辺境警備6-2塵旋風


砂漠の英雄

 壊れた展望台に上ると、我愛羅は、いつものように砂漠を見ていた。
『…ここでも砂の里と同じようになってしまうのだろうか…』
 切り通しを抜けると風影邸に続くにぎやかな大通りがある。たくさんの商店が立ち並びそこには、多くの人々が暮らしていた。だか、誰かが自分の名を叫ぶとそれを合図に往来から人影が消えた。店主たちは、慌ててシャッターを下ろし、二階から覗いていた人々は、雨戸を閉めた。そして、街は、一瞬にしてゴーストタウンと化し、放し飼いのニワトリや野良犬だけが取り残された。それは、今も昔も変わってはいない。
『努力を続ければ…砂の里の人々が、オレを笑顔で迎えてくれる…そんな日が本当に来るのだろうか…』
 それは、遥か遠い先のように思える。
…約束だってばよ…
『わかってる…』
 我愛羅は、折れそうになる心をナルトとの約束で補強しながら、ぼんやりと空を飛ぶ鳥の姿を目で追っていた。
「やっぱりここか」
 展望台の下にサテツが立っていた。
「……」
「どうやら正体ばれちまったな。ここは、刺激が少ないところだから、久しぶりのビッグ・ネームの登場に、しばらくは騒がしいだろうな」
「…隠すつもりは、なかった」
「ああ。知ってる。偶然、ウエシタがつけたあだ名がここでの通り名になった。忍の世界じゃよくあることさ」
 サテツは、バキから特命を受けている人物であり、我愛羅の良き相談相手だった。
「まぁ、心配しなくても、前からいる基地の連中は、お前に感謝しているよ。それに、里と違って砂漠じゃ‘砂瀑の我愛羅’は、英雄だ」
「…英雄?」
「今に分かるさ」
「……」
「それよりお前の正体がバレて一番困ってるのはウエシタ部隊長だぞ。何せ、勇者‘灰色オオカミのウエシタ’を再起不能にしたのは‘砂瀑の我愛羅’なんだからな」
 サテツは、いつもと変わらぬ口調で軽口を叩いた。我愛羅には、それが自分を励ますためだと分かった。サテツの心配りが嬉しかった。
『…カンクロウと同じだ』
 いつも何かと先回りしてあれこれと気にかけてくれるのは、兄のカンクロウだった。
…もしも、お前がオレの目の前で死ぬ様な事があれば、オレがお前の盾になるじゃん…
 砂漠で我愛羅が自分の死について語った時もカンクロウはそう言って我愛羅を庇った。
『オレは、一人じゃない…いつも身近にオレを気にかけ、心を砕いてくれる者がいる…だからオレは、逃げない…諦めない…ナルトのように…』
「行くのか」
「ああ…」
 立ち上がる我愛羅にサテツも腰を上げた。
「ならオレも持ち場に戻るとするか」
 その時だった。
「……!」
 我愛羅は、気配を感じて片手を空中に伸ばした。すると一陣のつむじ風と共に砂が運ばれ我愛羅の手のひらに積もった。
「なんだ?それ…」
「…里に送った砂だ…だが…」
 我愛羅の呟きにサテツは眉根を寄せた。
「昨日、伝書鳥で送ったヤツか」
「………」
 チャクラを練り込んだ砂は、役目を終えると自動的に我愛羅の元に戻って来るようになっていた。
「砂の里との往復なら一番早くても明日でなければおかしい。どうやらオレの砂は、第123演習場辺りで破棄されたようだな」
「ウエシタがまた?」
「分からない…だが、バキの元に届いていないのは確かだ」
「なら今度は、オレの名で送ってみるか」
「頼む…」
 我愛羅は、手のひらの砂を布で包むとサテツに渡した。
「それはそうと午後からは砂漠パトロールだ。昨日、展望台を壊した犯人を探す」
「…無駄な事だ」
「だが、今回は実体だ。目撃者もいるからな」
「……」
 サテツの横で我愛羅が沈黙した。
「お前…何か知っているのか?」
「………」
「犯人と遭遇したんだろ?」
「…展望台を壊したのはオレだ」
「…えっ?」
「…守鶴化したんだ」
「………」
「…オレが怖いか?」
 我愛羅は、経緯については触れずサテツに切り出した。あのカンクロウやテマリでさえも、つい最近までは自分を恐れて関わろうとはしなかったのだ。サテツが畏怖するのも当然だった。
「オレは、実際に見たことがないから…だが、ここでのお前は、オレの優秀な部下だし…何より竜巻の脅威から皆を救った英雄だ」
「オレが英雄?」
「そうだ。里から来た新参者がどんな吹聴をしようが、ここでのお前は英雄だ。皆、目の前で起きたことの方を信じる。それが、真実だからな」
「真実…」
 里の人々の記憶にあるのは暴走する我愛羅の姿だった。そして、砂漠基地の人々の記憶にあるのは、砂で皆を守る我愛羅の姿だった。
「人の記憶は上書きされる。だから、過去に過ちがあったとしても、それを正して好ましい行いで上書きすればいい。人々にとってはそれが新しい記憶になりやがて真実となる。そんなものだ」
「新しい…記憶」
 我愛羅は、サテツに大きなヒントを貰った気がした。そして、二人は展望台を後にした。宿舎に戻る途中ですれ違ったツブサは、我愛羅を見ると恐縮したように頭を下げた。それは、我愛羅の正体が基地の隅々にまで知れ渡った事の証明だった。


二人の暗殺者

「お前…私が誰だか知っててこんなくだらん真似をしたんだろうな」
 テマリは、傀儡で襲ってきた仮面の男を巨大扇子で吹き飛ばした。
「暗部のものではないなら一体、何者だ!?」
 仮面を剥ごうと手を伸ばした時だった。その男の手が上着のボタンを外した。その胴体には隙間なく起爆札が、張り付けてあった。
「まずい!!」
 次の瞬間、男の体は、爆音とともに粉々に飛び散った。
「…ウソだろ…」
 刺客に襲われたことよりも、テマリは、その顛末に驚いた。
「傀儡部隊がこんな露骨なやり方をするなんて…本気で風使いたちを敵に回すつもりなのか!?」
 傀儡部隊の筆頭は、チヨだった。テマリは、その臆面もない露骨なやり方に憤った。
「私を殺すつもりなら、こんな中忍風情じゃなく、実力のある上忍をよこしな。全く見くびられたもんだ」
 テマリは、証拠品として傀儡とクナイを拾うとカンクロウの部屋に抗議に行った。


「てめぇ…ふざけた真似しやがって…」
 カンクロウは、調整の終わったカラスと黒アリの連動具合を実験するために屋上に来ていたところを突然、カマイタチに襲われた。術を使った犯人は、すでに黒アリで捕獲したが、止めは刺していなかった。
「正体を言えよ。風使いだってことはわかってるじゃん。さっさと吐くほうが身のためだぜ」
 とりあえず、カンクロウは説得から試みた。ところが、返ってきたのは、きな臭い煙だった。
「嘘だろ」
 カンクロウは、慌てて黒アリの留め具を解除した。中から出てきた瞬間、その風使いは、自爆した。
「くそう。起爆札かよ。オレの黒アリがめちゃめちゃじゃん」
 体は、バラバラに飛び散り、血だまりには大きな扇子が残されていた。
「‘戦略のエビゾウ’の手の者にしちゃあ、やけにストレートだな。もうちょっとカーブをきかして欲しいじゃん」
 カンクロウは、扇子を拾うとその鉄扇に写った自分の姿を見た。
「うおっ…服がぼろぼろじゃん。せっかく木ノ葉で新調したのに…」
 襲われたことよりも、実質的な被害の方がカンクロウにはショックだった。そして、自分を襲うにしては、役不足を感じる相手に舌打ちした。
「クナイ?これもコイツの持ち物かよ」
 カンクロウは、その持ち手のところに焼け焦げた紙片が張り付いていることに首をかしげた。だが、それ以上は、気に留めず証拠の品を抱えて部屋に引き上げた。


「どういうことだ。これは…」
 カンクロウが部屋に戻ると、入り口にテマリが憮然とした表情で立っていた。
「この傀儡使いの正体を言え。これが、証拠の品だ」
「オレは、この扇子の持ち主が知りたいじゃん」
 二人は、互いに回収した傀儡と扇子を突き付けた。
「こいつは…」
「これは…」
 お互いにその忍具の持ち主には心当たりがあった。
「コイツは、今、第123演習場勤務だ」
 同時に同じ言葉が二人の口から飛び出した。里にいないはずの二人の忍が、わざわざ刺客として彼らの元に現れたのだ。
「チヨバアさまの差し金じゃないのか!?」
「エビゾウさまの作戦にしちゃ、イマイチだとは思ったが…」
 襲われた理由は、明白だった。彼らは、次期風影候補を暗殺しようと試みたのだ。
「まさか…我愛羅の方にも…?」
 二人は忍具を抱えると慌ててバキの部屋に向かった。


 バキは、我愛羅から届いた二つのメッセージを前にして腕組みをしていた。
「バキ先生大変だ!!」
「丁度良かった。オレもお前たちに聞きたいことがあるのだ」
 バキは、二人の報告を聞くとすぐさま我愛羅の伝言を見せた。
「これが昨日届いた『応援を要す』で、それが今日届いた『支援を要す』だ。なぜ二日続けて我愛羅は、似たような暗号を送って来たんだ?」
「暗号が二つ?」
 テマリは、両者を見比べると、後者のメッセージを指差した。
「これが我愛羅の暗号だ」
「どういうことじゃん?」
「私は、我愛羅から金塊を預かっている。これは、それを送れという合図だ。何か砂漠基地で要り様ができたようだ」
「アイツ砂漠で何を買うつもりじゃん?店なんかないのに…」
「こづかいにしては大きすぎる金塊だな」
 バキは、腑に落ちず腕組みをした。
「オレは、こっちの文面が気になるじゃん。これは、オレたちに来いって意味だろ。もしかしたら、我愛羅も刺客に襲われたんじゃないか?」
「可能性はある。だが、あの我愛羅が誰かに助けを求めるなんて、それこそおかしいと思わないか?」
 バキは、テマリやカンクロウの身に起きたことと、我愛羅からのメッセージは無関係ではないと考えた。そして、その仕掛け人が、彼らの予想通りなら思い当たる人物はただ一人だった。
「反四代目派…」
「オレ達を襲ったのは、ガレキの手の者という事か」
「だが、私を襲ったのは、間違いなく傀儡使いだ。そして、カンクロウを襲ったのは、風使いだ」
「相互不信…それこそが、今回の刺客の本当の目的かもしれんな」
 バキは、刺客たちが残していった忍具を慎重に調べた。そして、刺客は爆死したのに傀儡や扇子がほぼ無傷な状態で残されていた不自然さに気が付いた。さらに遺体の近くに落ちていたという二本のクナイの事も不可解だった。
「手っ取り早くオレが直接金塊を持って我愛羅のところに行くじゃん」 
「なら、私も」
「いや。オレとカンクロウで行こう。その方が、監査を名目にできる」
 バキは、我愛羅の側に大きな危険が近づいている事を予感した。
『我愛羅を失えば、オレたちも希望を失うことになる…ガレキが風影の座を狙っているとすれば、必ず我愛羅の中の一尾を奪おうとするはずだ』
 バキは、テマリに刺客の黒幕についてエビゾウのところで調べるように命じた。
「カンクロウ、我愛羅を頼んだぞ」
「了解じゃん」
「テマリ、気を付けろよ」
「私を誰だと思ってる」
 その日の午後、バキはカンクロウを伴い監査官として砂漠基地に出発した。


「今回の部隊長の英断に敬意を表する。感謝の印として今回は、懐かしい人物に逢わせよう」
 夜陰にまぎれて再びウエシタの前に姿を現したサソリとカブトは、二人の少年を連れていた。
「お前たち」
 ウエシタは、死んだはずの双子の姿に驚愕した。
「今度の作戦を成功させるためにちょっとした術を使った」
「まさか…」
「穢土転生…死者を口寄せする木ノ葉の禁術だ」
「ミギ…ヒダリ…」
「父さん」
 彼らは、どちらからともなく駆け寄り三人で抱きあった。それは、三年半ぶりに会う親子の対面だった。双子は、卒業認定試験を受けるために第123砂漠演習場に向かっていた。彼らは、我愛羅と同じ班になる事を心から喜んでいた。長年西のオアシスで暮らしていたため我愛羅の事は、四代目風影の息子としか知らなかった。だが、双子は、演習場にたどり着く前に殺されてしまったのだった。
「お前たち…もっと顔を見せておくれ」
「父さん…ごめんね。先に死んじゃって…」
「もういい…もういいんだ」
 サソリは、目の前の親子の涙の対面を冷ややかに見つめていた。
「一尾狩りが始まれば、双子は主戦力となる。それまでは、せいぜい親子で過ごすといい。次は、何時会えるか分からないからな」
「この子たちをあの我愛羅と戦わせるというのか!?」
 サソリの言葉に、ウエシタは愕然とした。
「そうだ。だからこそお前と契約し穢土転生で蘇らせたのだ。双子の魂の器として、二人ばかり基地の砂忍たちを借りた。だから、その分も活躍をしてもらわねばな。お前も部隊長として犠牲者の家族に申し訳が立たないだろ?」
「砂忍を二人、犠牲にしただと?」
「正確には、6人です。第123演習場の風使いと傀儡使い、そして、彼らを穢土転生させるために風影邸の下忍二人、そして、この基地の二人。必要とあらば、更にもっと…これを許可したのはあなたですからね。部隊長」
 カブトは、ウエシタから送られた契約書をちらつかせた。
「確か奥さまのナナメさんは、血継限界でしたね。ミギくんとヒダリくんにもその血が流れている。だから、穢土転生で呼び寄せました。彼らの合体変身能力は、興味深い。きっと我愛羅とも善戦するでしょう。何といっても先の大戦で活躍した‘灰色オオカミのウエシタ’のご子息ですからね」
 カブトは、サソリに目くばせすると煙のように消えた。
「ま…待ってくれ。…やめてくれ…我愛羅と戦わせるのは…この子たちが死ぬ様をオレは見たくない!!」
 ウエシタは、自分が招き入れた闇の大きさに驚愕した。それは、もはや止めることはできない程に巨大化していた。


「あの子たちは、あの我愛羅に勝てるかしら…」
「無理でしょう。それに我愛羅が負けたら困るのは大蛇丸様のはずでは…?彼は、新しい忍の世界を作る仲間なんですから…。それよりあの双子を殺した犯人が僕たちだってバレちゃいませんか?」
「あの男は、双子が死んだのは、我愛羅のせいだと思っているわ。寧ろ私たちに感謝してるわよ。あれ程、会いたかった双子に再会させてあげたのだからね」
 大蛇丸は、サソリの姿のまま月夜の砂漠に立っていた。
「その姿がお気に召したようですね」
「そうね、悪くないわね。…でも以前、サソリに穢土転生で両親を蘇らせてあげましょうかと聞いたことがあるのよ。あの子…酷く嫌がったわ。そして、私を避けるようになった。暁に入れてやった恩を忘れてね」(※外伝「アンタレス」
「僕が彼に会ったのは、もう二年以上も前ですが…」
 カブトは、忠誠を示すように大蛇丸に向かって片膝をついた。
「僕は、あなたに拾っていただいたご恩を忘れてませんよ。大蛇丸様…」
「そうね、カブト。あなたは私が、最も信頼する部下…。そして、私と一緒にこの世の真理を探究する者…忘れないで」
 彼らの足元には、無数の風紋が広がっていた。それは、蠢きながら砂を這う蛇のようにも見えた。


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