辺境警備9〜反乱1


 全てが順調に進んでいるように見えていた。バキは、予定通り10月半ばに行われた合議制会議の選挙で上役となり、我愛羅は、巨大竜巻から砂漠基地を二度も救ったことにより英雄として誉め讃えられ、仲間たちとの繋がりを深めていた。そして、思いがけず木ノ葉のナルトと再会しお互いの約束について確認した。さらに月末には、我愛羅の身を心配したカンクロウが強引なやり方で砂漠基地に赴任してきた。我愛羅は、13年間の人生の中で初めて幸福な日々を噛み締めていた。
 日々は、さらさらと淀みなく流れ、運命は、あたかも我愛羅に味方したように見えていた。

 だが、その幸福を面白く思わぬ者達がいた。

「人柱力は、辺境の砂漠に閉じ込めてしまえば心配ないと言ったのは、誰だ!?」
「申し訳ございませぬ。まさか、このような事になるとは…。あのできそこないのバケモノが、まさか砂忍達を守るために尾獣の力を利用するとは思いもよりませんでした。てっきり砂漠基地でも感情に任せて暴走するのも時間の問題と考えておりました。そのために、わざわざ‘音の大蛇丸’を引き込み、さらに過去に被害を受けた者達まで投入しましたが…思いのほか、調整力が有ったようで…もしかしたら、あの守鶴の力をコントロールできるようになったのかもしれません」
「黙れ!!あの四代目ですら手に負えなかったバケモノだぞ。守鶴の制御は、理想論に過ぎぬ。誰にも制御できぬからこそ脅威であり、最終兵器となっているのだからな。それをあんな小僧が、自力でコントロールできるはずがない。そんなことは、絶対にありえん!!…このまま、武勲を立てて砂の里に戻れば、人々の我愛羅を見る目が大きく変わる。民衆の支持を集めれば、人柱力を風影にしようとしているバキの妄言に賛同する者が増えてしまう。それこそ里の危機だっ!!」
 激怒しているのは、かつてより四代目風影と敵対していた上役のガレキだった。そして、先程から古参の上役であるガレキから激しく叱責を受けているのは、反四風派としてその先鋒を担ぐバラスである。
「今一度、私めにチャンスをくださいませ。今度こそ、必ず守鶴を回収し我愛羅を処分いたします」 
 感情のサンドバッグ代わりにされ、バラスは、辟易していた。彼の主人は、すでに還暦に手が届こうとしていた。ここに至るまでに幾たびも風影の交替劇に立ち会ってはいたが、ついにそこに名を連ねることはなく、上役としての任期も残り一年を切ってしまっていた。例えあらゆる手段を使って再選されても、既に情勢はバキに同意する者たちに移っており、ガレキの権限は縮小する一方だった。
『ガレキ様の時代は、このままでは、終わってしまう。それは、我が一族の終焉を意味している。これは、最後のチャンスなのだ。何としてでもあの人柱力が砂漠基地にいる間にケリをつけねば…』
 バラスは、自分たちに残された時間があまりないことを悟った。


「今回、部隊長を拝命した上忍のイサゴです。我愛羅様の事は、バキ様からくれぐれもと頼まれております」
「バキの奴、相変らず心配性だな。我愛羅にはオレがついてるのにわざわざ右腕のアンタまで此処に寄こすんだからな…」
「バキ様は、元来慎重なお方ですから…いくつもの保険をかけたおつもりなのでしょう」
「慎重っていうより心配性じゃん」
「確かに…」
「よろしく頼む」
 新しく部隊長が到着すると早速、我愛羅とカンクロウは、指令室に呼ばれた。
「年明けには、お二人とも中忍に昇格していただくため里へお戻りいただきます。おそらくこれから更に反四風派の動きも激しくなるでしょう。その方が安全だとバキ様はお考えです」
「単に自分の目の届くところに我愛羅を置いておきたいだけじゃん。我愛羅は、砂隠れ最強の人柱力だってこと忘れてるんじゃないのか?」
「私は、我愛羅様に次期風影様としてお仕えするように言われて来ました。バキ様もそのことにご自身の政治生命を懸けておられます。今は、我愛羅様の砂漠基地でのご活躍を積極的に広報し、帰還される我愛羅様の受け入れ体勢を整えようとテマリ様と奔走されています」
「……」
 我愛羅は、一人夜陰に紛れるようにして砂漠基地へ旅立った日の事を思い出した。その頃は、里の人々は、我愛羅に対してあからさまに冷たかったし、厄介者扱いしていた。始めての赴任地が、砂の里ではなく砂漠基地だったことは、我愛羅にとっては幸いだった。そこには、砂の里以外で育ち砂忍になった者たちが大勢いたため、我愛羅の過去の暴走を知る者が少なかった。そんな中で訪れた危機を我愛羅は、偶然にもチャンスに変えた。そして、基地の仲間たちの信頼を集めることで、自らの志を固めていった。
「我愛羅…心配するな」
 カンクロウは、我愛羅の心情を察すると、そっと声をかけた。
「今のお前なら、きっと砂の里の人々の気持ちを変えることができる」
 砂の里は、元々閉鎖的で人々は頑固で保守的だった。吹き荒れる砂塵が、軽口を叩くことを許さず、古くからある掟や因習が人々を縛っていた。里は、いくつもの回廊で迷路のようにつながり、その複雑さから人々は、変化することを嫌っていた。だが、閉塞感に飽き飽きしていた若者たちには、年若い我愛羅が風影になることは、ある種の希望を抱かせた。カンクロウは、今まさに高みに翔け上がろうとしている弟を称賛すると同時に心から支えたいと思っていた。
「アンタが、来てくれて安心したよ。この二か月間は、結構、奇妙な出来事が続いたからな」
 カンクロウは、イサゴに挨拶を済ますと、我愛羅とともに指令室を後にした。


 展望台に向かう途中も我愛羅は、押し黙ったままだった。元々、口数は少なかったが、カンクロウは、その沈黙の理由を察した。
「我愛羅…砂の里に戻りたくないお前の気持ちはわかる…ここの連中は、優しい。皆、お前を認めているし、尊敬もしている。いっそここが、砂の里だったらってオレも思う」
 砂漠での日々が、穏やかであればある程、砂の里は、我愛羅に厳しい現実を突きつけるだろう。それは、丁度、あの木ノ葉から砂に帰還した時のように…。カンクロウには、我愛羅の気持ちが痛いほど分かっていた。
「カンクロウ…オレが目指しているのは砂隠れの風影だ。…砂の里に住む人々から信用を得られなければ、なんの意味もない」
  ナルトが言ったように、夢を実現させるための近道などないことを我愛羅は知っていた。そして、風影になるには、何より砂の里の人々の信頼を得ることが、重要な事も承知していた。
「ここに来た時、オレには誰も仲間がいなかった。だが、一つ一つの事を当たり前にこなすことで、いつの間にか理解者が増えた。お前が言うように、砂の里でもオレは努力してみる…だから、里に帰ることを恐れてはいない」
『そうだ。オレは、立ち止らず前に進む…』
 我愛羅は、自分が次の段階に差し掛かっていることを自覚していた。その壁は、かつて我愛羅を拒絶し心を打ちのめしたが、今度こそ越えていかねばならなかった。

…オレ、一族を代表して‘砂瀑の我愛羅’にお願いがあるんです。あなたに‘風影’になって欲しいんです…
…もう一度、昔みたいに砂の里に住めるようになりたい。だから人柱力である‘砂瀑の我愛羅’が、風影になれば、オレ達も、きっとまた里に帰れると思うんです…

 夢は、すでに自分だけのものではなくなっていた。

…バキ様は、あなたに政治生命をかけておられます…
…オレ達の願いは、我愛羅が風影になることだ…もう誰にもお前の命を奪わせないために…

『そうだ。近道はない。ならば、努力するしかないんだ』
 我愛羅は、自分にそう言い聞かせると、砂漠に広がる青い空を見上げた。
 その時だった。
「我愛羅…動くなよ」
 カンクロウは、我愛羅の足元に近づく一匹のサソリに気が付くとクナイを投げた。
「……?」
 カンクロウのクナイに弾き飛ばされたサソリは、慌てて砂の中に姿を隠した。
「危ないところだったじゃん」
「……」
 我愛羅は、怪訝な顔をして足元を見た。カンクロウに言われるまで、まるでその気配に気が付かなかったのだ。
「まったく、何ぼんやりしてるじゃん。昨日の夜勤が、相当疲れたみたいだな。また、セキの野郎が徹夜で花札をねだったんだろ」
 カンクロウは、笑いながらそう言った。
「後で説教してやるじゃん」
 我愛羅は、全身に鳥肌が立つのを感じた。
『まさか…』
 そして、足元のクナイを拾うと自分の指を切った。
「痛っ…」
「バカ野郎!!何やってんだよ?!」
 カンクロウは、驚くと大声を上げ我愛羅の手からクナイを取り上げた。細い人差し指からは、ぽたぽたと赤い血が滴っていた。
「ったくびっくりさせるな。どうしてこんなことをするんだ!!大丈夫か!?」
「……」
 カンクロウは、慌てて我愛羅の指先を口にくわえると、両手で肩ひもを細く引き裂いた。そして、包帯代わりに我愛羅の指に巻いた。
「なんだ。痛むのか?自業自得だ。怪我をすれば、誰だって痛いんだ。お前、さっきからなんだか変じゃん」
『……どういうことなんだ……これは…』
 我愛羅は、目を見開いたまま茫然としていた。そして、突然、頭を抱えてうずくまった。
「うっ…」
「どうした我愛羅!!…まさか…例の頭痛なのか!?」
 その様子は、丁度、守鶴が目覚める時の兆候に似ていた。カンクロウは、一瞬怯んだが、我愛羅を抱きしめるとその顔を覗き込んだ。
「うっ…カンクロウ…あ…頭が…割れそうに痛い…」
「おい、しっかりしろ」
 カンクロウは、苦しむ我愛羅を慌てて背中に担ぐと、そのまま医務室へと走った。
「あっ…うっ…」
 我愛羅は、ずっと頭を抱えたままうめき声をあげていた。


 血相変えて飛び込んできたカンクロウに驚いたのは、医療忍者のリョウカンだった。
「我愛羅さまじゃないですか。いったいどうなさったんですか?」
「わからん。急に苦しみ出した」
「こちらへ寝かせてください。…その指先は…まさかお怪我をされたんですか?」
「ああ…だが、それは大した傷じゃない。それより、この頭痛だ。…以前は、よくあったんだが、薬で抑えていた。だが、最近は、無くなっていたから、多分薬を持っていない。さっきから突然、苦しみ出したんだ。何とかしてくれ。このままだと…」
『オレが最後に守鶴化した我愛羅を見たのは、木ノ葉との合同任務の時だ。だが、あの時の我愛羅は、最後まで守鶴に意識を明け渡さなかった』
 砂漠基地を竜巻から守った時も、砂の力を最大限に使いはしたが、守鶴化はしなかったとカンクロウは、聞いていた。
「これで痛みは、治まるはずです」
 カンクロウの目の前ではリョウカンが、我愛羅に注射をしていた。白く細い腕に針が刺さると透明な液体が吸い込まれるように体内に入っていった。やがて我愛羅は、規則正しい呼吸をしながら、静かに眠りに落ちた。その様子を何気なく見ていたカンクロウは、突然、あることに気がついた。
「まさか…」
 我愛羅は、生まれた時から自動的に発動する砂によって守られてきた。そのため日常生活でうっかり怪我をすることもなかったし、心ないもの達に傷つけられることもなかった。それは、刺客から我愛羅を守るだけでなく、我愛羅が自傷行為に及ぶことも阻んだ。だが、目の前の我愛羅の腕には、注射針が刺さり、指先には、白い包帯が巻かれている。
『まさかオートの砂が、発動しなくなったってことなのか?』
 毒サソリの気配を察知しなかったことも不思議だったが、クナイで指を傷つけた行為は、もっと不可解だった。
『まさか、あれは、砂の発動を確認するためにやったってのか…?』
 カンクロウは、目を瞑っている我愛羅の肩を揺さぶった。
「我愛羅…おい。我愛羅…起きろ」
「お静かに。今は、鎮痛剤が聞いて眠ってますから…」
 カンクロウは、後ろで点滴の用意をしているリョウカンを慌てて振り返った。
「コイツを眠らせただと?勝手なことをするな!!…そんなことしたらアイツが目覚めてしまう…」
「大丈夫です。守鶴にも一緒に眠ってもらいましたから」
 リョウカンの顔は、笑っていた。その目は、すべて心得ていると言いたそうだった。砂漠基地では、皆、我愛羅が人柱力であることを了解していたが、医療班のリョウカンもその一人だった。リョウカンは、早くから我愛羅の正体に気が付いており、砂の里の医療センターから、我愛羅の医療的対応についての資料を取り寄せていたのだった。
「お前ら…我愛羅が、怖くないのか?なぜここの連中は、そんなにも平静でいられる?」
「えっ?だって‘砂瀑の我愛羅’は、英雄ですよ?僕たちを二度も救ってくれたし、何といっても人柱力様です。ここの連中は、皆、我愛羅様に感謝してますよ。怖いなんて思ったことは、一度もありません」
「…そ…そうなのか!?」
 我愛羅を恐れて排除することしか考えない里の人々とのあまりの違いにカンクロウは、驚いていた。そして、自分が知らない間に我愛羅が築いた信頼関係に安堵していた。我愛羅との出会いが、初めから脅威ではなく、感謝であれば、砂の人々の我愛羅に対する考え方も違っていたのだろう。だが、年が明ければ、それらを全て捨てて我愛羅は、偏見と恐怖しか抱かない砂の里に帰って行かなければならないのだ。
『…ここでの生活が幸福であればある程…きっとお前は、傷つき苦しむはずだ…』
 カンクロウは、我愛羅の心中を推し量り、堪らない気持になっていた。
『だが、突然、何故オートの砂は、発動しなくなったんだ?だってアレは…』
 カンクロウは、以前、夜叉丸から我愛羅を守っているのは、亡くなった母の加瑠羅の意思だと聞かされたことがあった。我愛羅は、否定したが、カンクロウは、夜叉丸が嘘を言っているとは思えなかった。
『あの話が本当なら、お袋が我愛羅を守るのをやめたってことなのか?』
 カンクロウの疑問に応えてくれる相手は、いなかった。当の我愛羅ですら、オートの砂が何故、自分の意思とは関係なしに発動するのか良くわからないらしかった。それについては、守鶴も何も答えてくれないのだという。
「我愛羅…大丈夫だ。オレがいる。このままオートの砂が発動しなければ、オレが盾となりお前を守る」
 カンクロウは、横たわる我愛羅の赤い髪を撫でるとそっと呟いた。


「…うっ…」
 我愛羅は、息苦しさに堪えかねて目覚めた。
「…お前…は…」
 自分を押さえつけているのは、兄のカンクロウだった。
「放せ…バカ…」
 我愛羅は、抵抗したが、カンクロウは、構わず我愛羅の首を絞め始めた。
「…よ…せ…やめろ」
 我愛羅は、カンクロウに抗議した。だが、目の前のカンクロウは、そんな我愛羅の抵抗を一笑した。
「お前の言いなりになるのは、もうやめだ…」
「…カンクロウ…」
「自分勝手で我が儘なお前に振り回されるのは、もう御免だ。お前なんか本当は、薄気味悪くて大嫌いだった。だが、親父の命令で仕方なくお前の世話を焼いてやった…。だが、お前は、感謝するどころかオレ達を召使か何かのように扱った。オレは、そんな傲慢なお前が、ずっと憎かった。殺してやりたいと思っていた」
 カンクロウは、徐々に力を込めながら、苦痛で顔をゆがめる我愛羅を冷然と見ていた。
「違う。お前はカンクロウなんかじゃない」
「なら、オレを誰だと言うんだ?オレは、お前の兄のカンクロウじゃん…」
「…違う。本当のカンクロウなら…そんなことは…絶対に言わない…」
 姿形は、カンクロウに似ていた。だが、目の前のカンクロウは、まるで別人のように我愛羅を殺そうとしている。
「どうした。いつものように悪態をつけよ。眼が合ったら殺すと脅せ。お前の中には、オレたち家族への憎悪があったはずだろ?それを何処に隠した?ここか?それとも、ここなのか?」
 カンクロウの指は、我愛羅の胸を切り裂き額の愛という文字を貫いた。
「うわっっ…」
 我愛羅は、砂を使ってその体を押しのけようとした。だが、一粒の砂も持ち上がらず、抗っているうちに頬を乱暴に叩かれた。
「うぐっ…」
 みるみる熱を帯びるその頬の痛みと悔しさに涙を浮かべると、もう一度、反対側の頬を叩かれた。今度は、口の傍が切れたらしく、鉄の味が口腔内に広がった。
「…痛みが欲しいなら、そう言え。いくらでも与えてやろう」
 我愛羅は、はっとした。その声は、先程までのカンクロウの声とは違い、低く鋭さを帯びていた。
「…父…さま…?」
 先程まで自分を組み敷いていたカンクロウの姿が、今度は、風影の姿に変わっていた。
「ウソだ…こんなこと…父様は、死んだはずだ…」
「お前は、オレの作った人柱力だ。…お前の全ては、オレのモノだ」
「ああっっ…」
 我愛羅は、胸の痛みに悲鳴を上げた。風影は、心臓を鷲掴みにすると引きずり出そうとしていた。
「…どうして…こんなことをするんだ…どうして…」
「オレが、お前の最大の憎しみだからだ。お前は、忘れてしまっているようだな。だから、もう一度、ここではっきりと思い出させてやる」
「…忘れたわけじゃない…だが、アンタは、すでに死んだ…死んだものを憎んでも…空しいだけだ…」
「それでも憎しみの心は、必要だ…お前が生きている限り…お前が、人柱力である限り、その憎しみを消してはならない…それが、オレには必要なのだ…そうでなければ…オレの存在が、消える…」
 我愛羅は、鉄の味のする唾液を呑み込みながら、目の前の風影の瞳の中に星形の瞳孔が光っていることに気が付いた。
「まさか…お前は…守鶴なのか…」
 風影の姿が、突然、砂の塊に変わると、驚いている我愛羅の上に崩れ落ちた。
「うわっあああっっっ」


「おい。我愛羅…大丈夫か?」
 自分の叫び声で目が覚めると、カンクロウの顔が視界一杯に広がった。そこは、我愛羅の部屋だった。
「…カンクロウ…?」
「酷いうなされ方してたぞ。…汗、びっしょりじゃないか」
「…お前は…本物…なのか?」
 我愛羅は、目の前のカンクロウを怯えた目で見ていた。
「どうした。震えているぞ」
 カンクロウは、我愛羅の手を掴もうとしたが、我愛羅は、その手を拒否した。
「……」
 夢で見た残忍なカンクロウと違って目の前のカンクロウは、心配そうに我愛羅を見ていた。
「…どうした?…よっぽど怖い夢だったようだな」
 我愛羅は、突然、先程のようにカンクロウが何ものかに豹変するのではないかとまだ、半信半疑だった。だが、目の前のカンクロウは、それ以上変化することはなかった。我愛羅は、深呼吸すると体を起こした。頭痛は、もうしなかった。カンクロウは、タオルで我愛羅の汗をそっと拭いた。
「…守鶴が夢の中に現れた…お前の姿や…父さまの姿で…」
「オレや親父の姿で?…どういうことじゃん?」
「分からないが、こんなことは初めてだ」
 守鶴は、これまで老人の声や母親の声で我愛羅に話しかけてきた。
…上手くやったじゃないか…何を気にすることがある…人殺し?笑わせるな。忍の存在自体が、人を殺すためにつくられたものだ。なにを悩むことがある…
…お前は、誰よりも強い。誰もが持ちたいと願っている力をすでに持っているし、この先、それは、お前次第で無限のものとなる。だから、その力をもっともっとうまく使え。そうすれば、誰よりも強く生きていける。この世界は、お前にひれ伏す…
…そんなに信用して…大丈夫なのか?…奴らは、お前を殺しに来た刺客かもしれないのに…心を許せば、殺されるぞ…
…もう誰にも何も期待をするな…所詮、人柱力のお前を理解する者など、どこにもいないのだから…まして風影になるための努力などもうやめろ…無駄なことだ…
…お前がオレを必要としたから出てきたのだ…
 守鶴は、幼い我愛羅を慰めたり、危険を警告したりして、迷いの中にいた我愛羅に出口を与えた。我愛羅は、その呼びかけに同調したり、反発したりしながら、導かれるように成長した。しかし、ナルトと出会ってからは、二人で交わした言葉の中に答えを見つけることが多くなった。そして、守鶴の意思を押さえ込み、チャクラだけを利用する方法を覚えた。それが、守鶴を制御する最善の策だと信じていた。
「…アイツは、オレに憎しみの心を思い出させようとしていた。オレから憎しみの心がなくなれば、自分の存在が消えると言っていた…オレの作りだす憎しみの心がアイツには、必要なのだと…」
「我愛羅…」
「オートの砂が発動しなくなったのは、多分、そのせいだ。オレの中のアイツが、消えまいとして抵抗しているんだ。だが、オレは、もう誰も憎んだりしたくない。そんなことをするぐらいなら、オレを必要としてくれる者たちを愛してやりたいし…守ってやりたい。その方が、ずっと幸せだということが分かったから…」
 我愛羅は、自分の拳を握り締めていた。
「オレもチヨバアから尾獣は、憎しみの塊だと聞いたことがある。人柱力と共鳴して姿を現すため、憎しみの心が強い程、巨大化して凶暴になると言っていた。お前が憎しみを捨てようとしていることで、アイツは、もがいているんだろう。だけど、今更、お前が闇の世界に戻る必要はない。お前は、正しいし、守鶴のたわごとなんかに耳を貸すことはない」
 カンクロウは、我愛羅の頬に流れる一筋の涙を指で拭うとその震える体を抱きしめた。

 
 翌日、砂漠基地に新しい討伐隊が着任した。
「特別上忍の四人を紹介する。隊長のカワスナ、そして、アカダマ、フヨウ、セッカイだ」
 部隊長のイサゴから、紹介されると四人は、憮然とした表情で基地内の隊員たちを見渡した。多くの隊員たちは、その姿に以前ここにいた‘西の砂漠の四忍’のことを思い出していた。カンクロウは、転任者たちの顔に見覚えがあった。いずれもこれまで数々の暴動を鎮圧してきたスペシャリスト達だった。
「奴らがここに派遣されたってことは、西の砂漠で何かヤバいことがあったってことなのか?」
 同様の言葉が、彼らを知る者たちからも囁かれていた。
『部隊長が、あのイサゴでよかったぞ…。今の我愛羅の状態は、普通じゃない』
 カンクロウは、我愛羅の身に起こっている異変について、今朝早くイサゴに報告していた。そして、当分は、基地から出せない状態だと念押しした。
「そうだ。確認しておくことがあるじゃん」
 カンクロウは、我愛羅の手を引っ張ると、廊下に連れ出した。
「一体何だ?」
 我愛羅は、怪訝な顔でカンクロウを睨んだ。
「お前…自分自身のチャクラの方は、扱えるのか?」
「……」
「オートの砂は、意思とは関係ないなら、お前の意思で扱うチャクラは、どうなんだ?」
「…大技は分からないが、普通程度の術なら問題ないと思うが…」
「あいまいだな。…ちょっと来い」
 カンクロウは、そのまま裏口から外に出ると、我愛羅を砂漠に連れ出した。
「ほら…なんでもいいからやって見せろ」
「……」
 カンクロウは、我愛羅の状況を確認したかった。それは、護衛する自分にとって重大な問題だった。事と次第によっては、我愛羅のこれからの任務全般に関わった。
「……」
 我愛羅も本当は、カンクロウに言われるまでもなく今の自分の状態を確かめたかった。オートの砂を守鶴が阻んでいるのなら、我愛羅自身が操っているチャクラについても守鶴が、干渉してくる可能性があった。我愛羅は、印を結ぶと自分の青いチャクラを練り上げた。
「はぁあああ・・・っ」
 砂漠の砂が下から沸き上がる様に持ちあがると、見る見る大きな砂の波を作り、遥か向こうの砂丘を押し流した。
「す…すげぇ…」
「…なんだ、お前ら…いつの間に…」
 カンクロウは、自分の後ろに居る大勢の隊員達に気が付いた。皆、口を開け、目を丸くしていた。我愛羅は、続けて砂で大きな怪腕を作った。それは、海に住む巨大な生き物のように、砂漠を自在にうごめいた。そして、空を飛ぶ鳥を見つけると、今度は、細く長く砂を伸ばしてその鳥とスピードを競った。皆、言葉を失い茫然と空を見上げていた。
「わ…分かった。もういい……全然大丈夫…じゃん…」
 カンクロウは、守鶴のチャクラを使わずに我愛羅が、ここまでチャクラを引き出せることに正直驚いていた。修業次第で操れるチャクラの量は変わるが、長年、守鶴と共鳴してきた我愛羅には自力でかなりのチャクラを溜め込むことができるようになっていた。振り返った我愛羅を待っていたのは、大きな拍手だった。
「凄いよ。我愛羅さま」
「さすがは、砂瀑の我愛羅だな」
「参ったな。こりゃ…次元が違い過ぎるぜ」
 口々に皆が、我愛羅を誉め讃えていた。しかし、我愛羅の表情は、暗かった。
「おい。我愛羅…どうした。あれだけ使えれば、大丈夫だろ?」
「…やはり守鶴が、邪魔をしている」
「えっ?あれでかよ…?」
 カンクロウは、我愛羅が不満そうに呟いた言葉に呆れていた。
「オレは、十分すぎると思ったけど…お前にとっては違うのか?」
「……」
 我愛羅は、何も言わずに基地に戻って行った。カンクロウは、慌てて我愛羅の後を追いかけた。
「待てよ。お前が、守鶴なしでも強いのは分かったじゃん。だが、オートの砂が発動しない間は、やっぱり危険な事に変わりはない。お前が嫌がったってオレは、ずっと側にいるからな」
「……」
「オレだって接近戦は苦手だが、体術ならお前よりはマシじゃん。…腕力もあるし、脚力だって鍛えてあるし…」
 カンクロウは、我愛羅の背後からそう言った。
「だから、オレが砂漠基地に赴任してよかったじゃん」
「…頼りにしている…」
 我愛羅が、振り返るとカンクロウは、やっと満足そうに笑った。自分が我愛羅に必要とされている…それを確かめたかったカンクロウだった。

<続く>


小説目次  「辺境警備9-2〜反乱2」

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