辺境警備 2〜ジンの荒野


「こりゃ酷いな…バラバラだ」
 基地からわずか6時間程離れた場所で惨殺された同胞たちの遺体を発見したのは、砂漠パトロール中の小隊だった。
「砂漠部隊最強の特別上忍だぞ…それをこんな風にしちまうなんて…」
「おーい。こっちにクロウンモさんの7本目の足があったぞ…8本目は…と…こんなところに埋もれてる」
「ゲンブさんは収容が難しいですね。体の大半がすでに砕けて砂と同化してしまってますから」
 四忍の遺体回収に際しては、細心の注意がはらわれた。なぜなら彼らは、砂隠れでは数少ない血継限界であり、その秘密は徹底して管理されなくてはならなかった。リーダーのヨークはハゲタカ、巨漢のゲンブは岩石、そして、オウサはクサリヘビ、クロウンモは巨大蜘蛛に自在に変身することができた。その生まれ持った特殊な能力のために、彼らは砂隠れにおける最強の忍と呼ばれるようになったが、同時に一族以外からは忌み嫌われる存在でもあった。
「アリ隊長!急がないと次のシムーンが来ますよ」
「ああ。わかった。皆、撤収するぞ。急げ!!」
 それぞれ大きな袋を担ぐと彼らは、間もなくやってくるその死の風を避けるために、急いで出発した。西の上空がにわかに暗くなり始めていた。
「それにしてもこんな基地の目と鼻の先でいったい何があったんだ。彼らが緊急出動したのは一昨日の朝だぞ」
 原因は、不明だった。被害状況を見る限りでは、何か巨大な力で一瞬にして引き裂かれたように見える。それは竜巻のように回転する形状のものらしい。
「シムーンなら、もっと乾燥して粉っぽくなるはずだし…獣にしては破壊力が大き過ぎる…」
 アリは、基地に戻る道中、彼らを全滅に追いやった敵の正体についてずっと考えていた。そして、もしもそんな凶暴な敵が基地を襲ってきたら、とても対抗できないと焦燥感にかられた。最強の忍である‘西の砂漠の四忍’は、すでに死亡し、残るのは、10人にも満たない中忍たちと、大して戦力にもならない大勢の下忍たち、そして、戦力外の研究員だけだった。
「これは、いざとなったらウエシタ部隊長にご活躍願うしかないな」
 先の忍界大戦で活躍したウエシタの勇名は、基地の誰もが知るところだった。何年か前には、あの人柱力の我愛羅とも互角にやり合ったという噂もあった。1代目の灰色オオカミは、その戦闘で死んでしまったので現在は、さらに凶暴さを増した2代目灰色オオカミを口寄せすると言われていた。
「おそらく、あちこちのオアシスで起きている謎の大量殺人とも何か関係があるのかもしれないな」
 アリは、現状を報告をするために伝書鳥を飛ばした。鷹は、空高く舞い上がると鋭く鳴いて東の空に飛んだ。


 遮るものがなく何処までも続く青い空をツブサは、展望台の上から眺めていた。
「今日も一日、何事もなく…退屈だな」
 双眼鏡を覗く回数よりも、あくびをする回数が多いツブサは、大きく伸びをすると懐に忍ばせてあった栗羊羹を取り出した。
 そして、菓子の包装を歯で噛み切ろうとしていたその時、鋭い鳴き声とともに上空から一羽の鷹が舞い降りてきた。
「あれ?若鷹じゃないか。砂漠パトロール隊のアリ隊長から一体なんだろう」
 ツブサは、羊羹を懐にしまうと若鷹の背中に取り付けられた小さなランドセルから紙片を取り出した。そして、ひと目見るなり血相を変えた。
「大変だ!!あの‘西の砂漠の四忍’が死んだ!!!」
 そこには、彼らの訃報とパトロール隊が帰還する時刻が記されていた。ツブサは、転げ落ちるように梯子を降りると指令室へ走った。その情報は、瞬く間に皆に知れ渡り、砂漠基地内は騒然となった。先ほどまで平和で穏やかだった場所が、一羽の鷹がもたらした情報によりその状況を一変させた。
「大変だよ。アカゲ!」
 我愛羅の元に慌てふためいてやってきたのは、セキだった。
「あの四忍が殺されちゃったよ」
「…殺された?」
「ここから6時間先の砂漠だって…本当に死んじゃうなんて…嘘だよね…だって彼らは、砂隠れ最強の忍なんだよ!!敵う奴なんかいるはずがないのに…」
 あれほど彼らの死を望んでいたセキの口からも、にわかに彼らの死を惜しむ言葉が飛び出した。
「彼らがいなくなったら一体、この砂漠や基地を誰が守ってくれるんだよ…」
 その顔は、引きつっていた。四忍の存在は脅威ではあったが、それを上回る新たな敵がすぐそこに迫っていることをセキは、なぜか小動物のように敏感に察していた。
「…遺体は?」
 我愛羅は、彼らの死因を知りたいと思った。血継限界を一度に4人も殺害できる能力は、セキが言うように並大抵ではなかった。
「アリ隊長の小隊が今、こっちに運んでるらしいけど、到着は夕方だって」
「……」
「もし彼らを殺した奴が、この基地を襲ってきたら…ここは、全滅するよ」
「全滅?」
「だって、あの‘西の砂漠の四忍’が一瞬でやられたんだよ。ここには、誰も敵う奴なんていないし…そうなったらきっとお終いだよ」
 あちらこちらで同様の不安が持ち上がっていた。そして、彼らの平和が一体誰のお陰で成り立っていたのか、四忍を失ってみて皆、始めて実感したのだった。動揺する砂漠基地にパトロール隊が到着したのは、すでに日が暮れてからだった。遺体の入った大きな袋が開封されるとそこには、人であって人でない躯が並んだ。
「皆、血継限界を発動した状態で死んでいた。こっちのハゲワシが、リーダーのヨーク。こっちの岩石人間が、ゲンブ。クサリヘビが、オウサ、そして、こっちの蜘蛛男がクロウンモだ」
 それぞれが、バラバラに引き裂かれてはいたが、少しずつ生きている時の人としての面影を残していた。アリが説明し終わると皆、自然と頭を垂れて祈りを捧げた。我愛羅の横では、セキがぽろぽろと涙をこぼしていた。あれほど、忌み嫌っていた相手だったが、その変わり果てた姿を見てショックを受けたようだった。それは、四代目風影が発見された時の哀しみに似ていると我愛羅は思った。

−砂瀑の我愛羅へ  御無礼海容  砂隠れの復興を衷心より切に願う  ‘西の砂漠の四忍’−

『結局、彼らが残したあの布袋は、形身の品になってしまったのか…』
 蛮行についての詫びの言葉とともに我愛羅の元に届けられた宝石類は、これまで砂漠討伐で集めた彼らの全財産だったのだろう。そして、彼らもまた砂隠れのために尽力した忍たちだったと我愛羅はその死を悼んだ。
『巨大な力で瞬時にして引き裂かれている…こんなことができるのは…』
 ふいに我愛羅の脳裏に、以前、砂漠でみたキャラバン隊の惨殺死体の事が蘇ってき。
『…あの時は、洞窟に封じられていた砂ネズミの妖獣が原因だった。…まさか、アイツがまた復活したのか?』
 それは、青い洞窟に封印されていた妖獣だった。我愛羅が偶然、結界を破ってしまったことで青金石(ラピスラズリ)に封じ込められていた巨大な砂ネズミが、砂漠に現れキャラバン隊を蹂躙した。最終的には、それを石英に封じ込め粉々に打ち砕いて消滅させたのだが、今回の被害状況はそれに似ていた。
『完全に仕留めたはずだ。アレから何年も経っている…』
 検視のために四忍の遺体が解剖室に運ばれると、中忍以上の忍たちに召集がかかった。
「緊急会議を行う。指令室に集合しろ。…それと、アカゲ…お前も来い」
 ウエシタが指示を出すと、その場はざわついた。
「どうしてアカゲが呼ばれるんだ!?」
 セキは、隣にいる我愛羅の顔を不思議そうに覗き込んだ。
「いいから、お前は、アカゲの代わりに当番をやれ!」
 サテツは、セキをその場から追い払うと我愛羅を伴って指令室へと向かった。
「分かってると思うが、これは緊急事態だ。おそらくお前の力が必要になる」
「……」
 我愛羅は、促されるままに会議の席に着いた。
「どうして下忍のコイツがこの席に呼ばれるんだ?しかも入ったばかりの下っ端のくせに」
「おい。お前、場違いだ。早く失せろ」
 我愛羅を追い出そうとしたのは、中忍クラスの小隊長達だった。
「静かにしろ!そんなことを言ってる場合じゃないだろっ!!」
 サテツが大声で一喝すると、皆、黙り込んだ。そして、静かになったところでウエシタが命令を下した。
「四忍を殺したものの正体は、不明だ。夜明けとともに基地周辺を徹底的に調査する。そして、万一に備えて今晩から基地の防衛を強化する。各小隊長は、大至急ローテーションを組み直し部下の配備をしろ。いいな」
 その後、小隊長同士が話し合い、役割を分担すると会議は、散会した。ウエシタは、サテツと我愛羅をその場に残した。
「お前を呼んだ理由は、他でもない。…この基地で敵を殲滅できるのは、我愛羅、もはやお前しかいない」
「……」
「守鶴化してこの基地を守れ」
「ダメだ」
「なんだと?」
「…戦いはオレのやり方でやる」
 我愛羅は、無表情のまま腕組みをしていた。砂漠基地のトップである部隊長のウエシタと対等に話しているその姿は、いつものアカゲとはまるで違う雰囲気を醸し出していた。
『いや。これが本来のコイツの姿なんだ。砂瀑の我愛羅…オレは、お前を見誤るところだった…』
 下忍のまま正規部隊に所属したいと希望したのは、我愛羅本人だと聞かされた。わざわざ中忍になることを拒んで、なぜ一番下から始めようとしているのかは、サテツには理解できなかった。だが、‘砂瀑の我愛羅’には思うところがあるようだった。
「仕方ない。やり方は、お前に任せる。だが、敵は、おそらく妖獣だ。…以前の状況によく似ている」
 ウエシタは、キャラバン隊が砂ネズミに襲われた時の状況を語っていた。始めは、誰もがそれを守鶴化した我愛羅の仕業だと思っていた。そして、ウエシタは、風影の命を受け、その危険な殺戮者を灰色オオカミを口寄せして抹殺しようとしたのだった。
「お前の働きに期待している」
『砂の人柱力…コイツのせいでオレは、命より大事な二人の息子を失った…そして…大切なオレの灰色オオカミも…』
 ウエシタには、我愛羅に対する私怨があり、それは何年たっても彼の心から払拭できていなかった。我愛羅は、偶然、指令室の壁に掛かっている写真に気が付いた。それは、見たことがある双子の姿だった。
『…ミギとヒダリ?…そう言えば、ウエシタは、彼らの父親だったな』
 我愛羅が直接会ったのは、すでに暗殺者がなり済ましたニセモノの双子だったが、ウエシタにとっては、我愛羅が原因で息子たちが死んだ事実に変わりはなかった。
 サテツは、二人の会話を黙ったまま聞いていた。我愛羅が人柱力であることは知っていたが、最終兵器と称される守鶴化した姿を実際に見たことはなかった。その状態は、普段の華奢な姿からは到底想像がつかなかったが、どうやらウエシタ部隊長は、よく知っているようだった。


 その夜は、遠くから聞こえる風の音にも怯える一夜を過ごした。そして、夜明け前からフォーマンセル四小隊が、東西南北に分かれて砂漠パトロールに出ることになった。我愛羅は、セキとツブサとともにサテツを隊長とする小隊に割り振られ、最も敵と遭遇する確率が高い西の砂漠方面に出発した。
「よりによってなんでオレ達が…」
「手柄を立てる絶好の機会だ!!…なんてな」
 小隊は、先頭を我愛羅、その後ろにサテツ、セキ、ツブサの順で進んだ。我愛羅は、いつもの標準服のベストの代わりに斜めがけの皮ベルトと白布を身に付け、大きなひょうたんを背負っていた。
「アカゲの忍具は、変わっているな」
「そのひょうたん…水でも入ってるのか?」
 セキとツブサは、我愛羅の背中を見ながら、初めて見る装備に驚いていた。
「入ってるのは、チャクラを練り込んだ砂だ」
「へぇ、砂か…ってわざわざ砂漠に重い砂を持ち歩かなくても…」
「コイツのは特別性の砂なのさ」
 サテツは、初めて基地に到着した時に見た我愛羅の姿を思い出した。明らかに他の下忍とは違うその圧倒的な姿は、その少年が‘砂瀑の我愛羅’であること示していた。そして、とりわけサテツの目を捕えたのは、その左側の額に彫られた‘愛’の緋文字だった。
『ここでは、今日からお前をアカゲと呼ぶ。額当てをして服装も皆と同じにしろ。ここでは、オレがルールだ』
 威圧的にそう言ったのは、ウエシタだった。意外にも我愛羅は、短い言葉で了解すると皆の前で紹介される頃には、標準服に身を包み、その気配まで変えていた。
『どんな決意でここに来たんだろう…コイツは…』
 サテツは、それから上司として我愛羅の監視に当たった。今日までは、何事もなく我愛羅は、基地の中で皆と同じように過ごしていた。その様子は、健気ですらあり、およそ人柱力であることなど忘れさせるものだった。
「この任務が無事に終わったら、また花札して遊ぼうぜ」
「今度は、オレも混ぜてくれよな」
「駄目だよ。花札は、三人までしかできないんだから」
「…二組に分かれてやればいい。セキとオレ、サテツとツブサで…」
「よし。アカゲの花札の師匠はオレだからな。今度は、負けるもんか」
 果てしなく続く砂漠を横断しながら、サテツを挟んで部下たちは、軽口を叩いていた。砂により音が吸収される砂漠では、何か話でもしなければ無音となり、ただでさえ敵に遭遇するかもしれないという恐怖を増幅させた。砂漠を行くキャラバン隊もよく全員で歌を歌うが、それはあらかじめ別の隊商にこちら側の位置を知らせ、お互いに緊張感を回避するための防衛本能から来る行動だった。時には、それが盗賊達に自分たちの位置を知らせることにもなったが、遊牧民で構成された盗賊の場合は、身ぐるみ全部を剥ぐことはなく、見かじめ料さえ払えば、最低限の物資と命だけは残していくことが多かった。それは、砂漠に生き続けるための暗黙のルールでもあった。
『だが、今度の敵はそんな情が通じる奴じゃなさそうだ…』
 人でない何かもっと圧倒的な力…それが、サテツ達が探している相手だった。
「オレの村じゃあ、砂漠には、巨大な砂塵竜巻の姿で移動する精霊ジンが住んでいるって伝説があるけど…なんかちょっと似てるな」
「精霊ジン?」
 軽口の延長でセキが話し始めた伝説の登場人物に皆は、立ち止まった。
「風を吹かせて砂嵐を起こすんだけど…人間と動物、その他のものにも変身できるんだ。時には人を誘惑したりして…子供まで作ったりするんだよ。生まれた子供は、人間と動物の両方の特徴を持ってる…ジンは、炎を扱うのも得意だから、熱砂も作れるし…シムーンにも似てるかも…」
「普段は、どんな姿をしてるんだ。そいつは…」
 サテツもまた、セキの話に注視した。
「姿はないよ。だって精霊だもん」
「姿がないだと?」
「うん。実体がないチャクラのカタマリだって長老たちは言ってた。だから、変身してないと姿は、見えないんだよ」
「もしそいつが今回の犯人なら、いくら砂漠を探しても見つからないな」
 ツブサが、さりげなく言った言葉に一同は顔を見合わせた。
「…もっと詳しく聞かせてくれ」
 我愛羅もその伝説の内容に興味を持った。
「ジンは、死者の魂が抜ける瞬間を見つけると、そこにやって来て殺人者の方の魂をちょっとだけ抜き取るんだ。それが貯まると、今度は、罪の償いをさせるために殺人者のいるオアシスに災いをもたらすって言われてる。だからジンは、この世の罪を裁く贖罪の精霊なんだって。小さい頃は、悪いことをすると、ジンが来るよーってよく母さんに叱られたんだ」
……だが、オレたちは、どんな姿になっても人であることに変わりはない。それが証拠に人を殺す度に魂が引きちぎられるほどの痛みをおぼえるからな。…オレ達は、この砂隠れに繋がり生きていくためにその命令に従う……
『…あれは、罪悪感などではなく…もっと直接的な感覚だったのかもしれない』
 我愛羅の脳裏にオウサの言葉が蘇った。その言葉を我愛羅は、自分との罪の意識の違いだと解釈したが、セキの話が本当だとすれば、彼らを殺した者の正体は、まさにその精霊ジンということになる。
『そして、ジンが集めていたのが、魂などではなく彼らのチャクラだったとしたら…』
 その後もセキは、ジンについて早口でしゃべり続けた。そして、正午、基地から6時間離れた砂漠に彼らは到着した。そこは、四忍が最後を迎えた場所だった。
「特に何もないただの砂漠だな」
 ツブサは、ゴーグルを外すと周囲を見渡した。双眼鏡がなくても彼は、遥か遠くまで見ることができる視力の持ち主だった。
「これ…多分、ゲンブさんの体の一部だと思うけど…」
 セキは、砂の中から真っ黒い小石を拾うとそれをサテツに見せた。
「オレにはよくわからないが、もしそう思うなら基地に連れて帰ってやろう」
「うん。絶対間違いないって。もっとあるかもしれないからオレ探してみる!!」
「お前…こんなに大量にある砂の中からよく小さな小石を探せるな」
「別に難しくないけど?」
 セキは、見当をつけると砂をあちこち掘り始めた。その姿は、彼らの死を望んでいた時とは違い敬虔ともいえる姿だった。それからも砕け散ったいくつかの黒い小石を見つけると、大事そうにポケットに入れ続けた。
「お前…あの四忍が嫌いだったんじゃなかったのか?」
 我愛羅は、不思議に思いセキに尋ねた。
「うん。大嫌いだった。…でも、もう彼らはいないしね。ほら、知ってる人たちが死んだらやっぱり悲しいだろ?それが例えどんなに嫌いな奴でも。…それに彼らは、オレたちの仲間だったからね…」
 セキは、そう答えると砂を掘り続けた。

…だって父ちゃんなんだろ?本当の…。死んじゃったら、いろんなことがあったとしてもやっぱり悲しいだろ?…
…お前…誰かに泣いてもいいんだって…言って欲しかったんだよな……
…お前は強いし、一流の忍だと思う。だけど、悲しい時はちゃんと泣いてもいいんだってばよ……
 それは、木ノ葉のナルトが、我愛羅に言った言葉だった。そして、ナルトは、闇の中にいた我愛羅に仲間の存在や人を守ることの大切さを教え、里に繋がり生きる希望を与えた。
…我愛羅…約束だってばよ。オレは火影に、お前は風影になる…その約束を絶対に忘れんなよ…

 目の前で涙ぐむセキは、ナルトと姿形は少しも似てなかったが、仲間の死を悼み悲しむ姿に我愛羅は、ナルトを重ねた。
「そろそろ引き返すとするか。日が暮れると危険だ。闇に紛れてジンに襲ってこられたらひとたまりもないからな」
 サテツは、日没の時間を確認すると基地に引き返すことを告げた。
「待って…何かあそこに…」
 その時、ツブサが、何もない砂漠の地平線を指差して叫んだ。ツブサには遥か遠くの砂煙が見えていた。
「何処だ?」
 サテツは、ツブサが指差す方向を凝視したが、そこには白い雲を浮かべたただの青空が広がっているだけだった。
「いや…来る」
 我愛羅は、周囲の砂から大きな力が近づいていることを感知した。それは、陽炎のように揺らめきながら確実にこちらに迫っていた。一同が息を飲むと砂漠は、無音の世界に逆戻りした。その中をかすかに砂塵が舞った。
「今すぐここから東の方角に逃げろ」
 我愛羅は、方向を指し示すと三人に命じた。
「東の方向!?」
「急げ!!」
「アカゲ。お前は、どうするんだよ。こんなところに一人残るつもりなのか?」
 ツブサは、砂丘に立ったまま腕組みをしている我愛羅を振り返った。
「えっ?アカゲ…一体…お前…」
 目の前に出現した砂の盾に我愛羅の姿は、半分遮られていた。背負っていたひょうたんからは、砂が蠢く様にあふれ出し我愛羅の周りを渦巻いている。
「来るんだ。邪魔をするな」
 我愛羅が砂を動かし始めた事に気が付いたサテツは、ツブサとセキの腕を引っ張ると背後にある砂丘に急いだ。
「だってアカゲが!!」
「一人で何やる気だよ。あんなの無茶だよ」
 抵抗する二人に業を煮やすとサテツは、当て身を喰らわせ気を失わせた。それから二人の身をかばうように腕に抱いたまま、砂に潜った。間もなく正面の砂漠に漏斗状の竜巻が現れ轟音とともに襲ってきた。その巨大さと猛烈なスピードにサテツは目と耳を覆った。その瞬間、頭上を熱を伴った風圧がものすごい勢いで通り過ぎて行った。
「……」
 しばらくしてあたりが静かになるとサテツは砂の中からはい出した。
「これは…」
 そこは、今までいた場所とは思えないほど一変していた。先ほどまで我愛羅が立っていた前方の砂丘は、姿をなくし風と砂で浸食され辛うじて立っていた岩柱は、無残にも崩れ落ちていた。
「アカゲは!?」
 サテツは、慌てて一人残した我愛羅の姿を探した。
「ここだ」
 右側の岩陰から声が聞こた。そこには、砂に片膝を付き荒い息をした我愛羅がいた。
「よかった…無事だったんだな。ジンはどうなった?」
「…アイツは行ってしまった」
「アイツ?じゃあ、見たのか?ジンを…」
「アイツに姿はない。セキの言った通り巨大なチャクラの塊だ」
「チャクラの塊!?…そんなものが、何故…」
「…セキとツブサの姿が見えないが!?」
「あっ…忘れてた」
 サテツは、我愛羅に指摘され、自分の両側で砂に埋まっているセキとツブサの事を思い出した。彼らは、まだ気を失ったままだった。
「おい。起きろ」
 軽く叩かれると二人は、目を覚ました。
「う…ん。一体何が起こったの!?」
「…うわっ…砂だらけ!!」
 セキとツブサは、慌てて自分たちの忍服の砂を払い落とすと変わり果てた砂漠の風景に驚いた。
「うわっ…。ここ何処!?」
「確かあっちの方から来たような…」
「基地に戻ろう。ここは危険だ。また襲ってくるかもしれない」
「またジンが戻って来るというのか?」
「………」
 我愛羅は、竜巻が去った方向を見ていた。
「…なら、砂漠基地の方に行ったかもしれない。…だって四忍の遺体が、あそこにはあるから…」
 セキは、怯えながらそう言った。
「何だよ、それ」
「オレが言ってたジンは、集めた魂の器に反応するんだ。だから…ほらコレ…」
 セキは、ポケットから黒い小石を取り出すと砂の上にばらまいた。
「さっき集めてたゲンブさんの…」
「多分、コレに反応したんだ。…オレが拾っちゃったから…」
「何て事だ!!」
「…戻ろう。基地の皆が危ない」
 我愛羅は、サテツにそう告げると踵を返した。すぐさま砂で移動したいところではあったが、すでにチャクラを使い果たしそれは叶わなかった。


「だめだ。まるで手掛かりがない」
 夕刻、ウエシタは、基地に戻った砂漠パトロール隊の各小隊長から次々に報告を受けた。そして、空の情報を得るたびに途方に暮れた。
「よかった。基地は無事みたいだ」
 最後にサテツ小隊が帰還すると仲間たちが、一斉に彼らを出迎えた。
「何か情報があったのか?」
「うーん。どうも敵に遭遇したらしいんだけど…」
「えっ!?凄いじゃないか。よく無事だったな」
「でも、曖昧なんだなぁ…」
 サテツと我愛羅が指令室に報告に行くと、セキとツブサは、食堂に集まっている仲間たちに囲まれた。
「オレ達、あて身喰らって気を失ってたからなぁ…」
「何で!?」
「あて身!?」
「よくわからないんだけど。…どうもアカゲが、ジンを見たらしいんだ…」
「アカゲってあの新入りのチビのことかよ」
「違うよ。アカゲは、見てないって言ったんだよ。だってジンなんだし…」
 迷走する二人の会話に皆、首を貸しげた。そして、かろうじて四忍を襲った竜巻が伝説のジンと言われる精霊に似ていることを理解した。
「あっ、オレたち肝心なことを忘れてるよ!!ここにもジンが襲って来るかもしれない!だってほら、四忍の遺体があるから…」
「遺体!?」
「そうだよ。彼らは、これまで砂漠で大勢の人たちを殺してきただろ?多分、その時、ジンに目をつけられてたんだよ。ジンは、人殺しの魂…じゃなかったチャクラを集めてるんだ。罪の償いをさせるためにね。だからその器に反応するんだ」
 セキとツブサは、慌てて逃げようとした。だが、砂漠基地の仲間たちは、皆、交互に顔を見合わせ笑った。
「なら、心配ないよ。だってもうここには、四忍の遺体は、ないから。昼間、第123演習場に運んだ。使節団が砂の里に持ち帰って永久保存するそうだよ」
 今度は、セキとツブサが、顔を見合わせた。
「大変だ。なら第123演習場が襲われる!!」
 

「精霊ジンの仕業?」
「はぁ。何でも砂漠にいる伝説の生霊とか…。アレ?精霊だったかな。まぁ、そんな得体のしれない奴でして…しかも、意思を持った巨大なチャクラの塊なのだそうです。なんでも魂の器を探して砂漠を彷徨い歩いているとか…」
 指令室では、サテツが、セキの話と我愛羅の話を取りまとめてウエシタに報告をしていた。
「魂の器?なんだそれは。もっと具体的に説明しろ。子供に寝物語をしてるんじゃないんだぞ」
「と言われましても…」
「…アイツは、四忍の遺体を探していた。そして、奪われたものを取り返すと言っていた」
 我愛羅は、直接、頭の中に語りかけてきたジンの言葉をウエシタに伝えた。
「四忍の遺体は、既に第123演習場に移送した。研究材料としてアカデミーで保存する為にな」
「持って帰るですって!?そんなことしたら、砂の里が襲われますよ。アイツは、四忍を探してるんですから」
「…使節団の帰還はいつだ」
「明日の早朝だと言っていた」
 慌てふためくサテツの横で我愛羅とウエシタは、淡々と話していた。第123演習場には、由良の護衛として付いてきたカンクロウもいるはずだった。
「今すぐ演習場に連絡した方がいい」
「残念ながら夜間連絡用のフクロウは、怪我をしている。今晩は、無理だ」 
「…なら直接オレが行ってくる」
 我愛羅は、そう告げると指令室を出て行こうとした。
「今からだなんて無茶だ。お前は、さっきのジンとの対決でチャクラを使い切っているはずだ。それに例え出発したとしても到着は、真夜中になるぞ」
 慌てて制したのは、サテツだった。西の砂漠を出発後、我愛羅は、幾度か砂の上に倒れた。その度に肩を貸したのが、サテツとツブサだった。
「もう回復した。…演習場には、多分1時間あれば到着できる」
「1時間だと!?一体どうやって…急いでも普通なら3時間はかかる距離だぞ」
「砂に乗って飛ぶ。夜は、シムーンが発生しないから都合がいい」
 我愛羅は、振り返らずに出て行った。
「砂に乗って飛ぶだと?本当にそんなことができるのか?」
 サテツは、気丈な我愛羅の姿に思わずそうつぶやいていた。
「驚いたか。…これが人柱力の正体だ。所詮、奴も人ではない」
 ウエシタは、立ち上がると窓辺に寄った。そして、乾いた声で続けた。
「尾獣を宿したバケモノ…。奴のチャクラの量は、我々などとは比べ物にならんのさ。想像できるか?まだ、年端もいかぬガキの頃から奴が、何度も暴走し砂の里を破壊してきたなど…それは、既に人のなせる技ではない」
 ウエシタは、唖然とするサテツを退出させた。そして、誰もいなくなった部屋で壁に掛けてある双子の写真を見つめた。
『…あの圧倒的な力…それを欲する者たちのせいでお前たちは、輝く未来を奪われ無残にも砂漠の中で殺された。そして、オレの大切な相棒…灰色オオカミもあのバケモノ守鶴の餌食になった。人柱力の我愛羅…西の砂漠の四忍が敵わなかったジンの前で、お前がどれ程戦えるのか試してみるがいい』


 指令室を後にしたサテツは、部屋に戻る途中で偶然、伝令班のハズクと出くわした。そして、何気なくフクロウの様子を聞いた。
「えっ?元気にネズミを食ってるよ」
「…怪我をして飛べないんじゃなかったのか?」
「ああ。一羽だけね。でも、あと三羽いるから問題ないよ。だって緊急時に夜間連絡が出来ないと困るでしょ」
「……」
 サテツは、ウエシタがわざと嘘をついた事に気がつくと、そのまま踵を返して指令室へ向かった。
「どういうことなんですか。夜間連絡用の伝書鳥は、まだ三羽もいるって話じゃないですか!!」
「………」
「…部隊長は、わざとアカゲを…」
「所詮、連絡鳥など飛ばしたところで意味はない。直接、ジンに対抗できる者が行かなければ、解決できないことだ」
「それはそうかもしれませんが…でも、やり方ってもんがあるでしょ。アカゲは…我愛羅は、きっと始めから自分が行くつもりだったんですよ」
「…だから許可した」
「そうではなくて、ここはアイツを最大限にサポートすべきところだと言ってるんです!!」
 サテツは、次第に自分が感情的になっていることに気が付いていた。だが、興奮は止まらなかった。
「無駄なことだ。三時間後の到着に何の意味がある。ジンが第123演習場を襲うというなら、とっくに襲われた後だ。結局、間に合わん。それに我々が行けば、ともに全滅するだけだ。こういう仕事は、人柱力である我愛羅に任せればいいのさ。そのために多くの犠牲を払ってあのバケモノを飼い慣らしているんだからな」
「飼い慣らす?バケモノって…我愛羅は、人間ですよ」
「違うな。アレは、砂隠れが昔から所有している砂のバケモノだ。しかも、調教に失敗した出来損ないのな。四代目風影の死後、里で管理できなくなったから、この砂漠基地に回されてきた厄介者のバケモノだ。木ノ葉崩しの折も勝手に暴走し、作戦を台無しにした役立たずだ」
 ウエシタは、酷薄な眼差しで吐き捨てるようにそう言った。
「役立たず…?」
 サテツは、段々と体の奥深いところから憎しみにも似た怒りが込み上げてくるのを感じた。
「…なら、アンタは何なんだ?確か先の大戦で灰色オオカミを口寄せして大活躍した勇者のはずだ。そして、今は、この西部方面の砂漠地帯を任されている。だからこそ、この危機的状況に人柱力と伴に力を合わせて戦うべきじゃないのか?我愛羅は、仮にも今はアンタの部下なんだからな」
「ふん。あのバケモノがオレ部下だと?…笑わせるな。先ほどの奴の態度を見ただろ。オレと対等か、それ以上の傲慢さだ。それに…アレは、オレにとっては息子たちの仇だ。お前らは、二代目灰色オオカミは、一代目より獰猛だとかなんとか勝手なことをほざいてやがるが、そんなものは何処にもいない。オレは、あのバケモノのせいで両腕を失い、もはやチャクラを練ることもできん体だ。口寄せなどもうとっくに出来なくなってるんだよ!」
 ウエシタは、義手を両腕から外した。鈍い音を立てて二本の腕が床に転がった。
「…部隊長…」
「なぜ、オレがこの基地に配属されたか教えてやろう。同じ年のバキが里の上役になろうかって歳にな。…オレは、もう忍の世界じゃ役に立たない。本来ならあの西の砂漠の四忍に始末されてもおかしくない存在だった。だが、お前の言うとおり、オレには先の大戦の功績がある。砂の里の連中もそれだけは、認めてくれている。だからといって今更里にも戻れず、仕方なくこの砂漠基地に死ぬまで打ち捨てられているんだよ。…それもこれも全てあの人柱力である我愛羅のせいなんだ」
 ウエシタは、積年の恨みを吐露した。サテツは、今まで淡々と我愛羅に接していたウエシタの心の闇を知ると黙ってその部屋を出るしかなかった。


「今から第123演習場に向かう」
 食堂でくつろいでいたセキとツブサが、サテツの命令を受けたのはそれからすぐの事だった。
「えっ!?こんな時間に!?そんなことしたら砂漠で夜盗と遭遇しちゃうよ」
「ふふん。お前、忍のくせに臆病だな。オレは盗賊なんて平気さ。なんたって夜の砂漠で怖いのは、サソリだぞ。ちくりとやられたらあの世行きだからな」
「ばか。それをいうなら毒トカゲだよ。アイツ等ときたら群れで襲ってくるんだからな」
「おいおい。お前ら、本当に砂隠れの忍なのか?いいか、よく聞け。アカゲは、今、単独で第123演習場に向かってる。オレ達は、仲間だ。だから、今から追いかける。異論はないな」
「…ってことは」
「アカゲの奴、先に出発しちゃったってこと?オレ達を置いて?」
「そうだ。だから急ごう」
「分かった!!」
 突然の強行軍ではあったが、素直に付き従う二人の部下の肩をサテツは、軽く叩いた。それぞれの顔には、疲れも見えたが、口元には笑みが浮かんでいた。目指すは、遥か砂漠の向こうにある第123演習場だった。
『‘砂瀑の我愛羅’…人柱力であるお前がどれほどの存在なのかはオレにはわからない。…だが、下忍としてここに赴き、これから成そうとしていることをオレもこの目で確かめたい…』
 天空に広がる星々は、月を彩るように大小の輝きを放っている。足元には、波打つような砂丘が何処までも海のように続いていた。
 サテツは、砂に乗り一人夜間飛行を続ける我愛羅の姿をその夜のしじまに思い描いた。




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