辺境警備6-1塵旋風


人柱力として

「真ん丸〜満月〜♪四角は〜座布団♪」
 伝書鳥たちの飼育小屋から厠に向かう途中でハズクは、頭上を見上げた。展望台の斜め上にぽっかりと浮かぶそれは、まるで鏡餅のように白く輝いていた。
「団子…食べたい」
 いつもの年なら夕食についてるはずの月見団子が今年は、ついていなかった。ハズクは、仕方なく芋羊羹を懐から取り出した。そして、その包みを口で開けようとした時だった。
「うわっあああっっ!!」
 轟音と共に展望台が炸裂し、見たこともないような巨大な怪物の腕が突き出した。
「たっ…大変だっ!!…ま…また、精霊ジンが出たっ!!…ウエシタ部隊長っ!!」
 ハズクは、芋羊羹を砂に落とすと何度も転び這うようにして基地に向かった。先月、砂漠基地は、巨大竜巻により砂没したばかりだった。その時は、真夜中だったため多くの者たちが眠ったまま生き埋めになった。その危機を救ったのが、我愛羅だった。

「うっ…!!」
 展望台から落下して砂の上に叩きつけられたカブトは、したたかに打った左腕の痛みに顔をゆがめた。
「僕の幻術が破られるなんて…」
 確かに我愛羅は、幻術の中にいた。だが、カブトがその白い頬に触れた瞬間、すさまじい勢いで砂が弾けた。落下しながらカブトが見たものは、以前、川の国で音忍たちを叩きつぶしたあの守鶴の腕だった。
「いきなり守鶴化するとはね」
 カブトは、予期せぬ出来事に体の震えを止めることができなかった。半壊した展望台の向こう側には、基地の方に走り去る人影があった。
「他にも目撃者がいたようだね。まぁいい。そう簡単に人柱力が捕獲できるはずがないからね。なら作戦第二弾を開始するまでだ」
 砂を払うとカブトは立ちあがった。左腕にチャクラを集中したが、元通りになるにはまだ時間が必要だった。驚異の回復力、それは、大蛇丸がもっとも気に入っているカブトの能力だ。


「…はぁ…はぁ…はぁ…」
 我愛羅は、体が砂に変化する激痛を使って幻術を解いた。そして、目の前にいた敵を砂の怪腕でなぎ払った。展望台の壁は完全に吹き飛び、目の前には砂漠と夜空が広がっていた。
「何処に隠れた?」
 我愛羅は、隙間から身を乗り出すと逃げ出した男の行方を砂で探した。だが、すでに気配を消したらしく感知することは出来なかった。
「…あのチャクラ…」
 中忍選抜試験が迫る中、我愛羅は風影と何度か接触をする機会があった。始めに感じた違和感は、会うたびに大きくなった。その‘風影’は、以前とどこかが違っていた。だが、結局、我愛羅を含め上役や側近たち、長年仕えたあのバキですらその正体を見抜けなかった。

『あの時、オレに言葉をかけたのは大蛇丸だった…オレの中の弱さがその言葉を信じてしまった…だが、今ならはっきりとわかる』

…オレたちは、誰かに必要とされる存在になりたかった…
…ずっと…ずっと…
…そして、誰かに大切な存在だと認められたかった…

「オレは、砂隠れを守る人柱力だ」
…お前が木ノ葉の里を守るなら…オレは、人柱力として砂の里を守る…
 これまでは、怒りにまかせて守鶴化を繰り返した我愛羅だったが、この夜は、自分の意思で守鶴化することができた。
「…この感覚」
 我愛羅は、目を閉じると自分の中にある二つのチャクラの流れを感じた。それは、一つは青くもう一つは赤く輝いていた。
「赤い守鶴のチャクラをオレの青いチャクラで引き寄せる…」 
 すると我愛羅の足元にあった砂がふわりと空中に持ち上がった。我愛羅は、心で念じるがままに砂を動かし夜空に絵を描くように砂を揮(ふる)った。

…赤い星が二つあるってばよ…
…あれは、さそり座のアンタレスと火星だ…
 風の砂漠でナルトと肩を寄せ合って見上げた赤い星は、すでに地平線に沈み代りに秋の星座が輝いていた。
…砂漠には遮るものがないから星がよく見える。一見ばらばらに見える星も名前がつくことで一つの形に見えてくるから不思議だな…
…へぇ…これって全部、名前が付いてるのか?…
…そうだ。星座を覚えると何処にいても方角が分かる。今、自分がいる位置もな…
…ふぅん。お前ってば、本当に物知りなんだな…

「…ナルト…お前に会いたい」
 我愛羅は、東の夜空に向かって思わず呟いた。だが、星々は、静寂を返すだけで我愛羅に何も応えてはくれなかった。

「オレはここだ」
 我愛羅は、そのまま東の星空を見つめ続けた。すると長い尾を引きながら砂漠に星が落ちた。それは、ただの偶然かもしれないが、我愛羅にはそれがナルトからの返事のように思えたのだった。


「精霊ジンだと!?」
「はい。でも今度のは竜巻じゃなくて砂の怪物のようでした」
「砂の怪物?」
『…我愛羅の守鶴だ!!』
 ウエシタは、直感した。そして、我愛羅と戦ったあの砂漠での戦いを思い出した。守鶴は巨大な砂の腕でウエシタに襲いかかった。そして、一撃でウエシタを叩きのめし全てを奪い去った。
『ついに奴らの尾獣狩りが始まったのか』
 サソリと交わした契約書には、この砂漠基地での人柱力捕獲を彼らに許可するという一文があった。
「わかった。基地周辺の警備を強化しよう。お前は持ち場に戻れ」
 ウエシタは、ハズクを退出させると窓から展望台を見た。遠目に見るその建物に変化はなかった。
…オレは、アンタに感謝している。部隊長は、オレに新しい名をくれた…
…ごく短い間の付き合いだったが、オレは、ミギとヒダリが好きだった。…彼らは、人柱力であるオレを恐れずに仲間として接してくれた。彼らの顔や声は、アンタによく似ていた…
 ウエシタは、我愛羅の感謝の言葉を振り払うように首を横に振った。
『お前のせいだ我愛羅。風影になるなどと言い出さなければ、オレはお前をあのまま許せたかもしれないのに…』
 ウエシタは、再び心に広がる闇を感じた。そして、その闇に飲み込まれていく砂漠基地の姿を想像し恐怖に駆られた。


「昨夜は、大変だったらしいね。展望台にまたジンが現れて大穴開けたんだって?」
 セキは、朝の食事当番をしながら、昨晩の事件について我愛羅に尋ねた。
「………」
「でも、アカゲが見張りでよかったって皆言ってるよ。何せあのジンをやっつけちゃうんだから。すごいよ」
「……」
 我愛羅は、セキの問いには答えず無言のまま作業を続けた。セキは、そんな我愛羅の手元から皿を取り上げると計量器に乗せた。
「うわ、またぴったり400g。神業だよ」
「…?」
「だから普通は、しゃもじでぴったり同じ量を取り分けるなんてできないんだよ」
「…そうなのか?」
 一見無造作に見える我愛羅の作業が、実は高度な技術を含んでいることにセキが感心していると、見慣れない少年が、我愛羅の前に立ちはだかった。
「お前…やっぱり…我愛羅だな」
 指さしたまま少年は、我愛羅を睨みつけた。
「…里の者か…」
 名を呼ばれた我愛羅は、顔をあげると翡翠色の瞳で少年を見つめた。
「…ひっ…!」
 少年は、短く悲鳴を上げるとトレーを床に落としたまま逃げるように走り去った。
「ちぇっ。なんだよ。わけわかんねぇ奴」
 セキは、仕方なくカウンターを飛び越えると床に散らばった食器を拾い集めた。ツチノの呟きは、聞こえていなかった。

「ハァ…ハァ…やっぱり砂の…我愛羅だ。間違いない…」
 ツチノは、ロビーでガタガタ震えていた。そこにカシケがやって来た。
「オレ、今から食堂に行くけど、お前、もう食べ終わったのか?」
「…我愛羅がいるぞ」
「…知ってるよ」
「違う。そうじゃなくて…アイツ…食事当番なんだ」
「えっ?」
「飯ついでる」
「えっ!?ウソだろ。だってアイツは絶対そんなことしない奴じゃなかったのか?」
「ああ、そうさ。だけどオレが『我愛羅だな』って呼びかけたら、『里の者か』って言ったんだ。だから間違いない…」
「…多分、正体を隠すために猫かぶってるんだ」
「そ…そうだな。でなきゃ食事当番なんてするわけないよな。…でも、なんで正体隠してるんだろう?」
「そりゃあ…きっと何か企んでるんだよ。ここの皆をだまして基地を乗っ取ろうとしているとか」
「えっー!?た…大変じゃないか」
「ほら、ここは、分校出身の忍も多いから、簡単に騙せるんだ。でもオレ達は、アイツの正体を知っている。秘密を握ってる方が強いんだぜ」
 カシケは、ツチノを励ますと二人で連れだって、食堂に向かった。カウンターの中には、先ほどと同様に我愛羅の姿があった。
「ほら、ツチノ。いくぞ」
「ああ…」
 カシケの強気発言にツチノも恐る恐る顔をあげた。考えてみれば、カシケの言う通りかもしれない。
「…そ…そうだ。オレ達は、アイツの秘密を握っているんだ」
 ツチノは、トレーを持つ手に力を入れるとカシケにくっついてカウンターに並んだ。そして、我愛羅の前に立つと震える手で皿を受け取った。
「落とすなよ…」
 一言、我愛羅が声をかけた瞬間、再びツチノは、トレーをひっくり返した。全身が硬直していた。
「一体何だよ。お前ってば、さっきから。今度は、自分で片付けろよな」
 呆れたセキは、同一人物の二度目の粗相に冷たかった。
「……」
 ツチノの足の上にはセキが注いだばかりの熱々のシチューがこぼれていた。そこは、みるみる赤くなった。我愛羅は、濡れたタオルを無言でツチノに差し出した。
「我…我愛羅…」
 驚くツチノのをかばうように、背後から別の声が我愛羅を呼んだ。それは、ツチノとともに食堂に来ていたカシケだった。カシケは、我愛羅が差し出したタオルを払い落すと語気を荒げた。
「なんでお前が、こんな辺境の砂漠にいるんだよ。どうして飯なんか配ってるんだよ。お前は、あの‘砂瀑の我愛羅’だろ!!」
 カシケの大声に食堂内がざわつき始めた。そして、隣にいたセキの顔色が変わった。
「… 砂瀑の…我愛羅!?」
「………」
 我愛羅は、無言だった。カシケは、舌打ちをすると、ツチノを引きずって騒然とする食堂を出た。
「我愛羅って…あの人柱力の?」
「四代目風影さまの末っ子だろ?確か…」
「特別部隊にいたはずだぜ。ずっと…」
 あちこちで噂する声が、我愛羅の耳にも入ってきた。隣にいたはずのセキの姿は、いつの間にか消え目の前にあった長い行列も自然消滅していた。それでも、我愛羅は、構わず残りの皿に飯を継ぎ分けた。そして、作業を終えると無言で食堂から出ていった。我愛羅が居なくなった食堂は、程なくざわつきを取り戻すと‘砂瀑の我愛羅’の話題で持ちきりとなった。


小説目次    NEXT「辺境警備6-2〜塵旋風」

Copyright(C)2011 ERIN All Rights Reserved.