鼓動


「御前試合!?」
 我愛羅たちが、木ノ葉の里に来て一カ月半が過ぎようとしていた。アカデミーを始めとする主だった施設の訪問を終え、ここ最近は、来賓室で貰った資料整理に明け暮れていた。そこに、火影から御前試合で、我愛羅たちに模範演技をしてもらいたいとの依頼があった。我愛羅たちの忍術を中忍選抜試験を観覧できなかったアカデミー生や正規部隊の忍たちにぜひ見せてほしいとの要望だった。
「大丈夫なのか!?こっちの手の内を見せちまって……」
「問題ないだろう。オレやお前の忍術は、砂の里独特のものだ。真似しようと思っても真似できるものではない。砂と木ノ葉では、根本的に忍術の種類が違う。それに、これまで木ノ葉が、あれこれとオレたちに手の内を見せてくれたんだ。今になって、あちら側の依頼を断るわけにはいくまい」
 我愛羅は、木ノ葉との友好関係をできるだけ継続していくことが望ましいと考えていた。テマリは、半月前に賠償金の問題を解決するために砂の里に戻ったままだった。その後のバキからの連絡では、なんとか上手く事が運びそうだということだった。
「で、肝心のオレ達の相手は誰なんだ!?模範演技ってことは、殺し合わねぇ程度に対戦相手と遊べってことじゃん?」
「手合わせする相手は、木ノ葉の方で選定するらしい。オレもお前もしばらく実戦から離れているから、そろそろ体を慣らしておいた方がいいだろう」
「ああ。砂隠れの忍として無様な真似は見せられねぇからな」
「その通りだ」
 我愛羅とカンクロウは、シズネに火影の依頼を了解する旨を伝えると、第三演習場を使用する許可を貰った。そこは、先だってナルトに案内してもらった場所だった。
「我愛羅とだけはやりたくなかったんだが…」
 カンクロウは、カラスを操りながら、いつものように無表情に腕組みをしている我愛羅に舌打ちした。我愛羅と対戦するのは、初めてだった。砂の里にいたころは、我愛羅とはとても手合わせできる様な関係ではなかった。任務の中でたびたび見た我愛羅の砂の術は、かけられたものの命を確実に奪い、容赦がなかった。砂は我愛羅によって自由自在に姿かたちを変え、まるで生き物のように蠢きながら、怯えて命乞いをする相手を瞬殺した。しかし、当の我愛羅はといえば、少し離れたところで腕を組み無表情のまま殺戮を観察しているように見えた。そんな姿を見るたびにカンクロウは、戦慄を覚えずにはいられなかった。
「たく、コイツは本気でいかなきゃやばいじゃん」
 手始めに我愛羅が、カンクロウに向かって砂手裏剣を放った。カンクロウは、それをかわしながらカラスを我愛羅に飛ばした。すると我愛羅は、突然姿を消し、次の瞬間カンクロウの背後に現れた。
「何!?砂瞬身!?後ろか!!」
 カンクロウは、あわてて向き直ったが、カラスを手繰り寄せるより先に、我愛羅の砂に足を取られた。
「うわっ…」
 幾度となく目にした光景がカンクロウの脳裏をよぎった。砂は徐々に足を這い上がり全身を包むとカンクロウの動きを封じた。かなり手加減はしているらしかったが、それでも締め付けられる痛みにカンクロウはうめいた。
「スピードが遅く、接近戦に弱い」
「ちっ…」
 我愛羅のつぶやきにカンクロウは、舌うちをした。
「こうして力でねじ伏せられれば、身動きすらできない」
「くそっ、オレの弱点、よく知ってんじゃんかよ」
「かつてオレが父さまに言われた言葉だ」
「えっ?そうなのか!?」
 我愛羅は、締め付けている砂からカンクロウを解放すると再び距離をとった。
「本気でいくじゃん」
 別段今までも我愛羅相手に手加減をしていたわけではないが、カンクロウは、そう叫んで自分を鼓舞した。カラスの三つの目がギロリと我愛羅を睨んでいた。
「あの小さい兄ちゃん、すごいよ!」
「アイツは、砂のリーダーだからな。コレ!」
「あの時、私たちのこと守ってくれたんだよね。あの砂のお兄ちゃんが…」
 草むらの影から我愛羅とカンクロウの手合わせを覗いているのは、木ノ葉丸たちだった。砂の里の要人に自分達の不満を思い知らせてやろうとしてから、ずいぶん時間が経っていた。激怒した火影に地下牢に閉じ込められそうになったところを我愛羅の提案のお蔭で救われたのだった。その後、木ノ葉丸たちは、我愛羅たちの動向を偵察するようになった。この日は、演習場に忍具を装備して向かう彼らを見かけ後をつけたのだった。
「今日は、別行動みたいだが、ナルトの兄貴がいつもアイツにくっついてるからな。コレ!」
「ナルト兄ちゃんの友だちなら……叔父貴ってことになるのかな。あの砂の兄ちゃんは……」
「オレはまだ完全には認めちゃいないからな。コレ!」
「うわっ!まただ。すごすぎるよ。こんなの…」
 目の前で繰り広げられる生き物のようにうごめく砂と傀儡の戦いに三人は腰を抜かしながら目が離せなかった。それは、生まれて始めてみる忍術だった。
「なんかうるさい子ねずみが紛れ込んでるようだが…」
「気にするな。それより…」
「うわっ!!」
「集中しろ。怪我をしたくなければな」
 我愛羅は、砂で作った巨大な腕でカンクロウを高々と持ち上げた。
「手加減するって約束はどうなってるじゃん!兄貴を殺すきかよ。まったくこの弟は…」
 カンクロウは、受身を取ることもままならず次の瞬間、地面に叩きつけられた。
「うわっ…って?痛くないじゃん」
 痛みを覚悟したカンクロウだったが、意外にも我愛羅が地面の上に砂でクッションを作っていたのだ。
「防御と攻撃を一度にやらねばならん。模範演技とは面倒だな」
 我愛羅が、演習場を借りた理由はただひとつだった。実戦とは違ってまさにカンクロウが言うように段取りを考えながら、殺さない程度に相手にいつもの技をかけなければならない、その手加減を知るためだった。
「くそうっ、負けねぇぞ」
 カンクロウは、砂の中から果敢に立ち上がるともう一度、攻撃態勢を整えた。すでに肩で息をしていた。
「やめだ」
 我愛羅は、カンクロウを一瞥すると、砂をひょうたんに回収し始めた。
「おい。もう終わりかよ。オレじゃあ、相手になんねぇってか!?」
「お前、腕から血が出てる」
「おっ!」
 カンクロウは、始めに我愛羅が放った砂手裏剣の1つを交わしそこね、それが腕を掠めたことを思い出した。
「これくらい大丈夫なのに…」
「……」
 カンクロウは、そこをぺろりと舐めるとカラスを手繰り寄せ巻物の中に封印した。それから、我愛羅と並んで演習場をあとにした。
「なんか…すごかったね…」
「思わずしっこちびりそうになったぞ。コレ!」
「…ス・テ・キ…」
 モエギは、両手を胸の前に組んで我愛羅に秋波を送っていた。その頬は赤く染まり目は、潤んでいた。
「たく…女はこれだからな。コレ!」
「カンクロウさんて、なんてかっこいいんだ」
 ウドンもどうやらモエギと同じ心境らしく、カンクロウの後姿に賞賛を送っていた。
「おもしろくなってきたぞ。コレ!アイツとナルト兄ちゃんがやったらどっちが勝つかな。コレ!」
 木ノ葉丸は、エビスから聞き出した今度の夏祭りの御前試合のことを心待ちにしていた。そして、実際に砂の忍たちの忍術を目の当たりにして否が応でも期待に胸を高鳴らせたのだった。

「オレと我愛羅で模範演技!?」
 ナルトは、火影に呼び出され、我愛羅たちの近況を尋ねられた後、要件を告げられた。
「中忍選抜試験は、結局、中止になったが、あのまま試合が続けば恐らく最後は、サスケとお前か、我愛羅とお前が戦う事になっていたはずだ。現在、サスケは、出奔中だし…偶然、我愛羅は、ここにいるし、となるとお前たちの試合に否が応でも皆の期待は高まるというものだ。どうだ!?やってみる気はないか!?むろん、模範演技だから、技の型を見せるだけで良い。むしろ、我愛羅には、傷1つ負わせてはならん。なにせ砂からの大切な客人だからな」
「我愛羅とか…」
 ナルトは、これまで守鶴化した我愛羅としか対峙した事がなかった。平常時における我愛羅の戦いぶりは、あのロック・リーとの対決を観戦しただけだった。そして、その戦いの中でリーは、再起不能の状態にまで追い込まれた。さらにその試合の前にシカマルと見たのは、殺意に満ちた我愛羅が、容赦なく殺戮した草の忍たちの無残な姿だった。
『いつも一緒にいるんですっかり忘れてたけど……アイツは、あの‘砂瀑の我愛羅’だったんだよな……』
 夜中に目が覚めると、我愛羅とよく目があった。いつからそうしていたのか知らないが、我愛羅は、ナルトが目覚めると目を閉じるか背を向けた。その翡翠の瞳は、どこか悲しげでナルトの心をいつも切なくさせた。
…我愛羅…
 中忍選抜試験の会場で見た我愛羅は、ナルトがこれまで出会った忍の中で、一番危険で狂気をはらんだ奴だった。それが今では、最も親しい友の一人だ。
「はぁ…」
 ため息をつきながら火影の執務室から出ると、ちょうど忍具を背負った我愛羅とカンクロウが階段を上がってくるところだった。
「おっ、ナルトじゃん」
 カンクロウが、久し振りに隈取をした顔でナルトに手を振っていた。初めて見たときは、我愛羅以上にヤバいと思ったのがカンクロウだった。
「お前ら、その格好…」
「演習場で少し手合わせしてたじゃん」
「って、模範演技の準備かよ」
 ナルトは、我愛羅が久しぶりにひょうたんを背負っている姿を見てやっぱりコイツは‘砂瀑の我愛羅’に間違いないと思った。ナルトの部屋でくつろいでいる我愛羅は、どこか儚げに見えることも有ったが、装備を整えた我愛羅は、一部の隙もなく毅然としていた。
「お前とオレがやることになったってばよ」
「そうか…」
 我愛羅は、始めから分かっていたような様子だった。
「手加減しねぇからな」
「望むところだ」
「冗談だろ。お前ら。本気出すなよ。まったく…って、じゃあ、オレさまの相手は誰なんだよ」
「あれ!?カンクロウもやるなんて聞いてないけど…」
 ナルトの答えにカンクロウは、拍子抜けした。背負っているカラスが、突然重く感じられる。
「やっぱ、なんたってこれってば中忍選抜試験の模擬決勝戦だからさ。カンクロウって確か途中で棄権したような気がするけど……」
「あれ、そうだっけ?って、まぎらわしいんだよ。全く。オレのやる気をどうしてくれるんだ」
 カンクロウは、ぶつぶつ文句を言ってみたが、実の所はほっとしてしていた。出場よりも、初めて我愛羅と手合わせできた事が嬉しかった。‘砂瀑の我愛羅’が手加減してくれた上に最後は些細な怪我のことまで心配してくれるなど短い時間ではあったが、これまでとは違う兄弟の時間が過ごせた事が何よりだった。
「こいつの砂はすごいぜ。お前、ひびって逃げ出すんじゃねぇぞ」
 カンクロウは、今しがた体験した事を得意げにナルトに話した。
「おうっ。オレってば、一度は我愛羅を倒した男だってばよ」
 ナルトは、カンクロウに勢いよくタンカを切っていた。我愛羅は、そんな2人のやり取りをいつもどおり無表情のまま聞いていた。
…ナルトと戦う…
 我愛羅の中に以前の光景が浮かんだ。我愛羅は守鶴化し、ナルトは、それに対抗するために口寄せでガマブン太を使った。それは、2人の戦いで始まり、尾獣と妖獣を介して2人の戦いで終わった。
……お前の気持ちは…なんでかなぁ…痛いほどわかるんだってばよ……
 最後にそういって泣きながら地面を這って近づいてきたナルトの姿は、我愛羅にとっても忘れられない光景となっていた。
「な、我愛羅」
「……?」
「だから、オレたちも事前に手合わせしようぜ」
 ナルトは、カンクロウに焚きつけられたのかやる気満々で我愛羅を誘った。我愛羅は、そんなナルトの姿に背を向けると、
「…疲れたからもういい」
と、つれなく言って来賓室に入っていった。
「ったく…せっかく砂の攻撃の対抗策を考えるチャンスだったのに…。オレも我愛羅に見劣りしないように術の練習をしておかなくっちゃ」
「無駄だな」
 カンクロウは、上から目線であざ笑うようにそう言うと我愛羅のあとを追って来賓室に入っていった。
「ちぇ」
 舌打ちをしていると、後ろからナルトを呼ぶ声がした。
「ナルト兄ちゃん」
 振り返るとそこには、木ノ葉丸たちが手招きしていた。
「お前ら」
「聞いたぞ。コレ!どうやらナルト兄ちゃんが、砂のアイツとやるんだってな」
「立ち聞きかよ。まったくこの前から…。また、火影のバァちゃんにどやされるってばよ」
「平気さ。そんなことより、砂のアイツの対抗策…オレ、知ってるんだな。コレ!」
「えっ!?なんでお前が…!?」
「オレたちは、砂の奴らの手合わせを一部始終見てたんだな!コレ!」
「お前ら、我愛羅たちのあとをつけてたのかよ」
「偵察だ!コレ!あいつらは、案外、マヌケだ。オレたちの尾行には全く気が付いてなかったぞ。コレ!」
 木ノ葉丸は、意気揚々と自分達の極秘任務の成功をナルトに自慢した。
「んなわけねぇだろ。相手はあの‘砂瀑の我愛羅’だぞ。アイツは、砂でここから温泉地帯で覗き見してるエロ仙人の動向まで感知するんだぞ。お前らのことなんか、とっくにお見通しさ。よく無事でいられたなぁ……」
「のぞきみの感知!?砂のアイツにそんな趣味があったのかよ。エビスと同じで案外むっつりスケベだな。コレ!」
「そこじゃねえってばよ、反応するところ!!」
「で、知りたくないのか!?砂のアイツの対抗策」
「マジ知ってんのかよ」
「オレたちの情報収集力は、暗部なみだな。コレ!」
 ナルトは、ちょっと腕組みをして考えたあと、木ノ葉丸に連れられて我愛羅たちが戻ってきた道を逆にたどっていった。


 夏祭りの夜、かがり火の前で御前試合が開かれた。会場となったのは、町の真ん中にある広場だった。この日は、朝からあちこちに提灯が飾り付けられ、出店が立ち並んだ。夏から秋にかけての作物の豊穣を願い、祭壇には酒や果物、穀物などの供物が捧げられた。人々は、ゆかたを着てうちわを腰にさしながら、集団で町に繰り出した。夜になるとさらに鐘や太鼓が打ち鳴らされ、花火が上がる頃には、どこからこんなに人が沸いてくるのかと思うばかりの人垣があちこちでできていた。
「これじゃあ、見世物じゃん」
 ひときわ大きな人垣ができていたのは、御前試合の会場となった広場だった。前座試合の後でいよいよ我愛羅とナルトの名前が紹介された。
「こんなに人がいる中で本当に大丈夫なのか!?」
 カンクロウは、先ほどから、異常な熱気に包まれた会場に意味もなく不安を感じていた。当の我愛羅はいつもと変わらず冷静だった。
「相手はナルトだ。何かあってもいざとなれば、オレとナルトで対抗すればいい。これまで木ノ葉の人々には世話になった。たまには恩返しもいいだろう」
 我愛羅は、そう言って珍しく微笑した。
「お前がそう言うなら…」
 カンクロウは、いざとなったら身を挺しても我愛羅を守るために飛び出そうと考えた。大勢の木ノ葉の忍達の中、砂の忍は、自分と我愛羅2人きりなのだ。例えナルトがいたとしても一斉に彼らが蜂起すれば、とても対抗しきれるものではなかった。
 中央に進み出たナルトに対して、少し距離を置いたところに我愛羅は立っていた。やがてひょうたんの中から砂が湧き出すと観衆からどよめきが起こった。
「相変わらず、派手だってばよ」
 ナルトはそう呟くと我愛羅に向かって手裏剣を放った。我愛羅は、それを砂の盾で防御した。観衆は、初めてみるその生き物のようにうごめく砂に目を見張った。我愛羅は、砂をいったん崩すとゆっくりと上に持ち上げ小さな塊をいくつも作った。
「砂時雨」
 腕組みをしたまま我愛羅は、上から雨のように砂の粒をナルトに降りそそいだ。そして、ナルトが避けようとして空を見上げると同時に、足元から砂を這いあげた。ナルトは、素早く変わり身の術でその砂の呪縛から抜けると、影分身の術を使って我愛羅の周りを大勢で取り囲んだ。それから、一斉に我愛羅に飛びかかって行った。観衆からは、拍手があがった。
「ちっ。ナルトの味方ばっかじゃん」
「まぁ、まぁ、なんたって木ノ葉は、ナルトのホームだからな」
 文句を言っているカンクロウの横にいるのは、犬塚キバと赤丸だった。
「ところで我愛羅は!?」
「とっくに砂瞬身で抜け出してるさ。ほらあそこ」
 複数のナルトに殴られてるはずの中央付近には、お互いに殴り合ってるナルトの姿しかなかった。我愛羅は、広場の端で腕組みをしていた。そして、真ん中で格闘しているナルトの影分身に向けて砂の巨腕を放った。一瞬にしてナルトの影分身は、煙のように消えた。立ち込めた砂塵の中からナルトの本体が立ち上がると、再び会場から割れんばかりの拍手が沸きあがった。ナルトは、観衆に向かって愛想良く大きく手をふった。
「なんか、段々馬鹿らしくなってきたじゃん。これじゃあ、ナルトのための試合だ」
「まぁ、そういうなよ。そう見せてるのは、ナルトじゃなくて我愛羅の方だ。アイツ…ナルトが、目立つように段取ってるぜ」
「そうなのか!?」
「なぁ、赤丸」
 子犬がキバの胸元で鼻を鳴らした。
「ったく、どこまでナルトにぞっこんなんだか」
「行くぞ。我愛羅、覚悟しろ」
 ナルトは、大きな声で叫ぶと再び影分身で一人を巨大手裏剣に変化させると我愛羅に向かって投げた。我愛羅は、それを砂で撃ち落とした。
……里の奴らにオレの力を認めさせ、オレは火影になる……
 その願いが少しずつ実現しているようだなと我愛羅は、歓声に応えるように生き生きと技を繰り出すナルトを見ながら思った。
…こんな風にオレもいつか、砂の里の人々に受け入れられる日が来るのだろうか…
 ナルトの話からすれば、幼少期は同じような境遇だった。しかし、ナルトは、自分を信じる事で明るく前向きに生き、いつの間にか周りに認められるようになっていた。我愛羅は、多くの人たちがナルトを応援する事で自分たちもまたナルトから元気を貰っているのだとその試合の中で感じていた。
「そろそろやるか」
 ナルトは、木ノ葉丸秘伝の奥義をだす頃合を今だと判断すると、いきなり猛スピードで我愛羅に突進し抱きついた。
……砂のアイツは、速攻による接近戦に弱いらしい。自分でそう言ってたぞ。コレ!……だから、懐に入ってしまえば、絶対にナルト兄ちゃんは勝てる……
 木ノ葉丸の言うとおり、オートの砂が追いかけるように盾を作ったが、すでにナルトは、我愛羅の盾の中に入っていた。
「お前…」
「我愛羅、つかまえたっ♪」
「なに!?」
「木ノ葉丸もたまには、いいこと言うってばよ」
「真面目に戦え!観衆が見ている」
「んなこといって、お前、手加減ばっかりしてるくせに……」
「……」
「大丈夫。ちゃんとお前の見せ場もこれからオレが作ってやるってばよ」
「ナルト…」
 ナルトは、我愛羅の砂の盾を内側から破って表に出ると、勝手に苦しみ始めた。そして、いきなり手を上げると泡を吐きながら降参した。
「……」
 観衆は、何が起こったのかわからずとりあえずまばらに拍手した。
「なにやってんだ。アイツは…」
 カンクロウとキバもあまりのわざとらしさに鼻白んだ。
 その時だった。観衆の中から我愛羅に向かって無数のクナイが一斉に放たれた。
「……!!」
 オートの砂がすぐに反応し、我愛羅の周りに盾を作った。
「我愛羅!!」
 カンクロウは、叫んだ。観衆も一瞬、息を呑んだ。
「ナルト!!」
 我愛羅の砂の盾の前に立ちふさがるようにしてナルトが立っていた。その体には、クナイが何箇所も刺さっている。
「馬鹿な……どうして……」
 我愛羅は、後ろ側に倒れるナルトを支えると周囲を見渡した。四方に逃げ去る影があった。我愛羅は、すぐさまそれぞれの方向に砂を飛ばし、その逃げ足を捕らえた。一斉に会場から悲鳴が上がると、人々は一目散に逃げ出した。我愛羅が砂で捕えた影たちの足を手繰り寄せると、そこには、お祭りの会場で売っている面をつけた男たちがもがいていた。
「いったい何者だ!!」
 あわてて駆けつけ取り押さえたのは、火影を護衛をしていた暗部の忍たちだった。そして、彼らの面を引き剥がすと驚いたのは、我愛羅の方だった。
「お前たちは…」
 それは、テマリに伝令を届けに来た砂の里の忍たちだった。どうやら里に帰らず木ノ葉の里に潜入していたらしい。
「大丈夫か!我愛羅。怪我はないかっ!」
 駆け寄ったカンクロウが我愛羅の身を案じた。
「ナルトは!?」
 我愛羅は、目の前で倒れているナルトに視線を移した。
「…我…愛羅…無事なのか?」
「ナルト!!」
「…なら、よかったってばよ…」
 咄嗟に我愛羅の正面に立ちはだかり、ナルトは、まともにクナイを受けていた。そして、我愛羅の無事を確認すると気を失った。
「ナルトっー!!」
 ナルトの胸からいく筋もの血が流れていた。我愛羅は、ナルトを後ろから抱き締めたまま叫んでいた。
「ナルトは、私が」
 駆け寄ってきたのは、ナルトとスリーマンセルを組んでいたサクラだった。医療忍術を習うために火影であるツナデにサクラは弟子入りしていたが、お祭りでナルトが模範演技をすると聞いて会場に遊びに来ていたのだった。
「我愛羅にはオートの砂があるのに……コイツ……本能的にお前を守ろうとしたんだ……」
 カンクロウは、ナルトが身を挺して我愛羅を守ろうとしたことを知ると、それこそがあの我愛羅を変えたナルトの力なのだと悟った。
「ナルトを頼む」
 我愛羅は、ナルトを横たえると蒼白のナルトのほほにそっと手のひらをあてた。先ほどまでとは違い横たわるナルトには、いつものような豊かな表情はなく、まるで人形のように見えた。
「大丈夫。急所は外れているから……それに、ナルトは、こんなことぐらいでは死なないから」
 サクラは、止血点を抑えながら、クナイを一つづつ抜いていった。
「こいつらは、一応、こちらで預かります」
 四人の忍を捕らえた暗部の一人が、背後からそう言った。
「待て…少し聞きたい事がある」
 我愛羅は、1人の忍の前に片膝をつくと、その顔をあげさせた。
「風影は死んだ。誰がお前たちに暗殺を命じた」
「……」
「口を割らねば、この場でお前は死ぬ。里にいるお前の一族もオレが許しはしない」
「…会議での決定だそうです」
「会議だと!?」
「そうです。風影様は亡くなられましたが、アナタが人柱力であるという事実は何一つ変わってはいない。だからこれまで通り、合議制会議はアナタの存在価値を確かめるために我々に暗殺を命じた」
「これまで通りだと!?馬鹿なこというな!!我愛羅の存在価値を確かめるってなんだよ、それ!いったい誰にそんな権利があるというんだよ」
 カンクロウは激怒し、その忍を殴り倒した。風影が命じていた我愛羅の暗殺を今度は、合議制会議が変わって執り行うなど初めて聞く話だった。
「バキの野郎はいったい何をしてやがるんだっ!!」
 カンクロウは、更に怒りにまかせて残りの忍たちを蹴り倒していた。
「落ち着け。カンクロウ」
 我愛羅は冷静だった。砂の里での境遇が、これまでと何も変わっていないことは十分承知していた。テマリやカンクロウは、木ノ葉に来て我愛羅が変わっていく様を目の当たりに見ていたが、砂の里の人々は何も知らないままだった。それどころか、風影が亡くなり、ますます人柱力である我愛羅を警戒しているはずだった。
「連れて行ってくれ。…ただし殺さず、監禁を頼む」
 我愛羅は、四人を暗部に引き渡すと手当てを受けているナルトのそばに戻った。
「傷の具合は?」
「とりあえず、応急処置もしたし、ナルトは異常に回復が早いから、大丈夫だと思う」
 サクラは、そう言いながらナルトの傷口に手をかざし、自分のチャクラを与えていた。
「我愛羅…」
 カンクロウは、我愛羅の肩に手をかけた。そして、先ほどの砂の忍の言ったことを我愛羅がどのように受け止めたのかを心配した。温かい観衆に囲まれて大はしゃぎするナルトと違い、砂の里の人々は我愛羅に冷たかった。その違いをまざまざと観衆の前で我愛羅は、見せつけられたのだ。
「…ナルト…」
 やがてナルトがうっすらと目を開けた。目の前にある翡翠の瞳が今にも泣き出しそうにナルトを見つめていた。
「我愛羅…オレは、大丈夫だって…心配すんなよ。そんなに…」
 ナルトは、弱々しく笑うとまた気を失った。
「今日は、このまま木ノ葉病院に連れていくから…傷も浅いし、すぐに退院できると思うから…」
 サクラは、タンカにナルトを乗せるように指示すると横に付き添いながら、まだ手をかざしていた。
「オレも一緒に…」
 我愛羅は、タンカで運ばれるナルトの後を追おうとした。その手をカンクロウが掴んだ。
「だめだ。今日は、とりあえず来賓室に泊まったほうがいい。また狙われる可能性もある」
「……」
 我愛羅は、サクラとともに去っていくナルトの姿が消えるまで身じろぎもせず目で追っていた。
「大丈夫か。お前、真っ青だぞ……」
 カンクロウは、かがり火の揺らぐ中、我愛羅が真っ青になり震えていることに気が付いた。
「…人柱力である限り、オレの暗殺は続く。そして、オレをかばおうとするオレの大切な者たちの命まで脅かす…。いったいどうすれば、この運命から抜け出せるのか…」
 我愛羅は、人々が去り、ざわめきが消えた広場に立ちつくすとそう呟いた。足元には、逆光を受け長い影ができていた。
「風影になれ。我愛羅。お前がお前自身の主人になるしか、もう方法はない」
「カンクロウ」
「迷ってる場合じゃない。誰にも、お前を殺させるな!!」
…風影…
 合議制会議における最終決裁権は、絶対的な権力を持つ風影にあった。人柱力であることは、生きている限り続いたが、我愛羅がそれ以外のものになれるとすれば、それは風影になることだけだった。
「…幼いころから父に自分の存在価値を問われ続け、父の命令に従わなければ、生きていく価値がないとオレは、ずっと思い込んでいた。…だが、本当に大切なのは、生きる理由や存在価値ではなく生きる事そのものだった。オレは存在価値を見つけるために生きるのではなく、生きること自体に価値があることを見出さなければならなかったのだ…。何度も暗殺者に狙われてきた。それをいつも相手の命を奪うことでしのいできた。だが、今回は、ナルトが一緒だった。ナルトは、オレのために迷わず命を投げ出した。オレは、傷ついているナルトを見たとき、ナルトがどのような存在であっても、ただ生きていて欲しいと願った。誰かに認められてることや、アイツの強さなど関係なかった。ただナルトが生きている事…それだけを願ったんだ。そしてアイツも…」
……我愛羅……無事でよかった…… 
「オレは、風影になる。そして、命をかけて自分に繋がる者たちの命を守る」
 心の内側から沸き起こる強い決意を我愛羅は感じていた。我愛羅は、命の価値を初めて痛感した。そして、それは、生きとし生けるものすべての命に共通する価値だということに気付いたのだった。
「明日、彼らを保釈する」
「えっ?どうして!?」
「彼らも砂の里の忍たちだ。命じられてここに来ただけだ。それに…」
「それに!?」
「里には、彼らの一族がいる。口を割ったのは、自分の命を惜しんだからではなく、自分に繋がる者たちの命を守るためだ」
「…我愛羅…」
「もう誰も死んではならない」
「お前…」
「オレは暗殺にはもう慣れた。それに、あと何回もあることではない。……だから彼らをこのまま里に帰そう」
「…お前、本当にそれでいいのか…」
「彼らを殺したところでまた別の者が暗殺を命じられる。毎回、彼らの命を奪っても意味はない」
 我愛羅は、翌日その旨を火影に伝えると、火影は、それを許可した。いずれにしても砂の里の内政に関する事だったので口出しをすべきでないと判断したのだった。砂の忍たちは、当然、我愛羅に殺されることを覚悟をしていたため、釈放された事に合点がいかないようだった。そして、それぞれが顔を見合せながら、砂の里に帰って行った。

「オレってば、お前が砂のオートでガードできること、すっかり忘れてたってばよ」
 ナルトは、サクラの言った通り、翌日には退院した。そして、迎えに行った我愛羅とともにアパートに戻るといつものように笑顔で笑った。
「ナルト。オレは風影になる。お前に言われたからではなく、今度こそ自分の意志で…。そして、お前のように砂の里の人々に認められたい」
 それは、初めて我愛羅の口から発せられた強い決意の言葉だった。


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