第三部正規部隊・中忍編2

砂の城壁(前半)


 年が明け、一月半ばに行われる中忍選抜試験を目指して、砂の里に近隣の隠れ里の忍たちが集まり始めた。
 昨年夏の中忍選抜試験は、結局、「木ノ葉崩し」のために中断し、原因を作った砂隠れは、参加各国の不興を買った。砂の合議制会議は、木ノ葉との和解後、国際的な名誉回復と戦力補充のために、急遽、中忍選抜試験を自里で開催することを決めた。その実行委員長に任命されたのが、最年少の上役・由良だった。
「今回は、任務経験数や推薦書の有無に関わらず、下忍なら誰でも受験する事ができる。自信のある者は、遠慮なく挑め」
 由良が、実施要項を国内外の各施設に送ると、程なく申し込みが殺到した。やがて開催日が近づくと里の中には、見慣れない忍たちの姿が増えていった。警備を担当する者達の間には、これまでにない緊張感が走ったが、一般の人々は、久しぶりに開かれる大きな催しに期待と関心を膨らませた。

 ここ、砂肝亭に集まった人々も例外ではなかった。
「今回は、出場者が多いから、レベルも高いって噂だ」
「ああ、なんでも中忍・上忍レベルの実力者も混ざってるらしいぜ」
「古参もそうだが、新卒者の中にも、かなりの使い手がいるって話だぜ」
「そりゃあ、楽しみだな。ここの所、暗いニュースばかりが続いてたからな。そうだ、誰が勝つのか、掛けようぜ」
「しかし、風影様がいないこの時期に、わざわざ他里の忍達を大勢砂の里に入れて本当に大丈夫なのか?まさか一気に『砂崩し』なんて事にならないだろうな」
「心配ないさ。あの合議制会議が、決定したんだ。それに今度の試験は、風影様がいなくても砂隠れは、不滅だってところを他国に知らせる目的もあるらしい」
「まぁ、実行委員長は、あの由良上役だし、副委員長のバキ上役は、砂隠れ一の使い手だし…大丈夫さ」
「…バキ上役といえば、妙な噂を聞いたぞ」
「えっ?なんだよ。じらさずに早く教えてくれよ」
「今回の中忍選抜試験に、砂の人柱力が出場するって話だ」
「えっ?ま…まさか…」
「砂瀑の我愛羅が?」
「アイツが、砂漠基地から帰って来てるのか?」
「ああ。カンクロウと一緒に仲間を引き連れて戻って来たらしい」
「砂瀑の我愛羅が、なんで今更、中忍試験なんか…アイツは、すでに上忍レベルじゃないか…」
「前回の試験で公然と殺し合いができるってことを知り、味を占めたんだろうって噂だ。奴にとっちゃ、中忍選抜試験もただの戦闘ゲーム、娯楽なんだよ…」
「でも、前回参加したのは、あくまで木ノ葉崩しの作戦のためだろ。人柱力は、本来、隠すべき存在のはずだ」
「だが、今は風影候補でもある。だから我愛羅を推戴するバキ上役が、わざと出場を促したって話だ…」
「おい、ちょっと待てよ。皆、大事なことを忘れてないか。我愛羅が参加するってことは、相手選手が、死ぬってことだぞ」
「あっ…」
「砂瀑の我愛羅は、人の感情など持っていない殺人マシンだ。前回の試験でも、アイツの手にかかって他里の奴らが大勢死んでいる。勝ち残っても、ヤツと当たりゃぁ、そこで殺される。砂じゃあ、強い忍び程、死ぬってことだぞ」
「…こりゃ、大変な試合になりそうだな…」
「せめてもの救いは、優勝者でなくても中忍になれるってことだ。早めに善戦して、ヤバくなる前にギブアップだ…それしかない」
「大変だ。早く受験者たちに教えてやらなきゃ…」
 我愛羅出場の噂は、瞬く間に砂の里に広がり、人々は、勝手な憶測を飛ばした。多くの人々の記憶にあったのは、かつて我愛羅が暴走し、里を破壊したという事実だった。砂の里にとっては、我愛羅は、相変わらず恐るべき存在であり、一尾・守鶴を宿した危ない道具に過ぎなかった。


「どうやら我愛羅様の出場が、大きな噂になってるようですね」
「砂漠基地から帰還した時に、その姿を見た者たちが大勢いたからな」
「なぜ白昼堂々、帰らせたのだ?バキ」
 上役の由良、バキ、そしてリュウサが、試験の最終的な打ち合わせをしていた。
「私の指示ではありません。我愛羅は、自らあの時刻に到着するように帰って来たのです」
 バキは、先輩上役のリュウサがした質問を帰還当日、カンクロウにしていた。
「でもまぁ、当日分かるよりマシですよ。受験者には、対策を練る時間が出来たのですから…。彼らが、どう出るか楽しみですね」
「由良…お前は、我愛羅と面識があったはずだな」
「秋に行われたアカデミー卒業試験の会場で私達は、我愛羅様の機転のお陰で竜巻の被害に会わずに済みました。その時の卒業生も何人かこの試験に参加するようです」
「なるほど。今回のバキのシナリオには、それも盛り込まれているのだな」
「お戯れを…。私が、我愛羅の出場を知ったのは、つい最近です」
「そうか。まあよい。我々は、少しでも多くの下忍たちの実力を見極め、砂の戦力に組み込む事に専念しよう。何かにつけ反対するガレキ殿もさすがに今回は、協力的だ。彼にしても、砂隠れ自体がなくなれば、勢力争いの舞台を失うからな」
「それにしても、我愛羅様もずいぶん不思議な方ですね。下忍として砂漠基地に赴いたと思ったら、今度は、中忍選抜試験を受けるなど…。何故わざわざ遠回りして茨の道を選ぶのです?…時を待てば、我らが、風影の座に推戴するというのに…」
「砂の一人の忍として努力して認められたいと言っていた。…純粋なのだ。何せ、あの四代目と加瑠羅さまの忘れ形身だからな…」
「今や、木ノ葉の火影も一目置いておる…」
 お世辞にも愛想が良いとはいえない無表情の我愛羅を木ノ葉の火影・ツナデが、大いに気に入っている事は、賠償金の引渡し式に参加したリュウサやバキも直接確認したところだった。
「では、リュウサ様と私は、この後、大名接待についての打ち合わせがありますので…」
「面倒なことだな」
 由良とリュウサは、バキを残して出て行った。
「ご苦労様です」
 バキは、二人を見送ると手元の受験者一覧に目を通した。そこには、カンクロウやテマリの名とともに我愛羅の名が記されていた。
『…努力して認められたいか…だが、万一、試合の中で守鶴の力を見せるようなことがあれば、全てが、また振り出しに戻ってしまう。アレは、里の人々にとっては、忌まわしい記憶でしかない…』
 バキは、我愛羅の能力が、砂漠基地にいる間にさらに高まったようだとカンクロウから聞かされていた。
『確か、尾獣のコントロールにも成功したと言っていたな。…にわかには信じがたい話だが…』
 バキの耳にも多方面から情報が入っていた。実際、砂漠基地に赴任した我愛羅は、短期間に三度も大きな武勲を立て、基地の人々の信頼を勝ち得ていた。その功績だけでも、すでに上忍認定を受けられる資格があったが、我愛羅は拒否した。まだ、未熟で経験不足だというのが、その理由だった。
「我愛羅は、もう以前の我愛羅ではない。…お陰で、このオレでさえその影響を受けている…」
 バキもまた、我愛羅によって自分の価値観が、変化しつつある事に気がついていた。
『起爆札を身につけて危機が迫れば自爆する。それが、砂忍の潔さだと考えていた。だが…』
…こんなやり方は、認められない…
 賠償金を死守するために、自爆を命じた部下は、今年、二十歳になるはずだった。生きていれば今頃、成人の儀式に参加し、親兄弟や仲間たちと祝宴を挙げていただろう。しかし、親元に戻ったのは、遺体の一部と本人が身につけていた額当てだけだった。バキは、遺族と対面し、彼らに心から侘びた。驚いたのは、遺族の者達だった。これまで、殉職者に対して、上忍がそんな言葉をかけるなどありえないことだったからだ。
『あの爆発を見た瞬間、我愛羅には、夜叉丸の姿が重なったのだろう。そして、オレを責め…悔悛の情を抱かせた』
「ふふ…確かに由良の言う通りだ。…我愛羅、お前は、不思議なヤツだな…」
 バキは、丸窓から砂の里を見た。砂塵が舞うその光景は、いつもの見慣れたものだったが、なぜか、そこに一陣の新しい風が吹いている気がするのだった。


「我愛羅…木ノ葉の連中、到着したぞ」
「そうか…」
「だが、ナルトは、別行動らしい」
「師匠と修行中だからな…無理もない」
「でも、ちゃんと連絡したって言ってたから…木ノ葉の奴ら…」
「わざわざ確認してくれたのか」
「…別に…ついでにちょっと聞いてみただけじゃん」
 一日千秋の思いで、ナルトの到着を待っているだろう我愛羅のために、カンクロウは、見張りの者達に木ノ葉隠れの忍が到着したら、いち早く連絡してくれるように頼んでいた。そして、第一報を受け取ると、早速、彼らの元を訪ねた。だが、その中にナルトの姿はなかった。
「まったく、なんで一緒に連れて来ないんだ。同じ木ノ葉の忍のくせに」
「…んなこと言ったってアイツは里にいねぇし。とりあえずカカシ先生が伝書鳥は、飛ばしたって言ってたぞ。…まぁ、来る気がありゃ、その内来るだろ。それより、里の中を案内してくれよ。なんかすげー面白そうな所だな」
 大きくなった赤丸を連れてキバは、目を輝かせていた。赤丸も久しぶりに見るカンクロウに大きく尻尾を振っていた。
「ナルトは来る。なぜなら、前回、第三次試験に出場した者達は、この試験では、第二次試験までが免除されるからだ」
 シノは、虫を顔で散歩させながら、表情を変えずにそう言った。
「そうでしょうか。ボクは、ナルト君は、来ないんじゃないかと思います。彼は、今、あの伝説の三忍の自来也様に修業を見て貰ってます。中忍試験は、年二回ありますが、あの方の指導を受けるチャンスは、もう二度とないかもしれません。ボクは、ナルト君が羨ましいです」
 ロック・リーは、自来也との修業によりナルトが、急速に強くなっていることを知っていた。そして、ナルトが、自分と同じぐらい諦めずに努力する性格であることをよく理解していた。
「リーよ。それは、もはやオレには、学ぶべき事がないということなのか」
「ガイ先生。それは、違います。先生は、永遠にボクの憧れです。先生こそが、僕が越えるべき最大の壁なのです」
「リーよ。よくぞ言った。さぁ、このオレを越えて行け!!」
「冬なのに暑苦しいな…」
「そういうノリでする会話、やめてください…もう!!」
 木ノ葉の里からは、マイト・ガイとシカマルが、第八班と第十班、そして、ガイ班の下忍達を引率していた。
「くそっ。もし来なかったら、オレは、アイツを殺すじゃん」
「カンクロウさん。そんなにナルトのことを…」
「いつの間にお前ら…」
「って誤解すんな。我愛羅のためだよ。アイツ…何も言わないけど、ずっとナルトの事、待ってるに違いないんだ…。オレには、痛いほどわかる…」
 前回、2人が再会したのは、ナルトの誕生日の時だった。あれから三ヶ月、我愛羅は、その間に守鶴と向き合い、苦労の末にその人知を超えた力と協力関係を結んだ。
「我愛羅は、ナルトに真っ先に報告したい事があるんだ。…アイツの苦労が分かるのは、ナルトだけだから…」
 カンクロウは、ナルトの到着を今や遅しと、いらいらしながら待っていた。
『多分、オレは、いつだって我愛羅に幸せで居て欲しいんだ。…これまでアイツには、あまりにも辛い事が多過ぎたから…』
 木ノ葉の忍たちの宿屋から私邸に戻る途中もカンクロウは、街中にナルトの姿を探した。
「あっ…ナルト?」
 だが、すれ違う少年達は、皆、カンクロウの探し人ではなかった。カンクロウは、そのたびに失望した。アカデミーにほど近い広場に差し掛かると人だかりができていた。そこでも、ナルトの姿を探したが、耳に飛び込んできたのは、弟の名前だった。
「…とにかく我愛羅と対戦しちゃだめだ」
「ん?我愛羅だと…?」
 カンクロウは、敏感に反応すると、集まっていた人々に近づいた。
「まずい。カンクロウだ」
 彼らは、カンクロウの姿に気がつくと、逃げるように四方に散った。
「…なんだよ。内緒話かよ。どうせ、ロクなことじゃないだろう。困った奴らじゃん」
 ため息をつくとカンクロウは、周囲を見渡した。そこは、いつものようににぎわっており、先日、彼らが、通った時とは明らかに雰囲気が違っていた。


 それは、三日前のことだった。
「…我…我愛羅だ…アイツが、帰って来たんだ…」
 砂の里の人々は、我愛羅の姿を見つけると慌てて店の奥に隠れるように姿を消した。以前に比べて露骨にシャッターを下ろすものは、さすがに少なくなっていたが、皆無ではなかった。多くの者たちが遠巻きに我愛羅の様子を見ている…カンクロウは、敏感にそれを肌で感じた。その時、我愛羅の横には、砂漠基地から同行した仲間達がいたが、誰も里の中に走る緊張感に気が付いていなかった。 
「すごいよ。ここが砂の里かぁ。…オレ、生まれて初めて来た」
「懐かしいな。オレは、三年ぶりのご帰還だ。早くこっちの勤務になるといいんだけどな」
「オレは、五年ぶりってところかな。まぁ、今更、どうでもいいけどね」
 口々に感想を述べ合う仲間達は、大はしゃぎしながら我愛羅を囲んでいた。それは、我愛羅を砂の里の人々の冷たい眼差しから遮る壁となっていた。
「丸っこい建物に、迷路みたいな道路…なんだか、ワクワクするなぁ」
「うろちょろすると迷子になるぞ。セキ」
「とにかく宿屋の特徴を覚えるしかない。でも全部同じに見えるよ」
 セキと呼ばれる少年は、我愛羅と同じ年であり、伝説にもなっている古い一族の出身だった。変身する特異な能力を持っていたその一族は、忍界大戦中は重用されたが、平和な時代に入ると忌み嫌われ里を追われた。セキは、人柱力である我愛羅が風影になることで一族が再び里で暮らせるようになると信じていた。また、故郷での任務を夢見ている二十代前半のツブサは、元々、砂の里出身で驚異的な視力の持ち主だった。我愛羅が、四代目風影の息子であることを知ると、一層砂の里での勤務を切望するようになった。彼らの小隊長であるサテツは、すでに中忍であり、砂漠基地に赴任した我愛羅の事を見守るようバキから密命を受けていた為、何かにつけて良き相談相手となっていた。彼らは、皆、我愛羅が正規部隊に所属して始めて得た砂の仲間であり、友だった。
「オレ達の宿は、ここかぁ…『砂風呂亭』だって…変な名前…」
「バカ。こう見えてもここら辺じゃ、一番の立派な旅館なんだぞ。各国の大名が宿泊するってぐらい有名じゃん。それに俺達の私邸のすぐ近くだから、滞在中、ここならいつでも遊びに来られるだろ。ついでに砂の里も案内するじゃん」
「凄いな。なんで、試験を受けに来ただけなのにオレ達、こんなに待遇が良いんだ?」
「…砂漠基地では、いろいろと世話になった。ささやかだが、オレからの感謝の印だ。食事も好きな物を注文するといい…」
「我愛羅…世話になったのはこっちの方だよ…お前のお陰でオレ達は、何度も命拾いした」
「サテツ…アンタには、支えてもらって感謝している」
「試験が終わったら、今度こそ、本当にお別れなんだね。我愛羅…」
「セキ…お前は、オレの友だ。いつでも訪ねてくればいい…」
「うん。でも、オレも中忍になったら、きっと任務とかで忙しくなるから…なかなか休暇とか貰えないかもしれないけど…絶対、また会いに来るから」
「オレは、今回、必ず中忍になります。そして、我愛羅様にお仕えします。あの城壁から砂漠を見張るのは、きっとオレに向いてるはずですから」
 ツブサは、里をぐるりと取り囲んでいる岩壁を指差した。
「そうだな…ツブサなら、いち早く危険を察知してくれそうだ」
「はい。我愛羅様が風影になったら、その時はオレが、防衛責任者として里を守ります」
「その前に、ちゃんと上忍になってなきゃな。ツブサ」
「わかってますよ。そんなこと…」
「でもその前にまず、オレ達、中忍にならなきゃ…」
「セキ…お前は正しい」
「それでは、試験会場で会おう…」
 我愛羅とカンクロウは、砂漠基地の仲間を宿泊所に送り届けると、テマリの待つ私邸に帰って行った。四ヶ月ぶりに戻った里は、以前と何も変わっていなかったが、我愛羅には、なぜか懐かしく感じられた。
「お帰り。我愛羅…待ってたよ」
「テマリ…」
「疲れただろ。…遠いところからご苦労だったな。今日は、ゆっくり休め」
「オレも疲れたじゃん…でも、まずは、風呂と飯だな。ちゃんと準備できてるんだろうな。テマリ」
「おい、カンクロウ…『ただいま』の挨拶の前にそれはないだろ。姉さん、いろいろ1人で大変だったんだぞ。少しは、感謝しろ」
「ああ。ごめん。姉貴の送ってくれた冬物の荷物のお陰で助かったじゃん。だけど、我愛羅とオレの荷物には、すっげえ差があった気がするけど…」
「それは…多分、気のせいだろ…」
 テマリは、カンクロウの不平を無視して、我愛羅の肩を抱くと屋敷の中に入っていった。その日の夕食は、料理人に我愛羅の好物ばかりを用意させていた。
「…まぁ、別にいいけど…どうもイチイチ扱いに差がある気がするじゃん」
「うるさい奴だな…明日は、ハンバーグを作るように言っとくから…それなら文句ないだろ」
「さすが姉貴…そうこなくっちゃ…」
「ただし、つけ合わせは、ほうれん草のソティだ。残したら承知しないからな」
「うげっ」
「……」
 賑やかな食事の後、久しぶりに自室に戻った我愛羅は、ベッドに腰を下ろした。テマリが手配したらしく部屋は、小綺麗に整頓されており、木ノ葉に留学していた時の写真やサボテンなどが飾られていた。その為、殺風景だった我愛羅の部屋は、以前と違いずいぶん明るくなっていた。
「帰ってきたな…」
 窓の外には、夕陽に照らされた砂の里が広がっていた。乾いた大地に丸く大きな建物が、長く影を引きながら、残照に映えていた。
「この里は、こんなにも美しかったのか…」
 我愛羅は、しばらく夕陽が、砂漠に落ちる様子を眺めていた。やがて建物のそれぞれの窓に明かりがともると、それは、砂の中に浮かぶ星のように見えた。その一つ一つの光の中に里の人々の営みがあった。
「家族…繋がり…それは、ずっと縁のないものだと思っていた。だが、オレにもちゃんとそれを感じさせてくれる者達が大勢いた。こんなにも穏やかな気持ちでこの里を眺める事ができるなど…なんだか夢のようだな…」
 我愛羅は、鳩尾に手を当てると内側に宿るもう一つの意識にも呼びかけた。
「お前もそうだろ…守鶴」
『…ああ…そうだな…我愛羅…久しぶりに感じる砂の里の匂いだ』
「…ここが、お前とオレの守るべき里だ…」
『…そんなに時間は経っていないのに、何故、こんなに懐かしく感じるのか…不思議だな…』
「そうだな。…ずいぶん長いこと、留守にしていた気がする…」
『…我愛羅…今晩は、ゆっくり休めよ…砂漠を渡ってお前は、疲れている…』
「ああ…。お前も…随分、オレにチャクラを分けてくれたな」
『砂漠を渡るのは、難儀な事だ…お前が疲れれば、オレも疲れる…当然のことだ』
 協力関係を結んだ守鶴との会話も和やかなものとなっていた。我愛羅は、すでに何の心配もなく眠りに着くことが出来たが、それでも熟睡することはまれだった。
…こんなことなら、お前ともっと早く理解し合えばよかった…
…何事も、それなりに時間がかかるものだ。だが、オレ達は、やっとここまでこれたのだ…
…そうだな…
 彼らは、互いに意識の浅いところで会話をする事もあれば、深いところで会話する事もあった。我愛羅が一人でいたいときは、守鶴は、自ら眠りに入り、呼びかけるまで邪魔をすることはなかった。そうやって折り合いを付けて、彼らは、やっと一つの器の中に二つの意思を統合させた。
『ナルト…お前にも早く伝えたい。尾獣との共鳴や協力関係こそが、オレ達、人柱力をあの絶対的な孤独から救い、生きていく意義を教えてくれるのだということを…』
 理解し合うまでには、様々な葛藤があった。彼らは、主導権を争い、混乱と暴走を繰り返した。最終的には、守鶴の反乱により、一切のチャクラを封印されたこともあった我愛羅だったが、抵抗をやめ素直に守鶴に向き合うことで、彼らは、対等の協力関係を結ぶ事が出来た。そして、お互いに、その葛藤から解放されたのだった。
「…父さまは、やはり大きな勘違いをしていた…」
 守鶴を理解することで、改めて我愛羅には、気付いたことがあった。それは、尾獣は、制御すべき野蛮な存在ではなく、対等に協力すべき存在であるということだった。
「彼らを真に動かすのは、理解と共感だ。そして、愛する者を守りたいと思う時、その力は、最大限に発揮される」
 父親は、我愛羅を精神的に追い詰め、憎しみの心を高めさせる事で尾獣を制御させようと試みた。それは、何処の国でも信じられていたことであり、里のために息子を人柱力にした風影も、例外ではなかった。その結果、暴走する幼子を自ら失敗作と決めつけ、刺客を差し向ける愚行を犯した。我愛羅は、全てを悟った後も、長らく父親に対してだけは、わだかまりを感じ許せない気持ちを抱いていた。


「明日から三次試験だっていうのにナルトのヤツ、まだ来てないのかよ。どうなってるんだ」
 すでに中忍選抜試験が始まり、2日が経っていた。その間、二次試験までが終わり、新しい顔ぶれが出揃った。前回、三次試験まで勝ち進んだ者達の参加は、明日からだったが、今だ、ナルトの姿は、砂の里にはなかった。
「あ〜あ…あっさりオレの試験は終わってしまった。これでまた、砂漠基地での退屈な日々が始まるのか…」
 一次試験に落ちたセキは、次の日からは、我愛羅やサテツの横でぼやきながらツブサを応援した。
「まぁ、後、二、三回挑戦すれば、いくらお前でも中忍になれるだろう。その頃は、きっと我愛羅は風影だし、里に戻るには丁度良いんじゃないか?」
「サテツ隊長、それまでオレと一緒にまた、砂漠基地で星を見ながら花札して遊びましょうね」
「オレもそろそろ、上忍選考試験を受けようかな…」
 落ち込むセキの横で、サテツも、自分の進退について考え始めていた。意外にも善戦していたのは、ツブサだった。
「オレは、何としても中忍になりますよ。そして、我愛羅様をお守りします」
「ツブサさん、気合、入ってますね」
「おう。任せろ。セキの分も仇を討ってやる」
「オレ…ペーパー試験で落ちたんだけど…」

 木ノ葉隠れのメンバー達も、今回は、良く健闘していた。
「精鋭であるオレ達が、三次試験から参加するのだから、二次試験までは、残って当然だろう…でなければ、三日もかかって砂漠を渡る意味がない」
「ネジ…全てを見透かすのその言い方、相変らず健在ですね」
「今回は、ちゃんと三次に残ったわよ。でも、ちょっと頑張りすぎて疲れたちゃった…早くお風呂に入って休憩したいな」
「ボクは、この後、砂肝亭でお肉を食べるんだ。牧草の生えない砂漠で育てた砂牛…いったいどんな味がするんだろう」
「噂じゃ、草じゃなくてその牛は、サソリや毒グモを食わせて育ててるって話だ…こんな砂漠で、畜産なんてすげーめんどくせえことするよな」
「シカマル…それって、食べても大丈夫なのかな」
「さぁな。実際に喰ってみりゃわかるだろ。お前が中忍になれたら、またオレがおごってやるよ」
「うん。ボクがんばる」
「砂の里って、テマリさんが話してたとおり、素敵な所だわ。サクラも来ればよかったのに…」
「赤丸。オレ達は、やっぱ、最強のコンビだ。この調子で優勝狙うぞ」
「それは無謀な目標だ。なぜなら真の強者は、次の三次試験から出場するからだ」
「ナルトくん…どうしてまだ来ないのかな。…まさか、砂嵐にでもあっちゃったのかな…心配だな」
 ヒナタは、白眼を使い感知できる範囲で毎日ナルトを探し続けていた。だが、その日向の力を使っても砂漠の中にナルトの姿を見つけることは出来なかった。


 翌日、三次試験が始まった。我愛羅、カンクロウ、テマリもこの日からは、受験者席に移動し、自分達の出番を待っていた。三次試験は、里毎のトーナメント戦で、各里の優勝者だけが、最終試験に進めた。すでにテマリの戦いは始まっており、それが終われば、次は、いよいよ我愛羅の番だった。
「ナルトのヤツ…どうやら、この中忍試験には参加しないようだ。さっき、エントリーの締め切りがあった」
「…そうか」
「それと、お前に伝えておくことがある」
「なんだ」
「砂忍達の間に妙な噂が流れている。…もしかしたら、お前は、不戦勝のまま勝ち進むかもしれない」
「どういうことだ。また、オレを特別扱いするつもりなのか」
「いや…そうじゃなくて、試合相手がことごとく棄権する可能性が高いってことだ」
「……棄権?」
「ああ、砂は今回出場者が多いから、決勝までに10回戦もある。お前と当たる回は、棄権するってのが、下忍達の間で合言葉になっているそうだ」
「…………」
「お前は、強すぎる。ここじゃ誰もお前を下忍だなんて思っちゃいない。そもそも、この試験を受ける事が間違いなんだ」
「…木ノ葉の連中は、真っ向から挑んできた」
「アイツらは、お前の事を何も知らなかったから…」
「オレは、ただの下忍としてこの試験に臨んでいる。人柱力としてではなく…」
「お前は、そう言うけど…ここは、砂の里だ」
「………」
「我愛羅…オレだってこんな事、言いたくない。だが、大勢の前で相手選手に棄権され続けるお前がどんな気持ちになるか…想像するとオレは…」
「…カンクロウ…」
「お前が、ただの一人の忍として努力していることは、十分承知している。砂漠基地の連中も、ちゃんとお前を認めていた。…だが、里の連中は、以前のままなんだ。お前を疎ましく思う奴らも大勢いる。連中が、また、お前を傷つけるんじゃないかと…オレは、それが心配なんだ」
「………」
 我愛羅は、翡翠色の大きな瞳で、カンクロウを見上げた。
「カンクロウ。オレは、お前が心配する程、弱くはない」
「我愛羅…」
 カンクロウは、思わず我愛羅の細い肩を抱き締めそうになり、思いとどまるために両手を握り締めた。
「オレは、今回、砂を使わない」
「えっ?…今…なんて言ったんだ?」
「オレは、クナイと手裏剣で戦うつもりだ」
「クナイと手裏剣だと!?」
「………」
「嘘だろ…」
「無論、人を傷つけないよう細心の注意を払う」
「ど…どうして…」
「守鶴に無力化された時にオレは、気がついた。忍にとって大切なのは、やはり基本忍術なのだと…オレは、今まで砂に頼り過ぎていた。いつもオートの砂に守られていたし、砂さえあれば、何でもできると過信していた。…接近戦に弱かったのもそれが原因だった」
「…お前…」
「幸い砂漠基地で修業のやり直しもした。時間はたっぷりあったからな…」
「まさかオレやテマリの時も、砂を使わず戦うつもりなのか?」
「…そのつもりだ…」
「…バカな…クナイや手裏剣なんかでオレの傀儡やテマリの大扇子に勝てると思ってるのか?!」
「………」
「我愛羅…無茶だ…皆、大技で挑んでくるんだぞ…お前が砂を使わないと知ったら、殺すつもりで襲って来るヤツだっているかもしれない」
「…オレの番のようだ…行ってくる」
 カンクロウは、いつの間にか、口が半開きになっていた。我愛羅は、カンクロウに背を向けると会場に降りて行った。
「これは、ナルトが来るとか来ないとか言ってる場合じゃない…」
 砂瀑の我愛羅が、砂を使わずに衆人環視の中、戦闘を行う。それは、カンクロウの想像を遥かに越えた突拍子もない作戦だった。カンクロウは、テマリが戻って来るまで茫然と、その場に立ちつくしていた。

<後半に続く>


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