辺境警備8-1〜塵旋風


熱砂を超えて

「シムーンだ!!全員、砂中に潜れ!!急いで頭上にチャクラでバリアを張るんだ!!」
 前方にシムーンを発見すると小隊長のアリが叫んだ。砂漠パトロールから帰還した各小隊を出迎えたのは、熱風を伴った砂嵐だった。
「な…なんなんだよ。これ…」
 初めてシムーンの実物を見たツチノは、足が震えて動けなくなっていた。
「ば…ばか!!これが、シムーンだよ。潜るんだよ。砂に早く!」
 オアシスで生活していたカシケは、その危険性について両親から口うるさく聞かされていた。カシケは、怯えるツチノを引っ張ると急いで砂に身を隠そうとした。しかし、慣れていないため周りの忍たちのように全身をうまく隠すことができなかった。
「バカ!!何やってるんだ。お前ら!尻出してたら、砂にされちまうぞ」
 もぞもぞと砂に溺れている二人を見つけたギリスは、彼らの体を抱えると慌ててバリアを張った。
「どこまで持つかわからんが…とにかく辛抱するんだ」
「もしバリアが破られたら…オレたちどうなるんですか!?」
「そん時は死ぬ」
「えっー!!そ…そんな…」
 ツチノとカシケは、第三中央方面砂漠部隊基地に着任したばかりだった。二人は、幼少時の我愛羅を知っていたため、あれこれと良からぬ噂を広めては、平和な砂漠基地をかき乱していた。
「来るぞ。口と目を閉じろ!」
 ギリスは、二人に命令するとチャクラを強化して衝撃にそなえた。
「……」
「……」
「……」
「……?」
「……?」
「…あれ?…来ないな」
「バカ。まだ動くな!!」
 彼らは、しばらく身を伏せたままじっとしていたが、いっこうにシムーンが通り過ぎる様子はなかった。
「どういうことだ?」
 ギリスは、バリアを解くと砂の中から立ち上がった。ツチノとカシケも顔を上げた。
「…これは…」
「…星空?」
「…えっ?今…まだ夕方ですよね…」
 彼らは、キラキラと星の輝く空間の中にいた。同じように砂の中から顔を出した忍たちは、皆、茫然として頭上を覆う宇宙を見上げていた。
「これは、砂のドームだ」
 壁に近づき触って確認した者たちの口から洩れた言葉にどよめきが起こった。やがて、光が天頂部分から差し込むと、砂の壁は半球形にゆっくりと滑り落ち青空がのぞき始めた。
「星だと思ったのは砂の中の石英と砂金だったのか…」
「こんなことが出来るのは…」
 皆の視線は、中心部に立っている我愛羅に注がれた。我愛羅は、頭上に伸ばした両手を静かに下ろした。
「我愛羅さま!」
「大丈夫か!?」
 倒れそうな我愛羅を支えたのはサテツとツブサだった。
「…チャクラを一度に使い過ぎた」
 シムーンに襲われる直前、我愛羅は、砂分身を崩してパトロール隊と自分たちを覆う巨大なドームを作った。シムーンは、その直後に通り過ぎたため忍たちは気づく間もなかった。
「あの戦闘の最中にパトロール隊の方にも気を回したっていうのか…」
「凄いです。さすがです。‘砂瀑の我愛羅’本当にすごい!!」
 サテツに支えられながら、我愛羅は立ち上がった。その姿を見た基地の忍たちは、歓声を上げ拍手をした。
「やるね。あの新入り」
「また、アカゲに助けられたよ」
「おい。我愛羅様だよ。我愛羅様」
「そうだった。すまん、すまん」
 二度目の奇跡に遭遇した忍たちは誇らしげに顔を輝かせた。
「我愛羅がオレ達を救ったってのか?」
「砂のバケモノが、人助けしたのか」
 ツチノとカシケは、称賛を浴びる我愛羅を遠巻きに見ながら呆然としていた。
「お前ら、今度、我愛羅さまの悪口を言ったら、毒サソリのいる洞窟に放り込むからな。覚えておけ」
 ギリスは、二人の頭を小突くと大声で笑った。
「灰色オオカミもシムーンに驚いて何処かに行ってしまったようだな」
 サテツは、姿を消した敵を振り返った。
『…ミギとヒダリも慌てていたようだが…』
 我愛羅は、砂分身を崩す寸前にすでに双子の姿が見えなくなっていたことに気が付いていた。
「引き上げるぞ」
 辺りがいつもの静けさを取り戻すとパトロール隊は、隊列を整えて一斉に基地に向かった。
「おい。なんだよ。これ…でっかい砂像があるぞ」
「オオカミ?」
 砂像は、基地に背を向け両足で立ち上がった恰好で固まっていた。
「これって…もしかしてウエシタ部隊長の灰色オオカミじゃないのか!?」
 誰かがその話を持ち出すと、人々がその周りに集まって来た。その様子にサテツ達も気が付いた。
「あれは…」
「さっき、我愛羅さまと戦っていたあの灰色オオカミですよね」
「…ミギとヒダリ…」
 我愛羅は、突然姿を消した双子が基地の側で再び巨大化しシムーンに立ちはだかったことを知った。
「ウエシタがいるこの基地を守ろうとしたんだ」
…今のうちに僕らを殺してください…
…お願いです…
 分解し元の姿に戻った瞬間、双子は、我愛羅に懇願した。彼らは、自ら我愛羅の砂手裏剣を目に受け合体を解いた。そして、父親を守るために再び融合したのだった。
「…双子にとっては、ウエシタこそが最も大切な存在だったんだ」 
 我愛羅は、砂像の下に落ちている二つのクナイを拾った。貼り付いていた札は、シムーンに焼かれ跡形もなかった。
「サテツさん。あれ…セキですよ」
 ツブサは、上空を見上げるとゴマ粒大の黒い点を指差した。
「何?セキだと?」
 サテツは、目を凝らしたが、すぐには確認できなかった。やがて、それは誰もが目視できる大きさとなり基地に舞い降りた。砂地に降りると緑のインコは、人間の姿に戻った。
「セキ、お前、一体何処にいたんだよ。突然、いなくなりやがって!!」
「えっ!?もしかしてオレのこと心配してくれてたとか?」
「当たり前だろ。黙って脱走しやがって…」
「ご…ごめん。オレ、嬉しくて興奮してたから…」
 基地を飛び出して四日ぶりに姿を見せたセキは、サテツの叱責に平謝りした。そして、隣にいる我愛羅に気が付くと姿勢を正して一礼した。
「アカゲ…じゃなくて‘砂瀑の我愛羅’…生きてる間にあなたに会えるなんて光栄です。だから、オレ、長老たちに報告に行ってたんです」
「長老に報告?」
「ええ。あなたがここにいるって…」
 我愛羅を見るセキの瞳は、輝いていた。それは、野心を持つツブサとはまた違った反応だった。
「ともかく話は中で聞こう。我愛羅は、チャクラを大量に使ったばかりで立ってるのもやっとだ。セキ…お前も一息入れろ」
 サテツは、我愛羅に肩を貸したまま基地の中に入った。ツブサは、事態が呑み込めずキョロキョロしているセキの手を引っ張るとサテツの後を追った。

罪と罰

「でっかいオブジェだな。ここの奴らってよっぽど暇じゃん」
 夕方、カンクロウとバキは、第三中央方面砂漠部隊基地に到着した。そして、基地の玄関前にそびえ立つ巨大な砂像を見上げていた。
「オオカミか…。結構、リアルに作り込んでるじゃん」
 カンクロウは、触って確認しようとした。
「やめとけ。それは、シムーンで焼かれた本物の死骸だ。触ると崩れるぞ」
「死骸…?」
 バキは、ひと目見るなりその砂像の正体を見抜いた。かつて砂漠基地に勤務した際に何度も目にしたものだった。カンクロウは、伸ばした手を慌てて引っ込めた。
「砂漠にはこんなでかい砂オオカミがいるのか。すごいじゃん」
「口寄せ獣かもしれん」
 バキは、それが、以前ウエシタが口寄せしていた妖獣の灰色オオカミに良く似ていることに気がついた。
「お前…」
 その足元には、ウエシタが、変わり果てた姿でうずくまっていた。
「…こんな無様な姿をよりによって一番見られたくないお前に見られるとはな…オレは、つくづくついてない」
 ウエシタは、憔悴しきっていた。バキは、砂像を見ているカンクロウに先に我愛羅のところに行くように叫んだ。それから、ウエシタの横に腰を下ろした。
「何があった?」
「……」
「この砂像…お前が口寄せした灰色オオカミなのか?!」
 ウエシタは、直ぐ横にあった砂像を見上げると首を横に振った。
「これは、ミギとヒダリだ。オレが欲を張ったばかりに…無理やり穢土転生させられて我愛羅と戦わせられたんだ。そして、最後は、オレを守るためにシムーンに焼かれた」
「ミギとヒダリは血継限界だったのか…」
「妻のナナメが、ジンの末裔と呼ばれる一族の出身だったんだ。忍界大戦の最中、知り合って…間もなく双子を産んで亡くなった。オレは、その後、戦場でナナメの幻にあったんだ。自分を口寄せしろと言うので試しにやってみたらそれからあの灰色オオカミが現れるようになったんだ」
「なら…あの時我愛羅が引き裂いた灰色オオカミというのは…」
「死後、妖獣に転生した妻のナナメだった」
「ウエシタ…」
「我愛羅は、オレから何もかも奪った。ミギもヒダリもナナメもオレの忍としての人生も…憎かった…許せなかった。だが、所詮敵わないと知りオレは、一旦は復讐をあきらめた。…そこに我愛羅が赴任して来たんだ。そして、見計らったように反四代目派の使いの者たちが来た。合議制会議の一員に推薦してやる代わりに、我愛羅を差し出せと言った。オレは、我愛羅への恨みとお前への対抗心から契約書にサインをした」
「お前に接触してきた者たちの名は!?」
「赤砂のサソリだ」
「サソリ?…傀儡使いの?」
「ああ。眼鏡をかけたカブトという手下を連れていた」
「薬師カブトか!?」
「知っているのか?」
「薬師カブトは、音隠れの大蛇丸の手下だ。大蛇丸は、四代目を謀殺し、あの木ノ葉崩しを起こした張本人だ」
「まさか…」
「双子は、穢土転生されたといったな。あの術には本人たちの肉体が必要だ」
「…じゃあ、ミギとヒダリを殺したのは…奴らだと?そんな…ばかな…ウソだ」
「はめられたんだよ。お前は大蛇丸たちに…」
 ウエシタは、事の真相を知り愕然とした。あろうことか息子たちの仇に協力し、砂漠基地を危険にさらしてしまったのだ。
…ミギ、ヒダリなぜここに居る。我愛羅と戦っているんじゃなかったのか!!…
…父さん、基地内に戻ってください。間もなくここにシムーンが来ます…
…シムーンだと?ならお前たちこそ逃げろ!!そんなところにいては危険だ!!…
…僕たちは、父さんを守るために戻って来たんです…
…ミギ!ヒダリ!!…
 ウエシタは、巨大化し自分を守るようにシムーンに立ちはだかる双子の姿を目の前で見た。シムーンに焼かれ見る見る砂に変わる灰色オオカミは、最後の最後まで尻尾で父親を守ろうとして息絶えた。穢土転生は、その瞬間に解け双子の魂は、昇天した。後には、塵芥でできた灰色オオカミの砂像が残った。
「済まない。ミギ…ヒダリ…許してくれ」
 ウエシタは、砂像に取りすがって泣いた。だが、全ては遅かった


                             


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