熱帯夜


……オレは6歳の頃からこれまでの6年間…実の父親に幾度となく暗殺されかけた……
……オレは奴らにとって 今では消し去りたい過去の遺物だ……
……風影様は亡くなられましたが、アナタが人柱力であるという事実は何一つ変わってはいない……
……だからこれまで通り、合議制会議はアナタの存在価値を確かめるために我々に暗殺を命じた……


 御前試合の最中に起きた我愛羅暗殺未遂事件の翌日、ナルトは、病院を訪れた我愛羅とともにアパートに戻った。我愛羅をかばおうとして咄嗟に受けたクナイのキズは、サクラの応急手当もあり、翌日にはほぼ完治していた。いつものようにその日の夜は、我愛羅とともに床に着いた。我愛羅は、ナルトに背を向けるようにして何事もなかったように静かに寝ていた。ナルトは、我愛羅を襲った暗殺者たちが、砂隠れの忍たちであり、我愛羅のよく知る者たちであったことを薄れゆく意識の片隅で聞いていた。そして、これまで我愛羅が風影を目指すことを幾度となく躊躇していたことを思い出していた。
……オレは、風影になることを誰からも望まれてはいない……
……砂は合議制だから、上役全員に認められなければ、風影にはなれない……
「あれがお前の言っていた暗殺者なんだよな。…お前…あんな怖い思いを6歳の時からずっとしていたなんて…オレは、やっぱり何にもわかっちゃいなかったってばよ。実の父ちゃんから命を狙われるなんてこと…想像もつかなかったし…それがどんなに辛いことなのか…本当はちっともわかっていなかった。お前の痛みに気が付くの、こんなに遅くなっちゃって…ごめんな…我愛羅…ごめん…オレなんかと違って…ずっと…ずっと…お前の方が辛い思いをしてきたんだって…やっと分かったってばよ」
「…ナルト」
 向きを変えた我愛羅が見上げると、すぐそこに涙で顔をぐちゃぐちゃにしたナルトの顔があった。
「…バカ。…もういい。泣くな」
 我愛羅は、流れるナルトの涙を右手で拭いながら、自分の頬にも涙が流れていることを感じていた。
「こうしてお前がオレの痛みに共感してくれる…だから…もういい」
「我愛羅…オレ…お前をずっと守ってやりたい。お前を狙う暗殺者やお前をよく思っていない砂の里の上役や、お前を傷つけようとする奴らから…」
「…ナルト」
「お前を砂の里に帰したくない。お前の命を狙う砂の里なんかに…お前を帰したくない」
「……」
「我愛羅…お前さえよければ、オレが綱手のばぁちゃんに…」
「…ナルト、お前の気持ちは嬉しいが…それは無理な話だ」
「我愛羅…」
「…砂の里は…オレにとっても居心地の良いところではなかった。だから、アカデミーの卒業試験の際に砂漠に逃げたこともあった。だが、結局、オレには砂の里以外に行くところがなかった。それに今は、お前と約束した風影になるという目標もある。木ノ葉に来て、人々とお前がどのように繋がっているのかを教えてもらった。だから、砂の里に帰ったら、オレもまたお前のように彼らと繋がりを作っていきたい。お前の気持ちに答えるためにもオレは、風影を目指す。同じ道を歩むことでオレは、お前と一緒に居られると思うから…」
「我愛羅…」
「心配するな。もう決めたことだ」
「あんなことがあったあとで…どうしてお前は…」
 我愛羅は、まっすぐにナルトを見つめた。
「オレは、お前に目標を貰った。だから、今は、それを目指す。それが、オレたちの生きる道だと分かったからだ」
「…我愛羅…」
 我愛羅は、多くを語ろうとはしなかったが、その思いはナルトに痛いほど伝わっていた。


「オレたちが生きる道か…」
 窓辺で柄にもなくそんなことをナルトが呟いていると、風呂からあがった我愛羅が隣に歩み寄ってきた。
「オレは、お前に感謝している。出会えてよかったと思っている。…孤独な道に逃げずに人と繋がりながら生きること…そして、ひた向きに努力することを教わった気がするからな…」
「オレってば、そんな立派じゃねぇってばよ。ただ、オレは、火影になりたいだけで…」
「ふふ…お前らしい」
 珍しく我愛羅が、笑っていた。湯上りの我愛羅は、額の緋文字をくっきりと鮮やかに浮かび上がらせていた。ナルトは、それが我愛羅によく似合っていることに今更ながらに気が付いた。
「お前ってば、よく見ると可愛いな」
 我愛羅は、一瞬、きょとんとしたが、顔を赤らめると低い声で、
「…殺すぞ」
と、呟いた。ナルトは、そんな我愛羅に苦笑を返したが、我愛羅には、何故かそれが心地よかった。
 空には、半月が浮かんでいた。相変わらず熱帯夜だったが、時折、草の間から聞こえる虫の音に二人は耳を傾けた。静かな夜だった。
 


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