尋常ならざる事態が起きてた事を察した。
「木ノ葉崩しの賠償金の支払いが滞ってるらしい。大名が、木ノ葉崩しに砂が加担した理由を知って支払いを拒んだそうだ。その上、もう今後、砂の里には金を回さないと言い出した。この機会に砂の里をつぶすつもりだとバキは、言っている」
「それって…帰る故郷がなくなるってことじゃんかよ」
「帰るどころか、砂の里は離散、雇用主がなくなれば忍は、廃業ってことになる。しかも我々は、四代目風影の一族として、木ノ葉崩しの全責任を負わされる。いくら、親父が大蛇丸の奸計にハマったからと言っても、砂が木ノ葉に与えた被害は甚大だ。これまでのここでの待遇だって、賠償金の支払いを前提にしたものだ。このままじゃ、戦争犯罪人だ。最後は、見せしめに処刑される可能性だってある!!」
「処刑!?…冗談だろ。なら早いとこ他国に亡命でもしようぜ」
「馬鹿。どこの国が私たちを受け入れるんだ。…逃げれば木ノ葉に指名手配されて、懸賞金目当ての奴らが血眼になって追っかけてくる」
「ならどうすりゃいんだ…」
 砂の里の衰退が目立ってきたのは、三代目が失踪したころからだった。老朽化した屋敷を見れば窮状はおのずと知れた。カンクロウの部屋もあちこち壁板は腐って朽ち果てていた。里全体を見ても、倒壊しそうな建物が多かった。
「これまで里の経済の大半は、四代目が砂金による取引で支えていたんだ。だが、もうそのオヤジもいない」
「……」
「アレは、オヤジにだけに与えられた特別な能力だったからな」
「まさかこんなことになるとはな…くそっ、元はと言えば、木ノ葉の抜け人・大蛇丸のせいじゃんか」
「今さらいっても遅い。…今は、音の里の長だ。あっちとは、まだ戦闘状態だ」
「…このままじゃまずいじゃん」
「ああ…万事休すだな。…でも、もう方法がない」
 テマリとカンクロウは、突然、足元が崩れていく気がした。のんきに留学を楽しんでいる場合ではなかった。突然、自分達がどんな立場だったのか、思い知らされた気分だった。砂の里の経済状態が悪化していることは知っていたが、それは大人たちがなんとかするだろうと思っていた。それが、こんな形で自分たちに降りかかるとは、考えてもみなかったのだ。
「…砂金があればいいのか?」
「我愛羅…?」
 それまで黙っていた我愛羅が、口を開いた。
「…砂金を見つけるのは、別に難しいことではない。オレは砂漠にいた三ヶ月間、砂金を何度も集めた…それを路銀代わりにしていたからな」
「えっ?そうなのか!?」
 我愛羅は、アカデミーの卒業認定試験の際に暗殺されかけ、一時、砂漠に失踪していた。人柱力が脱走したとその頃、里は大騒ぎだったのだ。
「オレの能力は、父さまから受け継いだものだ。…認めたくはないが、忍術のほとんども、幼いころに父さまに教わったものだ。…だから砂金を探すことなど造作もない」
「そうだったのか。…確かに、お前は、オヤジによく似ている」
「でも、あの親父でも里の窮状を救うほどは、なかなか集められなかったじゃん。賠償金は、半端じゃない。木ノ葉の里を復興させるだけの金額だ。この先何年かかるんだか…」
「砂の中から瞬時に堅い鉱物だけを選び出して砂の盾を作ることと、砂金を見つけ固めることは同じことだ。だが、1つの砂丘から取れる砂金の量は、しれている。そんなものに頼るよりは、寧ろ砂漠の下にある新しい資源を利用するべきだとオレは考える。砂に埋もれて誰も気がつかないようだが、砂漠の下には多くの鉱物資源が隠れている。種類も量も膨大で砂金の比ではない。それを利用すれば、もっと効率よく必要な資金を調達できるはずだ」
「お前…いつの間にそんなことを…?」
「あの三ヶ月、オレは無意味に砂漠を放浪していたわけではない。最も、その目的は、砂隠れの里を完全に滅ぼし、父さまを殺し、このオレがこの風の国を支配するための資金集めだったが…。まさか、砂の里の為に使うことになるとはな」
「我愛羅…お前…」
 テマリとカンクロウは、絶句した。我愛羅と父親の確執は、知っていたが、ここまで根深いものだったことに今更気が付かされたからだった。
「お前の遺恨は分かる…だが、今は、里の危機を…」
「分かっている」
 我愛羅は、白紙を取り出すとさらさらと地図を描き始めた。
「ここにその資源が埋まっている」
「すげえじゃん。我愛羅…やっぱりお前は里の最終兵器だよ」
 カンクロウは、我愛羅を思わず抱き締めると嬉しそうに笑った。我愛羅は、その腕をうるさそうに振りほどいた。
「…馴れ馴れしく触るな…」
「あ…すまん。オレとした事が…つい嬉しくて…」
「……」
 我愛羅は、相変わらずだったが、カンクロウには、続きの地図を描く我愛羅がどこか照れているようにも見えた。そして、西の砂漠一帯に鉱物資源が埋まってることが分かると、テマリとカンクロウは、思わず感嘆の声を上げた。
「これ…全部なのか?」
「西の砂漠以外にも探せば、まだあるはずだが…」
 小一時間後、我愛羅は、極めて詳細な地図を書き上げた。描写の緻密な内容もさることながら、記された全てを記憶していることにテマリは、驚嘆した。
「まさか砂漠の下がこんなことになっているとはな。驚きじゃん」
「ああ。ところで、この楕円形で囲んだエリアと帯状のこれは何の印だ!?西に道のように繋がっているが…」
「それは砂ネズミがシムーンにまぎれて発生した場所とその逃走ルートだ。そこには、キャラバン隊が落としていった金塊や財宝が埋まっている。手っ取り早く資金を調達するには、そこを掘り返すといい。オレのチャクラを混ぜた砂を目印代わりに埋めてあるから、感知タイプの忍ならすぐ見つけることができるはずだ」
 我愛羅は、かつて砂漠を放浪していた頃を思い出した。そこには虚無しかないと思っていた。しかし、やっとその時のことが無駄ではなかったことを知った。絶望の中で出会ったナルトという光のように、今、我愛羅が書きあげた地図が、テマリやカンクロウに希望を与えていた。それを目の当たりに感じて、心が温かくなる気がする我愛羅だった。
「よし。これを持って今すぐ里に帰ろう。こんなところでぐずぐずしてられないぞ」
 テマリは、部屋に駆けこんで来た時とは別人のように明るい顔をしていた。その手には、我愛羅の描いた地図が宝物のように握られていた。
「お前たちだけで帰れ。…まだ、オレの用事は終わっていない…。それにオレたちが全員が、木ノ葉を去れば、砂の窮状が知れる」
「我愛羅…」
 テマリとカンクロウは、顔を見合わせた。
「お前の用事?」
 テマリは、ぴんと来なかったようだが、カンクロウにはその理由が分かっていた。
「ナルトか…」
「……」
 我愛羅は、黙ったまま窓の外を見た。
「それもあるが…」
 その先には、火影岩が見えていた。風影になること…それは、ナルトの強い勧めで見つけた新しい目標だった。だが、我愛羅には、まだナルトのようにそれを達成するための強い動悸が見つからなかった。そして、今の状態で帰郷すれば、簡単にその決意が折れてしまいそうな気がして怖かったのだ。
『…ナルトとの約束…だが、それだけでは、弱すぎる。もっとオレ自身が、強くそれを願わなければ…おそらくオレが風影を目指すということを里の皆は受け入れまい。オレの道は険しいはずだ…』
 我愛羅は、かつて心にあった父や砂の里に対する憎悪に比べると、風影になるという願望が、まだ弱々しくおぼろげであることに気がついていた。それは、我愛羅の前に突然、突きつけられた希望だが、掴むにはまだ遠いところにあった。
 途中で、言い淀んだ我愛羅の様子にカンクロウは、深く息をすった。そして、一つの決断をした。
「オレは、我愛羅と木ノ葉に残る。ここでこいつの護衛を続ける」
 テマリは、ちょっと考えたが、やがて頷いた。
「わかった。今回はとりあえず、私が一旦里に戻ってバキ先生と相談する。まずは、賠償金の問題だな」
「テマリ…済まない…」
 我愛羅は、理由も聞かずに了解してくれたテマリに詫びた。そして、これから三日間、一人ぼっちで砂漠を渡る事がどんなに辛いことかテマリの心情を察した。
「バキは、西の砂漠にも詳しい。きっとオレたちの味方になってくれるだろう」
「わかった。明日の早朝立つ。…カンクロウ。我愛羅を頼んだぞ」
 テマリは、それから午後の予定を切り上げると、旅支度のためにシカマルの家に戻った。


「急に帰るなんて、いったい何があったんだよ」
 突然、荷物をまとめだしたテマリにシカマルが心配そうに声をかけた。
「里に急用が出来た。用事が片付いたら、我愛羅を迎えにまた戻って来る…」
「あわただしいな。…足は、もう平気なのか!?」
「私の事が、そんなに心配かい!?」
「…いや、別にそういうわけじゃねぇけど…」
「まぁ、私はアンタより強いからね…心配には及ばないよ」
「…なこと言ったって、この前、お前助けたのはオレだからよ…」
「あれ…そうだったかな」
 テマリは、シカマルを適当にあしらいながら、手際よく荷物をまとめた。
「なんだこれ?」
 シカマルは、机の上に置かれた見慣れない地図に手を伸ばした。
「ばかっ、触るなっ!!」
 テマリは、慌てて取り上げると、形相を変えてシカマルを睨んだ。
「おいおい…なんだよ。引っ張ったら破れるだろ?」
「これは…私たち命綱だ。…大事な…地図なんだ」
「テマリ…お前…」
 張りつめていたものが、シカマルの一言ではじけた気がした。テマリは、弟たちの手前、ずっと冷静さを装っていたが、我慢の限界だった。誰かに自分たちの命が危機にさらされていて、それを救うのが、我愛羅が記したたった一枚の紙切れだということを打ち明けたかった。
「…うっ…」
「…テマリ」
 シカマルは、突然涙ぐんだテマリを衝動的に抱きよせた。
「…なんだ、この手は…」
「えっと…他意はねぇけど…その…オレでよけりゃあ、相談に乗るぜ。…ちょっと面倒くせえけどな…」
 テマリは、強がることで自分を支えてきた。弟二人は、そんな姉の気持ちを考えず、いつも好き勝手し放題だった。テマリに言わせれば、カンクロウも我愛羅も大して差がなく、いつも心配ばかりかける困った弟たちだったのだ。


「ふうん。なら、まずは、この印を付けたところの開発の権利を手に入れることだな。もともと人が住んでいない荒地ってんなら、こっそり運び出すという手もあるが…長期で考えれば、権利を持ってることが肝要だ」
 シカマルは、噂にたがわぬ明晰な頭脳の持ち主だった。テマリは、それに掛けてみることにした。迷いはあったが、これまでの様子から、シカマルの分析と戦略を聞いてみたいと考えた。そして、自分とバキとシカマル、三人の出した結論を比較してみたいと思った。参謀としてこれから我愛羅を支える適性が自分にあるのだろうか、テマリはそれが知りたかった。
「おそらくこの青の洞窟だけでも、これまでの10年分の砂の里の予算になるだろうな。ラピスラズリは、魔力がある宝石だと言われている。だから、どこの国の大名も皆、金以上に欲しがってるんだ。それに五大国以外の王族連中にも人気がある。コイツは『天空の破片』と呼ばれ、鎧を作れば、永遠の魂が得られるといって葬儀に用いられる。それが、洞窟いっぱいあるってんだから驚きだな」
「なら、こっちはどうだい。ダイヤモンドの鉱脈らしいが…」
「こっちの価値は、青の洞窟以上だ。ダイヤは全ての鉱物のなかで最強硬度を誇る代物だ。なにより磨けば、最も貴重な宝石だ。兵糧丸大の一粒で俺の一生分の給料に匹敵するはずだ」
「一生分って…お前の給料は、それっぽっちなのか?」
「…そうじゃなくて…こっちの値がそれほど張るって意味だよ。…面倒くせえな、ホントに…」
 テマリは、その地図に記されたわずかな場所に驚くほどの価値があることを知った。そして、我愛羅があれこれ書いているものがどのような価値を持つのか理解したのだ。
『だが、我愛羅は、いつの間に鉱物の専門的な知識を身に付けたんだろう!?アカデミーでは習わなかったはずだ…たった一人でこれだけの地図を作りあげるなんて、一体…』
…最も、その目的は、父さまと砂隠れの里を完全に滅ぼし、オレがこの国を支配するためだったが…
 テマリは、我愛羅が本気で父と里を滅ぼすつもりだったことを改めて思い知らされた気がした。
『…それほどに、あの子の心の傷は、深かったんだ…』
 我愛羅の憎悪への終局にテマリは身震いをした。ナルトとの出会いがなければ、今もなお、我愛羅の中でその計画は生きていたに違いない。何も言わずにたった一人で事を進める我愛羅の用意周到さと実行力にテマリは、改めて敬意と畏怖を感じた。それは、父親である風影に対する気持ちと似ていた。
…本当に…あの子は、オヤジ似だ…
 テマリは、質問がある個所を順番に指差した。シカマルは、一つ一つそれを解説した。
「こっちの燃える水は、湖を丸ごと地面に沈めたようだと我愛羅は言っていたが…」
「燃える水…石油だな。新しい技術が開発されれば、最も重要なエネルギー資源になるはずだ。砂漠じゃ、コイツを使って海水を蒸発させ、真水を取り出すって方法がある。真水は金と同様の価値があるんだろ!?」
「ああ、その通りだ。金も大事だが、何より貴重なのは飲める水だからな」
「お前ら、これだけの資源があれば、大名に匹敵するだけの資金力を持つことができるぜ。富による圧倒的な支配、富は力だからな。元々、砂隠れが衰退したのは、大名による里への予算の打ち切りが原因だったんなら、為政者の気まぐれに頼らず、この際、経済的に自立した里を目指すといい。お前らは、砂の里だけでなく、風の国も支配できるぐらいの資産家になるはずだ」
「……」
 テマリは絶句した。風の国全体の支配など途方もない話と思っていた。だが、シカマルは、テマリの驚きを横目で楽しみながら、さらに続けた。
「風影の座は、空席だっていうじゃないか。なら、我愛羅が風影になるまで合議制にかこつけて空のまま維持して、他の勢力の台頭を防ぐといい。まぁ、砂の里のオーナーになれば、それぐらいたやすいことだろ」
「風影になるには、上役達全員の承認がいる。それも金で買収するのか!?」
「その手もあるが…それじゃ、短命な政権しか築けない。表面的だからな。腐敗する元だ。それより上役選挙のスパンは?」
「毎年、三分の一ずつ入れ替えだ。相談役の古参は、当面固定だが…」
「なら上役連中を三年間でお前ら側の人間と総入れ替えするんだ。新たな執行体制、つまり我愛羅の新体制を維持できるように側近全員で固めるんだ。相談役の古参は、どうせ我愛羅をガキだとなめてかかるだろう。それを逆手にとって彼らの傀儡にできると騙すんだ。風影になってから、古参は追放すればいい。ところで政治の世界は、硬軟の使い分けや裏表が必要だが、肝心の我愛羅にそんな芸当ができるかが問題だな…」
「…あの子は、純粋だからな。ああ見えても…」
「純粋な悪魔に見えたぜ。中忍選抜試験のころは…」
「ナルトに出逢わなかったら今もそうだったはずだ」
「なるほど。全てはナルトの影響力か…」
「我愛羅は、あの子に出会って変わった。この非常事態にもナルトの側を離れたがらない」
「…そりゃ、また重症だな」
「里に帰る日が思いやられる」
「…ああ。オレもだ」
「…なんでお前が?」
 テマリは、シカマルの最後の言葉を理解しかねたが、将棋を刺している時のように楽しそうに謀略を語るシカマルとの会話に心地よさを感じていた。やっと対等に話ができる…そんな相手に巡り会えたことに感謝したい気分だった。そして、始終面倒くせえと口癖を連発しながらも、真摯に自分の心配に向き合ってくれるシカマルにテマリもまんざらでないものを感じ始めていた。
「そうだ。お前、そのまま、私を砂隠れまで護衛をしろ。綱手様に依頼してくる」
「えっ?オレが?…アンタ、オレより強いんじゃなかったのか?」
「ああ。だが、カンクロウがいない分、荷物持ちがいるからな」
「ウソだろ…」
 翌日、テマリは、シカマルを伴って砂の里に出発した。綱手は、挨拶に来たテマリの依頼をその場で快諾した。一応、シカマルには、要人警護の名目が割り当てられた。


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