辺境警備9-2〜反乱2


  その夜、ツチノとカシケは、空腹に耐えかねて食糧倉庫に忍び込んでいた。
「おい。これってバレたらすっごくまずくねぇ?」
「分かってるけど…腹が減って眠れないんだから仕方ないだろ?」
「確かに飯の量が、以前の三分の二だもんなぁ。でも、あちこちの村じゃ、餓死者も出てるって話だし…。砂隠れの基地は、食事が供給されるだけマシだってギリス先輩も言ってたよ…」
「でも、オレ達、成長期なんだぜ。育ち盛りなんだから、今のうちにガンガン食っとかなきゃ…」
「確かにいつまでもチビのままじゃ不利だよな。我愛羅みたいに特別ってなら小さくても大丈夫なんだろうけどさ。それより…ほら、あそこ」
 彼らの目の前には、山積みの段ボールの箱が並んでいた。ツチノが見つけたのは、砂漠に出るときに非常用に携帯する固形食の箱だった。ビスケットを固めたようなそれは、短い棒状になっており、四つの味があった。
「オレ、結構、このメープル味が好きなんだよ」
「そうかな。やっぱり、チョコレート味が最高だと思うけど…」
 ごそごそと梱包を開けながら、彼らは、それをわしづかみにするとポケットに詰め込んだ。本当は、段ボールごと失敬したかったが、そんなことをすれば忽ち食糧係にばれてしまうため、彼らは、それぞれの箱の中から、少しずつ頂戴することにしたのだった。
「シメシメ…。これぐらいで当分しのげるだろう」
 ツチノは、ポケットが一杯になるとそっと箱のふたを閉めた。その時、ガタリと後ろで音がした。彼らは、慌てて段ボールの影に隠れた。
「…静かに運びだせ」
「そっとだぞ」
「これ…全部運ぶのか?」
「そうだ。ひとつ残らずだ」
 自分たち以外にも忍び込んだ者たちがいて、そいつらは、驚いたことに箱ごと食糧を盗み出そうとしていた。
「おい…カシケ…あれって…」
「しっ…気付かれるとヤバいぞ」
 息を殺して彼らは、暗闇に潜んだ。元々、気配を消すことだけは、得意だった。まだ体が小さいことも幸いし、ネズミのようにすばしっこく柱の影に移動した。
「アイツら…何者なんだよ。アレは、オレ達の食糧だぞ」
 すっかり空っぽになった倉庫に残ったのは、ツチノとカシケ二人だけだった。
「後をつけよう」
 カシケは、床に空いた大穴に潜ろうとした。だが、ツチノがそれを止めた。
「危険だよ。アリ隊長に報告しようよ」
「だめだって。そんなことしたら、オレ達が食糧倉庫に忍び込んだことが、ばれちゃうだろ。ひょっとしたら、全部、オレ達が盗んだって事にされるかもしれないよ」
「なら、黙ってこのまま盗賊たちを見逃すのか?」
「どうせ明日には、基地の連中も気が付くよ…だから、ちょっと様子見ようぜ」
 カシケは、ツチノの袖口を引っ張った。ツチノも、ポケットを擦りながら頷いた。基地における食糧の窃盗は、厳罰に処せられることを思い出したからだった。


「あっ…うっ…」
 我愛羅は、再び、悪夢にうなされていた。
「…お前は、オレに復讐を焚き付けた…なのに自分は、風影になるだと?」
 今夜の守鶴は、サスケの姿をしていた。
「だが、残念だったな。ナルトは、お前のことなどもう忘れている。アイツは、オレのことばかり心配している。…お前との約束など本当は、どうでもいいと思っている…」
「違う。オレは、ナルトと約束した!!ともに影となり里に必要とされる存在になろうと…」
「約束?笑わせるな…ナルトは、同情しただけだ。自分と同じ境遇のお前にな…。アイツが、本当に必要としているのは、このうちはサスケだ……昔も今も…ずっとな」
「…やめ…ろ…」
 サスケの写輪眼が、我愛羅の心を見透かすように見つめている。
「かつてオレとお前は、よく似ていた…オレ達は、復讐という同じ目をしていたからな…」
 サスケは、口の端を釣り上げると、瞳の形を変えた。我愛羅は、その瞳から目をそらした。
「そうか…これでは、お気に召さないか…なら、この姿ならどうだ?」
 守鶴は、再び、変化すると今度は、ナルトの姿になった。
「やめろ…ナルトは…ナルトは…」
「…我愛羅…オレ、本当は、お前の事なんかより、サスケの事が心配なんだ…だからもう、お前のことなど、どうでもいいし忘れてしまったんだ…」
「嘘だ。そんなこと…ナルトは言わない」
「…嘘じゃねぇってばよ。オレは、とっくにお前との約束を忘れていた。お前だけが、バカみてぇに信じてたんだってばよ…」
「違う。お前は…ナルトの偽物だ!!」
 我愛羅は、自分の叫び声で目が覚めた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
 見慣れたゴーグルが、壁に掛かっていた。そこは、我愛羅の部屋だった。カンクロウは、その夜は、夜勤で展望台にいるはずだった。
「…まただ。…いったい何度、この夢を見せたら気が済むんだ…」
 我愛羅は、肩で息をしていた。あれから、何度も守鶴が見せる悪夢にうなされていた。その夢は、体の中にいる守鶴が脳に直接、見せていた。
…幻術でオレを屈服させようとしている…
 守鶴の見せる夢は、容赦がなかった。我愛羅の記憶を支配し、体が覚えている苦痛や心の傷、哀しみといった感情までありとあらゆる苦痛を利用した。そうして我愛羅の中から、過去の憎悪を呼び覚まそうとしていたのだった。
『どんなにオレをあおっても無駄だ。オレの中には、以前の様な憎しみの心はない…アイツが諦めてこのまま消滅するのを待つしかない…』
 守鶴にしても、勝手に我愛羅の中から抜け出せるわけではなかった。
「オレが死ねば、守鶴も死ぬはずなのに…愚かな事を…」
 その時、我愛羅の脳裏に、砂の上にぽつんと座っている小動物の姿が浮かんだ。それは、哀しげな声で鳴くと砂粒に分解した。
「…守鶴…」
 我愛羅は、その途端、強い悲しみに襲われた。
 

「食糧倉庫で盗難?」
 その事件が露呈したのは、翌日だった。報告を受けたイサゴは、各班の小隊長を集めた。
「ただでさえ、配給が減ってるのにどういうことだ。鍵は、ちゃんとかけてあったのか?」
「はい。しかし、盗賊は、地面の砂を掘って侵入したようです」
「モグラの様な連中ですね。近辺のオアシスじゃ、餓死者も出ているし、敵は死に物狂いだ」
「今年は、砂嵐が多かったから、日照不足で食物の育ちが悪い上に、残りのわずかな分も害虫にやられたらしい」
「どうしますか。この基地には、50名の忍がいますが、食糧倉庫が空っぽじゃ、話になりませんよ」
「大至急、砂の里に連絡だ。それから、地下の非常用倉庫を開ける。…とりあえず、当面は、それでしのぐしかない」
 国土の大半を砂漠で占める風の国では、海岸部にある一部のオアシスや、岩石地帯と接するオアシスの一部を除いて、ほとんど植物が生育できず、その食糧の98%を輸入に頼る極めて食糧自給率の低い国だった。だが、代わりに砂漠の下には、大量の鉱物資源が眠っており、それを輸出品として食糧と交換することで栄えてきた。また、各地に点在する塩湖や岩塩の塩を近隣諸国に供給することで、どんな戦時下にあっても最低限の食糧を確保できる仕組みを古くから築き上げていた。しかし、稀に気象条件等で食糧生産が減少すると、どこの国もまず自国民の腹を満たすことが優先となり、その供給が滞ることがあった。各村も、そんな事態に備えてかなりの備蓄をしていたが、それを食べ尽くせば、最後に彼らを待っているのは、餓死だった。

 そんな中、ついに西のオアシスの村で大暴動が起きた。鎮圧に向かったのは、討伐隊として着任した4人組だった。しかし、彼らは、状況を確認すると即座に引き返してきた。
「思ったより暴徒の数が多い。鎮圧には、是非‘砂瀑の我愛羅’の力をお借りしたい」
「我愛羅をだと?」
「そうです。すでに事態は深刻な状況です。我々4人では、手に負えません。人柱力の我愛羅を主力として作戦を展開したいのです」
 イサゴに直談判しているのは、討伐隊の隊長のカワスナだった。
「だが、今、我愛羅は…」
「この前、彼が、我々に見せてくれた力は、驚くべきものでした。それに以前、特別部隊に所属している時に単身で暴動を鎮圧した話は有名です。今回も我愛羅なら、一瞬で終わらせることができるはずです。彼ならこの砂漠基地から一人の犠牲も出さずに作戦を完遂できます」
「それはそうかもしれないが…。今は、…その…ちょっとまずいんだ」
「なにか不都合でも?…確か彼は、次期風影候補の一人でしたね。これは、砂漠で三回目の武勲を立てる大きなチャンスですよ」
「…そうではなく、我愛羅は、体調面に問題があってな。だからバキ上役からも、基地の外に出さないようにと厳命されている」
「体調面に問題ですか?…そうは、見えませんでしたが…部隊長の判断なら致し方ありませんな」
「しかし、カワスナ隊長、我々だけであの村に戻っても…」
 潔く引き下がるカワスナに困惑したのは、アカダマだった。そして、フヨウも自分たちが見てきた状況を慌てて説明した。
「村人は、すでに武装強化し、村長を人質にしています。いずれここ砂漠基地にも押し寄せようという勢いです」
「それを阻止するのが我々の役目だ」
 あくまでもカワスナは、イサゴの判断を尊重しようとしているようだった。その時、代案を提示したのは、セッカイだった。
「我愛羅が無理なら、…総動員をお願いします」
「総動員だと?…始めの依頼では、そんなに大きな暴動だとは聞いていないぞ!!」
 それは、イサゴを驚かせるには十分な提案だった。
「初めは、確かに一つの村から起こった暴動でした。しかし、今や近隣の村々も触発され蜂起しています。食糧不足が原因です。村のリーダー達は、ここに来れば、餓えずに済むのだと人々を扇動しています。飢えが人々を異常な行動に駆り立て、人が人を喰うありさままで我々は見てきたんです」
「その行きつく先は、クーデターだと思います」
「…クーデター?」
 討伐隊は、皆、深刻な顔をしていた。イサゴは、それでも決断できなかった。
「我愛羅がいれば、餓鬼となった村人を殲滅できます。…なんとか彼を説得していただけませんか」
「…しかし…」
「ここに暴徒が押し寄せてもよろしいのですか?」
 元々、第三中央方面砂漠部隊基地は、吹き荒れる毒の風と呼ばれるシムーンの観測をする場所だった。その為、配置されているのは、ほとんどが新米の下忍達で、戦力と呼べるのは、オアシスやキャラバン隊の警護の為に置かれている少数精鋭の1個小隊だけだった。今回のような大規模暴動は、想定されておらず、その任務は、始めから砂の里に依頼すべきものだった。
「今から砂の里に要請しても援軍の到着は三日後だ」
「三日!?悠長なことを言っていたら、ここは、占拠され我々は、彼らに半分が喰われ半分が人質になりますよ」
 その話を立ち聞きしていたのは、ツチノとカシケだった。
「人が人を喰う?」
「我愛羅に要請だって…」
「凄いよ。特別上忍も手におえない暴徒だってさ。やっぱ我愛羅は、特別なんだよ」
「我愛羅…出動するのかな」
「そりゃあ、なんたって砂の最終兵器だもんな。三つ目の砂十字勲章ものだぜ。すごいよな。年が明けたら、きっと一気に5代目風影さまだよ」
「凄いな。オレ達、その同級生なんだぜ」
 彼らは、急いで食堂に向かうと我愛羅の姿を探した。


「暴動の…鎮圧?」
「ああ。そうなんだよ。今、指令室で部隊長と討伐隊の四人が話してる。我愛羅の力を貸してほしいって言ってるよ。ダメなら、オレたち全員を総動員するんだって。…西の砂漠は、もう内乱状態らしいよ」
「そうそう。飢えた村人が、共食いしてるって。ここに押し寄せてきたら、オレたちも半分は、煮て食われるかもしれないって」
「冗談じゃない。我愛羅をそんなところに行かせられるかよ」
 カンクロウが、激怒して立ち上がるとツチノとカシケは、すくみあがった。
「オレ達は、立ち聞き…いや、偶然聞いたことを話しているだけだから…そんなに怒らないでくださいよ」
「カンクロウ…落ちつけ…」
 我愛羅に制止されカンクロウは、我に返った。
「あ…ああ。すまない。…我愛羅は、その…ちょっと体調が悪くってな…今は危険な任務には就かせられないんだ」
「そう言えば、顔色が良くないみたいだね…」
 ツチノは、我愛羅の磁器の様な白い顔を間近に見て頷いた。以前は、直視できない恐ろしい顔だったが、今は、見とれてしまうほど綺麗だと思うようになっていた。
「我愛羅…ちゃんと食べてるのか?…これ…やるから…早く元気になってくれよ」
 カシケは、ポケットから固形食を取り出すと、我愛羅の前に並べた。
「おい。お前ら、これ…どうしたんだ」
 カンクロウは、今や貴重な携帯用固形食をカシケがいくつも持っていることをいぶかしんだ。
「違うよ。盗んだりしてないよ…これは、以前…家から送ってもらったんだよ…本当だよ」
「バカ。カシケ、内緒だって言ったろ」
 二人は、互いにしまったという顔をしてカンクロウの顔を見上げた。
「…まったく。やっぱりお前らが、犯人かよ」
「だから違うって。謎の盗賊団だよ。オレたちが、見たのは…」
「…そうそう…」
 カシケたちは、頷きながら無表情の我愛羅を済まなそうに見た。
「…ありがとう」
 我愛羅は、その二人の気持ちに感謝の言葉を言うと、ふわりと微笑んだ。その表情にカンクロウも含めて三人は、息を飲んだ。彼らは、我愛羅の翡翠色の瞳の美しさに見とれていた。
「あの…我…我愛羅…。良かったら…まだ、いっぱいあるから…食べて…」
「お前らなぁ…」
 呆れるカンクロウを尻眼に、カシケとツチノは、ポケットの中を空っぽにすると照れくさそうに笑った。
「じゃあ、オレ達、展望台の夜勤だから…行くね」
 二人は、立ち上がると手を振って駆け出した。以前は、我愛羅の過去を詮索し、告げ口して回るような小悪魔のような存在だったが、今は、すっかり我愛羅の信奉者になっているようだった。
「おい。我愛羅、今の話だが…」
「…要請があるのなら行こう」
「だめだ。オートの砂が、発動しないってのに…」
「…なんとかなる…」
「危険すぎるじゃん。バキからもお前を基地の外に出すなと指示が来たところだ」
 我愛羅は、ゆっくりと立ち上がると食堂にいる面々を見渡した。
「カンクロウ。ここには、ツチノやカシケの様な下忍になったばかりの者たちしかいない。彼らは、まだ、戦い方も知らない。総動員して暴徒たちと戦わせるわけにはいかない。違うか?」
「我愛羅…」
「守鶴は、反乱をやめる気がない。…それなら、こちらから終わりにしてやるまでだ」
「終りにするだと?どうやって…」
「アイツがオレに背を向けるなら、そうできなくするまでだ。それでも、反乱を続けるというなら、オレにも相応の覚悟がある。…守鶴を制御できなければ、風影になることも叶わないからな。それなら一層ここで砂漠基地の皆の役に立って死ぬ方がましだ」
 我愛羅の足は、そのまま指令室に向かっていた。カンクロウは、慌てて我愛羅の後を追いかけた。
「砂漠基地の皆の為に死ぬだと?冗談じゃない。…じゃあオレ達の夢は、どうなるんだ!セキやバキや…お前を訪ねてきた砂漠の連中の夢は?みんな、お前に希望を託しているんだぞ。それを全部無視して、ここの連中のために死ぬって言うのか?!冗談じゃないぞっ!!我愛羅っ!!」
 カンクロウは、我愛羅の背中に向かって叫び続けた。だが、我愛羅は、振り返らず指令室の扉を開けたのだった。

<続く>


小説目次  「辺境警備10-1〜反乱3」

Copyright(C)2011 ERIN All Rights Reserved.