合同任務 1〜出発


  火影の元に砂隠れの伝書鳥、最速・タカ丸から連絡が届いた。すぐさま招集されたのは、はたけカカシとマイト・ガイだった。
「賠償金を運ぶ砂隠れの使節団が、明日、砂の里を出発するそうだ。何事もなければ三日後には、木ノ葉に着く予定だが、途中、川の国の谷を抜ける時が心配だ。知っての通りこの一帯は、昔から危険地帯となっている。山賊や抜け人たちが、うようよ潜伏しており、通りがかった商人らを襲う絶好の場所としているからな。そこで、木ノ葉からも二個小隊を出迎えに派遣することにした。賠償金は、木ノ葉の里の復興に欠かせない資金だからな。そこで、はたけカカシ、お前を隊長に、副隊長をガイに任命する。ナルト、サクラ、リー、ネジ、テンテンを伴い、一時間後に木ノ葉を出発。それから、我愛羅、カンクロウの2名も参加させよ」
「二個小隊に砂忍2名ということは…木ノ葉と砂の合同任務ということですか…」
「そうだ。友好を深める絶好の機会だともいえる。それに、あの大蛇丸や噂の傭兵集団・暁、そして、他の隠れ里からの襲撃も予想されるS級任務だ。木ノ葉崩しで多数の死者をだした砂側としては、もはや大隊を割く余裕もない。木ノ葉としてもこの時期に砂忍を大勢里に入れるわけにもいかないから、使節団長として上役1名、上忍バキ以下二個小隊で極秘に出発するとのことだ」
「砂は、大名ともめていると聞いておりますが…」
「ああ。一時は、風の国の大名が砂の里への資金凍結を行うなどという情報もあったが、なんとか工面したようだな。賠償金の支払いが不履行になってしまえば、終戦協定を反故にしたことになり、砂の客人である我愛羅たちの処遇も考えなければならないところだった。どうやら最悪の事態は、免れたようだ。木ノ葉復興のためにも金が必要だ。無事に彼らと合流し、賠償金を木ノ葉に運べ!!」
「了解しました」
 カカシとガイは、ツナデの命を受けると、早速、それぞれの部下の元に瞬身の術で移動した。ツナデは、シズネが入れたお茶を飲みながら、砂との同盟について思いを巡らす。
『厄介な問題だ。我愛羅たちも内心穏やかでなかったはずだ。…何せ故郷消滅の危機だったのだからな…』
 ツナデは、定期的にナルトを呼びつけ、我愛羅やカンクロウの様子を報告させていた。ナルトの話では、特に変化なしということだったが、ツナデは、そうではないと知っていた。砂からの緊急連絡を受けテマリが帰郷したのは、一か月前のことだ。その頃、暗部からも風の国の大名が砂隠れに資金を出し惜しみしているという報告があった。里の危機にてっきり三姉弟そろって帰郷するものとばかり思っていたのに、なぜか帰京したのは、テマリだけだった。
『まさかと思うが、原因はあの日の約束か?』
 ツナデは、我愛羅との密約を思い出した。それは、木ノ葉丸が砂の歓迎会を台無しにした挙句、テマリが木ノ葉の暴漢に襲われた時の事だった。度重なる里の不祥事に、ツナデは、頭を抱えた。その問題を解決したのが、病み上がりの我愛羅だった。
…我が里の者が迷惑をかけてすまなかった。火影としてわびる。どうか穏便に済まして欲しい…
…分かっている。砂と木ノ葉は、新たな同盟を結んだばかりだ。火影に異論がなければ、オレたちは、今後も予定通り滞在を続けたい…
…勿論だ。異論などあるものか、火影の名にかけて、そなたたちの身の安全は保障する…
…オレたちは、忍だ。自分たちの身は、自分たちで守る…
『あの日の約束を守るために、この非常時にも関わらず、ここに留まったというのか?…しかし、里が消滅してしまえば…』
 同盟も盟約も里があればこそだった。その前提が崩れてしまえば、どんな意味ももたないのだ。
『まさか我愛羅には、すでに今回のことが予測できていたのだろうか…。いや、経済に関することだ。いくらなんでもそこまでは無理だ。だが、テマリが帰郷した途端、事態は好転したようだし…』
 我愛羅には、年齢に似合わぬ落ち着きと風格があった。始めは、ただの強がりだと思っていたツナデだったが、最近ではそれがただの虚構ではない気がするのだった。
『先般の御前試合の時の暗殺者の件といい、あの子の判断力には全く驚かされる。自分の命を狙った暗殺者を翌日、放免するなど到底できることではない』
 ツナデは、ただの無愛想な子どもだと思っていた我愛羅の印象が、すでに大きく変わっていることを嬉しく思った。ナルトが、我愛羅を信頼している理由も今なら理解できる気がするのだった。
『まぁ、木ノ葉に友好的な者が、風影になるのは、望ましいことだからな。だが、賠償金の問題は、別だぞ。もし不測の事態が起これば、私は火影として厳しい決断をしなければならない。…ナルトにどう思われようとな』
「ツナデさま」
 深刻な顔をしているかと思えば、にやにや笑うツナデに声をかけたのは、シズネだった。
「お茶がこぼれてますけど…」
「熱ちちっ!」
 ツナデは、手にかかったお茶の熱さで我に返った。賽は投げられたのだ。後は、到着を待つしかなかった。
「お前は、歓迎会の準備をしろ。今度こそ粗相のないようにな。木ノ葉丸は、始めから地下牢にでもぶち込んでおけ。この先の同盟関係を円滑に進めるためにも今度こそ抜かるなよ」
「心得ております。…ですが、木ノ葉丸君の事は…」
「ふん。ならエビスにでも預けておけ」
「はい」
 シズネは、すべて承知とうなずいた。ツナデは、それから山の様に積まれた書類に目を通した。


「ナルト…時間だ。起きろ」
「我愛羅…もうちょっとこのまんま眠らせて…オレ、今、すごくいい夢見てるんだってばよ」
 ナルトは、枕を抱き締めたまま、涎を垂らしていた。
「先に行くぞ」
「待てよ。オレってば、お前の一応、護衛ってことになってるんだから…。大体、お前ってば、まじめすぎるんだよ。あのさ、約束の時間てのは、そもそも破るためにあるんだってカカシ先生から教わったってばよ。だから、少しぐらい遅くなっても全然平気だってばよ」
「誰から教わったって?」
「げっ、カカシ先生っ!?なんでそこに…」
 突然、窓の外にカカシが現れた。忍の里では、訪問者が必ずしも玄関から来るとは限らなかった。忍達にとっては、屋根の上もまた通路であり、カカシに限らず仲間たちは、時折、窓から訪問した。
「オレの行動をまねるのは、10年早い。下忍は時間より早く来て上忍を待つべし」
「マジかよ。それより、こんな朝っぱらから何の用だってばよ」
「火影様の命令を伝えに来た。これから、砂隠れとの合同任務だ」
「えっ-?!」
「一時間後に出発する。場合によっては超S級になるかもしれないぞ」
「超S級任務!?」
 ナルトは、久しぶりの任務に心を躍らせた。しかも、我愛羅との合同任務だ。
「…砂の使節団がついに出発したのか?」
 パジャマ姿のナルトと違い、すでにきっちりと身支度を整えていた我愛羅は、事態を予測していた。
「そうだ。明日、砂の里を出発するそうだ。バキさんやテマリさんも一緒だ」
「そうか」
 我愛羅は、その報告を待っていた。そして、あの時自分が書いた地図をテマリが上手く活用したことを知った。
「…これで里は、救われる…」
「良かったな」
「って、一体、何の話だってばよ」
 ナルトは、我愛羅とカカシの話についていけず、ひとりキョロキョロしていた。
「では、一時間後に正面入り口に集合だ。遅れるなよ、ナルト」
「へっ。遅刻常習者のカカシ先生が何を言っても説得力ないってばよ」
 ナルトは、悪態をつくとパジャマをすばやく脱ぎ捨てた。
「…オレもそろそろ教育方針を変えなきゃいけない時期だな…」
 どたばたと騒がしい我が部下を横目にカカシは、冷静沈着な我愛羅に視線を移した。
「君に火影様からの伝言だ。『木ノ葉と砂の同盟は、これにより一層確かなものになるはずだ』…以上だ」
「火影の心遣いに感謝すると伝えてくれ」
 我愛羅は、カカシに軽く会釈すると壁に立てかけてあったひょうたんを背負った。
『わずかの間に大人びたな…』
 以前、中忍選抜試験会場で見かけた我愛羅は、手負いの獣のような殺気を放っていたが、今は、緊急事態にも関わらず穏やかだ。
「…では後程」
 カカシは、片手を軽く上げると姿を消した。
「そういえば…」
 ナルトは、テマリが帰郷した理由について、我愛羅が何も言わなかったことを思い出した。
「砂の使節団て、もしかしてテマリが急に帰ったことと関係あるのか?」
「…砂隠れは、多額の賠償金を支払うことで木ノ葉と和解した。砂の使節団は、その為に来る」
「賠償金って…一体、どれぐらい…?」
「この里の5年分の維持費だ」
「それって…」
「…今の砂隠れにとっては、大変な負担だ」
 我愛羅は、ナルトに何も告げていなかった。それは、国家機密であり、砂の里の存続にかかわる問題だった。そして、本当は、自分たちの立場は、留学生などではなく、人質なのだと知っていた。
『明日には、使節団と合流することになる。そして、最も危険な川の国の谷さえ越えれば…』
 そこには、傭兵集団・暁のアジトがあるのではないかと噂されていた。また、北方には、音隠れがあり、あの大蛇丸たちがいるはずだった。
『…失敗は許されない』
 我愛羅は、固く決意すると、腰に下げている砂隠れの額あてに手をやった。


「あそこだってばよ」
 すでに里の正面入口には、ガイ班のロック・リーや日向ネジ、テンテンの三人が待機していた。その隣でガイとカカシが、カンクロウと行程について打ち合わせをしていた。
「ナルト。久しぶりに一緒に任務ね」
「サクラちゃん!!」
 ナルトは、サクラを見ると相好をくずした。
「この前は、ありがとな。サクラちゃんのお陰で助かったってばよ」
「アンタの回復力には恐れ入るわ。大体クナイが体中に刺さっていながら、翌日退院できるなんてアンタぐらいなもんだから…」
 半月前、ナルトは、我愛羅を庇って大怪我をした。冷静に考えれば、我愛羅にはオートの砂がある。だからナルトが、体を張って盾になる必要などさらさらなかった。だが、仲間の危機に思わず体が動いてしまったナルトの行為は、サクラにとっても誇らしかった。同じ場面になれば、多分、自分もそうしただろうから…。
「まったくナルトってば、おっちょこちょいなんだから。我愛羅さんは、アンタなんかの助けなんていらないっていうのに…ホント、無茶ばかりするんだから…」
 サクラは、ナルトの部屋にある写真と同じように明るい表情で笑っていた。
「サクラちゃんってば、医療忍者になったんだってばよ」
 ナルトは、我愛羅に改めてサクラを紹介した。すでに何度もあった事のある二人だった。
「今回は、医療忍者が同行する初めての任務なの。まだ私は、修業中だけど、少しは役に立てると思うから…あなたも具合が悪かったら遠慮なく言ってね」
「……ああ…」
 新しい形の小隊の編成方法に我愛羅は、純粋な驚きと興味を持った。戦闘中に負傷をすれば、そのまま戦力は低下する。任務が不可能となった場合、砂隠れでは、自爆することもあった。しかし、医療忍者が同行すれば、すぐに回復させて、そのまま戦闘を続行することができる。それは、結果的に忍たちの命を守ることにもなる。
…木ノ葉のやり方は、斬新だな…
 新しいやり方が、採用されれば、古いやり方は、駆逐される。変革を受け入れる柔軟性こそが、里の発展につながるのだと我愛羅は思った。そして、それは、砂隠れにはない体質だった。
「装備を確認したら出発するぞ。何事もなければ、48時間後には砂の使節団と合流できるはずだ」
「ガイ先生。感激です。僕らもやっとS級任務をさせてもらえるようになったんですね」
「そうだ。リーよ。これからは、どんどん任せられるぞ!」
「何処までもついていきます。ガイ先生!!」
「それでこそガイ班の一員だ!!」
「相変らず暑苦しい二人だってばよ…」
 燃える師弟の後ろでナルトとカカシは、同時にあくびをしていた。
「砂瀑の我愛羅か。オレは日向ネジだ」
「あたしはテンテンよ。よろしくね」
「砂の我愛羅だ」
「おい、我愛羅。ちょっとこっちに来てくれ」
 自己紹介を受ける我愛羅を手招きしたのはカンクロウだった。
「…どうやらバキとテマリがうまくやったみたいじゃん」
「ああ…少し時間がかかったようだが」
「後は、木ノ葉に賠償金を無事に届けるだけじゃん」
「これからが正念場だ。気を抜くなよ。カンクロウ…」
「当然じゃん」

 …死んだ人たちの命は、金銭で購うことはできない。でも、生きている人たちや残された家族にとっては、十分役立つ。戦争で失わたものを復興させ、以前のような状態に戻すには、資金がいるからね…
『イルカ先生。なら戦争に負けた国ってば、どうなるんだってばよ』
『…ナルト…』
『勝った国があるってことは、負けた国があるってことなんだろ?負けた国は、どうやって復興するってばよ』
『難しい問題だな。だからこそ、どこの国も負けまいと必死なんだ』
『なら戦争なんかしなければいいのに…』
『そうだな。ナルト、お前、なかなか鋭い事を言うじゃないか。今のは、大正解だぞ』
『えへへっ…オレってば、すげぇってばよ』
「オレは、あの時、単純にイルカ先生に褒められて嬉しかったんだ…」
 木ノ葉で命を落とした砂忍の数も多かったはずだ。軍備縮小に端を発した今回の戦争は、結果として砂の里を一層疲弊させたはずだった。そして、そのことに我愛羅は、ずっと心を痛めていたに違いなかった。
『ごめん。…何にも気付いてやれずに…』
 ナルトは、カンクロウの側にいる我愛羅を見つめた。
 それから間もなく、二個小隊に砂の二人を加えた新カカシ隊は、出発した。木ノ葉の森は、ざわざわと大きな葉擦れの音を響かせていた。


 一行は、休憩を交えながら西に移動していた。合流地点は、風の砂漠だった。夕刻、国境を越え川の国に入ると、深い渓谷が続いた。我愛羅は、そこを通るたびにいつも全身が総毛立つのを感じる。
…湿気のせいじゃないのか?…
 テマリが以前、我愛羅にそう言ったことがあった。砂を操る我愛羅にとっては、そこは、苦手な場所だった。不快な気分に囚われていると、隣からそれを追い払うようにいつものナルトの明るい声が聞こえた。
「我愛羅の住んでる砂隠れってどんな感じ?」
「…そうだな。砂漠の真ん中にあって、いつも強い風が吹いている。建物は、木ノ葉と違って日干し煉瓦で出来ていて丸っこい。よく蟻塚のようだとも言われる」
「蟻塚?うーん、なんか想像つかねぇけど…」
「…だろうな…」
「やっぱ百聞は、一見にしかずっていうぐらいだから、行ってみないとな」
「そのうち、砂隠れでも中忍選抜試験をやるだろう…それを受けにくるといい」
「そっか。じゃあ、そん時は、おまえんちに泊めてくれよな。そんで次回は、オレんちで…さらに次は、オレがおまえんちに泊まって…」
「いつまで下忍でいるつもりだ」
「いや別にそういう事じゃなくて…遊びに行くって話だってばよ」
「お前が、オレのところに遊びに来るのか」
「そうだってばよ。友だちなんだし…いいだろ?別に…」
 我愛羅の横でナルトは、意外な顔をして笑った。確かに今回、我愛羅は、ナルトに会うために木ノ葉にやってきた。そして、我愛羅は、風影になるという大きな目標を貰い、友情や、身近な者たちからの愛情を再確認した。
「だが、簡単に来るといっても…」
 砂と木ノ葉は、忍の足でも片道3日はかかる距離だった。往復すれば、6日。そして、それ以上に人柱力である我愛羅やナルトが国外に出るには、複雑な手続きと許可がいった。それは距離以上に厄介な問題だった。
「全然、平気だってばよ」
 だがナルトは、そんなことすら全く気にしている様子がない。
…オレを訪ねてナルトが、砂の里に来る…
 これまで友が自分を訪ねて来るなど我愛羅には、ありえなかった。ナルトの言葉を反芻しているうちに、いつの間にか我愛羅の気持ちは、晴れていた。


 夕昏が近づくと一行は、足取りを止めた。
「さてと…今日は、ここで野営をしよう」
 切り立った崖の中腹にぽっかりと穴が開いていた。入口こそ小さく見えたが、中は、天井も高く広さも十分だった。
「じゃあ、各自食事してから睡眠をとれ。出発は、日の出の時刻だ」
 カカシの命令で一同は、洞窟の中に適度に散らばった。ガイは、大きな声で念を押すように叫んだ。
「居場所を敵に知られないように火は焚くなよ。今日は、固形食で腹ごしらえだ。水分は必ず補給しろよ」
「アンタの大声で敵に居場所が知れるでしょ。ガイ」
「おっ。そうだったかな。こいつは失敬、うっかりしてた」
 カカシにたしなめられながら、ガイは頭をかいた。
「ガイ先生は、いつも力一杯ですからね」
「そうさ。リーよ。オレ達に手加減というあいまいな概念はない」
「まさに青春は、一直線ですね」
「はっはっはっ」
 笑い声が洞窟にこだました。一同は、耳を抑え静寂が戻るのを心待ちにした。洞窟の中は、かなり深く、奥の方には、鍾乳石がぶら下がっていた。
「あんまり奥に行かないでよ。ナルト。何が出てくるかわかんないから」
「え?ここって何か住んでるの?ウソでしょ」
 興味深々でナルトが探検に出かけようとするのをサクラが注意すると、テンテンは、いざという時にそなえてずらりと自分の周りに忍具を並べた。
「夜中に猛獣に襲われでもしたら厄介だな。オレがちょっと確認してみよう」
 ネジは、白眼を使って洞窟の中を透視した。他に生き物の気配は感じられなかった。
「大丈夫そうだ。だが、かなり複雑な地形の洞窟だから奥には行かない方がいい。ここで迷子にでもなったら任務どころじゃなくなるからな」
 日が沈み隙間から差し込んでいた光が消えると洞窟の中は、真っ暗になった。
「これじゃかえって危険だな」
 カカシは、チャクラで火を起こすと、菜種油を使った小さな燈明をいくつか作った。そして、点々と洞窟の中に置き、お互いの居場所が認識できる程度にまで明るくした。
「これでよし」
 洞窟内のあちこちで毛布に横たわった班員たちの位置を確認するとカカシも横になった。
「なぁ、カカシ。我愛羅のヤツ…ずいぶん雰囲気が変わったな」
 カカシの横にわざわざ陣取って寝ているのは、ガイだった。二人は、古くからのライバルであり、親友でもあった。
「そうだな。オレも驚いたよ。…ナルトの影響らしい」
「ナルト?…まったく不思議な奴だな。今だから話すが、以前、我愛羅は、入院中のリーに止めを刺そうとしたことがあった。その場面を目の当たりにした瞬間、オレは、アイツを本気で殺っちまおうかと思ったんだ。でもまぁ、病室の中だったし…ナルトたちもいたし…そもそもオレは、木ノ葉の上忍だ。…砂の里から試験を受けに来ている下忍ごときに本気を出すわけにもいかなくてな…思いとどまったんだ」
「冷静な判断だったな…ガイ」
『そういえば、オレがサスケに修業をつけていた時も我愛羅が、岩場に偵察に来ていたな…』
…本当の孤独を知る目…そして、それがこの世の最大の苦しみであることを知っている目…言ったはずだ…お前は、オレと同じ目をしていると…力を求め憎しみと殺意に満ち満ちている目…オレと同じ己を孤独という地獄に追い込んだ者を殺したくて ウズウズしている目だ…
 我愛羅は、そう言ってサスケの復讐心を煽った。
『あの子は、本当は仲間を探していたんじゃないだろうか。そして、偶然、自分と同じ孤独な目をしたサスケと出会った。だが、それは、共感などという生易しいものではなく所詮力と力のぶつかり合いにすぎなかった。ナルトは、我愛羅とは、まるでタイプが違った。だが、二人は互いに認め合う友となっている』
 カカシは、洞窟の岩陰に二人で仲良く寝ているナルトと我愛羅に視線をやった。第七班としてスリーマンセルを組み、未熟なナルト達を率いていくつかの任務をこなした。あれからそんなに月日が経ったわけではなかったが、すでにそれは遠い過去の出来事となっていた。
…ある意味、オレとガイとの関係に似ているのかもしれないな…
 カカシには、以前、ガイとは違う親友がいた。その親友は、カカシに左目だけを残して死んでしまった。それは、ナルトとよく似たタイプの少年だった。
…オビトがナルトに似ているとしたら…オレは、さしずめサスケってとこかな…
 サスケは、今頃、大蛇丸のところにいるはずだった。
…アイツ、元気にしているのだろうか…
 あれこれ考えているうちにカカシのまぶたも次第に重くなった。隣では、ガイが爆睡し、そのさらに横でリーが寝言を言っていた。

「…我愛羅、まだ起きてるか?」
「ああ…」
「ちょっとこっち来いってばよ」
 隣に寝ているナルトが、自分の毛布をはぐり我愛羅を手招いていた。我愛羅は、一瞬考えたが、無言で移動した。
「…やっぱり二人の方が温かいってばよ…」
 深夜になり洞窟の中の気温も下がっていた。真夏にも関わらず湿気の多いその洞窟は、ひんやりとした空気に包まれていた。
「この洞窟は、冷えるからな」
 我愛羅は、この洞窟に泊った幾度かの夜の事を思い出した。初めての夜は、中忍選抜試験のために木ノ葉に来た時だった。我愛羅は、洞窟の奥で寝ているテマリやカンクロウを無視して、一人、洞窟の入り口から月を見て過ごした。そして、二度目は、木ノ葉から逃げ帰る時。わざわざテマリやカンクロウが、自分を挟む様にして寝ていた。そして、三度目は、支援のために木ノ葉に来た時。その夜は、テマリのいびきがうるさくて、カンクロウと二人、テマリから少し離れた場所に毛布を敷き直し一緒に眠った。そして、今回は、自分の横にナルトが寝ており、その向こうには、仲間がいた。
『…ここは、不思議な場所だ…』
 立ち寄るたびにその洞窟での過ごし方が変わった。寝息があちこちから聞こえ始めると、我愛羅は、暗闇に目を凝らした。天井には、無数のヒカリゴケが光っていた。

 
 翌朝、東の空が明るくなる前に一同は、ガイによりたたき起こされた。
「朝からハイテンションだねぇ…全く」
 眠そうな目をこすりながらカカシは、テキパキと起床を促す親友を迷惑そうに見ていた。
「ほら、朝食を食ったら荷物をまとめる。痕跡を残すなよ。ゴミも全部拾え。トイレに行きたい奴は、川に行け。途中で足を滑らすなよ」
「さすがガイ先生、朝からめちゃめちゃ元気ですね」
「オレは、朝に強いタイプだからな。夜は、カカシに任せるとして、午前中ならだれにも負けん」
「さすがですね。ガイ先生。僕もどちらかと言えば、午前に強いタイプです」
 ガイとリーは、朝から大声で笑っていた。
『二人とも夜は、めちゃめちゃ弱いけどね…』
 カカシは、大きく伸びをすると洗面を始めた。
「ナルト…起きろ」
 身支度を整えた我愛羅の横で相変わらずナルトは、よだれを垂らしたまま眠っていた。
「そんなんじゃだめ。こうするのよ。しゃんなろー!!」
 サクラはいきなり毛布を引っ張るとナルトを岩場にころがした。
「あたたっっっ!痛いってばよ」
「さっさと起きる。アンタが一番最後よ、ナルト」
「サクラちゃん?」
 突然の乱暴で目が覚めると、そこが自分の部屋ではなく、洞窟の中であることにナルトは気がついた。
「ああ…そうだったってばよ」
 岩場で寝たせいか、サクラの乱暴のせいか、体の節々が痛んだ。
「なんかオレ、サスケの夢を見てたってばよ…」
 大蛇丸と遭遇するかもしれないという思いが、ナルトにサスケの夢を見させた。我愛羅は、夜中にナルトが、サスケの名を呼ぶのを聞いた。
「実は、オレもだ」
「あら、私もよ…」
「えー?僕もですよ」
 幻術にかけられたのではないかと思えるほど皆が口々にサスケの夢を見たと呟いた。
「案外、サスケの奴、この近くにいるのかもしれないな…」
 カカシは、ナルトやサクラの他に、リーやネジ、テンテンまでもがサスケの夢をみたという話に思わずそう言ってしまった。里を捨て彷徨っている仲間を思い出すと一同は、一斉に暗くなってしまった。
「サスケ…」
「サスケくん…」
「元気にしてますかね」
「…何処で何をしているんだろうか」
「ご飯とかちゃんと食べてるのかな」
 その雰囲気を覆したのは、ガイだった。
「おほん。君たち、朝から何を暗くなっているのだね。カカシ…お前も、朝のさわやかな出発前にいきなり班員の士気を下げてどうするんだよ。ここは、一発皆を盛り上げ鼓舞する場面だぞ!!」
「そうだったっけ?すまん、すまん。ガイ…」
 火影が、なぜ副隊長にガイを選んだのか、カカシはその時、初めて理解した。この任務中にもしも、大蛇丸と遭遇するようなことになれば、おそらくサスケを伴っているに違いなかった。ツナデは、総崩れを防ぐために命綱としてガイを派遣したのだった。
「はたけカカシ…オレから皆に話がある」
「うん?どうした。我愛羅君」
「おい、我愛羅…」
 我愛羅は、カンクロウに構わず一歩前に進み出た。
「皆に聞いて欲しい事がある。今回の任務は、オレ達、砂隠れの命運がかかっている。木ノ葉に賠償金を渡すことに失敗すれば、オレ達は、信用を失うだけでなく、帰る里までも失ってしまう。だから、何としてもこの任務を成功させたい。皆の力を貸してくれ。この通りだ」
 我愛羅は、いきなりそう言うと頭を下げた。
「我愛羅くん…」
「我愛羅…」
「我愛羅さん」
 殊勝な姿に驚いたのは、木ノ葉のメンバーだけでなくカンクロウも同様だった。
「そ…そうだ。木ノ葉崩しでは、迷惑かけたが、なんとか同盟も結び直せた。今回の賠償金があれば、お前ら木ノ葉の復興も早まるはずじゃん」
 慌ててカンクロウも我愛羅の横に立つと言葉を付けたした。多少、ぶっきら棒だったが、みな頷いていた。
「大丈夫だってばよ。S級任務成功間違いなし!!」
 ナルトは、拳を高く振り上げ叫んだ。
「そ…そうよね。サスケくんのこともあるけど、今回は、とにかく砂の里の命運と木ノ葉の友好のための任務よね」
「ですよね。僕もがんばりますよ!」
「そうそう任務に私情は禁物だしね」
「一理あるな」
「わかったわ。サスケ君の事はこの際、忘れてまずは、任務よね。どうせ勝手に里を出て行った人なんだから…私たちがいくら心配したって仕方ないわよね…あんな分からず屋のサスケ君なんて」
「サクラ…話が戻ってる」
「あっ…ご、ごめんなさい」
「まぁ、とにかく、全力を尽くそう。砂と木ノ葉のためにな」
「そうだぞ。せっかくの合同任務じゃないか。燃えよ、青春だ。互いの絆を深めるためにもがんばろう。なぁ、みんな!!」
 ガイは、全員が盛り上がっているうちに出発を宣言した。
「さぁ、朝日に向かって出発だっ!!」
「いや…ガイくん。それじゃ、木ノ葉に戻っちゃうから…」
 一行は、ガイが指さす方向とは逆の西に向けて出発した。


 その動向を一部始終見張っている者たちがいた。
「ほら、僕の言ったとおりでしょ」
「ふふ。そのようね。カブト」
「最近、砂と木ノ葉は、この洞窟に一泊して往来するんです」
「いつもながら見事な情報収集力だわ。さて、私たちもそろそろ行きましょう。一行の後を付ければ、彼らが使節団まで案内してくれるんでしょ」
「ええ。大蛇丸さま」
「ちっ。賠償金の強奪か。これじゃ、盗賊の一味だな…」
「サスケ君。お金をバカにしてはいけなくてよ。この世の中を血液のように流れているのは、お金よ。あなたの服も食事も、すべて私のお金で用意したものだわ。今回、砂隠れが運んで来る賠償金は、『木の葉崩し』によって私が作り出したもの。それを奪ってやるのだから、とても面白いゲームになるはずよ」
 大蛇丸は、カブトに命じると後ろに控えていた音忍たちを四方に散らばせた。
「ついてらっしゃい」
 大蛇丸は、長い舌でぺろりと自分の顔を舐めると谷の稜線に沿って移動した。両腕は、三代目火影との戦いで不自由になっていたが、その長い舌が腕の代わりを務めた。サスケは、得意顔の大蛇丸を鼻で笑うと、木ノ葉のメンバーと一定距離をとりつつ追跡を開始した。
…ナルトとあの‘砂瀑の我愛羅’が一緒だと?…
 始めに大蛇丸から、賠償金を強奪する作戦を聞いた時、サスケは、まるで興味を示さなかった。しかし、‘砂瀑の我愛羅’の話が出るとたちまち目の色を変え同行を希望した。
…本当の孤独を知る目…そして、それがこの世の最大の苦しみであることを知っている目…言ったはずだ…お前は、オレと同じ目をしていると…力を求め憎しみと殺意に満ち満ちている目…オレと同じ己を孤独という地獄に追い込んだ者を殺したくてウズウズしている目だ…・
 我愛羅の正体は、尾獣・守鶴を宿した人柱力だった。
…お前は弱い…お前は甘い…憎しみが弱いからだ…憎しみの力は、殺意の力…殺意の力は、復讐の力…
 そして、それ以上にサスケにとって悪夢だったのは、ナルトの秘めたる力だった。あの時、ナルトは、我愛羅の尾獣にも勝るとも劣らない巨大なガマを口寄せしたのだ。そして、サスケが叶わなかったバケモノと化した我愛羅に立ち向かい勝利した。
…オレは、こんなにも弱かったのか…
 圧倒的な二人が、サスケの矜持を打ち砕いた。二人の力の前では、うちは一族の写輪眼は、あまりにも無力だった。奈落に突き落とされたサスケは、這い上がろうともがいた。そして、掴んだのが、呪印の力を持つ大蛇丸の手だった。
…我愛羅、お前は、オレと同じく復讐者だった。砂の里の殲滅、それこそが、お前の望みだったはずだ…それが、木ノ葉と合同作戦だと?…
「オレが復讐を思い出させてやる」
 カブトから、木の葉崩しの顛末をサスケは聞いていた。我愛羅は、始めから木ノ葉を壊滅させるために送り込まれた最終兵器だった。だが、作戦を無視して中忍選抜試験本選でその力を使おうとした。そして、木の葉崩しとは無関係な場所で守鶴化した。
「結局、我愛羅はちっとも役に立たなかったわね。風影の命令なら服従すると思ったけど、あの子には所詮無意味だったようね」
 大蛇丸が、ため息交じりでそう呟いた。
「風影の命令を無視したのか」
 大蛇丸は、にやりと笑ったままその先を語らなかった。代わりに説明したのは、カブトだった。
「彼を手なずけようと大蛇丸様と僕は、ある時期、彼の父親である風影に成りすましていたんだよ」
「…成りすましていた!?」
「そうだよ。人柱力が作戦の要になるからね。わざわざ本物の四代目風影を殺してまで潜入したんだけど、我愛羅と風影の関係は、最悪。反目し合っていたんだ。風影は、実際、何度も我愛羅に刺客を差し向けたらしいし、我愛羅も隙あらば、風影を殺そうと画策していたらしい。実の親子なのに、彼らは憎み合っていたんだ。まぁ、そんな感じだったから、結局、僕らの『木ノ葉崩し』は、失敗したんだ」
「…ふん。思い込みだな。親子だからって仲がいいとは限らない」
「確かに君だってお兄さんを憎んでる事だしね。…でも、知ってるかい?愛情と憎悪は表裏一体なんだよ。その強い感情は、とてもよく似ているんだ。人は、愛する者から裏切られれば、すぐにその相手を憎むようになる。でも本当は、その相手からの愛情が戻ることを期待している。狂おしいほどにね…」
「ばかな。憎い相手の愛情を欲するなどあるものか」
「今にわかるよ。でも、こうして見るとやっぱり君たちは、よく似ているよ。サスケ君。君だって本当は、お兄さんに…」
「黙れ。殺すぞ。メガネ。オレは、イタチを殺すために生きている」
 サスケは、プイと横を向くとそれきりカブトを無視し始めた。
「まったく…君ときたらピュアで繊細なんだから…大蛇丸様が気に入るわけだね」
 日は、西に傾き始め、そろそろ国境付近に差し掛かる頃だった。
「大蛇丸様、砂の使節団がまもなく木ノ葉の連中と接触します」
「そう。では、あなたたちの働きに期待するとしましょう。行きなさい」
「はい。大蛇丸様」
 音忍達は、大蛇丸の言葉を合図に再び散った。西の空は、切れ切れに細い雲が広がり、鮮らかな夕映えに燃えていた。


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