辺境警備10〜反乱3


「我愛羅様。どうしてここに…」
 イサゴは、指令室に現れた我愛羅に驚いていた。
「砂瀑の我愛羅か…久しぶりだな」
「……?」
「覚えてないのか?オレ達の事…以前、東の国境にあるオアシスの暴動の掃討作戦を行っただろ。あの時、一緒に作戦に参加したんだがな…。まぁ、最もアンタは、直ぐに守鶴化したから、オレ達のことなど記憶にないのかもしれないが…」
 我愛羅に懐かしそうに声をかけたのは、討伐隊・隊長のカワスナだった。そして、その時の光景を思い浮かべるように、部下のアカダマが言った。
「あの時は、凄かったですよね。あっという間に村全体が砂に沈んだ…オレ達も、その場を離れるのに命がけでしたよ。反乱分子どもは、一瞬で皆、生き埋めになったし…」
「……」
 我愛羅は、その男たちの顔を覚えていなかったが、東のオアシスでの出来事については、後日、バキやテマリから様子を聞いて知った。それは、まだ、三姉弟で特別部隊を組んで間もない頃の任務だった。
「また今回もあの力を使ってくれれば、一気に方が付くよ」
「やめろっ!!我愛羅は、もう守鶴化なんかしない」
 その会話に割って入ったのは、カンクロウだった。
「なんだ。いきなり無礼だぞ。いくら四代目の息子だからってオレたちは、特別上忍だぞ。それ相応の礼儀ってもんがあるだろ。それに司令官の前でもあるぞ」
「ああ…すまない。だが、我愛羅を今回の作戦に参加させるわけにはいかないんだ。わかってくれ」
 我愛羅が、指令室に入ってしまった後、カンクロウは、しばらく閉じてしまった扉の前で、躊躇していた。そして、イサゴが、我愛羅が出動しなくて済むように話を進めてくれることを期待しながらきき耳を立てていたのだ。だが、話は、一向に中止の方向に進まず耐えられなくなって指令室へ飛び込んだのだった。
「体調が思わしくないという話は、さっきも聞いた。だが、今は、そんなこと言ってられない状況だ。無理してでも戦わなければ、大勢の者たちが死ぬからな」
「…オレが行こう」
「我愛羅!!そうこなくっちゃ」
 カワスナは、我愛羅の手を握ると大きく上下に振った。我愛羅は、その手を抜くと腕組みをし直した。
「…我愛羅」
 カンクロウは、イサゴと我愛羅の顔を交互に見ると困惑した。
「我愛羅本人が、こう言ってくれている。イサゴ部隊長にも、ご理解いただきたい」
 カワスナは、姿勢を正すとイサゴに一礼した。我愛羅も、頷いて了解を促した。
「…仕方がない。だが、絶対に無理をさせないでくれ…護衛としてカンクロウを連れて行ってくれ」
「もちろんだ。これで、決まりだな。夜明けとともに出発する。…我愛羅、我々は、アンタに期待しているからな」
「…わかってる」
「これでもう鎮圧したも同然だな」
 カワスナは、満足そうに大声で笑うと、部下達三人を引き連れて指令室を出て行った。
「なんて無茶なことを…。オートの砂が停止しているってことは、守鶴化だって無理なはずですよ」
「まったくじゃん。…あいつ等の強引さには参るぜ」
 カンクロウとイサゴは、嵐が去った後を見るように閉じたドアにため息をついた。
「守鶴化をする気はない。…オレにとっても今起きてる問題を解決するのに丁度いい機会だからな」
「それなんだが、我愛羅、暴徒たちからは、オレが守ってやるとしても、守鶴とお前の事は、オレでは手が出せない。なんとかなるのか?本当に…」
「何とかするしかあるまい」
「私もご一緒しますから。もし我愛羅様の身に万一の事があれば、私は、バキ様に殺されますからね」
 部隊長のイサゴは、この基地唯一の上忍だった。イサゴがいれば、この上なく心強いのは確かだった。
「いいのか?アンタは、この基地の最高司令官だぞ」
「非常事態ですからね。暴動が鎮圧できれば、また元の通り平和な日常が戻ってきますよ」
「…ダメだ。オレとカンクロウ、それに、あの討伐隊の4人で行く。部隊長は、ここに残ってくれ」
 我愛羅は、暴動の拡大が事実だとすれば、今、イサゴが基地を離れることは、危険だと考えた。彼らは、別ルートから砂漠基地を占拠するかもしれなかった。そうなれば、下忍ばかりのこの基地は、忽ち暴徒の手に落ち、それこそ砂隠れ全体の汚名となるはずだった。
「なら、サテツ隊も護衛に加えましょう。さして戦力にはならないかもしれませんが、彼らは、あなたをよく知っている仲間ですからきっと命がけで戦ってくれますよ」
 我愛羅は、彼らを危険に巻き込むことを恐れ首を横に振ろうとしたが、一瞬考えた後、了解した。これまでは、誰の力も必要とせず自分ひとりで戦うことが多かった。だが、砂漠基地に来てからは、仲間達が思いもよらぬところで我愛羅を支えた。自分にないものを持っている彼らの存在を我愛羅もまた十分に認めていた。
「…わかった。彼らとともに行こう」
 互いに認め合い必要とし合う事で信頼関係は育つ。人は、決して一人で生きているのではなく互いに支え合って生きているのだ。そうやって仲間意識を高め合うことの重要性を我愛羅は、砂漠で学び実感していた。

…黙れ。まだ、物足りないんだよ……怖いのか…腰抜け…
…関係ないだろ。目が合った奴は、皆殺しだ…
…千本の雨か。じゃあ、オレは、血の雨を降らせてやる…

 相手の命を奪うことだけが、生きている証だった頃、憎しみは、我愛羅がこの世に存在し続けるためのエネルギーだった。それは、中忍選抜試験で、うちはサスケに出会った時に確信に変わり、ナルトによって打ち壊されるまで我愛羅の中核を占める感情だった。
『あの頃のオレは、守鶴と同一体だった…憎しみの心は、オレたちを掻き立て行きつく先には、父親を殺し里を滅ぼすという復讐があった。オレと守鶴は、いつしかその目的の元で共鳴していた』
 指令室を出ると我愛羅は、カンクロウとともに自室に向かった。カンクロウは、我愛羅が、サテツ隊を連れて行くことを承知したことに正直ホッとしていた。これまでの様子を見る限り彼らもまた我愛羅をよく理解し協力している。そんな彼らをみすみす危険に晒すはずがなく、それは、我愛羅が無茶をする気がないという確信をカンクロウに与えた。
『…どうやら自暴自棄になっているわけじゃなさそうだな…だが、勝算はあるのか?…あの、守鶴に…』
 前々からの課題…それは、守鶴との完全共鳴であり完全制御だった。それは、人柱力である我愛羅が、生涯をかけて対峙しなければならない問題でもあった。
『我愛羅の奴…砂の里に帰還する前になんとかしようとしているんだ…。そして、守鶴の方もそれを察して必死で抵抗しているに違いない』
 カンクロウは、我愛羅の内部で起こっている大きな葛藤をただ見つめるしかない自分に思わず舌打ちをした。


「…うっ…はぁ…」
 その夜も我愛羅は、守鶴の見せる悪夢にうなされていた。カンクロウは、寄り添ったまま我愛羅の額に浮かぶ汗を拭いていた。
『…夢の中でいったい何が起きてるんだ?』
 日頃は不眠症の我愛羅が、ここ最近は横になるとすぐに眠りに落ちた。そして、少しすると苦しげに声を立て始めた。起こそうとしてどんなに揺り動かしても守鶴が邪魔をしているのか我愛羅は目覚めなかった。
「…我愛羅…」
 ふいに我愛羅が、翡翠色の目を開けると焦点の定まらない目でカンクロウを見つめた。そして、驚いているカンクロウに急に両手を伸ばした。
「うぐっ…我愛羅…く…苦しい」
 我愛羅は、思いもよらぬ怪力でカンクロウの首を絞めつけた。先程まで翡翠色だった目は、金色に変わり星形の瞳孔が自分を睨んでいた。
「お前…守鶴なのか?」
 驚いているカンクロウの眼下で我愛羅の顔は、見る見る変形し、砂のバケモノの顔となっていった。
「うわっああ…離せっ」
 カンクロウは、守鶴化した我愛羅をつき放そうとしたが、背後に回された砂の手は、がっしりとカンクロウを捕えていた。
「お前は、オレを自慢の弟だといったな…」
 声は、我愛羅のままだった。
「ああ、そうだ。オレは、我愛羅を誇りに思っている」
「オレの姿は、本当は醜いバケモノだ。それをお前だって知っているはずだ…本当は、オレを畏れているはずだ」
「…我愛羅…何言ってるんだ。目を覚ましてくれ」
「オレは初めから目覚めている。…知っているぞ。お前は、初めてオレを見たときオレの事をバケモノだと罵った。お前達の事を姉弟と呼ぶなと…そう言い放ったはずだ」
「大昔のことじゃん。今更何を…」

俺らを姉弟なんて、呼ぶな!!オレにはバケモノの弟なんかいない!!…

 カンクロウは、確かに守鶴化した我愛羅にそう言葉を投げつけた。それは、まだ我愛羅が五歳ぐらいの時の出来事だった。その頃、我愛羅は、叔父である夜叉丸とともに風影邸の別棟で暮らしていた。四代目風影が、五影会談に出発するにあたり、修業先のチヨの屋敷から久しぶりに風影邸に戻って来たカンクロウは、夜中に我愛羅と廊下で遭遇した。正しくは、我愛羅が砂で作った第三の目と…。そして、その正体を確かめるべく押し掛けた我愛羅の部屋で守鶴化した弟を口汚くののしってしまったのだった。
「…あん時は、オレも動揺してたんだ。あんまりびっくりして…だが、あれからすぐに謝りに行こうとしたんだ。…悪いのはオレだったし…お前が…怖かったのは事実だが、お前の事がずっと心配だったから…本当だ…信じてくれ」
「オレの事が心配だっただと!?…違うだろ。お前は、オレが傷ついたことを心配したわけじゃない。…弟をののしった…その罪悪感で自分が傷ついたんだ。そして、その傷を癒したくてオレに謝ろうとしただけだ…お前は、偽善者だ!!」
「…我愛羅…」
「オレは、お前らを信じない。お前らは、憎しみでつながるただの肉塊にすぎない。オレには初めから親もいなければ、家族もいない。…憎しみの心…それだけが側にあった」
 砂の腕でカンクロウを締め付けたまま半守鶴化した我愛羅が、だらだらと唾液を滴らせながらそう唸った。カンクロウは、落ちてくる粘液を腕で遮りながらふとその大きな口の上に見開かれた瞳から涙がこぼれている事を知った。瞳は、先程と違って湖の様な翡翠色をしていた。
『…守鶴?…いや、…これは、我愛羅なのか?』
 くるくると入れ替わる我愛羅と守鶴の人格を始めは区別しようとしたカンクロウだっが、途中からその考えを改めた。
『…どちらにしても、コイツは、我愛羅なんだ』
 守鶴が憑依している以上、我愛羅と守鶴を区別することは、無意味だった。そして、カンクロウは、その醜い顔を引き寄せると両腕で抱きしめた。
「…我愛羅…ごめんな。…オレは、お前をずっと…ずっとそんな風に傷つけていたんだな。…ごめんな。謝るのが遅くなってしまって…あの頃のオレをどうか許して欲しい。お前が、変わったようにオレも変わったんだ。今のオレは、お前がどんな姿をしていようとお前が、大切で…お前が大好きで…オレの命を懸けて守ってやりたいと思ってるんだ…どうか信じてくれ!!」
 その言葉にびくりと我愛羅の体が、痙攣した。みるみるカンクロウを押さえつけていた砂の腕が崩れ、気が付くと我愛羅の華奢な体が、すっぽりとその腕の中におさまっていた。
「…守鶴の奴…何故急に引っ込みやがったんだ…」
 我愛羅は、まだ、寝ているらしくその姿は、穏やかだった。
「オレに話しかけてくるなんて…どういう気だ?」
 奇妙な夜だった。初めて見た等身大の守鶴にカンクロウは、困惑していた。これまで何度も守鶴化した我愛羅を見たことはあったが、大抵は巨大化し敵味方の区別なくチャクラを使いきるまで暴走した。そして、チャクラ放出後の抜け殻状態となった我愛羅を回収するのが、テマリやカンクロウの役割だった。そんなカンクロウにとってこんなふうに守鶴本体と向かい合うのは初めてだった。
『守鶴も戸惑っているってことなのか?…だが、こんなことが続けば、我愛羅の精神が参ってしまう。そして、不適合を起こせば死んでしまう可能性だってある』
 我愛羅は、オートの砂が発動しなくなって以来、始終気を張っている上、夜な夜な悪夢に悩ませられていた。気丈に振舞っていてもいつまでたっても終わる気配を見せない守鶴の反乱に我愛羅の顔色は、すぐれなかった。
『我愛羅の…死…?』
 カンクロウは、背中に冷たい汗が流れるのを感じると、我愛羅のその細い肩を抱き寄せた。

<続く>


小説目次  「辺境警備10-2〜反乱4」

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