辺境警備5-2〜塵旋風


二人の小悪魔

 月が替わりアカデミーを卒業した下忍たちが正規部隊に入隊すると、大規模な異動が行われた。第三中央方面砂漠基地でも3分の1のメンバーが入れ替わり、去った数だけ新しい顔ぶれが並んだ。
 小隊の編成や部屋割りがひと段落したその日の午後、食堂には遅い昼食を取るサテツ小隊の姿があった。
「この班のメンバーには、まったくお呼びがかからなかったってことか」
「お蔭でまた4人でのんびり遊べるけどね」
「オレ、もう一生このままでいい…」
 米飯を頬ばりながら、セキは、小隊長であるサテツに言った。
「セキはずっと下忍でいるつもりなのか?ツブサは中忍試験を受ける気になったらしいけど…」
「オレもここに来て5年だからね。そろそろ中忍にならなきゃ。砂の里にはオレの帰りを待ってる親や兄弟もいることだしね。…そう言えば、アカゲにも家族はいるんだろ?」
 我愛羅は、皿の上の硬いハンバーグから視線を上げた。
「…姉と兄がいる…」
「へぇ。そうなんだ。そろそろ会いたいんじゃないか?」
 ツブサは興味深げに尋ねた。
「…別に…」
 カンクロウとは、先月会ったばかりだった。テマリやバキからは、頻繁に手紙と荷物が届いていた。我愛羅は、部屋の片隅にそれを置いたままだった。
「いいなぁ。砂の里か。オレみたいなオアシス出身者にはあこがれの大都会だよ。一生に一度、行ってみたいなぁ…」
「なら一緒に中忍試験受けようぜ。今回は、砂の里であるって話だからな。そうだ、オレんちに泊めてやるよ」
「せっかくならオレは、アカゲんちがいいな」
「ああ、分かったぞ。お前、自分がアカゲを助けたって事、アカゲの兄さんと姉さんに自慢するつもりなんだな」
「うん。そして、オレ、アカゲの姉さんと兄さんに褒めてもらうんだ。だってあれだけ活躍したのに誰も褒めてくれないんだもん」
「よしよし。よくやったよくやった。セキは、えらいな。…はい、ほめたよ」
「違ーう!!そんなんじゃなくて、オレは、もっとちゃんと褒めてもらいたいの。でもってさ、ご褒美にご馳走とか作ってもらうんだ。アカゲの姉さんって料理得意そうだし」
「…アイツに作れるのは、カップラーメンだ…」
「えっ?」
 我愛羅の屋敷には、専属の料理人がいた。なのでテマリが台所に立つことはなかった。
「だが、何か食べたいものがあるならそう告げればいい。好みのものを作ってくれるはずだ」
 料理人が…と我愛羅は、言いかけてやめた。
『…タスケが生きていれば、あのハンバーグを食べさせてやれたのに…』
 それは、長年、風影邸で料理人を務めた男の名だった。そして、‘タスケ’は、我愛羅に差し向けられた刺客として死んだ。
「うーん。硬い。このハンバーグ…靴底並み」
 セキは、ハンバーグの欠片を口に入れると文句を言った。
「でもさ、硬い肉でも食べられるだけマシなんだぞ。何でも旱魃で餓死者が出てるって話だからね。砂隠れなら、食いはぐれがないからって忍者志願者が増えたらしいし…」
「異常気象でシムーンもやたら数が増えてるからな。家畜もバタバタ死んでるそうだ」
「肉が固いなんて贅沢言ってたらバチが当たる」
 サテツは、自分自身に言い聞かせるように呟くと、先ほどからいくら噛んでも噛み切れない肉片をやっとの思いで飲み込んだ。
『砂漠基地の予算は、いつも通り配分したとバキは言っていた…』
 我愛羅は、日ましに硬くなる肉や少なくなる主食の量に疑問を感じ始めていた。食事を終えて三々五々、部屋に帰る途中、我愛羅は、小隊長のサテツを呼び止めた。
「…サテツ…聞きたいことがある」
「どうした?」
「この状態をどう考える?」
「この状況と言うと?」
「支給されるものが少なくなっている」
「@単純な品不足…Aそれによる値段の高騰…Bそのための予算不足…、あるいは、C物資の横流し…D予算の横領…Eその他ってとこかな」
「………」
「CDに関与できるのは、部隊長のウエシタだ。するとわざわざ自分が不利になる事をするとは思えない。だから答えは、@ABEってとこかな。詳しく市場の動きを調べて見なきゃわからないけどな」
「…そうか。ならバキと連絡が取りたい」
「バキさん?伝書鳥を使うならウエシタの許可がいるぞ」
「それでいい」
「わかった」
 我愛羅は、サテツに伴われて司令室に向かった。ウエシタは、バキの名を聞き一瞬顔を曇らせたが、引出しから書類を取り出しサインをした。
「伝令室のハズクに持って行け。伝書鳥を都合してくれるはずだ」
「感謝する」
 我愛羅は、ウエシタに一礼すると、その足でハズクを訪ねた。鳥好きの青年は、許可書を見るとすぐに鳥小屋に向かった。
「砂の里なら明日には着くと思うよ。送るのは、この砂入りの小袋でいいのかい?」
「頼む」
 ハズクは、小袋を鷹の背中の小さなランドセルに入れると封印した。東の空に放たれた鷹は、鋭く鳴きながら見る見る青い空に吸い込まれていった。


「ご命令通り送りました」
「ご苦労だった」
 ハズクは、ウエシタの言いつけ通り、我愛羅の砂を第123演習場経由で砂の里に送った。理由はわからなかったが、上司の命令は絶対だった。
「ついでに、この書類を第123演習場に送ってくれ」
「承知しました。最速アキサメなら途中でシノノメを追い越しちゃいますね」
「それでいい」
 ウエシタは、封筒をハズクに渡した。中身はサソリが持ってきた契約書だった。
「賽は投げられた。もう引き返すことはできない」
 ウエシタは、赤砂のサソリの言葉を完全に信じたわけではなかった。だが、我愛羅が風影になる事だけは阻止したいと思った。そして、ついに自ら運命の歯車を回すことを選択したのだった。


「アカゲこっちだよ」
 大声のする方向を何気なく見たツチノは、入り口から入って来た一人の忍の姿に仰天した。
「…我…我愛羅…!?」
 その言葉に振り返ったのは、カシケだった。
「何言ってんの?お前」
「ほら…。あれ…砂の…我愛羅じゃないか?」
「まさか…」
「間違いないよ。アイツだよ」
 彼らは、我愛羅のことをよく知っていた。ツチノは、未だに足に残る傷跡を忍服の上からさすった。それは、昔、我愛羅の砂に追いかけられてできた傷跡だった。
「なんでアイツがこんな砂漠基地にいるんだよ」
 カシケは、以前、薬を持って見舞いに訪れた我愛羅を門前でののしり追い返してしまったことがあった。そして、我愛羅がアカデミーに入学したことで不登校になり、結局オアシスの分校に転校した。
「…ウソだろ。我愛羅が砂漠基地にいるなんて…」
「えっ?我愛羅って…もしかして、人柱力の?」
「人柱力は里から出ない決まりじゃなかったのか?」
「そうだよ。こんなとこにいるはずないよ。バケモノだろ、アイツ」
 他にも我愛羅のことを知るものが何人かいたようで、彼らはひそひそと噂しあった。それは、これまでの砂漠基地にはない陰鬱な光景だった。
「なあ、じゃああのチビは誰だよ」
「あれは、アカゲだよ。アイツは先月、砂の里から来た下忍で…」
「違う。あれは…間違いなく‘砂瀑の我愛羅’だよ」
「‘砂瀑の我愛羅’だと?」
 滅多に耳にはしないが、風の国の人間なら誰もが知っているその名前に食堂内はざわめいた。
「しっ。カシケ、声が大きい。我愛羅の奴…ここじゃ素性を隠してるみたいだ。もしも、バラしたのがオレたちだってわかったらマジ殺されるぞ」
「苦労してやっと忍者になったのに…なんでこんなところで我愛羅に出くわすんだよ」
 一年繰り上げてアカデミーを去った我愛羅は、その後、砂漠に出奔する騒ぎを起こし人々の前から姿を消した。
「あんな奴と一緒だなんて…ぞっとするよ」
 幼い頃は、時折、面白半分にからかい、容赦のない言葉を投げつけたりもした。我愛羅は、黙って震えていた。だが、長じるにつれて攻撃的になった。そんな我愛羅が目の前にいる。
「オレ、もう家に帰りたいよ」
 着任した初日からカシケは、頭を抱えた。ツチノは、そんなカシケを弱々しく励ました。我愛羅と同じ年の彼らは、砂漠の風にもおびえる平凡な少年達に過ぎなかった。
「君たち、何がそんなに心配なの?」
「あなたは…」
「僕は、カブト。今回君たちと共に異動してきた小隊長だよ」
 2人の少年の前に、彼らより少し年長のめがねをかけた青年が立っていた。
「小隊長?」
「ああ。砂漠は、初めてかい?ホームシックになるには早すぎると思うけど…」
「違うんです。僕らが心配してるのはアイツが…」
「アイツ?」
「おい。言っちゃだめだ。カシケ」
「聞き捨てならないな。気になるじゃないか。最後まで言っちゃえよ」
「…それが…」 
 カシケが恐る恐る指差した方向には、我愛羅がいた。
「あの赤い髪の少年?」
 カシケとツチノは、うなづいた。
「アイツの正体を知ってるんです。オレたち」
「正体?…なにやら重要な話みたいだね。こっちに来て…」
 カブトは、彼らを手招きし、自室へと招き入れた。扉が閉まると堰を切ったようにカシケが、話し始めた。
「ここでは、どういうわけかアカゲと名乗ってるようですが、本当は砂瀑の我愛羅なんです」
「砂瀑の我愛羅って…人柱力の?」
「ええ。そうです。アイツの中には、砂のバケモノがいるんです」
 すると、負けじとツチノもまくし立てた。
「砂の里は、何度もアイツの暴走でひどい目にあったんです。ほら、これ見てください。この傷もあの我愛羅にやられたんです」
 そこには、醜く引き攣れた傷跡が痛々しく刻まれていた。
「これは、痛かっただろう。よく耐えられたね…」
「死ぬかと思いました。…実際、アイツと目が合っただけで殺された人も何人もいます」
「へぇ、それは凄いね。彼は、殺人鬼なんだ」
 他人事のように話すカブトにカシケは、一瞬首をかしげると閃いたように言った。
「小隊長は、もしかして砂の里以外のご出身ですか?」
「うん。良くわかったね。東のオアシス出身だよ。でも砂瀑の我愛羅の噂は、聞いたことがある」
 カブトは、2人の話に興味深そうに何度もうなずいた。二人は、傾聴される心地よさにそれからも饒舌に語った。
「里の人は、我愛羅の事が嫌いなんです。皆、我愛羅を見ると逃げ出します。あんな奴、里にいなきゃいいのにって言ってます」
「へぇ。砂の里じゃ、そんな待遇なんだ」
「砂の里だけじゃありません。オアシスだっていくつも砂で沈めたって話だし、その度、大勢の人が死んだって聞きました。我愛羅は、その気になれば、躊躇なく人を殺せる奴です。里だって破壊出来る奴なんですよ。そんな危険極まりない奴が、ここじゃ野放した」
「…なるほど」
 カブトは、先ほど見かけた穏やかな我愛羅の様子に驚いたばかりだった。
『…君が微笑むとはね。あの中忍試験の時と同一人物だとは到底思えないよ…』
 我愛羅は、標準服に身を包み、仲間とともにいた。ツチノやカシケたちでなくとも驚くべき光景だった。
「早くウエシタ部隊長に知らせてください。そして、一刻も早くアイツを隔離してください」
「貴重な情報をどうもありがとう。僕に任せて」
 2人が話し終えるとカブトは、引出しから甘い菓子を取り出して少年達に渡した。
「ご褒美だよ。ウエシタ部隊長には報告しておくよ。君たちは、仲間に知らせて。彼がまた暴走すると危険だからね」
「はい」
 少年達は、元気よく返事をすると安心したように引き上げていった。
『まさか自分の正体を隠しているとはね。‘砂瀑の我愛羅’…君が、どうしてこんな辺境の砂漠にいるのかは知らないけど、ここは、君に似つかわしくない。僕がもっとふさわしい場所に連れて行ってあげるよ』 
 中忍選抜試験の始まる一か月前、カブトと大蛇丸は、四代目風影に成りすまし砂隠れに潜入した。初めて見た我愛羅は、冷たい目をした神経質な少年だった。だか、カブトは瞬時に我愛羅の中にある孤独を理解した。それは、父・四代目風影に対する愛情と憎しみからくるものだった。
「父親からのひどい仕打ち…それが、君の自尊心を傷つけた。愛する人から拒否されるのは辛い。自分の存在理由すら見失いかねない苦しみだ。僕には、それが理解できるよ。なぜなら君の苦しみは、僕の苦しみに似ているから…。僕たちは、理解されずに長い間、孤独の海を漂ってきた者だ。そんな僕たちを救ってくれるのは、大蛇丸様ただ一人だ。君は、僕たちの仲間になるべきだ。そして、一緒に新しい忍の世界を築こうよ」
 カブトは、紙片にカシケたちの事をメモをすると窓の外に放った。それは、すぐさま白蛇に変化し砂に姿を消した。


「やっと来たわね」
 大蛇丸は、第123演習場の中庭で一匹の白蛇を見つけると手のひらに乗せた。それはすぐさま紙片に姿を変えた。
「これですべての情報が揃ったわ」
 大蛇丸は先ほど伝書鳥が運んできた我愛羅の小袋とウエシタがサインした契約書、そして、たった今到着したカブトからの紙片を目の前に並べた。
「どうやら砂瀑の我愛羅が、風影を目指すという噂は本当だったようね。砂漠基地にはタイミングよく我愛羅の不都合な過去を知る者が現れ、上司は我愛羅に私怨を抱いている」
 大蛇丸は、我愛羅の砂を空中にばらまくと、代わりに用意した砂を小袋をに入れた。
「…我愛羅…あなたが砂隠れに見切りをつけて自分から私たちの元に来る日は近いわ…」
 大蛇丸は、長い黒髪を一振りすると本来の姿に戻った。そして、マンダを口寄せすると月に照らされた砂漠の中に姿を消したのだった。
  


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