黎明(プロローグ)


 早朝、我愛羅がすでに私邸からアカデミー内にある風影執務室に出発したことを知ったカンクロウは、眠い目をこすりながら、あわてて後を追った。我愛羅は、一尾を抜かれた後も、長年の習慣からかまとまった時間を睡眠に充てることがなかった。いつも時間に関係なく仕事を始めてしまうため、護衛するカンクロウは、常に我愛羅の動向を気にしながら過ごさねばならなかった。
 階段を駆け上り、最上階の突き当たりにある風影の執務室のドアが見えてくると、カンクロウは、呼吸を整えた。まもなく、ドアが開き、背の高い男が出てくるのが分かった。
「あれは…」
 それは、古参の上役、バキだった。
『いったいなんだってこんな朝っぱらから…』
 里に急を要する事態でも起こったのだろうか。しかし、それならば、実行部隊隊長のカンクロウにも何かひとことあるはずだった。だが、カンクロウには何の知らせもない上、執務室の周りも静まり返っていた。この様子から察すると特段、異変がおこったというわけでもなさそうだった。
 カンクロウは、思わずバキの進路を塞いだ。
「おい、いったいこんな朝っぱらから、我愛羅に何の用だよ」
 カンクロウは、自分より頭一つ高いバキの顔を睨みつけた。その顔は、まだ素顔のままで、テマリに言わせれば、年を経るごとに父親である四代目風影の面ざしに似てきたらしかった。
「どうしたんだ。カンクロウ。血相変えて…お前こそ何かあったのか!?」
「それを聞きたいのは、おれの方じゃん。こんな時間帯に我愛羅を呼び出すなんて、変だと思うのが普通だ」
「元々、我愛羅には、あまり時間の観念はなさそうだけどな。それに、呼び出されたのは、オレの方だ」
「……」
「大丈夫だ。そう心配するな」
 暁に我愛羅が連れ去られた事件以来、カンクロウは、いささか過敏になっていた。我愛羅が風影となってから、まだそんなに月日は経っていない。だが、我愛羅の死を一度経験したことで、カンクロウは、我愛羅の存在の大きさを嫌というほど味わったのだった。
「そうだな、カンクロウ。俺の役目はそろそろ終わる。後は、お前たちにかかっている。我愛羅を頼んだぞ」
 バキは、真顔でそう言うと、カンクロウの肩を叩いて立ち去った。
「……?」
 カンクロウは、バキの言葉の意味が分からずに、首を傾げた。そして、真相を確かめようとノックもせずに我愛羅の部屋の扉を乱暴に開けた。
「どうした。早いな…カンクロウ」
 大きな執務机の向こう側には、我愛羅が、泰然と座っていた。突然の訪問者にも、我愛羅は、相変わらず冷静だった。
「あ…えっと…、お…おはよう。我愛羅、今日も、元気そうじゃん」
 執務室には、朝の静寂な空気が流れていた。カンクロウは、その雰囲気を感じとると慌てて取りつくろった。我愛羅は、書きかけの書類にペンを置くと、カンクロウを見た。
「お前は、もっとゆっくり寝てればいいのに…オレに合わせる必要はない」
「そう言うわけにはいかないじゃん。オレは、お前の護衛なんだから…。ところで、今そこでバキとすれ違ったが、急ぎの用だったのか?」
「……」
 我愛羅は、立ちあがると窓際に寄った。
「…そうだな。やっと答えが見つかった」
 その顔は、何かを決意したようにカンクロウには見えた。
 朝日が昇り始めると、窓辺に佇む我愛羅の白いローブにその光が反射した。白い光の中で穏やかに微笑する我愛羅の姿は、一層透明感を増し、カンクロウは、それ以上の言葉を失ったのだった。


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