辺境警備7-1〜塵旋風



 10月初旬、再びエリア外で大規模なシムーンの発生が観測された。
「このままだといずれこの基地周辺にもやってきますよ」
 熱風を伴う砂嵐、それは摂氏54度湿度10%で竜巻のような形で襲ってくる自然現象だ。遭遇した生き物は、大抵の場合、窒息死するか運が良くても重度の熱射病になった。一見うつぶせで寝ているように見える死体は、触ると粉状になり砂に舞い散った。
「第123演習場は、エリアと隣接しているため二重結界を張っていますが、この砂漠基地はエリア外なので結界がありません。シムーンに襲われたら全滅しかねませんよ」
「自然現象は、止められん。やり過ごすしかない。厳重に入口や窓の補強、壁の亀裂の補修を行え。備えを怠るな」
 ウエシタは、深刻な事態に顔を曇らせた。砂漠基地に赴任して10年近くになるが、稀に見る緊急事態だった。
『あの事件以来だ…』
 それは、二年前、我愛羅が、卒業認定試験の際に砂漠に出奔した出来事だった。(第一部「砂漠放浪」参照)
「研究班は、データを分析しろ。伝令班は、その結果を急いで周辺のオアシスや砂隠れの施設に伝えろ」
「了解しました。小隊長は、各班員に伝えろ。これが割り振りだ」
 バタバタと走り回る砂忍達で基地内は慌ただしかった。お陰でウエシタは、しばし私的な憂いを忘れた。


「ほら、行くぞ。装備は、簡単でいい。どうせ基地がみえる範囲の警備だ」
 我愛羅が所属するサテツ小隊は、基地周辺の警備を割り当てられると三人で基地を出発した。
「セキの件、いつまで内緒にしておくんですか?」
 ツブサは、その場にいない年下の仲間についてサテツに尋ねた。
「そのうち戻ってくるだろう。どうせ他に行くところなんてないからな。それに脱走なんてことになったら厄介だぞ。同じ班ってことで俺たちも事情聴取される」
「セキのヤツ…自分勝手しやがって…」
「…オレが原因だ」
「我愛羅様…」
 ツブサは、我愛羅の呟きに小首をかしげた。
「セキの事情は本人にしかわからない。気にする必要はない」
「………」
 我愛羅は、固まったセキの表情を思い出していた。自分の正体が、砂瀑の我愛羅であることを知ったセキは、一瞬信じられないものでも見たような驚きの表情をした。
『…オレが恐ろしくなったのだろうか…』
 人柱力である我愛羅の存在は、変身能力を持つセキにとっては、ある意味、同族のそれに近かったはずだ。だが、セキは、何も語らぬまま砂漠基地から姿を消した。サテツの言うように、その理由は、セキにしかわからなかったが、我愛羅は、そのきっかけを作ったのが自分であることを確信していた。

…すごいよ。アカゲ!!こんなことができる奴、オレ、初めて見たよ…
…同じ下忍とは思えないな。やっぱ、アカデミー本校出身の奴は違う…
…アカゲ。黙ってたけどハゲタカのヨークは、オレの腹違いの兄貴なんだ。アイツは、一族の中でもやたらと強かったけど…オレは、愛玩用のペットみたいなもんで…役立たずっていじめられてたんだ。…弱いし…臆病だし…でも、こんなオレでも少しは役に立ったのかな…

 セキは、我愛羅にとっては、初めて出来た仲間の一人だった。
『どこに行ってしまったんだ…』
 我愛羅は、見晴らしのいい砂丘に上るとそっと第三の目を飛ばし地平線の彼方までセキを探した。だが、同時に行った砂による遠隔感知にもセキのチャクラは感じられなかった。

 8時間後、1日の任務を終えて帰還すると基地内は静まり返っていた。サテツ班以外の忍たちが、周辺のオアシスに派遣されたためだった。
「残ってるのは、ウエシタと研究員たちだけか。寂しいもんだ」
「静か過ぎて不気味ですね」
「ゆっくり休め。どうせ明日には戻って来て騒がしくなるからな」
「……」
 我愛羅は、サテツやツブサと別れると自室へ向かった。宿舎は、何度も修復工事を繰り返したため迷路のような廊下で繋がっていた。そして、曲がりくねった階段を上がったところで我愛羅は、不思議な気配を感知した。
「…何者だ?」
 しばらくすると二つの実体が姿を現した。
「まさか…ミギと…ヒダリ?」
 そこには見覚えのある二人の忍が立っていた。二人は、問いかけには答えず、無言のままおびただしい数のクナイを放った。我愛羅は、オートの砂でそれを防いだ。
「なぜお前たちが…」
「死んでください。我愛羅様」
 二人は、我愛羅を前後に挟み込む形で攻撃した。始めは、防戦に徹していた我愛羅だったが、反撃のチャンスを見つけると砂で双子を床にたたきつけた。しかし、彼らは体を塵のようなもので修復すると平然と立ち上がった。
「実体ではないのか…!?」
 我愛羅は、シンクロした動きで切りつけてくる鏡面攻撃を砂瞬身でかわしながら、足元の砂を這いあげ二人の体を覆った。そして、拘束すると徐々に圧力をかけた。
「どうして今更オレを襲いに来た?」
 試験会場に向かう双子を殺した犯人は、結局分からず終いだった。我愛羅にあった時、彼らは、既に偽物と入れ替わっていた。実質、これが初対面となる出会いだった。
「…あなたを殺す…そのために僕たちは、蘇った…」
 ヒダリがそう言いかけると突然、双子は、姿を消した。
「…待てっ!」
 我愛羅は、思いもよらぬ遭遇に茫然した。
『…ウエシタが…双子を?…いや、あの術は…』
 我愛羅は、以前、アカデミーの文献の中で死者を蘇らせる禁術について書かれている巻物を目にしたことを思い出した。それは、木ノ葉マークの付いた禁帯出の巻物だった。


「とりあえずこれで顔見せはできた」
 二人をウエシタの部屋に戻したサソリは、満足そうに笑った。
「次回は、もう少し広い場所で戦わせてやろう。双子の実力を存分に発揮できるようにな。そうすれば、あの人柱力も本気で戦ってくれるだろう」
「もっともっと追い詰めて人柱力を尾獣化させくださいよ。そして、チャクラを消耗させ半死半生で捕獲するんです。頼みましたよ。期待してるんですから…」
 楽しいゲームでもやるかのように語るサソリとカブトにウエシタは、青ざめた。
「もう、やめてくれ。我愛羅に幻術でもかけここから連れ去れば済むことじゃないか!!」
 ウエシタは、狩場を提供すると契約書にサインをしたことを悔やんだ。まさか、自分の死んだ息子たちがこんな形で利用されるとは思ってもみなかったからだ。
「すでに試してみましたが、幻術は失敗しました。なのでやはり『抵抗できない程度に人柱力を弱らせて連れ去る』方法しかありません。つまりあなた方のお力添えが必要とし言うことです」
「だが、オレの子供たちを巻き込む必要はないはずだ…こんなの契約書には書かれていなかった」
「彼らは、もうとっくに死んでるんですよ。既に誰のものでもありません。それに都合の良いことに我愛羅は双子の事を知ってます。だからこそ隙も生まれるというもの」
 カブトは、ウエシタの困惑を面白がるように説明した。
「お蔭で最愛の息子たちとの再会も果たせたわけだし…僕らには、感謝して欲しいくらいです。ほら、今日もこうして残った時間を親子水入らずで過ごせる。違いますか?」
「そのくらいにしておけ…カブト。帰るぞ」
 サソリは、低い声で多弁過ぎるカブトに注意した。じわじわと締め付けられる痛みにウエシタは、息子たちの肩を抱いたまま号泣した。穢土転生でよみがえった双子は、目の前で苦悩する父親をなすすべもなく見守っていた。


「これはお前たちを砂漠に誘い出す罠だよ」
 砂の里の相談役エビゾウは、テマリが差し出した焦げたクナイを見るなりそう言った。
「罠!?」
「このクナイは、木ノ葉の禁術・穢土転生に用いられたものだよ。この焦げた紙は、死者の魂をしばる札の残骸だ。アンタとカンクロウを襲った刺客は、それぞれ何ものかに操られていたのだ」
「木ノ葉!?…なんで木ノ葉の者が私たちを!?」
 三か月の間、三姉弟は、木ノ葉の里で火影を始めとした忍達から手厚いもてなしを受けた。戦後の賠償問題も我愛羅のお陰でうまく処理することができたし、木ノ葉崩しで亡くなった忍達の遺骨の返還も行われるなど、二つの里は、再び同盟関係を復活させたばかりだった。
「穢土転生の術をつかえる者は、限られておる。一人は、二代目火影…もうずいぶん前に亡くなった人物だ。そして、もう一人は、木ノ葉の抜け人、音の大蛇丸」
「大蛇丸だと!?親父を殺し砂隠れを木ノ葉崩しに巻き込んだあの忍か」
「おそらく間違いなかろう。大蛇丸は、蛇の化身。一度狙った獲物は、諦めないしつこい男だ」
「まさか今度は、この砂隠れを崩そうとしているのか!?」
「引き入れたのはおそらくガレキの一派だろう」
 ガレキは、十数年前に行方不明になった三代目風影の側近だった。そして、体勢を立て直すために合議制会議が急遽擁立した四代目風影を良く思ってはいなかった。
「狙いは、おそらく我愛羅の中の守鶴だ。一尾を拭いて新たな人柱力を作るつもりだろう。そして、新政権を立てようとしている」
「この我愛羅からの『応援を要す』という伝言もガレキの仕業なのか?」
「アンタ達を砂漠に呼び寄せる為に二重に罠を貼ったのだよ。現にカンクロウたちは、もう砂漠基地に向かった」
「知らせなきゃ」
 テマリは、敵の正体を知ると、おもむろに立ち上がった。だか、エビゾウは、すぐに制した。
「アンタは、行ってはだめだよ」
「なぜ?」
「それこそ敵の思うツボだからだよ。我愛羅とカンクロウ、アンタが死ねば、風影候補がいなくなる。そこが、ねらいだ。一族を守るためには、だれか一人が残らねば」
「そんな…」
 カンクロウを風影にと考えているチヨが知れば、それこそ激怒しそうな発言だった。
「ニセモノの伝言が届くところをみるとすでに伝令班にも敵の手引きをする者がいるという事だ」
「ならどうやってこの危機をバキ先生や我愛羅に知らせればいいんだ?」
 通信手段までも奪われ、テマリは途方にくれた。
「皆が危険だ」
 里から出ることもままならずテマリは、焦燥にかられた。空には、暗雲が立ち込めていた。


『…ミギとヒダリがなぜ…』
 部屋に戻ると我愛羅は、寝台に倒れ込んだ。忘れかけていたひどい頭痛が我愛羅を襲った。
…ワシは、あの時、警告をしたぞ…心を許せば、殺されると…
 目を閉じかけた時、我愛羅の頭の中で老人のしゃがれた声が響いた。それは、久しぶりに聞く老僧・守鶴の声だった。
 我愛羅は、ゾクリと総毛立った。
…夜叉丸がそうだったように…タスケやマサ吉がそうだったように…ミギとヒダリも本当は、オマエが嫌いだった…
「…うるさい!」
 叫びながら顔を上げると、双子の顔が脳裏をよぎった。彼らは、我愛羅を初めて仲間と呼んでくれた二人だった。
「…うっ…」
 我愛羅は、激痛に頭を抱えた。暖かな思い出が邪悪な意思に汚されていく。その嫌悪感で頭痛は、さらに酷くなった。 
「…出てくるな!」
 我愛羅は、表に出ろうとする守鶴の意識を押さえこもうとした。だが、眠りから目覚めた守鶴は、容易に我愛羅の側から離れなかった。
…また一人きりの世界に戻ってきたな…やっとできた仲間は、お前の正体を知った途端、去って行った…ほら、お前に付きまとっていたあのセキというガキのことだ…所詮、人柱力のお前を理解する者などいやしない…風影になろうなどと馬鹿げた夢だ…目を覚ませ…
「黙れ…黙れ…黙れっ!!」
 我愛羅は、守鶴の囁きに抵抗した。長い間、その声は、孤独な自分を支える味方だった。しかし、木ノ葉のナルトと出会ってからは、守鶴ではなく、ナルトの声が我愛羅の心を支えるようになった。それは、川の国で守鶴化した時も、同じだった。(※第二部「合同任務」参照)
「なぜ…お前が、出てくる」
…お前の心がワシを必要としているからだ…
「違う。オレは、お前など必要としていない」
…嘘をつくな。ワシは、呼ばれたから出てきたのだ…
「消え失せろ!!」
 我愛羅の叫びに呼応するように砂が弾け散った。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
…オレは、一人きりのあの孤独な世界からナルトのお蔭で明るい希望のある世界に導かれた…だから…あの誰もいない暗い場所にはもう二度と戻ることはない…
『そうだ。…例え馬鹿げた夢だと言われても…オレは、風影になることを諦めない』
 心の隙を狙いすり寄ってくるその邪悪な意思との邂逅に我愛羅は、戦慄した。そして、思わず壁に掛ったナルトのゴーグルを握りしめた。
 


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