第七班特別任務


「というわけで、今日からこの第七班に特別参加することになったみんなもよく知っている我愛羅君だ。我愛羅くんは、砂の里との交換留学生ということで、三か月ほど木ノ葉に滞在する。そこで、今回の我が班の任務だが、まずは、我愛羅君に木ノ葉のアカデミーのシステム、それから、木ノ葉の文化および自然環境などについて案内するというものだ。合わせて、木ノ葉の里で快適に過ごせるよう公私ともに護衛を含め支援すること」
「あのさ、カカシ先生ってばよ」
「なんだ。質問か。ナルト」
「さっきから、オレしかいねぇのに、何かしこまって命令してんの」
 カカシの前には、ナルトと我愛羅の二人がそれぞれ左右のベッドに上体を起こして座っていた。真ん中のカーテンを開けたところに立ったカカシは、これからの任務についてナルトに説明しているところだった。もともと第七班のうちはサスケは、出奔し大蛇丸の元へ下った。そして、紅一点の春野サクラは、医療忍者となるべく五代目火影・ツナデのところに弟子入りした。唯一残っているナルトは、サスケとの戦闘の後、重症を負い、まだ当分動けそうもなかった。開店休業状態の第七班では、当面人員の補充はせずに、カカシが、上忍として、他の班の支援に回ることになった。
『砂の里の我愛羅のことだが、今回は、療養を兼ねての留学だと重ねて言ってきている。できれば、うずまきナルトと過ごせるよう取り計らってくれとのことだ。代わりに砂の里が、定期的に木ノ葉の留学生を受け入れることを提案してきた。これからは、互いに国際交流を図りながら、双方の里が発展する関係を作りたいとのことだ。むろん、私に異論はない。ナルトに特別任務として我愛羅の接待を命じる』
 はたけカカシは、ツナデからその命令をナルトに告げるように言われ、その足で木ノ葉病院を訪れたのだった。
「カカシ先生。多分、オレ達、あと一週間は、入院だろうし、退院したら我愛羅は、オレん家に連れてくから心配いらねぇてばよ」
「ふうん。そうなの。君たち、いつの間にそんなに仲良くなったわけ?ま、それならそれで丁度いいんだけどね」
 体調が良くなれば、すぐにでも自来也と修業の旅に出かけるつもりのナルトだったが、我愛羅が訪ねてきたことで、少し先延ばしにすることにした。サスケを大蛇丸から何としても取り戻さねばならなかったが、まだ、三年の猶予があることと、その前にやることがたくさんあった。また、人柱力として暁が自分を三、四年先に狙うということは、同じ人柱力の我愛羅にも当てはまることだとナルトは思った。そして、そのことについても我愛羅と話し合っておきたいと考えていた。
「世話になる…うずまきナルト」
 我愛羅が、横に居るナルトに礼儀正しく頭を下げてそう言った。
「いいってばよ。そんなことでいちいち頭なんか下げんなよ。オレもお前に丁度、会いたいと思ってたし、いいタイミングで木ノ葉に来たってばよ」
「……」
「ちなみに我愛羅君のお姉さんのテマリさんは、奈良シカマルの家、お兄さんのカンクロウ君は、犬塚キバの家にそれぞれ、ホームスティすることになったから。まぁ、里の中でたびたび顔を合わすと思うが、一応そういうことで。ナルト、彼らは、故四代目風影様のご家族ご一行様だ。要人扱いだから、これはAランク任務に該当する。心して接待しろよ」
「分かってるってばよ。Aランク任務か…なんかオレ、すげえってばよ」
 ナルトは、包帯だらけの顔でニシシッと声を立てて笑った。昨日、会った時に比べれば、かなり良くなっているのは、尾獣の力だろうか。我愛羅は、ナルトの治癒力にも自分と同じものを感じていた。
「じゃ、これ、オレからのお見舞いということで二人で仲良く召し上がれ」
 果物かごを二人の間に置くと、はたけカカシは、姿を消した。
「うまそ〜。オレ、リンゴ好きだな。我愛羅は、何が好き?」
 ナルトは、リンゴを一つ手に取るとその良い香りを嗅いだ。
「オレは…」
 誰かに自分の好みを聞かれたことなどなかった。答える前に、ナルトが、リンゴを二つに割った。
「半分個しようぜ…もうすぐ夕飯だしな」
 差し出されたリンゴを我愛羅は、受け取った。一口かじると口の中に甘酸っぱさが広がった。
「上手いな。新鮮〜って感じだってばよ」
 同じ果物を誰かと分け合って食べることも初めてだった。我愛羅にとって初めての経験をナルトはいとも簡単にやってのける。それは、何もかも新しくこれまでにない不思議な感覚だった。
「……」
「どうした?木ノ葉のリンゴは口にあわなかったのか?」
「違う。そうではない。…オレは、誰かとこうして何かを分け合うという経験がないから…。そのことについて、語り合うことも…初めてだ」
「ふぅん。そうなんだ。じゃあ、せっかくだから、いろいろ経験しろよ。木ノ葉の連中は、結構面白いぜ。みんな、飲んだり、食ったり、騒ぐの好きだし…」
「…オレがいても大丈夫なのか?」
 ナルトは、我愛羅が何を心配しているのかすぐに察した。
「ああ。もちろんだってばよ。俺とお前は、似た者同士っていったはずだ。…心配はいらない。な、我愛羅」
「……」
「我愛羅。…オレたちは、子供のころ多分、人よりたくさん辛い思いや、嫌な思いをしてきたんだと思う。でも、オレの仲間は、みんなオレのことを受け入れてくれたから、オレは、今幸せだと思うことができるし、あいつらが好きだし…仲間として信じてる」
「仲間として信じる…?」
「ああ。それに今回、みんな危ないところをお前やお前の姉ちゃんや兄ちゃんに助けてもらっただろ。だからもうお前たちも、大切な仲間になったんだってばよ」
 ナルトは、そういうと残りのリンゴを食べてしまい、少し汚れてしまった手をシーツの端っこで拭った。
「さってと…こうして寝てるのも退屈だし…明日は、少し病院抜け出して散歩でもしてみるか。お前も顔色ずいぶん良くなってるってばよ…」
 我愛羅は、笑うナルトの顔を見た。その額には、二人で戦った時のキズももう消えていた。
…あの時、こいつは仲間のために力づくでオレを止めた…。そして、ほとんど初対面だったにも関わらずオレの気持ちが分かると言って泣いていた…
…どうして、人のために泣けるのか…初めは、不思議に思った…どうしてあんなに素直に自分の感情を表せるのか…
「オレは、…多分、悲しかったんだ…」
「ん?」
 聞き返してからナルトは、昨日、我愛羅に自分が言った言葉を思い出した。それは、風影の死について話した時のことだった。
「皆、オレが父親にうとまれていたことを知っていた。オレも父親を憎んでいた。だから…、テマリやカンクロウのようには、悲しむべきではないと思ったんだ。…それは、そこにいた皆が思っていたことだったし、オレ自身もそう思っていたんだ。だが、本当はそうではなかった。オレは…ずっと…本当は、お前が言ったように…もう一度父様に認められたかった。愛されたかったんだ。もう一度、小さな頃のように…だけど…オレは、父様に憎まれていたから…もう悲しむことも、泣くこともできないと思っていたんだ…」
「我愛羅…」
「お前に昨日言われて初めて気がついた。父親が死んでから、苦しくて…どうしようもなくて…このオレの気持ちをこれからどこにぶつければいいのだろうかと…それで、お前に会えば分かるかもしれないと思って…。オレは、お前に会いに来たんだ。ナルト…」
「お前…誰かに泣いてもいいんだって…言ってほしかったんだな」
「…ナルト…」
 我愛羅の瞳から大粒の涙があふれていた。ナルトは、ベッドから降りると我愛羅の側に寄った。そして、そっと抱き締めた。
「我愛羅…大丈夫だから…」
 ナルトの瞳からもぽたぽたと涙があふれていた。
「お前は、ずっと一人で頑張ってきたんだ。お前は強いし、一流の忍だ。だけど、悲しい時はちゃんと泣いてもいいんだってばよ」
「うっ…うっ…ナルト…」
 我愛羅は、片手で顔を覆った。ナルトは、ずっとその肩を抱いていた。


 一週間後、ツナデの来賓室に通された砂の三姉弟は、これからの日程について打ち合わせをしていた。ホームスティ先が夜の宿泊所になっているものの、日中は、公式行事もあるためこの来賓室が彼らの控室となっていた。また、奈良家や犬塚家については、食事の心配をする必要がなかったが、ナルトの場合は、食生活がままならないこともあって我愛羅とナルトには、この部屋で夕食がふるまわれることになった。
「…なぁ、テマリ。なんかいつもと我愛羅の雰囲気違わねぇか」
「…そうだな。ずいぶん表情が優しくなってるな」
 カンクロウは、向かい側に座っている我愛羅を見ながら、隣のテマリにささやいた。
「我愛羅。何か嬉しいことでもあったのかい?」
「…特に変わりはない」
 相変らず無表情には変わりなかったが、険がなくどこかふっきれたようなすがすがしさが感じられるとテマリは思った。
『…これが、うずまきナルトの力というわけか…』
 テマリは、我愛羅の横に座っているナルトを見た。時折、我愛羅に話しかけては、明るく笑っている。当の我愛羅は、口数は少ないもののナルトの問いかけには、きちんと反応を返しているようだった。そして、時折、ほほ笑む様子を見せた。
「我愛羅が…笑ってるじゃん」
 カンクロウもその変化を見逃さなかった。風影の死後、食事ものどをこさないほど憔悴していた我愛羅が、ナルトと出会ってわずか一週間でこれほどの回復を見せるとは驚きと言う他はなかった。
「回復なんてものじゃないな。明らかにこれは…新しい展開じゃん」
 やがて、手裏剣を弄んでいたナルトの手からそれが滑り落ち、我愛羅の足元に転がった。我愛羅は、椅子から降りると、わざわざ膝を折ってその手裏剣をナルトのために拾った。
「うそだろ…」
 他人のためにそんなことをする弟にカンクロウは、心の底から驚いていた。
「おっ、サンキュー。我愛羅」
 ナルトは、自然に礼を言って受け取っていた。
『お前…今、すごいことしたんだぜ。あの我愛羅が…』
 カンクロウは、絶句した。考えてみれば、当たり前の行為だった。しかし、あの我愛羅がそんなことをするはずがなかった。あの我愛羅が…・という考えは、おそらく砂の里の者が共通して持つイメージなのかもしれない。おそらく我愛羅自身もそう考えており、そのイメージに縛られることで、ますます無口で無表情になってしまったのではないだろうか。
『自分で作ったイメージを変えるってのは、なかなか骨が折れるが…我愛羅は、それをやろうとし始めているんだ』
…これがうずまきナルトの影響力ってやつかよ…すげえじゃん…
 打ち合わせが終わるとテマリとカンクロウは、それぞれ迎えに来た奈良シカマルと犬塚キバとともに帰って行った。
「へへ・・ごちそう。ごちそう」
 食事の待遇は格段に良かった。見たこともないごちそうを前にナルトは、大喜びしていた。
「なぁなぁ。我愛羅の好物ってなに?」
「…そうだな。砂肝と…タン塩かな」
「お〜。ちゃんと調査部がリサーチしてるってばよ」
 出された食事は、まさに我愛羅の好みに合わせたものだった。
「この味は、、焼き肉Qだな」
「…それは店の名前なのか?」
「そうだってばよ。…もしかして、お前ってば、外食とか…したことないわけ?」
「食事は大体、屋敷で食べるか、特別部隊の本部で用意されていた」
「ふぅん。そうなのか…」
「毒殺される恐れもあったから…誰が調理したのか、誰が運んで来たのか、ルートが分からないものは口にしなかった」
「お前が言ってた暗殺の中には、毒殺もありだったのかよ…」
「一度だけだが…。毒物が混入されていれば、砂が食べる前に反応するからオレを毒殺することはできない。だが、奴らはそれを知らなかったようだ」
「で…そのあとどうなったわけ?なんか…予想はつくけど…」
 ナルトは、念のため聞いてみた。
「食事にかかわった奴らは、皆殺しだ」
「ビンゴっ!!て…笑えねえってばよ…それ…」
 壮絶な我愛羅のこれまでの生きざまにナルトは改めて我愛羅の苦労がどのようなものであったかを認識した。毎日、自分の生死が脅かされる。おまけに内なる尾獣のせいで不眠症だとも聞いていた。現に病院で夜中に目が覚めると、我愛羅が一人窓の外を見ている姿を何度も目撃していた。
「お前…本当に大変だったんだよな。オレは、何にも知らなかったのに…お前の事、分かるなんて言っちゃったけど…本当は、何にも分かってなかった気がする」
 ナルトの言葉に、我愛羅は首を振った。
「お前は、唯一の理解者だとオレは思っている」
「我愛羅…」
「…だから、お前となら外食も悪くなさそうだな。木ノ葉なら…オレを憎んでいるものも少ないだろうし…」
 皆無だと言わない我愛羅が痛々しいとナルトは、思った。こんなに砂の里から離れても、我愛羅はまだ、自分の事をよく思っていない人々の影から抜けられないのだ。せっかくのごちそうがナルトの喉を越さなくなっていた。
「なんだ。嫌いなのか?お前の好きなものも作るように言っておく。何が好みだ?」
 これまで尋ねられる一方だったが、我愛羅はナルトに初めてそう聞いた。
「オレってばよ…こんなごちそうあんまりくったことねえから…でもオレのとっておきを今度紹介するから…。絶対、信用できるおっちゃんだから、我愛羅も安心して味わえるってばよ」
「ああ…楽しみにしている」
 我愛羅は、そう言うとナルトの皿に一番大きな砂肝を乗せた。
「美味いからお前も食べろ」
 二人は、お互いの事を少しずつ語りながら、食事を進めた。誰かとこうして会話をしながら食事をすることに少しずつ慣れ始めた我愛羅だった。


 食事が終わり、我愛羅はナルトの案内で古いアパートの一室に入って行った。
「ここなんだ。古くて狭くて散らかってるけど…」
 我愛羅は、ぐるりと見渡すと
「お前らしい…」
と、呟いた。
「オレらしいって…それ、誉め言葉じゃねぇってばよ…」
「誉め言葉だ」
 我愛羅は、勝手に上がると一つしかない椅子に腰かけた。
「あっ、そうだ。ちょっと待ってて」
 ナルトは何を思ったか、我愛羅を一人置いたまま、部屋を出て行った。
「……」
 我愛羅は、部屋の中に散らかる巻物を手に取ると、それを眺めた。
「…四方八方手裏剣か…。ナルトらしい…」
 先ほども手裏剣を弄んでいた。思わずナルトの手から落ちたその手裏剣を拾った時、カンクロウが驚いた顔をしていたことに我愛羅は気がついていた。テマリもまた、はっとした表情をしていた。
…オレ自身も自分の行為に驚いたぐらいだ。無理もないな…
 だが、自然とそうしている自分がいた。
『オレは、変わり始めている…おそらく、ナルトの影響で…』
 そうでなければ、あれほど自分の感情を他人に素直に晒せるわけがなかった。
『ナルトの腕に抱かれて、オレは、父親のために泣いた…。カンクロウやテマリが知ったら、卒倒するかもしれないな』
 我愛羅は、自嘲するとふと、ナルトの寝台の棚に置いてある写真に目をやった。そこには、ナルトとサスケ、サクラ、カカシが一緒に写っていた。
『うちは…サスケ。オレによく似たアイツ…。こんなにナルトの側にいてどうして奴は、大蛇丸などに下ったのか…』
 我愛羅は、風影と入れ替わり自分たちを欺いていたその忍をよく知っていた。
「……」
 …あの方は、僕の理解者だ…お前らに何が分かる!!…
『君麻呂もアイツを崇拝していた。アイツの心の中に生きると…その大切なもののために戦うと言って死んだ…』
 …自分が死んでもいいと思うほど…大切な相手…
 その時、ナルトがドタバタとけたたましい音を立てながら帰ってきた。
「お待たせ。椅子借りてきた。こっちの方が上等だから、我愛羅の椅子だってばよ」
 ナルトは、一抱えもあるような調度品と言える椅子をテーブル横に置いた。それは、事情を話して大屋から借りてきたのだという。
「はいはい。ベッドも持ってきてあげたよ」
「あっ、おばちゃん。サンキューってばよ」
 ふかふかのこれまた上等そうな寝台を息子三人と一緒に大屋が運んできた。それを入れると、極端にナルトの部屋は狭くなってしまう。
「寝台は、いらない。オレは、眠らなくても大丈夫だ」
「我愛羅…」
「それにお前の横でいい。広さも十分そうだし…」
 我愛羅は、そう言うと部屋の大半を占める寝台を持ち帰らせた。代わりにと言って大屋は、枕と新しいシーツを一式置いていった。
「えっと…」
 戸惑うナルトの前で、我愛羅は、調度品の椅子は気に入ったようで、そこに泰然と座っていた。足を伸ばせばそこでも十分休めそうな感じの椅子ではあった。
「そういうことか…」
 ナルトは、勝手に解釈すると部屋の中をとりあえず片づけにかかった。我愛羅も、自分の荷物の中から着替えを取り出した。そして、就寝の身支度を整えると先にナルトのベッドに横たわった。
「えっ?長椅子で寝るのオレ方なの?」
 戸惑うナルトに我愛羅は、半分場所を空けた。
「ちっ…今日から狭くなるってばよ…ま、いいけど…」
 文句を言いながらも、一人暮らしの部屋に他人がいることをどこか嬉しく思うナルトだった。
「お前…オレの気持ちが分かると言ったな…」
「言ったってばよ」
「…なら…いい…」
 我愛羅は、それから眠ってしまったのかナルトの呼び掛けには応えなくなった。ナルトは、できるだけそっと我愛羅の側に横たわった。
 胸襟を開いて我愛羅が、自分に心を見せてくれたことが嬉しかった。それは、我愛羅にとっても同じことだった。


 木ノ葉がオレを変える…
 ナルトが、オレを変える…
 オレは、またここから生きることを始める…
 父親に復讐するためではなく…
 今度は、大切なオレの仲間のために…
 オレは、生きてみたい…


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