再会


 戦闘は、三か所で展開されていた。我愛羅は、巨木が生い茂る森を抜けると、大草原にたどり着いた。その中央付近では、あのロック・リーが敵と対峙していた。
「あいつ…」
 中忍選抜試験の三次予選の時とは違い、すでにリーは足元もおぼつかない様子だった。対する敵は、体中から骨を突き出したり、それを自在に飛ばしたりして、猛攻している。我愛羅は、少しの間、二人の動きを観察した。そして、リーの劣勢を察知するとそれを阻むために砂を飛ばした。
「誰だ!?」
 突然の援軍の登場に驚いたのは、リーだった。
「君は…砂瀑の我愛羅…?」
 我愛羅は、相変らず無表情だったが、そこに以前と違った雰囲気をリーは感じた。
「お前…オレとやった時は…もっと動きにスピードと切れがあったが?」
 我愛羅は、へたり込んでいるリーに質問した。リーは、沈黙した。もともとこうなってしまったのは、他ならぬ我愛羅のせいだ。再起不能と言われながら、どうにか味方の窮状に駆けつけられるまでになったのは自分の努力もあったが、師であるガイや手術をしてくれた綱手のお蔭だった。
「…よく言ってくれます。怨んでいるワケじゃありませんが、君のお陰で少々大変な目にあいました」
 りーは、率直に言った。我愛羅にも、すぐにその言葉の意味が分かった。
「しかし…また、なんで君が…?」
 リーは、まだ半信半疑のようだった。
「木ノ葉には、大きな借りがある」
 我愛羅は、出血しながらも体制を構えるリーを制して前に進み出た。
「オレがやる」
「でも…」
「今のお前じゃどうにもならない」
 そんな二人のやり取りに、君麻呂は容赦なく攻撃を仕掛けてきた。そして、挑発するように言った。
「砂瀑の我愛羅か…間抜けな通り名だ。…砂が無ければ何もできない」
「……」
 我愛羅は、表情を変えなかった。そして、砂時雨を降らすと君麻呂の注意を上方に向けた。
「…間抜けは、お前だ。土中で砂を作り出すなどオレにとっては造作もないこと」
 君麻呂の足元には、砂が絡みついていた。
「やった!」
 リーは、歓声を上げたが、我愛羅は、首を振った。
「まだだ」
 そして、突き出した手のひらを堅く結び、砂に圧力をかけた。隙間から、君麻呂の血しぶきが飛んだ。しかし、君麻呂は、すぐに全身を呪印で覆った姿で脱出を図った。我愛羅は、その異様な姿に自分の姿を重ねた。
「骨…化け物だな…コイツも…」
「厄介な体ですね…」
 リーには、我愛羅の発した言葉の真意が理解できていなかった。
…あの時、オレの尾獣化した姿を見たのは、ナルトとサスケ、そして、あのくノ一…
 我愛羅は、素早く印を結び直すと、砂を振動させて、地下に沈めた君麻呂を再び押しつぶした。 
「噂に聞いた絶対防御とやらがその程度か。興ざめだ」
 君麻呂は、砂の中から這い出て来ると、さらにトカゲのような姿に変化し突進して来た。そして、我愛羅の砂の壁を突破すると、勝ち誇ったように笑った。我愛羅は、体制を立て直しながら、君麻呂の攻撃を受けるリーのために砂の壁を作った。他人を守るために自分の砂を使ったのは、初めてだった。
…オレは…
「邪魔な砂だ…。まずは、お前だ…我愛羅」
 君麻呂は、自らの脊柱を引き抜くと、鞭のように振るった。そして、我愛羅を絡め取ると、槍状に変化させた腕で、我愛羅の絶対防御・守鶴の盾を崩しにかかった。
「…お前、その特異な術…血継限界だな?」
「…かぐや一族…今や僕だけの能力だ」
「…なら今日 ここで今から滅びる」
「確かにそうなるかも知れない。だが…滅びはしない。それに一人ではない。大蛇丸様の野望の一端を担った存在として僕は大蛇丸様の心の中に永劫留まる」
「大蛇丸の洗脳か。空しい奴だ」
 我愛羅は、チャクラの残量を確認すると印を結んだ。間もなく君麻呂の足元の砂が底が抜けたように地中に吸い込まれていく。
「地中200mまで沈めて閉じ込める。身体に密着した砂の圧力でじき指一本動かせなくなる」
 リーの目の前で君麻呂が、砂に沈んだ。
「やった。今度こそ、やったんですね」
 だが、君麻呂は、いきなり砂の中から鋭い骨を樹木のように突き出してきた。
「…!!」
 我愛羅は、咄嗟に二個の砂の塊を作った。
「…さすがですね。…こんなこともできるなんて…」
「いつも動かしている砂に乗っただけだ。要は使いようだ」
 だが、ほっとする間もなく背後から再び君麻呂の声が聞こえた。
「洗脳ではない。あの方は、僕の理解者だ。お前らに何が分かる!!」
 振り返ると同時に、そこに骨でできた槍を突き出した君麻呂がいた。
「……!!」
 覚悟した瞬間、
「えっ…!?」
 君麻呂は、身構えたまますでに絶命していた。
 
「完全にやられていたな…」
 砂から降りると、我愛羅は、木の陰に座り込んだ。チャクラは底を突き、もう指を動かすのも億劫だった。君麻呂の寿命が、もう少し長ければ、おそらく死んでいたのは自分たちだった。我愛羅は、敗北を認めざるを得えなかった。
「そんな事はありません。ボクの先生がよく言ってました。運も実力の内だって」
「あのお節介やきか…」
 我愛羅は、リーが師と呼ぶ男の姿を思い出した。
「お節介焼きではありません。アレは、ボクが不甲斐ないからです。先生にそんな言い方はやめてください!」
 リーは、必死で庇おうとしていた。
…あの方は、ボクの理解者だ。僕は、未来永劫大蛇丸様の心の中に留まる…
…オレの大事な人たち…傷つけさせねぇ…お前殺してでもオレは、お前を止めるぞ…

…なんで…何でお前は他人の為にここまで…

…大切な仲間だから…
 一人ぼっちのあの地獄から救ってくれた
 オレの存在を認めてくれた大切なみんなだから…

「こいつも…うずまきナルトと同じだったな」
 リーは、我愛羅の口から、ナルトの名前が発せられたことに少し驚いた様子だった。

『…オレにとって大切な仲間…』
…自分の身近にいる大切な人に尽くしてあげたいと慈しみ 見守る心…それが愛情です…
「…愛情…」
 我愛羅は、かつて自分を慈しみ育ててくれた夜叉丸の言葉を思い出した。
「……」
「我愛羅君…?」
 黙り込む我愛羅にリーが話しかけようとした時、ざわめきが近づいてきた。
「おっ。こっちも終わったらしいぜ」
「当然だな」
 森の中から現れたのは、奈良シカマルとテマリだった。
「うわっ。ここ確か大草原だったのに…」
 砂漠に変わった地形に驚きの声を上げたのは、瀕死の赤丸を連れた犬塚キバだった。
「…砂漠?なら、我愛羅の仕業じゃん」
 カンクロウは、我が弟の姿を探した。すると木の根元に小さな姿を発見した。
「おい!大丈夫か?まだ病み上がりなのに…」
 カンクロウは、憔悴していた我愛羅が、大技を使うほど回復した事に気が付くと思わず笑みをこぼした。そして、すかさず我愛羅に肩を貸した。
「ばか。腕をこっちに回してそっと運べ。それじゃ、我愛羅が、痛いだろ?」
「わかってるじゃん。うるさい姉貴だな。イチイチごちゃごちゃ言いやがって…」
「なんだ。我愛羅君。君だってちゃんとお節介やきな人たちに囲まれてるじゃないですか…」
 リーは、かいがいしく我愛羅の世話を焼く姉弟の姿に思わずそう言った。
「……」
 我愛羅は、目の前で揉めている姉兄を改めて見た。
「当然だ。我愛羅は、私たちの弟なんだから」
「そうじゃん。それに砂の三姉弟と言えば、泣く子も黙る最強チームじゃん」
 テマリとカンクロウが、あっさりとそう言った。
…オレは、長い間ずっと一人きりだと思っていたのに…
 目の前に我愛羅を弟だというテマリがいた。そして、チームだというカンクロウがいた。
…二人は、ずっとオレの事を認めていたのか?…
 我愛羅は、自分の両腕を肩に回して運ぶカンクロウとテマリの体温を感じた。
「じゃ、ここからは、俺たちが誘導する。ついてきな」
 キバに肩を貸しながらシカマルが言った。三姉弟は、顔を見合わせると頷いた。
「待ってくださいよ」
 一人置き去りになったリーが叫んだ。
「…お前は、アイツを運べ」
 カンクロウに指示したのは、我愛羅だった。
「えっ?」
 一瞬、テマリとカンクロウは、驚いた顔をした。
「…わかったよ。じゃあ手を貸してやるじゃん」
 カンクロウは、了解すると我愛羅をテマリに預け、リーの元に移動した。
「ほら、立てよ」
「すみません。このお礼は、木ノ葉に帰ってから必ずしますから…」
「当然じゃん」
 それから改めて一行は、さほど遠くないところにある木ノ葉隠れを目指した。夕暮れに鳴くカラスが、任務の終了を告げているようだった。
 
 

「うずまきナルト」
 我愛羅は、包帯だらけのナルトの枕元にいつの間にか音もなく立っていた。
「我…我愛羅?!…な…なんでお前がここに?!」
 突然の訪問者に驚いたのはナルトだった。そして、ナルトの脳裏に以前、リーの病室に現れた我愛羅の殺意に満ちた姿が浮かんだ。
「まさかお前、オレのことを恨んで…止め刺しに来たのか…!?!」
「バカ、違う!!…オレは…砂が木ノ葉と同盟を再開したから…火影の依頼を受けて…それで木ノ葉を支援しに来ただけだ…偶然、病室を通りかかったら…お前の名があったから…」
「えっ!?そ…そうなの?…あ〜びっくりした。オレってば、てっきり、お前が、ゲジマユの時みたいにオレを殺しに来たんだとばかり…」
 ナルトは、我愛羅から遠ざかるようにベッドの隅に身をすくめていた。
「ところでお前…その恰好…」
 よく見ると我愛羅もまた病院服を着ていた。
「なんか顔色もよくないような…」
「…オレもしばらく入院だそうだ…」
「へぇ〜。ま、なんだか知らないけど…とりあえず…ここに座れば?」
 ナルトは、自分のベッドの端を指さすと我愛羅に腰掛けるように促した。我愛羅は、黙って腰を下ろした。
「…えっと…その…」
「………」
「…支援に来たって言ったっけ」
「…ああ…うちはサスケの奪還だ」
「そっか。…なら、サンキューな…」
「それで、うちはサスケは、どうなった?」
「…アイツは、大蛇丸んとこに行ってしまったってばよ。…でも、必ずオレが連れ戻す!」
「…そうか…」
「ああ。この傷が回復したら、まずは修業に出て、サスケ連れ戻せるぐらいに強くなって…」
「大切な存在なのだな…お前にとってアイツは…」
「ああ。サスケは、初めてできた友だちだってばよ!!」
「友だち…」
「我愛羅…」
 我愛羅は、どこか沈んでいるように見えた。
「そういえば、カカシ先生が言ってたけど…その…お前の父ちゃんも死んじゃったんだってな…」
「ああ…」
 ナルトたちが見た四代目風影は、あの大蛇丸が扮したものだった。そして、本物の風影は、すでに木ノ葉崩しの前に砂漠で謀殺されていた。それは、我愛羅を幾度となく暗殺しようとした父親の事でもあった。
「その…ごめんってばよ。あの時、シカマルが、お前の父親は、イッちまってる親だとか…歪んだ愛情だなんて言って…」
「…お前が謝る必要はない」
「いや、まぁ、言ったのはシカマルだけど…シカマルは、オレの友だちだし…その、オレだって心の中じゃ、そうかもって思ったし…オレは、家族がいないから…本当は、よくわかんないけど、でも、どんな家族でも、他人に悪く言われると嫌なもんだろ?…お前…初めは、溺愛されてたって言ってたし…その頃は、父ちゃんの事、好きだったんだろ?だから、やっぱり悲しかっただろうし…そして、やっぱり、父ちゃんに認められたかったじゃないかなって…」
「……!」
 我愛羅は、はっとした。それは、思いもかけない言葉だった。
「…オレってば、火影のじいちゃんが死んだ時、すげー悲しくて…なんか、もう二度と会えないんだと分かったら涙が止まらなかった。いたずらばっかりしてガキの頃から、よく叱られたけど、じぃちゃんには、火影になったオレの姿を見てもらいたかったし…そん時、立派になったな〜って…褒めて欲しかったんだ。でも、死んじゃったらそれもできないし…だから、ごめん…我愛羅」
「……」
 ナルトの言葉に我愛羅は、黙って眼を閉じた。ナルトは、しばらくそんな我愛羅を見つめていた。
「…えっと…あ、あのさ、入院中は、ほら、どうせお互いヒマだろ?だから…その…少し話しようかなって…」
 沈黙に耐えきれずナルトは、照れたようにそう言った。そして、まだ傷が痛むのか、顔を軽くしかめた。我愛羅は、黙ってうなづいた。

 そんな病室での二人の様子をドアの隙間から見ていたのは、テマリとカンクロウだった。
「…ほら、やっぱり、来て正解じゃん」
「ああ。さすがバキ先生だ。先見の明がある」
「ちっ、我愛羅を説得したのは、オレさまじゃん」
「留学を提案したのは、この私だぞ」
 二人は、思わず大きくなった声に慌てて人差し指で唇を抑えると、それから、シズネの手配した旅館に戻った。
 盛夏の木ノ葉の日差しは明るく、生い茂ったの木々の間からは、時折、木漏れ日が揺らいでいた。我愛羅たちの木ノ葉留学は、こうして始まったのだった。
 


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