辺境警備7-2〜塵旋風


兄弟の絆

 「遠いじゃん…」
 日没後、カンクロウとバキは、洞窟で野営をしていた。二週間前、カンクロウは、その砂漠を往来したばかりだった。
「信じられるか!?。我愛羅が基地の皆に飯を配ってるんだぞ」
「…いろいろ珍しいものを見てきたようだな」
「アイツ…偽名を使ってるんだ…アカゲ…とか言ったな」
「ああ。サテツからの報告書で読んだ。ウエシタ部隊長がつけたらしい」
 移動中、バキは、カンクロウに我愛羅の変貌ぶりをあれこれと聞かされていた。
『ウエシタの心情もわからんでもない。…少々無理な異動だったが、受け入れてもらうしかない』
 バキは、我愛羅とウエシタの因縁をよく知っていたが、その砂漠基地に我愛羅を配属させるように決定したのは合議制会議だった。
「いずれにせよ上手くやっているならよかったじゃないか」
「ああ。きっとバキも仰天するじゃん。砂漠基地では、親しい仲間もできたらしい」
「ほぉ。それは、大した進歩だな…」
 バキは、砂の使節団として木ノ葉を訪問した際に見た同世代の木ノ葉の子供たちと親しげに会話している我愛羅に驚嘆した。中でも、うずまきナルトと肩を寄せ合うようにして過ごす様子には別人を見ているような錯覚を覚えたほどだった。
「なぁ、カンクロウ。あの我愛羅をこれほど変えた木ノ葉のうずまきナルトとは一体何者なんだ?」
 バキがその少年を初めて見かけたのは、確か中忍選抜試験の会場だった。
「ナルトは、木ノ葉の人柱力なんだ。アイツの中には、九尾が封印されているらしい」
「…九尾の人柱力か…」
「我愛羅は、アイツに会うために木ノ葉の支援作戦に参加したんだ。留学中の三か月、アイツら、ウソみたいに仲が良かったよ。ずっと一緒だった。…そこでアイツは、風影を目指す決心をしたんだ」
「あの人を寄せ付けなかった我愛羅を他里の人柱力がな…」
 バキは、砂漠で見た二人の姿をカンクロウの話と重ねると改めて我愛羅の変容について思いを馳せた。
「我愛羅だけじゃない。オレやテマリもあのうずまきナルトに救われたんだ」
 カンクロウは、クナイで焚火をかき回しながら立ち上る火の粉を見上げた。
「我愛羅は、ナルトに出会うことで共感するという感情を知ったんだ。それから、オレ達の事も受け入れられるようになった。風影になりたいと言い出したのは、あのうずまきナルトが火影を目指すからなんだ」
「カンクロウ…」
「オレ達は、家族だったが、我愛羅の事を何一つとしてわかっていなかった。アイツは、ずっと一人ぼっちだったんだ。オレは、長い間、気づかない振りをしていた。我愛羅に関わろうとしなかった。兄貴のくせに弟の苦しみや哀しみに目を反らしてきたんだ。だけど、うずまきナルトは違った。あいつは、同じ人柱力として一瞬で我愛羅の孤独を理解し涙を流したんだ。オレたちは、ずっと我愛羅の側にいたのに誰一人として我愛羅の為に泣いてやろうとはしなかった。なのにナルトは…。我愛羅がオレに心を閉ざすのは当然だった。こんな兄貴なんて…いなくても同じじゃん」
「自分を責めるな。カンクロウ。オレは、知ってるよ。それでも、お前が、我愛羅を一生懸命守ろうとしていたことを…。砂漠に我愛羅が失踪した時だって、お前は真っ先に捜索隊に志願した。守鶴化した後、ぐったりした我愛羅をお前とテマリがいつも抱きかかえて帰って来た。お前たちは、我愛羅に拒否されてもずっと側でアイツを見守って来た。今だってそうだ。我愛羅は、お前たちがいたからこそ今日まで人柱力として生き残ってこれたんだ。…それは、我愛羅にも分かってる」
「バキ…」
「なぁ、カンクロウ…オレは、砂漠で我愛羅と約束した。アイツが、四代目が与えたろくでもない運命から抜け出すのを見届けると。そして、我愛羅は、その方法を木ノ葉で見つけた。父親と同じ風影になることだ。つくづく運命とは不思議なものだな」
「…運命…か」
 カンクロウは、頭上に輝く満天の星を見上げた。
「アンドロメダが見える」
 その言葉にバキは、昔、夜叉丸から聞いた星座の話を思い出した。
「あの銀河には母親の慢心により海の怪物の生贄とされたされた王女の名がついている。だが、王女は、危ないところをペガサスに乗った英雄によって救い出されるんだ」
「…英雄か」
「そして、二人は恋人同士になる…お決まりのパターンだな」
「もしも王女の名がガアラだとしたら…」
「まぁ、英雄の名がオレたちじゃないのは確かだな」
「…面白くもない例えだ。もう寝る」
「ああ。明日も夜明け前に出発する。夕方までには、砂漠基地に着くはずだ」
 あくびをするカンクロウの横でバキは、固形燃料を焚火に追加した。夜が更けるにつれ砂漠の気温は、急速に下がった。風の音を聞きながら、バキは、三姉弟のそれぞれの思いを反芻していた。


砂の侵入者

 翌日、サテツ小隊の三人は、再びパトロールに出かけた。相変わらず砂漠には青い空と大量の砂があるだけで、彼らはただそこで時間が過ぎ去るのを待っていた。
「まぁ、基地にいるより気分転換にはなるかな」
「こんなサボテンも生えてないようなところ、見回るだけ無駄ですよ。そう思いませんか?我愛羅様」
 ツブサは、我愛羅の正体を知って以来、丁寧語で話すようになっていた。
「以前のようにアカゲでいい」
「とんでもない。風影様のご子息にそんな失礼なことできませんよ」
「……」
 恐縮するツブサに我愛羅もそれ以上は、何も言わなかった。
「他の連中もおそらく似たようなものだろうな。許してやってくれ…」
 サテツの言葉にツブサは、何度も頷いた。我愛羅にとっては、畏怖されるよりマシな反応だった。
「あっ…シムーンだ」
 ツブサが指さした方向にうっすらと砂埃が立ち上っていた。
「イレギュラーなヤツですね。まだ遠いですが、そのうちこっちに向かってくるかもしれません。用心してください」
「厄介だな…。パトロール隊の帰還時と重ならなきゃいいが…」
 パトロール隊にはシムーンの周期表が配られてはいたが、突発的なものは別だった。一端シムーンに巻き込まれてしまえば、その破壊力の前に成すすべはなく、後は絶望的な結果が待ち受けている。
「まぁ、古参は、十分対処の仕方を心得ているから大丈夫だろうが、今回は、新入りが多いからな」
「…オレも一度、シムーンに巻き込まれたことがある」
「我愛羅様が?古参でさえ三人に一人は、ヤバいってのに…さすがですね」
 ツブサは、10も年下の我愛羅に尊敬のまなざしを送った。
「まぁ今回は、オレにお任せください。視力だけは自信がありますから。シムーンは、狂暴ですが避難する十分な時間さえ確保できれば、どうってことはありません。御身、お守りいたします」
 ツブサは、すっかり我愛羅の護衛気分だった。我愛羅は、年下の存在として接してくれていた頃にはもう戻れないのだと知った。当のツブサは、そんな我愛羅の気も知らずむしろ‘砂瀑の我愛羅’の側近になったことを喜んでいた。以前、基地を訪れたカンクロウ以上の大物が傍にいた事、それは、ツブサにとっては嬉しい誤算だった。
「お前、我愛羅に取り入って砂の里に帰ろうとしてるだろ」
 サテツは、ツブサの耳元で囁いた。
「サテツさん。オレの邪魔しないでくださいね。オレは、我愛羅様の護衛として何処までもついて行くって決めたんですから」
 セキ以上のその懐きぶりにサテツは呆れた。だが、ツブサのように我愛羅を好意的に慕う者たちが、身近に増えていくことは我愛羅にとっても良いことだと思った。
「そろそろ基地に引き上げるとするか」
 日が傾き始めた頃、三人は踵を返した。
「待ってください。なんかあそこに…」
 ツブサが、砂丘の向こう側に異変を感じ指差した。
「人?」
 サテツも目を凝らしたが、なにも見えなかった。
「こっちにものすごい勢いで向かって来てますよ!」
「シムーンなのか?」
「違う。あれは…」
 ツブサに続いて異常を感知したのは、我愛羅だった。
「今すぐここから逃げろ!!」
「逃げろって…うわっ!!なんなんだよあれ!!」
 ツブサは、前方を見て悲鳴を上げた。二つの物体が、加速しながら接近していた。
「灰色オオカミ?」
「来い!!ツブサ」
 サテツは、ツブサを引っ張ると砂丘の影に隠れた。
「ちょっとちょっとサテツさん。毎回毎回、オレ達、隠れてばっかりで少しは我愛羅様をバックアップしなくていいんですか?一応、サテツさんは、小隊長で中忍なんだし、オレだって護衛…」
「やめとけ。アイツは、砂隠れ最強の‘砂瀑の我愛羅’だぞ。オレ達にできる事は、せいぜい足手まといにならないことだけだ」
「それはそうですけど…」
 目の前で始まった戦闘にツブサは目を丸くした。我愛羅は、背負ったひょうたんから砂を吐き出し、襲いかかる二頭の灰色オオカミを迎え撃った。
「あの灰色オオカミは…口寄せ獣ですか?」
「いや…おそらく、西の砂漠の四忍やセキと同じ血継限界の忍が変身したものだ」
「でも灰色オオカミって言ったらあのウエシタ部隊長の口寄せ獣の事ですよね。なんでここに…しかも二頭も…」
 目の前では我愛羅の砂を巧みにかわしながら元に喰らいつこうとする二頭の灰色オオカミが、牙をむいていた。
「双子の灰色オオカミ…」
 サテツの脳裏に一つの考えが浮かんだが、すぐにその眼は目の前で起こっている出来事にかき消された。二頭は、胴体の一部を癒着させるとたちまち二倍のサイズに拡大した。動きと破壊力は、更にその倍になった。
「合体したのか」
 さすがの我愛羅も驚いたように目の前で巨大化した敵に動きを止めた。
「双胴体か」
 二頭一体となり突進してくる彼らは、我愛羅の体を空中に跳ね上げると、二つの頭を振りかぶって大きな口を開けた。我愛羅は、その瞬間を待っていたように勢いよく砂を放出した。灰色オオカミたちの体は、一旦離れ身もだえるように転がった。
「留めだ」
 我愛羅は、それぞれの体を砂で巻き上げると圧力を加えた。
「砂瀑柩!!」
「我愛羅様…」
 それは、ミギの声だったが、我愛羅は容赦しなかった。
「お前たちは、すでにこの世に存在しない」
 目の前で砂と共にはじけ飛ぶ肉塊と血の雨に度肝を抜かれたのは、サテツとツブサだった。
「これが…砂瀑の我愛羅の戦い方なのか」
「…砂の…最終兵器…」
 彼らは、初めてその通り名の意味を理解した。
「えっ…?」
 しかし、驚いたのもつかの間、散らばった肉塊は、1か所に集まり始めると次第に先ほどよりもさらに大きな灰色オオカミを形作った。
「これじゃ、もう妖獣サイズですよ。血継限界でここまで巨大変身するなんて…」
 ツブサは、唖然としてその小山の様な巨体を見上げた。空を覆うような灰色オオカミは、逆光を受けながら咆哮した。
「…コイツ…見たことがある」
 我愛羅もまた、以前、砂漠で対峙したあのウエシタの灰色オオカミの事を思い出していた。
「だが、このチャクラは、明らかに人間のもの…」
 我愛羅を踏みつぶそうと灰色オオカミは、片足を持ち上げ振り下ろした。
「このままでは…」
 我愛羅は、咄嗟に印を結び守鶴化を図ろうとした。
…お前の心がワシをまた必要だと感じているからだ…
「…くそっ…」
 だが、守鶴の呟きを思い出すと途中で印を変えた。我愛羅は、砂の中から石英を集め巨大な捕縛用の網を編んだ。そして、それを空中に広げるとすっぽりと灰色オオカミに被せた。
「これで終わりだ」
 青い火花を散らしながら放電する網のなかで灰色オオカミは、ショックを受け固まった。
「凄い!!砂であんなことができるなんて…」
「水晶に圧力をかけ磁界を作ったのか。この年で雷遁も使えるとは…。さすが砂隠れ最強の忍だ」
 砂丘の影から戦いを見守る二人が拍手をして立ち上がった時だった。固まった灰色オオカミが、その網ごと引き千切り口から炎を吐き出した。
「コイツ…火遁を使うのか?」
 我愛羅は、思わぬ反撃に体勢を整えると再び印を結んだ。生身のままこれほど巨大な敵を相手にするのは初めてだった。
「…守鶴化せずに巨大な敵を倒す方法…」
 我愛羅は、両手を広げ広範囲から大量の砂をかき集めると敵よりもさらに一回り大きな塊を作り始めた。
「あれは…」
「砂の守鶴なのか?」
 砂色の巨大な狸…一本の尾と丸い背中、裂けた大きな受け口…それは、我愛羅の守鶴を模した砂分身だった。我愛羅本人は、分身体の後ろで腕組みをしている。思わぬ敵の出現に驚いた灰色オオカミは、攻撃の矛先を砂分身に変えた。だが、壊れても直ぐに元の形に修復する砂分身は、灰色オオカミを消耗させるには十分だった。
「まずいですよ」
「どこがだ。我愛羅は、猛烈に優勢じゃないか」
 戦いに集中しているサテツの横でツブサが、不穏な発言をした。
「そうじゃなくて、シムーンがこっちに来てます」
「何!?」
 東の空は、既に一面真っ暗になっていた。先ほどまで遠くに立ち上っていた砂煙は、上空で漏斗状に渦巻いている。
「我愛羅!!背後からシムーンが来るぞ!!」
 サテツは、大声で叫び我愛羅に知らせた。
「あっ!!大変だ!!」
「今度はなんだ!?」
 ツブサが、慌てて西側を指さした。
「パトロールに出てた連中が戻って来た!!」
「なんてタイミングの悪さだ。よりによってこんな時に!!」
 我愛羅も前方から仲間たちが大勢こちら側に向かっていることに気がつくと一瞬攻撃の手を緩めた。
「危ない!!」
 ツブサ達が見ている前で灰色オオカミは、砂分身を突破すると我愛羅本体に襲いかかった。
「…っ!」
 咄嗟に我愛羅は、砂手裏剣を放った。灰色オオカミは、それを両目で受けると痛みで変身を解いた。
「…ミギと…ヒダリ…」 
 砂地に叩きつけられた二人の忍は、あの夜、我愛羅を襲った双子だった。
「早く今のうちに僕らを殺してください」
「お願いです」
 二人の後頭部には、札のついたクナイが差し込まれていた。
「やはり禁術の…」
「そうです。僕らは、あの日、演習場に向かう途中で音の忍に襲われ殺されました。この体は、あなたと戦わせるために穢土転生されたものなのです」
「音の忍…大蛇丸たちか」
 我愛羅は、木ノ葉崩し前後から、砂隠れに触手を伸ばし始めていたその男の名前を思い出した。

…我愛羅…お前の働きに期待している…
…もう一度、オレがお前を愛せるようにお前の真の力を見せてみろ…

「すでにその頃から大蛇丸は砂に侵入していたというのか」
 11歳の頃、まだ四代目風影は生きており、執拗に我愛羅に暗殺者を差し向けていた。ミギとヒダリによる暗殺も当初は、四代目風影の差し金だと我愛羅は思っていた。しかし、風影が用意したのは、別の刺客だった。
「……!!」
 我愛羅は、背後に熱風を感じると振り返った。周囲はすでに砂嵐で赤く染まり間近に黒い竜巻が迫っていた。
「我愛羅!!急げ!!身を隠せ!!シムーンだ!!」
 サテツの叫び声は、すでに轟音にかき消され、我愛羅は、再び熱風を伴うシムーンに襲われたのだった。


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