アカデミー入学


 夜叉丸の死とともに我愛羅の幼年期は、終わった。
 
「明日からは、アカデミーで学べ」
 叔父・夜叉丸の襲撃を受け、その死と引き換えに自らを砂で傷つけ額を血だらけにして帰ったその夜、寝室で一人泣いている我愛羅の元に父・風影がやってきた。我愛羅は、このまま父に殺されるかもしれないという恐怖に身をすくめ、布団をかぶったまま息をひそめた。しかし、風影は、我愛羅に短く要件を伝えると顔を見ることもなく部屋を出て行ってしまった。
「父さまは、怒っているんだ。ボクが勝手にアイツになってしまったから…」
 我愛羅は、感情の抑制ができなくなると、自分の中から守鶴が自分を押しのけて表に出てくる事を知っていた。抑えようとすればするほど、守鶴は、我愛羅をあざ笑うようにねじ伏せ、その醜い姿を晒した。激痛を伴いながら、身体が砂によって変化し、自分が自分でないものになっていく。それは、恐怖以外の何物でもなかったが、我愛羅にはどうすることもできなかった。そして、一旦そうなってしまえば、それを元に戻せるのは、父・風影だけだった。
…父さま…どうして…ボクを…なんで夜叉丸が…ボクを…ボクは…
 その夜も我愛羅は、本当は父親に聞きたいことが山ほどあった。しかし、あまりにも強烈な出来事に思考がまとまらず、気持ちが言葉にならなかった。ただ二度と夜叉丸は、我愛羅の部屋を訪れないということが長い夜を過ごす中で分かった。
…ボクは、本当の一人ぼっちになってしまったんだ…
 我愛羅は、この日を境に、父と母と叔父の愛情を一度に失ってしまったのだった。

 翌朝、カンクロウが、珍しく我愛羅の部屋にやってきた。
「おい、我愛羅、ガッコー行くぞ」
 カンクロウが、部屋のドアを開けると、我愛羅は、茫然とした様子で椅子に座っていた。カンクロウは、我愛羅の額が赤くなっていることに気がついた。
「お前、どうしたんだよ。その額…怪我してるじゃんかよ」
 カンクロウは、思わず我愛羅に手を伸ばした。しかし、我愛羅は、カンクロウの手を無言で打ち払うと形相を変えて睨んだ。血はすでに乾いているらしく、額に赤く刻み込まれた文字を縁取るように張り付いていた。8歳のカンクロウには、まだその漢字が読めなかった。
「オレは、父さまに、お前をアカデミーに連れて行くように命じられたんだ。だから、わざわざ迎えに来てやったのに…」
 カンクロウは、子ども心に我愛羅の仕打ちに理不尽さを感じ抗議した。しかし、返ってきた我愛羅の言葉は、カンクロウを戦慄させた。
「…夜叉丸の次は、お前が死にたいのか」
 カンクロウは、驚き、思わず泣きそうになった。父親からは、兄として、幼い我愛羅を守ってやれと言われてここに来た。しかし、目の前にいる小さな弟は、まるで悪魔のような顔つきで自分を睨んでいる。叔父・夜叉丸の死については、今朝方亡くなったと言われたが、どうして突然そうなったのかは皆、口をつぐんで教えてくれなかったのだ。
「や…夜叉丸?なに言ってんだ。関係ないじゃん。…お…お前なんか、もう勝手にしろ!!」
『まさか、我愛羅が…あの夜叉丸を殺したっていうのか?』
 そんなことがあるはずはなかった。いや、あってはならなかった。カンクロウは以前、叔父に直接聞いたことがあった。
…夜叉丸は、怖くないのか?我愛羅のことが…
…いいえ、ちっとも。我愛羅さまは、本来とてもお優しい方なのですよ。でも、他の人々が、それを受け入れないのです。今の状況は、我愛羅さまのせいではありません。それに、例え守鶴が現れても、私のことは、我愛羅さまが、守ってくださいますから…

『あの時、夜叉丸は、そう言ったんだ…』
 カンクロウは、我愛羅の表情がますます険しくなることに気がつくと部屋を飛び出した。
「嘘だ…!嘘だ!そんなこと、絶対あるはずがないじゃんか!!」
 動悸がおさまらないままカンクロウは、アカデミーまでの短い道のりを全速力で走った。 


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