復讐者


「ここまでくれば、袋のねずみだ」
 バキの横でウエシタが、嬉しそうに獲物が罠にかかるのを待ち受けていた。バキは、前線の見回りを装い国境警備隊から抜けると、東側に後戻りして遠くまで見渡せる断崖に上がった。
「我愛羅。俺が先に見つけてやる」
 国境警備隊につかまれば、恐らく拘禁されてそのまま砂の里に護送される。そこから先は、もう今まで通りの生活は、望めないだろうとバキは思った。キャラバン隊の悲劇は、里の皆の知るところとなっており、何より為政者である大名にも知られてしまっていた。
…アレが、我愛羅の仕業なら、今度こそ抹殺される…
 すでに四代目風影の立場も危ういものとなっていた。確たる証拠がないために今はまだ保留にされているが、次の風影を誰にするか声高に叫ぶ者もでてきていた。砂の里では、合議制会議により意思決定を図ることを長年の慣習としていた。忍には、地方出身者も多く、それぞれが独立した部族集団の代表であったため話し合いで平和を保つのが最適な方法とされていた。風影候補には、各部族の代表や、優れた能力を持つものが選ばれたが、最終的には、上役達が話し合いで推薦者を決定し、それを大名が承認する形で風影が決定した。我愛羅の父親も、行方不明になった三代目の穴埋めとして急遽選ばれた風影だった。最終的に決め手となったのは、三代目の血縁であり、若くて優秀であったこと、そして、これから生まれてくる子どもを人柱力の実験体として差し出したことだった。しかし、実際は、その至宝の息子によって立場を脅かされることが多かった。我愛羅が、騒ぎを起こすたびに風影解任が議論された。しかし、皮肉にも次の人柱力が決まらず、我愛羅が、暗殺の手をかいくぐり生き延びている事が、風影の体制維持に繋がっていた。

「我愛羅の奴、いったいどこで何してやがるんだっ!!」
 弟が失踪してから、すでに三ヶ月が経っていた。カンクロウは、何度も捜索隊に志願したが、その都度、却下されてしまった。
「俺たちが行かなきゃ、絶対だめじゃん」
 このまま、父が失脚してしまえば、一族もろとも滅亡の道をたどるのは明らかだった。血族が同じならば、粛清は最小限に抑えられたが、異なる勢力が台頭すれば、一族皆殺しが原則だった。もはや、我愛羅一人の問題では済まなかった。

「我愛羅は、こんな形で私達に復讐するつもりなのか…」
 テマリは、小さな頃に、父である風影が我愛羅を可愛がっていたことを覚えていた。カンクロウは、まだ幼かったが、我愛羅より、三つ年上のテマリは、すでにもの心がついており、父を独占する一番下の弟に、子供心に嫉妬した。しかし、その後、立場は逆転し、今度は、自分とカンクロウにばかり、父の目は、向けられた。父に見捨てられ、一人ぼっちでブランコに乗る寂しそうな我愛羅の姿を見ると、始めは、少し意地悪な気持ちになったが、次第に心が痛んだ。しかし、我愛羅と接触する事を硬く禁じられていたため、声をかけることはできなかった。
…ごめんね。我愛羅、一人ぼっちにして…
 今になってそのときの姿が無性に思い出され、胸が締め付けられた。
…あの時から我愛羅は、笑わなくなったんだ…
 テマリとカンクロウが、我愛羅に再会し、同じ屋根の下で暮らすようになったのは、我愛羅がアカデミーに入学するようになってからだった。その時、すでに我愛羅は、無表情な子供になっていた。テマリの知る限りでは、泣いたり、笑ったりした我愛羅を見たことがなかった。優しく話しかけても、ほとんど無言で感情を表に表わすことがなかった。ただ、気分を害した時だけは、物騒な言葉で威嚇した。カンクロウは、それに異常に反応し、激怒したり、嘆いたり、わめいたりしていたが、テマリは、できるだけ我愛羅を落ち着かせるように努力した。アカデミーを卒業して早二年が経っていた。我愛羅が、卒業認定試験を一年繰り上げて受ける事になったと聞いた時は、弟の実力ならば当然の事と思い、そのうち一緒に任務を行うことになるだろうと考えた。まさか、こんなことになるとは考えもしなかった。
…そんなに、ここが、いやだったのか…
 外は、木枯らしが吹き始め冬の兆しが見え始めていた。砂塵により里は、白く霞んでいた。その乳白色の世界を我愛羅が、方向を見失って1人さまよっているように思えてテマリは、いたたまれなかった。
「我愛羅…。早く帰っておいで…」
 テマリは、祈るように窓の外を見つめた。


 シムーンが発生し、再び次元のひずみから巨大ねずみが姿を現した。我愛羅は、半尾獣化したまま砂を操り、巨大ねずみと戦っていた。巨大ねずみは、自然エネルギーを放出しながら飛び回っていたが、やがてエネルギーがつきたのか動きが鈍くなった。我愛羅は、砂の中から石英を集め熱を加えて融解すると、ガラス状になった高温の砂を巨大ねずみに吹き付けた。それは、徐々にねずみの細胞内に入り込み、最後に巨大ねずみの体温まで下がるとガラス化した。
「これで終わりだ」
 我愛羅が、一点に衝撃波を加えると、それは、キラキラと眩い光を放ちながら粉々に砕け散り、やがて元の石英に戻っていった。静寂が戻った砂丘には、一番星が西の空に輝いていた。やがて、日が暮れると東の空からオリオン座が上がってくる。
「…もう時期冬が来る」
 巨大ねずみを追って遥か西の砂漠まで来てしまったが、それもまもなく海に阻まれ終わってしまう。狩りを終えた我愛羅は、達成感とともに大きな喪失感に包まれた。
 どこにも、居場所がなかった…。自分を受け入れてくれるものもなければ、自分の存在を証明するものもなかった。ただ目の前には、荒涼とした世界しか残されていなかった。

「人柱力を捕縛するには、普通の方法じゃだめだ」
 ウエシタは、巻物を取り出すと口寄せの術を使った。現れたのは、巨大な灰色オオカミだった。
「人柱力が、尾獣化してもこいつがいれば大丈夫だ」
 先の大戦でのウエシタの貢献度は高かった。巨大な灰色オオカミを操り、突破口を開いて岩の忍を蹂躙した。ただ、灰色オオカミは、興奮すると見境なく暴れだし、気がつけば敵だけでなく味方にも被害が及ぶのが難点だった。バキに言わせれば、それは、コントロールする側の気持ちを反映しているとの事だったが、ウエシタは、自分はいつも冷静だと考えていた。
「こいつで人柱力を待ち伏せする」
 部下に言い残すと、ウエシタは灰色オオカミに飛び乗って漏斗状の結界の管にあたる部分に向かった。
 バキが発見するより先に我愛羅を見つけたのは、ウエシタだった。灰色オオカミの優れた嗅覚が、我愛羅の異常なチャクラを感知したのだった。
「見つけたぞ。人柱力。これでお前も終わりだ」
 ウエシタは、灰色オオカミの上から、尾獣化を解き一人夜の砂漠を歩いている我愛羅に狙いを定めた。
「……」
 我愛羅は、ずいぶん前から追跡者の存在に気がついていた。人気のない無音の砂漠を延々と一人で歩き続けているうちに、こうして誰かが、自分に攻撃をしかけてくる方がましだと思えるようになっていた。少し前から、徐々に距離を詰めて忍よるその大きなチャクラに我愛羅は、内心心を躍らせていた。
…さぁ、オレの存在を感じさせてくれ…
 そして、わざと最接近してくるまで気づかないふりをして歩き続けた。ついに、待ち焦がれた敵が襲ってきた。我愛羅は、両腕を前に伸ばして砂で大きな投網を作った。そして、すっぽりと獲物を包み込んだ。
「なんだ。もう終わりか。つまらないな」
 灰色オオカミは、もがきながら、鋭い牙と爪で我愛羅の砂の網を引きちぎった。そして、顔中を口にしながら我愛羅ののど元めがけて飛びかかってきた。我愛羅の頬にうっすらと爪痕が残った。砂の鎧で生身は、無事だったが、動きは砂ネズミの比ではなかった。
「そうだ。もっと、オレを楽しませろ」
 我愛羅は、にやりと笑うと、チャクラを解放し半尾獣化した。
「…こ…これが、人柱力の中のバケモノなのか…」
 驚いたのは、灰色オオカミの上にいたウエシタだった。明らかにこの人柱力は、灰色オオカミとの格闘を楽しんでいる。その優位性が、ウエシタを恐怖に陥れた。通常、獰猛な灰色オオカミを見たものは、恐怖におののく。戦いの主導権を握ることが、作戦を有利に展開し味方を勝利へと導いた。そのため、灰色オオカミを見たものが、まず、ひるんでしまうことが絶対条件だった。
「尾獣は、妖獣以上に凶暴ということか…」
 命のやり取りにおいて、相手を恐れたものは、戦意を喪失する。我愛羅の圧倒的なまでの存在に、ウエシタは、ひるんでいた。だが、腕の喪章を見て、もう一度、闘志を燃やした。
「息子たちの仇だ!」
 ウエシタは、そう叫ぶと、我愛羅に向かって突進した。
「うわぁぁぁ!!」
 灰色オオカミは、尾獣の反撃をまともに食らって、その胴体を真っ二つに切断された。ウエシタは、振り落とされて気を失った。その存在に気付いた我愛羅は、そのまま、踏みつぶそうとして尻尾を振り上げた。 
「よせ。我愛羅!!やめるんだ」
 叫んだのは、バキだった。
「そいつは、ミギとヒダリの父親だ」
 我愛羅は、振り上げた尻尾を空中で止めた。
「ミギと…ヒダリ…?」
 とっくに忘れかけていた双子の名前…ミギとヒダリ…。砂漠を放浪するようになり、彼らのことは、記憶の彼方に追いやられていた。我愛羅は、尻尾を下げると、砂をこぼしながらもとの姿に戻った。目の前にバキが立っていた。
「お前と行動を共にした彼らは、本物のミギとヒダリではなかった」
「どういうことだ」
「双子は、お前と班を組むと知った何者かに試験会場に入る前に殺された。ウエシタは、その悲しみをお前を怨むことで忘れようとしたんだ。許してやれ。双子は、彼にとってかけがえのない存在だったんだ」
「父…親…・」
 我愛羅は、傷だらけになりながら、灰色オオカミの横に倒れている男をみた。挑んできた男は、子供のために命がけで戦う父親だった。
 我愛羅は、砂漠で一緒に過ごしたミギとヒダリのことを思い出した。
 …そうだ。オレは、珍しく他の誰かと一緒に居ることを苦痛に感じなかった。ミギは、明るく陽気だったし、ヒダリは、親切で思慮深かった。オレは、彼らと協力し、彼らは、オレに協力して、初めてチームワークの心地よさを感じ始めていた。だが、気がつくと、また一人になっていた。心を開きかけては、何度も裏切られる。努力が報われないもどかしさ、信じていた人間に裏切られる悲しさ…それが繰り返しこの身に起こる。
「…オレの父親は、オレを人柱力にし…こんなろくでもない運命を与えた男だった」
 我愛羅は、バキを睨んだ。その瞳は、憎悪に燃えていた。
「…オレは、父親が、憎い…」
 里の人々を怨み、自分を避けるアカデミーの生徒たちを憎んだ。しかし、もっとも憎悪すべきは、父親である風影だった。それは、我愛羅自身が長い間、無意識に封印していた感情だった。
「殺してやりたいほど…憎い…」
 殺意を持つということは、その父との決別を意味していた。怒りに震える我愛羅に、バキは言った。
「それなら俺と一緒に帰るんだ。このまま国境警備隊に捕まれば、無駄死にすることになるぞ」
「……」
「俺が、見届けてやるよ。お前がろくでもない運命から抜け出すのを。だから、今は、一旦里に帰るんだ」
「アンタは、風影の側近だったはずだ。なぜオレを助けようとする?」
「俺にもわからないよ。だが、お前が自分の運命を切り開きたいのなら、今はとにかく生きることが先決だ」
 バキは、いきなり我愛羅を抱き寄せた。
「なに…を…」
 我愛羅は、抗ったが、バキは、構わず強く抱き締めた。
「砂漠でお前の命を拾ったのは、この俺だ。命を粗末にするな。俺は、お前を守ると決めた。だから、信じろ」
「どうして…」
「さあな。俺にもよくわからんといっただろ。だが、子供が死ぬのはもうたくさんなんだ」
 その時、後方から、国境警備隊が放った照明弾が上がった。あたり一面が、真昼のように明るくなり、爆風でバキの左側を覆っていた布がめくれた。左目のあたりに作り物の陶器の顔があった。
「驚いたか。先の大戦で俺は、妻子とともに顔の左半分を失った。この面は、チヨ様が作ってくれたんだ。こいつをはずすと俺もバケモノだ。素顔だと部下が怖がるんで面をつけてるってわけさ」
 バキは、なんでもないよという風に笑った。その顔は、優しげだった。
…父さま。見て。ボク、こんなことが、できるようになったよ…
…すごいぞ。我愛羅。さすが、お前は、俺の息子だ…
 幼い日、父に抱きあげられて見た砂漠は、暮れゆく太陽が、砂丘に長い影を曳き、どこまでも続く砂の海を照らしていた。父は、その時、優しく笑っていた。
…ボクにとっては、父さまの笑顔を見ることが一番のご褒美なんだよ…
 照明弾の光が消えると、やがて暗闇が戻ってきた。我愛羅の頬を一筋の涙が伝い落ちた。
「里に戻る」
 我愛羅は、バキに抱かれたままそう告げた。


「バキ隊長、お帰りなさい」
「こ…これは、我愛羅さま…」
 バキとともに姿を現した我愛羅に国境警備隊の面々は、一様に驚いていた。振り上げた手をどう下ろせばよいのか、彼らはその顛末に困っていた。海岸線一帯に展開する投射機や大規模な攻撃装備をぐるりと見回すと、我愛羅は、事の重大さに初めて気がついた。
「皆、ご苦労だったな。作戦は終了だ」
 バキは、一言そういうと、我愛羅とともに司令部のテントに入って行った。撤収の命令が出され、国境警備隊は、後始末に追われた。
「さあ、本当に大変なのはこれからだ。覚悟しておけ」
 バキは、大隊長の所に我愛羅を連れていった。
「これは、我愛羅さま。よくご無事で…ずいぶんとごゆっくり砂漠をお散歩なさいましたなぁ」
 先ほどまで、我愛羅を拘束し、抹殺しようとしていた中心人物は、古参らしく、皮肉を言うのを忘れなかった。
「我愛羅さまは、ご自分の意思で砂の里にお戻りになる。今回は、ご遊学が少し長引いただけ。大隊長殿もおわかりでしょうが…」
 バキは、これから飛ばす伝書鷹に持たせる報告書の内容について念押しをしたのだった。ここからは、政治の世界だった。
「ああ、大丈夫。心配ない。私も、間もなく砂の里に帰還する予定だし…。風影一族とは、遠縁に当たる。今回の事は穏便に済ませたい」
 長らく国境警備隊に配属されていた大隊長は、もうかなりの高齢だった。今さら、粛清の嵐に巻き込まれるのは、彼の夢見る老後の生活とは世界が違った。
 翌朝出発する計画が立てられ、休息用に我愛羅にもテントが一つ与えられた。その護衛としてバキがついた。
「お前に一つ確認したいことがある」
 バキは、テントの中でくつろぐ我愛羅の横に座り、惨殺されたキャラバン隊のことを聞いた。
「キャラバン隊を襲ったのは、おそらく砂ネズミの妖獣だ。オレは、そいつを追いかけて西の砂漠まで来た」
「里では、すべてお前の仕業ということになっている」
 我愛羅は、初めて殺戮者のレッテルを貼られていることを知った。そして、国境付近のものものしい装備が、その捕獲のためであったことを理解した。
「オレではない」
「だが、お前でないという証拠もない」
 人柱力であるというだけで不当な扱いがどこまでも続いた。
「…やってもいないことを証明することはできない」
 里に帰って一番厄介なのは、この問題だった。人柱力の我愛羅を恐れるあまり、不都合は、すべて脅威の力のせいにする。それが、里の人々に共通する考え方だった。我愛羅の顔が曇ったことに気がついたバキは、我愛羅を自分の方に引き寄せた。今度は、我愛羅も抵抗をしなかった。
「いつもお前ばかりがつらい目にあう…。俺は、お前が可哀想でならないよ…我愛羅」
「……」
「大丈夫だ。俺が、必ず証拠を見つける。心配するな…」
「……」
 我愛羅は、バキの体によりかかった。バキに対して特別な感情があったわけではないが、その温かさが心地よかった。

 伝令の鷹が、一足先に我愛羅の帰還を里に告げた。しかし、風影を初め、テマリ、カンクロウの苦しい立場に変わりはなかった。
 バキは、我愛羅を伴い里に三年ぶりに足を踏み入れた。砂の里は、以前と変わりなかった。
「我愛羅!!」
 真っ先に駆けつけてきて我愛羅に抱きついたのは、カンクロウだった。
「お帰り、我愛羅」
 テマリも我愛羅を笑顔で迎えた。我愛羅は、相変らず無表情だった。再会もつかの間、我愛羅は、事情聴取のために軍事本部に呼び出された。ずらりと上役が居並ぶ中、初めに試験会場での爆発事件について聞かれた。我愛羅は、不遜ともとれる態度で簡潔に事実を話した。そして、次に砂漠に出てからのことを尋ねられると、我愛羅は、ここでも淡々と事実を述べた。いずれにしてもそれをどう解釈するかは我愛羅を今後どうしたいのかという結論から導き出される。我愛羅は、それを知っていた。
『…そんなに、オレを殺したいのか…』
 久しぶりに対面した父・風影をまっすぐに睨むと、我愛羅は、さらに心が冷めていく自分を感じた。
『…オレは、アンタを殺すために戻ってきた…』
 風影は、いつものように我愛羅を一瞥しただけで何も語らなかった。できそこないの息子の事など眼中にないのだときっと周りの誰もが思ったに違いない。我愛羅は、怒りに震える手を握り締めた。

「以後、人柱力を監禁する」
 全員一致で最終決定がなされようとしていた。
「待ってください!」
 そこに割って入ったのは、上忍のバキだった。
「我愛羅は、自分の意思で戻ってきたのですよ。元々、砂漠に出たのだって爆発事故に巻き込まれたからじゃないですか。我愛羅は、被害者なんですよ。あなたがたは、よくご存じのはずだ」
 翌日には、風影が暗殺を仕掛ける予定だったことをバキは、級友たちの話で知った。たった11歳の子供の運命を大人たちが寄ってたかって弄んでいる。それがバキには許せなかった。
「なんだ。いきなり、君は。出て行きなさい。ここをどんな席だと思っているのかね」
 バキの乱入に座は乱れた。だが、ここで頑張らなければ、砂漠で我愛羅の命を救った意味がない。バキは、そう考えて捨て身でこの場に臨んでいた。風影は、黙ってそれを見ていた。
『相変らず、分からない人だな…』
 かつての師は、若いころは、もう少し分かりやすい男だった。カンクロウとまでは、いかなくても、テマリ程度には、聡明で明快だった。いつの間にか、何を考えているのか分からない、口数の少ない気難しい男になってしまった。おそらく、妻を亡くしてからだろう。
「我愛羅は、最年少にも関わらず、あの灼熱の砂漠耐久試験の中で、三日間、班のリーダーとして的確な判断力を示しました。また、侵入してきた暗殺者の手でソト(素土)の地に放り出されいきなりシムーンの洗礼を受けた時も、そこからも自力で生還しました。それは、私を含めてこの中の誰もが経験したことのない試練です。彼は、わずか11歳の子供なんですよ。なのに、あなた方の主張は、初めから、我愛羅を排除することのシナリオの上に成り立っているようにしか、私には聞こえません」
「だが、キャラバン隊を我愛羅が襲わなかったという証拠がない。大体、そうそう都合よく妖獣が現れたりするもんかね」
 我愛羅の言葉を誰一人として上役たちは信じていなかった。
「きみごときが、どんな主張をしてもだめだ。もう決まったことだ」
「それでは、そろそろ会議もお開きと言うことで…」
「今晩の夕食にぜひ議長殿をお招きしたい」
 里の上役が談笑しながら、席を立とうとしていた時だった。
「バキ隊長!証人が見つかりました!」
 その場にバキの部下が連れてきたのは、砂漠から命からがら逃げてきたキャラバン隊の生き残りだった。荷台の隙間で寝ていたために助かったのだという。
「キャラバン隊を襲ったのは、誰だ?」
「砂のバケモノでした」
「ほら見ろ」
 みな口々に呟くと、時間を無駄にしたと文句を言いながら出て行こうとした。
「それは、どんな動物だ」
 バキが具体的に質問した。
「巨大な砂ねずみです」
 上役たちの足が止まった。皆殺しにされたと思っていたキャラバン隊のたった一人の生存者が、多くの人たちの命を救った瞬間だった。


「我愛羅。今度こそ、本当にお帰り!」
 知らせを受けたカンクロウとテマリは、部屋で待機していた我愛羅に飛びついた。
「……」
 我愛羅にとっては、当然のことがやっと証明されただけで、さほど喜ぶ事ではなかったが、ひとまずこの身が自由になったことに安堵した。
 それからしばらくして、テマリ、カンクロウ、我愛羅の三人が軍事本部に呼ばれた。
「明日からお前たち三人でスリーマンセルを組む。我愛羅は、アカデミーに籍を残したまま、これより特別部隊に所属する。では、お前たちの隊長を紹介する」
 そこに現れたのは、バキだった。こうして、三年ぶりに砂の里に戻ったバキは、三姉弟の隊長兼師匠となり、我愛羅たちは、一年後に始まる木ノ葉崩しの作戦の中に組み込まれていくのだった。

                                     < 第一部 完 >


小説目次   第二部「鎮魂曲(レクイエム)」

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