第三部正規部隊・中忍編3

砂の城壁・後編


「オレ…棄権します」
 我愛羅の試合が始まるとカンクロウの予想通り、出場者の棄権が続いた。ざわめく会場内の真ん中で我愛羅は、一人腕を組んだまま相手選手を睥睨していた。三回戦までに三人が棄権を宣言すると四回戦目からは、場内の観客達から口々に「キケン!キケン!」と面白そうに囃し立てる声が上がり始めた。受験者は棄権すれば失格となったが、それまでに善戦していれば中忍に認定されるチャンスがあった。彼らは、皆、我愛羅と対戦する前に全力を尽くした。
「我愛羅のヤツ…本当に砂を使わずやるつもりなのか?」
 カンクロウは、我愛羅が不戦勝を受け入れる度にやきもきしていた。
「いったいどうするつもりなんだ。我愛羅…」
「お前、何そわそわしてるんだ?まさか、まだ、ナルトの事を気にしているのか?」
 落ち着きのないカンクロウをたしなめながら、テマリは、次の対戦者をトーナメント表で確認していた。
「うるせえよ。…今にびっくりするから。アイツがアレを始めたら…」
「何のことだ。さっぱり、わからないな」
「…なぁ、テマリ…我愛羅が砂を使わずオレと戦ったらどうなると思う?」
「そりゃ、やっぱりお前が勝つんじゃないか?我愛羅は、丸腰なんだから…」
「…だよな。そんな戦い方したら、オレが勝っちまうよな…。いくらアイツが、クナイを振り回したって無理だよな」
「変なヤツ。お前、頭…おかしくなったんじゃないのか?まさか、我愛羅にそうしてくれって頼んだんじゃないだろうな。兄貴としてそれは、いくらなんでも情けないぞ」
「…だよな。考えられないよな…。だが、確かにそう言ったんだ」
「ほら…バカ言ってないで、お前の番だぞ。さっさと戦って来い。この三次試験は、持久戦だ。10試合も立て続けに戦ったら、どんなタフなヤツだってバテバテになる。できるだけチャクラを使わずに要領よく勝って来い」
「バテバテか…あっ…ひょっとすると、我愛羅は、それも計算に入れてるのか?」
 カンクロウは、我愛羅が、ああ言いながらも、四回戦までは、黙って不戦勝を受け入れたことを疑問に思っていた。
『我愛羅は、体も小さくて体力がない。だから、もしも、オレが我愛羅なら、ぎりぎりまでは自分のチャクラを温存して不戦勝で勝ち進み、相手の消耗がピークに達する終盤戦で一気にクナイで片を付ける。そうすれば、砂を使わずとも勝てるはずだ。特に試合順位が後ろの奴は、次の対戦相手が我愛羅だと知った段階で、その一つ前の試合で全力を尽くすはずだ。結果、余分にチャクラや体力を消耗してバテる。…だが、待てよ。そうすると、問題は、どうやって、そのバテバテの奴を棄権させずに自分の試合に引っ張り込むかだよな。オレなら、わざわざ危険を冒してまで我愛羅と戦おうとはしない。…ってことは結局、我愛羅は、また不戦勝じゃん。それじゃ、砂を封印してまで戦おうとする我愛羅の本意に反する。それに不戦勝のまま優勝したとしても、一試合もせずに勝ったんじゃ、実質参加していないのと同じだ。…ちっ…我愛羅の奴、一体どうやって及び腰の奴らをその気にさせるつもりなんだ?そこがこの試合の最大の壁じゃん』
「アイツ、さっきから上の空だな…」
 カンクロウの試合を見ながら、呆れて呟いたのは、テマリだった。とりあえず勝ったはいいが、最後まで集中力を欠いた見るべき点の乏しい試合だった。
「バカ野郎。このままじゃ、お前は、下忍のままだぞ。また、砂漠基地に戻るつもりなのか?」
 勝って戻ったカンクロウを待っていたのは、テマリの叱責だった。
「いろいろ悩みが多い年頃なんだよ…オレも…はぁ…妙に疲れた」
「勝つなら要領よく勝てって言っただろ。無駄にチャクラを使いやがって…。まだまだ先は長いんだぞ」
 テマリは、大扇子に乗ると不肖の弟に檄を飛ばしながら、会場内に降りて行った。
「おい、我愛羅。お前の作戦は、いろいろと問題が多そうだぞ。本当にやるつもりなのか?」
「ああ…次からやる」
「次?…それは、まだ、早すぎるんじゃないか?まだ五回戦目だし、試合は半分以上残ってるし…第一皆、そんなに消耗してないぞ」
「…次だ」
 カンクロウは、我愛羅の言葉に再び、思考の迷路にはまった。
「お前…一体何考えてるんだ」
「………」
 我愛羅は、テマリの試合が終了するとすぐに会場へ降りて行った。
「アイツ…本当にやるつもりなんだ」
 カンクロウの横には、我愛羅のひょうたんが放置されたままだった。

「次、我愛羅」
 試験官が我愛羅の名前を読み上げると、観客席からは一斉に棄権を促す声が上がった。それは、明らかに嘲笑交じりで、無論、棄権する選手よりも我愛羅に対して向けられていた。しかし、我愛羅の相手は、いつまでたっても棄権を宣言せず、両者は、正対したままだった。これまでとは違う雰囲気に気付いた観客達は、次第に静かになっていった。
「アイツ…あの砂瀑の我愛羅とやり合う気だ」
「何処の誰だ。見ない顔だな…無謀なヤツだ」
「おい…ちょっと待てよ。…なんか我愛羅の方もこれまでと違わないか?」
「えっ?」
「そういえば…なんかやけに身軽っていうか…」
「アイツ、ひょうたんを背負ってないぞ」
「ええっ?大事な忍具を忘れたのか?」
「おいおい。そりゃ、ないだろ。忍具を持たずに相手に挑む忍なんて、アカデミーにもそんな間抜けな生徒はめったにいないぞ」
「どうせ相手が棄権するからと、わざと背負って来なかったのさ。もう優勝した気分なんだろう」
「生意気な奴だな。いくらなんでも観客をバカにしてるぜ。なんか、むしゃくしゃしてきた」
「バカ野郎ー!もっとやる気を見せろー!!観客なめてんのかー!!こらっ」
 我愛羅の装備が不十分だと見抜いた観客達は、再びざわめき始めた。
「試合開始!」
 試験官が、合図をすると我愛羅は、数枚の手裏剣を取り出し、背後に飛びながら、それを相手選手に投げつけた。驚いたのは、観客達だった。
「えっ?…砂じゃないのか?」
 目の前では、我愛羅と相手選手が、クナイで戦い始めていた。
「これって…普通に戦ってるよな…」
「砂瀑の我愛羅は、砂使いのはずだろ。なんで砂を使わずクナイなんかで…」
「うわっ…なんだよ、あの身のこなし。よく、あの位置から避けたな」
「しかもあのクナイさばき……腕がいくつもある様に見えるぜ」
「体にキレもある…動きに無駄がないから、あんなに素早く動けるんだ」
「あっ…消えた。瞬身の術か?…えっ?何処?あっ…いつの間にあんなところにっ!!」
 観客達は、基本的な忍具と忍術を使って、まるで忍術書のお手本のように動く“砂瀑の我愛羅”に目を見張っていた。
「下忍でこんなに忍具の扱いが上手い奴は、初めて見た」
「いや、アカデミーの教官だって、ああは上手くは使えないぞ。皆、何らかの癖があるし、それは、その忍の欠点でもある」
 驚いているのは、観客だけではなかった。試験官を始め、高い位置から見守るバキ達上役ですら、その意外な我愛羅の戦い方に驚嘆していた。
「これは、素晴らしい。見事じゃないか。ああもクナイだけで戦えるとは…基本が出来ているな」
 第一声を発したのは、リュウサだった。そして、実行委員長の由良も身を乗り出した。
「そうですね。是非ともアカデミーで教鞭をとらせたいぐらいです…特別上忍以上に忍具の扱いに長けているようですね」
「我愛羅は、砂しか使えないと思っていたが、なかなかどうして…やはり四代目が、幼いころに直々に指導していただけある」
 関心するリュウサに、バキもまんざらではなかった。そして、その基礎を作ったのが、我愛羅の父親であった事を思い出していた。
「我愛羅は、読み書きができるとすぐに四代目風影様から英才教育を施され、アカデミーに入学する以前にすでに一通りの修練を終えていました。普通の忍具を扱うことなど、我愛羅にとっては、造作もないことなのです。あの徹底した基礎訓練があったからこそ、砂漠の砂が、最終兵器とまで言われる攻撃力を発揮し、様々な忍具の代わりを果たしているのです。我々は、いつも我愛羅の派手な大技ばかりに注目してしまいますが、あの完璧なまでの基礎訓練が根底にあるからこそ、あれ程の大技が繰り出せるのです」
「あれが、我愛羅の原点と言うわけか。なるほどな。忍術とは何か…改めて考えさせられるな」
「しかし、相手選手もなかなか頑張ってますね。あの我愛羅様の俊敏な動きを良く見ている。二人の動きは、まるで一つの模範演技の様に美しくさえ感じらます。うん。これは、評価すべき点が多い試合だ」
 由良も顔をほころばせて賞賛を贈った。かつて彼が仕えた主人は、今の我愛羅と同じぐらいの年だった。目の前で揺れる赤い髪を見ながら、由良は、当に砂隠れを去ってしまったその天才傀儡師の面影を重ねた。
 しばらく、人々がその華麗な動きに見とれていると、ついに片方のクナイがはじけ飛んだ。
「参りました」
 あっさり相手選手が降参すると、我愛羅は、すぐさま自分のクナイを収めた。
「勝者、我愛羅!」
 試験官が我愛羅に勝ち名乗りをあげると、観客は一斉に我に帰った。まるで幻術をかけられていたように彼らは、その試合に魅了されていた。
「我愛羅が勝ったぜ」
「ああ…しかも相手選手も生きてる。怪我ひとつせずにな」
「多分、あの下忍も中忍昇格間違いなしだぜ。あの我愛羅相手にあそこまでやりあったんだから…」
 それから一呼吸置いて、観客席から拍手と歓声の声が上がった。
「ありがとうございました。我愛羅様」
「良い動きだった。ツブサ」
 二人は、握手を交わすと二階の選手席に戻った。どよめきはしばらく収まらなかった。
「…噂と違うじゃないか。これじゃ、我愛羅と戦った方が、ずっと高い評価が貰える。もしかしたら、中忍にだってなれるかもしれないぞ」
「しかもあの動き…あれをお手本にして修業すれば、オレ達、もっと強くなれるんじゃないのか?」
「オレ…我愛羅様に手合わせしてもらいたいよ」
 その一戦が会場内の雰囲気をガラリと変えた。
「なるほど。相手は、あのツブサだったのか」
 カンクロウは、我愛羅が始めから第一戦をツブサに定め、難なくその作戦を実行したことに感心した。そして、我愛羅が、自分が想像していたような姑息な手段を使わずに、正々堂々と砂忍達の偏見を越えて、後半戦への道を開いていったことを誇らしく思った。
「…風影…そうだったよな。お前が目指しているのは、中忍なんて目先のレベルの話じゃなく、もっと大きなものだった。これで試合の流れが完全に変わったじゃん。もう、誰もお前との試合を棄権しようなんてヤツは、いないだろう。無駄に怯えて避けていた奴らが、哀れに見えるじゃん」
 カンクロウは、ツブサとともに戻ってきた我愛羅を笑顔で出迎えた。そして、予想した通り、六回戦目からは、観客席からも棄権コールは起きず、相手選手も我愛羅の胸を借りるつもりで試合に臨んだ。
「我愛羅様、よろしくお願いします。ボクは、由良様からあなたが、卒業試験の時に僕達を守ってくださったことを聞いていました。お手合わせいただけるなんて光栄です」
「卒業したばかりでもう中忍試験を受けているのか…優秀だな」
「いえ…ボクなんてまだまだです。でも、せっかくのチャンスなので思い切って受けてみることにしました」
「お前の名は?」
「イッテツと言います」
「では、イッテツ…行くぞ」
「はい。我愛羅様、お願いします」
 その後も、我愛羅は、砂を使うことなく基本的な忍術だけで勝ち進んだ。
「砂瀑の我愛羅か…こうして見ると思ったより小さくて華奢だな。白磁の人形みたいな可愛い顔をしているし…なんで、我々は、あの少年を悪魔のように感じていたんだろう」
「さあ…でも、アイツが人柱力であることに変わりはないし…守鶴を宿した砂使いであることも事実だ」
「だが、ああして一生懸命に戦っている姿を見ると、普通の砂忍と変わらない気がする」
 観客達は、一戦終わるごとに惜しみない拍手を贈った。我愛羅は、試合が終わると必ず相手選手を助け起こして観客席に礼儀正しく一礼した。そのたびに会場は、更に大きな拍手に包まれた。
「…まるで木ノ葉の御前試合の時のナルトのようだな…」
 カンクロウは、火影の前で模範試合をしたナルトと我愛羅の一戦を思い出していた。その時は、ナルトに対して木ノ葉の里の人々が、拍手喝さいし、ナルトは皆に認められたことを喜んでいた。我愛羅は、そんなナルトの姿を砂の壁越しに静かに見つめていた。
「さぁ、いよいよ、私の番だよ」
「がんばれよ。テマリ。我愛羅」
 カンクロウは、テマリに敗れ、決勝戦は、我愛羅とテマリが、戦うことになった。テマリは、勿論、手加減なしで我愛羅に挑んだが、結局、瞬身の術で背後を取られてギブアップした。
「ちっ…私としたことが、丸腰の我愛羅に負けるなんて情けない…」
 思わぬ盛り上がりを見せた砂忍たちのトーナメントが終わると、翌日は、木ノ葉隠れや、その他の隠れ里のトーナメント戦が行われた。こうして、各里の優勝者が決まり、最終日に里の代表者戦が行われた。もはやナルトがその試験会場にいないことなど、皆、忘れてしまっていた。


「あっ…ナルトくん」
 ヒナタが、その姿を遥か遠くの砂漠の中に見つけたのは、試験が終わった翌日だった。
「えっ?ナルト?」
「今頃来ても、もう遅いよ。ボクたち、これから、帰るところなのに…」
「だが、こっちに向かってる。どうやら自来也様もご一緒のようだな」
 ネジが、確認のため砂漠を白眼で見透すと、確かにヒナタの言う通り、砂丘の上に二つの影があった。
「ナルトの奴、やっぱりどっかずれてるな。…今頃、来やがって…めんどくせえヤツ…」
「途中で拾って、そのまま引き返せばいい。なぜなら、その方が、無駄がない」
 シカマルとシノもナルトの大遅刻に呆れていた。
「でも、なんでこんなに遅くなっちゃったんでしょうか。連絡は、とっくに行ってるはずなのに…」
「まぁ、アイツのことだから、なんか拾い食いでもして、腹とか壊してたんじゃねぇの?なぁ、赤丸」
「クゥ〜ン」
 リーもキバも冷たかった。
「観光もしたし…買い物もしたし…試合には、負けちゃったけど、また夏に頑張ればいいわよね。えっと…忘れ物はないかしら」
「ねぇ、せっかく来たんだから、もっとゆっくりして帰ろうよ。試験で疲れちゃったし…まだ、お土産買ってないし」
 いのやテンテンは、荷物の整理に忙しかった。
「お前ら今日、帰るのか?」
 そこにやってきたのは、砂の三姉弟だった。
「ああ。ここからまた、三日もかかるしな…途中で、砂嵐に遭えば、さらに時間がかかるからな」
「そうか。また、いつでも遊びに来い。歓迎するじゃん」
「微妙な距離だからなぁ…砂漠はめんどくせえし…」
「たったの三日じゃないか。私は、しょっちゅう行き来してるぞ」
「私、砂の里が気に入りました。今度は、サクラを連れて遊びに来ます」
「ああ。また、女子会をしよう」
「そういえば、ナルトの奴がこっちに向かっているようなんだけど…」
「ナルトだと?」
 その言葉に真っ先に反応したのは、カンクロウだった。
「もう試験は、とっくに終わったぞ。なんで今頃…」
 テマリは、見当もつかずにそう呟いた。
「相変らずとぼけたヤツでスミマセン。途中で、連れて帰るから、御心配なく」
「………」
 我愛羅は黙っていたが、カンクロウが怒鳴った。
「だめだ。絶対に砂の里に立ち寄らせろ」
「なんで…?」
 皆が一斉にカンクロウを見たが、カンクロウは、我愛羅を見ていた。
「………」
「ああ…そういうことか」
「わかってるじゃん」
「…だった」
 何も言わなかったが、皆、カンクロウの言わんとするところを察した。
「…アイツは、明朝到着する」
「お前…分かってたのか。ナルトが、こっちに来てるってこと…」
「今朝、風の国に入ったようだ。ナルトは、元々、明日、こちらに到着するつもりで木ノ葉を出発したようだ」
「明日?…明日って、何かあるのか?」
「……」
「明日は、我愛羅の誕生日なんだ」
「誕生日?」
「へぇ…そうだったのか」
「お前達も良ければ、一日滞在を伸ばさないか?…せっかくなら、皆で我愛羅の誕生日会をしよう。以前、私の時にしてくれたようにな…」
「テマリさん、覚えていてくれたんですね」
 いのが、嬉しそうな顔をすると、テマリも明るく笑った。テマリにとっても我愛羅の誕生日を面と向かって祝ってやるのは、初めてのことだった。
「どうする?」
「せっかくだし…」
「そうだな。ガイ先生いいですか?」
 シカマルが、ガイに許可を求めると快く返事が帰ってきた。
「オレは、構わんぞ。皆、今回は、健闘したからな。特にリー、さすが我が愛弟子だ」
「はい。お陰さまでこれでやっと中忍になれます」
「やったー。またご馳走が食べられるぞ」
「じゃ、決まりだな」
「……すまない。オレのために…」
「何言ってるんですか。君の誕生日のお陰で、僕らには、また、楽しい思い出が増えます」
 彼らはまとめた荷物を持って、そのまま我愛羅達の私邸に移動した。そこには、すでに砂漠基地のセキやツブサ、サテツ達が、くつろいでいた。
「彼らは、砂漠基地でのオレの仲間だ」
「初めまして…僕らは、木ノ葉での我愛羅君の仲間です」
「木ノ葉での仲間?」
「我愛羅って、他里にも仲間がいるんだ。すごいよ」
「同盟国に仲間がいるというのは、とても心強いです。さすが、我愛羅様だ」
 彼らは、大広間に集まると早速、交流を始めた。カンクロウとテマリは、大勢のゲストのために使用人に部屋を準備させた。
「この屋敷がこんなに賑やかなのは、初めてじゃん」
「ああ…本当だ。皆、我愛羅と似たような年の連中だ。あの子が普通にアカデミーで友達を作っていたら、きっと毎日こんな感じだったのかもしれないな」
「でも、まだ一番うるさいのが到着してないじゃん」 
「だな…」
「…ところでさっきから我愛羅の姿が見えないが…どこに行ったんだろう」
「部屋に戻ったんじゃないのか?…さすがに疲れたんだろう。慣れない戦い方したから…」
「それもそうだな」
 テマリとカンクロウは、その後も大勢のゲストをもてなすための雑用に追われた。


「待て、ナルト。ワシは、もう限界だ。少し休もう」
「ダメだってばよ。明日の早朝には、きっちり砂の里に到着するんだから…こんなところで、ちんたら休んでる暇は、ねぇってばよ」
「朝から歩きずくめじゃわい。砂は、足を取られるから、余計に疲れる」
「エロ仙人ってば、いつも若ぶってるけど、こうしてみるとやっぱ年だな」
「うるさい。ならもっと年寄りをいたわれ」
 自来也とともに昨日、木ノ葉を出発したナルトは、我愛羅の誕生日を祝うために、砂の里に向かっていた。中忍選抜試験が有った事は、自来也の意志により、伏せられていた。中忍になってしまえば、自由気ままな修業の旅どころではなくなる…それが理由だった。
『ナルトのヤツ…本当の事を知ったら、きっと怒るだろうのぉ。…まぁ、木ノ葉の連中とは、丁度すれ違いになるよう出発したから、我愛羅達さえ黙っておれば、バレることはあるまい。砂隠れに着いたら早速、釘をさして置かねばな』
 三か月前にも二人で砂漠基地にいる我愛羅を訪ねた自来也とナルトだった。その時は、通算六日間も砂漠を渡った。今回は、半分の道のりであることがせめてもの救いだった。他人の誕生日などどうでも良かったが、我愛羅とナルトは、お互いにとって唯一無二の理解者であり、自来也といえども、それを無視することはできなかった。
「今回は、特別だからのぉ。これが、終わったらすぐにまた厳しい修業生活に戻る。よいな」
「わかってるってばよ。何度も言わなくってもさ」
 ナルトは、はやる気持ちのまま、移動速度を上げた。
「そんなに会いたいものかな…」
「エロ仙人が、水着ギャルを見たい気持ちと同じだってばよ」
「なるほど…それは、急がねば…」
 もの分かりの良い師匠に半ば呆れながら、ナルトは、砂の里を目指した。
『その日は、おそらく砂の里にいる。…無理をせずとも良いが、会えれば、やはり嬉しい…』
『何があっても、絶対会いに行くってばよ』
 別れ際の約束をナルトは、一日たりとも忘れたことはなかった。
『我愛羅…』
 あれから三か月、ナルトは、自来也とあちこち旅をしながら修業を続けた。砂漠基地にいた我愛羅も、そこで修業に励むと言っていた。
「もうすぐ、お前に会える」
 ナルト達は、日が暮れてからも、しばらく西へ移動を続けた。砂の里は、もう目と鼻の先だったが、すでに砂の里の城門は、閉まっているはずだった。無理に侵入すれば、砂忍達に攻撃されて、最悪、殺されるかもしれない。さすがにそれは、避けたかった。
「だから、もう一日、早く出発しようって言ったのに…エロ仙人の奴…わざとどうでもいいような用事を作るし…」
 ナルトは、崖の中腹に洞穴を見つけると、そこで夜を過ごすことにした。そこは、木ノ葉と砂を移動する忍達がよく使う洞穴だった。
「ああ。疲れた。もうバテバテだのぉ…」
 自来也は、食事を終えると横になり、すぐに高いびきを掻き始めた。
「うるさくて眠れねぇってばよ」
 ナルトは、洞穴を抜けだすと、崖の上に登った。すでに満天の星が広がり、筆で掃いたような星の川が広がっていた。
「えっと…あれが、北極星だから、こっちが北で…、真上にある砂時計みたいなのが、オリオンで…南側のあの青白いのが…あれ?…なんて言ったっけ…?」
「シリウスだ」
「そう…シリウス…って、ええっ?」
 ナルトは、背後から突然、話しかけられ、慌てて振り返った。
「が…我愛羅…」
「久しぶりだな…ナルト」
 そこには、砂の塊に乗った我愛羅が、浮かんでいた。
「なんで…」
「迎えに来た」
「…ってよくわかったな。オレ達が、砂隠れに向かってること…」
「約束したからな…お前は必ず来ると信じていた」
「我愛羅…」
 我愛羅は、砂からひらりと飛び降りると、ナルトを懐かしそうに見つめた。
「遠いところよく来てくれたな」
「我愛羅…元気だったか?オレ、お前に話したいことが一杯ある」
「オレもだ。ナルト…お前に聞いてもらいたいことが沢山ある…」

 それから、夜が明けるまで彼らは、語り合い、東の空が白みかける頃、再び崖の上に登った。
「陽が昇る」
「ああ…お前が生まれた朝もきっとこんな感じだってばよ…」
 砂の台地が赤く染まり、太陽の一部が姿を見せ始めた。周囲は燃え立つように輝き、やがてまばゆい光とともに日輪がその雄大な全貌を現した。
「オレが生まれた朝か…」
 それは、母である加瑠羅が、亡くなった朝でもあった。我愛羅には、母に抱かれた記憶はなく、ただ、写真でその姿を知っているだけだった。
 ナルトは、その朝日の中で改めて、我愛羅の顔を見つめた。
「誕生日、おめでとう。我愛羅…」
「ああ…」
 彼らは、12歳の時に出会い、13歳の時にお互いを理解し合った。そして、同じ目標を持ち、努力することを誓い合った。その後も、風影と火影として生涯にわたり交流を深めることになるが、この時はまだ、その道の出発点にいた。
「なんだ。ナルト、ここに居たのか」
 そこに姿を見せたのは、自来也だった。慌ててナルトは、我愛羅の肩から手を離すと、照れたように後ろで組んだ。
「なんだ。迎えに来てくれたのか。すまんのぉ」
「遠いところ、度々、砂の里に来ていただき感謝する」
「ナルトのヤツが、どうしてもお前さんに会うと言って聞かんのでの。老骨に鞭打って、また来てしもうたわい」
「申し訳ない。ここからは、オレが砂で案内する。一時間もあれば、着くだろう」
「それは助かる。わしはもう腰が痛くてたまらん。ナルトと違って、おぬしの忍術は、実に役に立つな」
「ふん。そんなこと言うと、もうお色気の術、見せてやんねぇってばよ。我愛羅も、わかってんならもうちっと早く迎えに来いよ」
「…そうしたいのは、やまやまだが…昨日までオレもいろいろと忙しかったのでな…」
 我愛羅は、何も知らない様子のナルトに気がつくと、自来也の顔を見た。自来也は、口に一本指を当てた。我愛羅は、頷くと二人を砂に乗せ、砂の里へ飛んだ。途中で何度か、はしゃぎすぎたナルトが砂から落ちそうになり、我愛羅はその度、もう一つ砂の塊を作らねばならなかった。

「大変だ。我愛羅がいない!」
 朝になり、我愛羅が屋敷内に居ないことに気が付いたテマリが、大声を出すとゲストの人々も目を覚ました。
「たく…どこか散歩にでも行ったんだろ。昔からよくあることじゃん」
「だが、昨日の夕方以降、姿が見えないなんて変じゃないか。まだ、他里の奴らが、ウロウロしている。何処かに連れ去られでもしたら…」
「アイツを連れていけるだけの実力者が、そうそういるかよ。他里の奴らだって、今回の圧勝者には、そう簡単に手が出せるはずないじゃん」
「それはそうだが…」
「何かあったんスか?朝から大声出して…ふぁあ…眠…」
「何でもねぇよ」
「何でも大ありだ。我愛羅がいなくなったんだぞ」
「我愛羅?…んじゃ、ナルトでも迎えに行ったんじゃねぇの…?まだ、こんな時間なのに砂忍ってのは、早起きだな…」
「ナルトだと?」
「今朝、着くって昨日、言ってただろ。だから、待てずに砂にでも乗ってぴゅっーと…」
「ぴゅー?」
「そのうち、あの辺からすっーとか…」
「すっー?」
 シカマルが指差す方向に何気にカンクロウとテマリが顔を向けると、雲間に色の違う塊が飛んでいるのが見えた。
「もしかして…あれって我愛羅の砂じゃん」
 カンクロウは、丸窓から朝日を背負って飛んでいる三人を見つけると、思わず叫んでいた。
「本当だ…一緒にいるのは…」
「ナルトと自来也様だ」
 シカマルもまさか本当に我愛羅が、ナルトを迎えに行っているとは思ってもみず、自分の言葉に驚いていた。
「あの我愛羅がねぇ…人は見かけによらないって言うけど…」
 感心しながら頷いているとなぜか、テマリと目が合った。
「オレの時も大扇子で迎えに来てくれると嬉しいんスけど…」
「めんどくさい」
「…それはオレの口癖だっての…」
 すでにカンクロウは、屋上に我愛羅を出迎えに走っていた。
「我愛羅には、ナルトの居場所が分かってた…ってことは、アイツ…まさか昨日の晩に出発したのか」
 夕方、姿が見えなくなった時にカンクロウは、てっきり我愛羅は、自室に戻っているのだと思っていた。いつもなら、寝る前に一度、我愛羅の様子を見に行くのだが、その夜は、木ノ葉の連中や砂漠基地の連中と遅くまで花札をしていたため、我愛羅の部屋を訪ねなかった。
「今度は、待ってるだけじゃなく自分からアイツに会いに行ったのか」
 カンクロウは、次第に近づいてくる我愛羅に向かって手を振った。
「我愛羅っ!!」
「あっ…カンクロウだ」
 気が付いたナルトが手を振り返すと、やがて屋上に木ノ葉の仲間が次々と姿を現した。
「我愛羅…お前の誕生日ってこんなに人、集めてやる予定だったのか?」
 素朴な疑問をナルトが口にすると、自来也が舌打ちをした。
「…皆、大切な仲間だからな…」
 大勢の仲間達の中には、あの砂漠基地の3人の姿も見えた。そこにいる全員が、皆、笑顔で我愛羅とナルトに向かって手を振っていた。
「なんともおめでたい日になったのぉ」
 自来也は、大声で笑うとナルトの肩を叩いた。
「はっ?…何?一体何だってばよ」
 熱烈歓迎を受けながら、どうしてそこに大勢の仲間が集まっているのか、ナルトは理由を知らないまま、手を振り返していた。そして、改めて我愛羅に向かってこう言った。
「我愛羅…誕生日、本当におめでとう。お前が生まれて来てくれて良かったってばよ」
 我愛羅は、明るい微笑をナルトに返した。ナルトは、我愛羅を引き寄せると肩を組んだ。

 翌日、祝宴の疲れを残したまま、木ノ葉と砂漠基地の仲間はそれぞれ砂の里を出発した。ナルトは、三日間を我愛羅と過ごした後、再び自来也と伴に修業の旅に出かけた。
 我愛羅、テマリ、カンクロウは、間もなく正式に中忍として昇格し、新しい配属先を言い渡された。
 それは、砂の三姉弟にとっての新たなる出発だった。

<完>


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