辺境警備8-2〜塵旋風


セキの願い

「オレ、‘砂瀑の我愛羅’にお願いがあるんです」
 彼らは、食堂に集まっていた。我愛羅の正面にはセキが座っていた。
「なんだ、改まって」
 セキは、いつになく真顔だった。
「オレ、あなたにどうしても‘風影’になって欲しいんです」
「……」
 我愛羅は、自分が風影を目指していることをまだ基地の誰にも言っていなかった。
「オレ達の先祖は、昔、砂の里に住んでいたんです」
「……」
「でも、忍界大戦が終わるとこの変身能力のせいで迫害されるようになったそうです。今は、あちこちの砂漠に住んでますが、本当は、もう一度、砂の里に住みたいんです。だから人柱力である‘砂瀑の我愛羅’が風影になれば、オレ達一族への偏見も変わると思うんです。だからオレ、もしも‘砂瀑の我愛羅’に会えたら、このことをお願いしようと思ってたんです。そしたら、アカゲが‘砂瀑の我愛羅’だって言うから…」 
「それで慌てて村に帰ったのか」
 セキは、サテツの言葉に何度も頷いた。我愛羅は、セキが行き先も告げずに突然いなくなった理由を理解した。
「長老たちは何と?」
「‘砂瀑の我愛羅’に会いに来るそうです。風の国の砂漠には、まだまだいろんな能力を持った一族が隠れ住んでいます。忍になりたい者も大勢います。でも、砂隠れはやっぱり砂の里を中心に動いているから…オレ達は、いつまでも砂漠に置き去りにされたままなんです」
 我愛羅は、涙目で懇願するセキを真っ直ぐに見つめていた。そして、その手を握ってこういった。
「セキ…オレは、長い間、ずっと一人ぼっちだと思っていた。人柱力は、この国にオレだけだったからな。オレは人々に避けられ…畏怖され…誰にも理解してもらえず苦しかった。ただ忌み嫌われるだけの存在なのだと考えたとき、オレは、生きている意味すら見失いそうになった。だから砂の里を怨み、オレを傷つけた人々を憎み…砂隠れを滅ぼしてやりたいと考えた。…だが、木ノ葉崩しがきっかけで木ノ葉隠れの人柱力と出会った。そして、オレは、自分の生き方を変えた。オレが人柱力として生まれたのは、大切な人たちを守るためだとやっとわかった。そして、この里に繋がり生きる為に兵器としてではなく、砂隠れの‘風影’として人々に必要とされる存在になりたいと考えたんだ」
「…我愛羅」
「オレは、まだその小さな一歩を踏み出したばかりだ。だが、‘西の砂漠の四忍’がオレに託してくれたことに応えるためにも…オレは、諦めずに努力し続けたいと思っている」
「オレ…オレ…」
 セキは、それ以上は言葉にできないままテーブルに突っ伏し子供のように泣いた。
「よかったな、セキ。いつかきっとお前の一族も砂の里に帰れるぞ」
「お前、顔洗って来いよ。涙と鼻水と砂埃でぐちゃぐちゃだぞ」
 サテツとツブサは、大泣きしているセキにタオルを渡した。セキは、泣き笑いしながら立ち上がった。そして、向きを変えた途端に黒い物体にぶつかった。
「痛てぇじゃん」
「お前…」
 突然、現れたカンクロウに驚いたのは、我愛羅だった。
「よう。我愛…じゃなかった、アカゲ…元気だったか!?」
「我愛羅でいい」
「ん?…なんだ。もう正体がばれてるのか。思ったより早かったじゃん。…で、なんでアイツ、泣いてるんだ?」
 洗面所に走り去るセキを指差すと、カンクロウは、自分の忍服の前が鼻水で汚れていることに気が付いた。
「うわっ。汚ねぇ。アイツ…オレの服で顔拭きやがったな」
 カンクロウは、自分も埃だらけなのを棚に上げ文句を言った。そして、空席となった我愛羅の前に座った。
「あっ…オレ、お飲み物お持ちしますね」
 すかさず立ち上がったのは、ツブサだった。サテツは、如才ないその反応に苦笑した。
「どうなってるんだ、一体」
 カンクロウは、短い間に雰囲気が変わった基地の様子に首をかしげた。
「…そんなことより、何故ここに来た?」
 我愛羅は、二週間前に姿を見せたばかりのカンクロウが、また砂漠基地を訪れたことを不思議に思った。今回は、誰かの随行というわけでもなさそうだ。
「お前が、来いって連絡をくれたからに決まってるじゃん。ほらコレ」
 カンクロウは、テマリから預かった金塊の入った布袋を取り出すと我愛羅に渡した。
「わざわざ持参したのか?」
「ってことは、やっぱり『支援を要す』が本物で『応援を要す』は偽物ってことじゃん。お前が、オレ達に助けを求めるなんてありえないから変だとは思ったけどな」
「応援を要す?」
 カンクロウは、バキのもとに二つの暗号が届いていたことを我愛羅に話した。すると我愛羅が、怪訝な顔をした。
「『支援を要す』以外の暗号は、届いてないのか?」
「えっ?どういうことじゃん。他にも何かあったのか?バキは、何も言ってなかったじゃん」
「………」
 我愛羅は、カンクロウから目をそらすと黙り込んだ。わずかに頬が赤くなっていた。 
「あっ。お前…もしかして…木ノ葉のアイツにラブレ…」
「黙れ」
「おっ、久しぶりじゃん。我愛羅のそのセリフ」
「……」
「でも、大変じゃん。他の奴に見られたらそれこそ」
「殺すぞ」
「わ…わかったって。悪かったよ。もう冷やかさないからそう睨むなよ」
 仲間たちと話すときと違って兄であるカンクロウと話す我愛羅の表情は、どこか子どもっぽかった。我愛羅を目の前にしてカンクロウもまた始終、目じりを下げて嬉しそうに笑っていた。その様子をサテツは、やれやれと言った顔で、ツブサは、羨望のまなざしで見ていた。


 我愛羅とカンクロウは、来賓室で待つバキの元に行くと、そこでウエシタが話した告白を聞いた。我愛羅は、ウエシタをそれ程までに追い詰めたことに自責の念を感じたが、全てはもはや過去の出来事だった。
「カンクロウ。義手でチャクラを練る方法を知らないか?」
「ないこともないが、なんでそんなこと聞く?」
「チャクラが練れるようになれば、ウエシタは、ミギとヒダリが転生した妖獣を口寄せできる」
「我愛羅。償いのつもりかもしれないが、ウエシタは、もう二度と双子を戦闘に駆り出すつもりはないんだ。これ以上子どもたちを傷つけたくないと言っていたからな」
 バキは、我愛羅がもう一度ウエシタに名誉挽回のチャンスを与えようとしているのだと考えた。だが、我愛羅は、首を横に振った。
「砂漠は、砂と空以外何もないところだ。ウエシタは、この先ずっと一人で砂漠基地にいる。…それでは、あまりに寂しすぎる…」
 我愛羅は、ウエシタを双子に再び会わせてやりたいと考えていた。それは、自分に関わったために命を落とした双子への贖罪でもあった。
「…わかったよ。オレが何とかするじゃん」
 カンクロウは、我愛羅の心情を理解するとその頼みを引き受けた。それは、我愛羅が憎しみを昇華し慈愛に変えた瞬間でもあった。
『夜叉丸…アンタの我愛羅が、また一歩風影に近づいたよ…』
 バキは、我愛羅がわずか一ヶ月の間に見せた人としての成長に大いに満足するとカンクロウの方を見て頷いた。


 2日後、砂漠に住む一族の代表達が、我愛羅を訪ねた。
「長老のブッポウソウです。セキに聞いて急いで馳せ参じた次第です。我々の祖先が残した記録の中に‘尾獣を制した人柱力が治める世が来る時、ジンの末裔たちも里に帰る’という一文があります。‘砂瀑の我愛羅’あなたが風影になる夢をお持ちなら我々一族に是非協力させてください。まもなく行われる里の上役選挙にあなたを押すバキさんが、出馬されるとか。我々はバキさんに一票を投じたいと考えてます」
 思いがけない提案に我愛羅とバキは、その一団を見渡した。12人の代表達にはそれぞれ200人前後の忍たちが配下にいると長老は語った。しかし、バキは、首を横に振った。
「せっかくの申し出だが、オレには投票しないで欲しい。オレの方の票はすでに足りている。我愛羅が、木ノ葉崩しで亡くなった砂忍たちの遺骨を返還させた件で砂隠れの遺族会がオレを支持してくれることになっている。また、二週間前の卒業試験会場での一件でアカデミーの同窓会も支援者となった。全ては、ここに居る我愛羅が集めた票だ」
「では、我々の協力は受けられないとおっしゃるのですか?」
「バキ、2400票だぞ。それを断る手はないはずじゃん」
「まて。カンクロウ。ここからが提案だ。砂漠に住むジンの一族から代表を出し上役につけてもらいたい。これからの3年間、毎年一人ずつだ。そして、合計3人を上役の座に据えるのだ。その際、我愛羅を風影に押すことは秘密だ」
「それって、どういうことじゃん?」
「合議制会議を我愛羅を押す者たちで掌握するためだ。いいか、よく聞いてくれ。ここからは、算術だ。まず9人の上役達がいる。現状は、風使いが4人、傀儡使いが2人、そして砂使いが3人だ。そして、今年、それぞれ1人ずつ任期が切れる。このままでいくと今回は、風、傀儡、オレ、ガレキ一派、あんた達砂漠の一族、この五人で三つの椅子を争う事になるはずだ。基礎票からすれば、風、オレ、砂漠の代表が当選するだろう。そして、あんた達砂漠の一族が沈黙を守ることで、オレは、風使いや傀儡使いと協力して共通の敵となるガレキを牽制できるはずだ」
「我々を最後の隠し玉として使うのですね」
「そうだ。イレギュラーなあんた達の存在が重要なカギだ。そして、必ずオレ達は、三年後の上役選挙までに我愛羅を風影に擁立する」
 バキの提案に長老達は頷いた。上役は、それぞれの勢力の代表だったが、合議制会議での発言権や既得権の為には時に共闘することもあった。そして、最終的に誰を風影に選定するかは上役個人の判断に委ねられていた。長老たちは、我愛羅にひざまずくと改めて協力することを誓った。我愛羅は、長老であるブッポウソウの顔に刻まれたしわの深さにこれまでの苦悩の歳月を読み取った。
「長老の誠意に心からの感謝を」
 我愛羅は、長老の手を取るとセキに約束したように彼ら一族が砂の里に帰ってこられるよう尽力することを誓った。

 砂丘の上で遠ざかる一行を見送りながらカンクロウは、ふとバキに質問した。
「なぁ、2400票もあるなら一層2人代表を立てた方が、決着が早まったんじゃないのか?」
 バキは、諭すようにカンクロウに言った。
「覚えておけカンクロウ。彼らは、あくまで協力者だ。勝ち過ぎてはならん。それでは、新たな勢力を誕生させてしまうからな。利用しても決して油断はするな」
「ちっ、また政治か。大人のやることってのは汚ねぇじゃん」
「お前も我愛羅の補佐をするつもりなら政治を学べ。いつまでもガキのままでは風影になる我愛羅の足手まといだ」
「くそっ。誰が足手まといだと?見てろよ…」
「ふん。期待してるぞ。お前の努力にも」
 カンクロウは、バキに鼻であしらわれ憤慨した。そして、少し離れた場所で一行を見送る我愛羅の表情を見た。我愛羅は、砂丘を吹き抜ける風に赤い髪をなぶられながら泰然と立っていた。いつの間にか大勢の者たちから、風影になることを望まれている。初めは、我愛羅自身が砂隠れに繋がり生きる為の選択だったが、砂漠基地に来て1人また1人と我愛羅の夢に自分たちの未来や希望を重ねるものが集まり始めた。
『我愛羅…お前は、やっぱりすごい忍だよ』
 1人の下忍として砂漠基地に赴いた我愛羅の努力が、少しずつ周囲に認められ大きく実を結び始めている。カンクロウは、それを実感すると無性に嬉しくなっていた。そして、何があっても我愛羅の右側に立つのは自分だと決意を固めたのだった。


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