辺境警備11〜反乱5


 岩石砂漠の北側に連なる山岳地帯に入ると、突然、空が明るくなった。前方に有った黒い岩山は、今、足元で人の侵入を拒むかのようにその鋭い岩肌を晒している。
「我愛羅…大丈夫か?」
 カンクロウは、チャクラを練れなくなった我愛羅の体を支えたまま、時折気遣うように声をかけた。だが、我愛羅は、ただ頷くばかりで一向にその胸の内を明かさなかった。
『何か考えがあるらしいが…戦う前からこんなに消耗しているなんて初めてじゃん』
…二代目の人柱力も始めはそう言っていた…
『カワスナの奴…気になることを言ってたな』
 カンクロウは、討伐隊の隊長であるカワスナが、人柱力について語った言葉に胸騒ぎを覚えていた。
『我愛羅は、またあれから守鶴とやり合ったんだろうか…チャクラが練れないなんてあんまりじゃん』
 オートの砂が発動しなくなったのは、一週間前の事だった。その後、事態は悪化する一方だった。守鶴は、我愛羅のチャクラまでその支配下に置き使用不可にするという暴挙に出たのだった。
『まずいじゃん。今の我愛羅は、ほぼ無力だ。このまま敵に遭遇すれば、無理してでも自分のチャクラを引き出そうとするだろう。だが、そんなことをすれば、カワスナが言ってたように…』
…二つのチャクラが、ぶつかり合い暴走し人柱力は死んだ…
『だが、ここには、守鶴の茶釜なんてない。守鶴の奴だって無理をすれば、我愛羅もろとも死ぬ事になる。まさか、心中するつもりじゃないだろうし…』
 我愛羅の姿を借り、自分の前に現れた守鶴の金色の目を思い出すとカンクロウは、身震いをした。尾獣は、人柱力という器の中で永遠に生き続ける。そして、適当な器が見つからない場合は、茶釜がその器の代わりになった。守鶴を憑依させられた者は、砂を自在に操り自らを砂の化身に変化させることも出来た。その膨大なチャクラは、無限とも言われ人柱力と共鳴することで具現化できた。
 峠を越えてしばらく山道を下ると木々の間に洞穴が見えた。
「あそこで休ませるといい」
 カワスナは、二人を心配そうに振り返ると指差した。
「我愛羅の様子は、どうだ」
「あまりよくない。…そうなんだろ?我愛羅」
 黙ったままの我愛羅を座らせるとカンクロウは、水筒の水を飲ませた。
「……」
 我愛羅は、無言だったが、既にぐったりとしていた。カンクロウは、布で我愛羅の汗をぬぐった。
「オレは仲間の様子を見てくる。皆、近くまで来ているはずだ」
「頼む」
「…オレは、大丈夫だ」
 我愛羅は、カンクロウの手から布を奪うと、カワスナを見てそう言った。
「気丈だな、我愛羅。…もう無理をするな。悪かったよ」
 カワスナは、我愛羅とカンクロウに手を振ると洞窟を出て行った。
「アイツの言う通りだ。今のお前は、とても任務できるような状態じゃない。寒いはずなのにこんなに汗をかいてるし、まるで無防備だ」
「オレを守る砂もなくなった…」
 カンクロウは、我愛羅がひょうたんを背負っていないことに気が付いた。
「いつからだ?」
 砂漠基地を出発した時は、我愛羅の装備は、いつもどおりだった。
「あの落石の後だ」
「あ…」
 我愛羅が、落石に気が付き、砂を発動しようとしたその瞬間、背中にあったひょうたんが、まるで異次元にでも飛ばされたかのように忽然と姿を消した。
「オレのチャクラを大量に練り込んであったから…タイミングを見計らって守鶴が取り上げたらしい」
「あの化け狸め…」
「徹底的にオレとやり合う気だ。だから、オレも負けられない。でなければ、オレの方が消えてしまうからな」
「我愛羅…」
 我愛羅は、自嘲するように呟いた。
『こんな我愛羅は、初めてじゃん。実際、ここまで守鶴の奴に反抗されるとは、我愛羅も予定外だったろうな』
 カンクロウは、身一つになってしまった我愛羅が、それでもどこか強気でいるのが不思議だった。
「カンクロウ…」
「何だ…」
「…迷惑をかける…」
「バ…バカ…何言ってるんだ。迷惑だなんて…」
 突然の我愛羅の言葉にカンクロウは、面喰った。我愛羅は、いつものように穏やかな口調で続けた。
「今のオレは、この身一つ守れない無力な存在だ。だから、守鶴に打ち勝つには、お前の協力が必要だ」
「オレの協力がいるのか」
「ああ…オレを助けて欲しい」
「わかってる。もちろんだ。その為にオレは、お前の側にいるんだからな。…で、具体的に何をすればいい?何でも言ってみろ。なんでもしてやるじゃん」
 カンクロウは、我愛羅の口から自分を必要としていることを聞かされ思わず胸が熱くなった。そして、我愛羅の為ならば、命を投げ出しても惜しくないとさえ思った。だが、我愛羅の頼みは、意外なことだった。
「…オレが、敵の手に落ちても…構わないで欲しい」
「構わないでって…おい!!そ…それってどういうことじゃん!?」
 カンクロウは、我愛羅の申し出に我が耳を疑った。
「お前は、前にオレにこう言った。…守鶴は、オレに構われたがっていると…アイツには、オレしかいないと…」
「ああ。だが、それとこれとがどう繋がるんだ?」
「…オレは、アイツのチャクラを辿ってアイツの住む世界に降りてみた。そこは、漆黒の闇が支配する場所だった。そこは、以前、オレが心の中に描いていた世界と良く似ていた。そして、守鶴には、オレの心の声だけしか聞こえてなかった。だが、今は、それすら届かないはずだ。オレが、アイツの存在を拒否してしまったから…」
「我愛羅…」
「これは、アイツと向き合う最後の機会なんだと思う。…アイツが、オレを本当に殺そうとしているのか…それとも、生き方を変えたオレと伴に生きて行こうとしているのか…オレは、アイツを見極めたいんだ」
「お前…それって」
「オレが死ねば、アイツも死ぬ。ぎりぎりの瞬間にアイツは、オレの前に現れるはずだ。でなければ、アイツも死んでしまうからな…」
「命がけってことかよ」
「オレは、必ず勝つ。こんなところで躓くわけにはいかないからな」
「お前を信じる…と言いたいところだが、本当にそんなやり方で大丈夫なのか?守鶴が、現われなかったらお終いだぞ」
「必ずアイツは、現れる」
「強気だな…」
 カンクロウは、我愛羅の危険な賭けには賛同しかねた。だから、敢えて返答をしなかった。
『いくら構うなって言われても…オレには、多分無理じゃん。きっと本能的に我愛羅をかばって行動してしまうに違いない』
 二人は、その後も洞窟の中でカワスナの帰りを待っていたが、時間だけが無為に過ぎて行った。
「おかしいな…一体、どうなってるんだ?」
 カンクロウは、様子を見に取り敢えず洞窟の外に出てみた。いつの間にか、濃霧が発生したらしく周囲一帯は、白いもやに包まれていた。
「まさか、皆、この霧のせいで迷ってるのか?」
 一歩踏み出しただけで、方角を見失ってしまいそうな真っ白な世界が広がっていた。
「まずいな。カワスナの奴も、迷って帰ってこれなくなってるんじゃないだろうな」
 いずれにしても移動するのは、この霧が晴れてからになるだろうとカンクロウは考えた。
「仕方がない。待つしかないな…」
 踵を返した途端、カンクロウは、後頭部に強い衝撃を感じた。そして、薄れゆく意識の中で、かすかに大勢の足音を聞いた気がしたが、確認することはできなかった。


「…何者だ…?」
 我愛羅は、不穏な気配を察して身構えた。砂による感知が出来なかったため、気が付いた時にはすでに敵は、目前に迫っていた。皆、体格がよく暗部が被るような奇妙な面をしていた。
「オレ達と一緒に来てもらう」
 左右から伸びた手が我愛羅を捕らえた。
「砂が発動しないというのは本当らしいな」
 カンクロウとイサゴ、そしてカワスナしか知らない秘密を目の前の男たちは、知っていた。
「抵抗することもできないか。砂が使えない今のお前は、下忍以下だな」
「……」
「連れて行け!」
 リーダー格の一人が叫ぶと二人の男が我愛羅に黒い袋を被せた。
「…大事な人柱力だ。丁寧に運べよ」
 あっという間に一人の男が、我愛羅を担ぎ上げると彼らは、猛スピードで移動した。洞窟の外は、嘘のように霧が引いていた。
「例のモノは、もう届いたのですか」
 言葉を発したのは、我愛羅を担いだ男だった。我愛羅は、その声に聞き覚えがあった。
「なんとか間にあったようだ。鍛冶屋村を焼き払うと脅かしたらようやく承諾したらしい」
「では、儀式は、予定通り今晩なのですね」
「ああ。ガレキ様が急いでおられるからな。今夜は、十六夜…守鶴の力もこれからは、徐々に弱まるはずだ。茶釜に封印するには、良い時期だ」
 その会話を聞いていた我愛羅の体が、一瞬、びくりと痙攣した。
『…茶釜だと…!?まさか…』
 通常、人柱力から尾獣を引き抜く際には、解封印を結び、尾獣と釣り合うチャクラを練る方法がとられていたが、我愛羅は、偶然、もう一つの選択肢があることを知っていた。それは、暴走を利用し尾獣が自らの意思で抜け出て‘守鶴の茶釜’に入るという手段だった。その茶釜は、通常、唯一無二の法具として風影邸の奥深くの宝物殿に保管されていた。だが、同様の物を作り出すことは、決して不可能な事ではなかった。そして、この岩石砂漠には、かつてその‘守鶴の茶釜’を作った鍛冶屋村があった。
『…しまった。これでは主導権が、また守鶴に戻ってしまう…』
 我愛羅は、予定外の‘守鶴の茶釜’の出現で自分が再び劣勢に立たされたことを知ると舌打ちした。おそらく守鶴は、今の我愛羅を見限り、茶釜に入る事を選択するだろう。

…オレは、お前が嫌いだ!…お前が弱ってこのまま消えてくれるのなら、オレにとっては好都合だ…
…よくもそんな言葉を…貴様…絶対に後悔させてやるからな…

 守鶴は、鋭い目で我愛羅を睨みつけると、その言葉通り、我愛羅から全てのチャクラを奪っていった。
『…オレは、アイツを完全に怒らせてしまったんだ…』
 やがて、何処か建物に到着したらしく、男達は、長い階段を下りて行った。
「時間まで地下に閉じ込めておけ」
「了解しました」
 我愛羅は、黒い袋から出されると、縄を解かれそのまま岩牢に閉じ込められた。
「気の毒だが…ここで、お別れだ。砂瀑の我愛羅」
 我愛羅を担いでいた男は、他の者達がいなくなると、面を外した。
「カワスナ…やはり、アンタか」
「悪く思わないでくれ。オレは、ガレキ様に借りがある。…個人的には、アンタが、風影になることを望んでいるし、その姿を見たいと思っている。だが、家族の窮乏を見過ごすことはできなかった。すまない。許してくれ」
「待て。教えて欲しい。カンクロウをどうした?サテツ隊の皆は、どうなった?」
「彼らは、無事だ。今頃は、アンタを探して岩山をさまよっているだろう」
「生きているのか…」
「オレ達が欲しいのは、アンタの中の守鶴だけだ。…それ以外の者たちの命を奪うつもりはない」
 我愛羅は、仲間達が生きていることに安堵すると立ち去ろうとする男をもう一度呼び止めた。
「最後に一つ聞かせて欲しい」
「なんだ」
「アンタが言っていた二代目は、どうして自ら人柱力になった?」
「砂の里を救うためだと言っていた…あれは、丁度、第三次忍界大戦の時だった。岩隠れには、四尾と五尾が、木ノ葉には、九尾がいた。奴らに踏み込まれれば、砂の里は、たちまち壊滅する。その危機を救うために、自ら志願したんだ」
「……」
「戦争が終わって彼は、英雄になった。だが、平和が続くと砂の里の人々は、次第に人柱力に冷たくなった。そして、守鶴の暴走を懸念して二代目人柱力を一代目人柱力同様、幽閉しようしたんだ。だから、彼は強引に守鶴をコントロールしていることを証明しようとした。その結果、守鶴の怒りを買い本当に暴走してしまったんだ。彼は、気概のある勇者だったが、結局、命がけで守った里の人々と守鶴の両方から、裏切られる形で死んだんだ」
 カワスナは、話し終えると手にしたロウソクを棚に置いた。
「オレは、奴とは幼馴染だった。…アンタの事も決して嫌いではない。いや…むしろアンタには、幸せになって欲しいと思っていた。…本当だ」
『…強気で迫って怒りを買ったか…まるで、今のオレだな…』
 我愛羅は、一人冷たい床に座り込むと膝を抱えた。目の前に灯されたロウソクの灯に映し出された自分の影がゆらゆらと揺れていた。
『…オレもまた、人柱力の器ではなかったということなのか…』
 世界中から忘れ去られたような沈黙の中、我愛羅は、ポケットに硬いものが入っていることに気が付いた。取り出してみるとツチノたちが始めにくれた固形食だった。
『やっと…彼らとも分かり合えたというのに…』
 我愛羅は、それを一口かじった。砂漠に出るときに口にするいつもの固形食だったが、なぜか特別な味がする気がした。二口目をかじろうとした時だった。我愛羅は、真横に大きな気配を感じた。
「…守鶴か…」
 我愛羅は、前を向いたままそう言った。
「…お前は、間もなくオレを抜かれて死ぬだろう」
「…そうらしいな…」
「…お前は、オレを怒らせた。自業自得だな」
「…仕方がない」
「なんだ。やけに素直だな。もう、諦めたのか…?」
「お前とぎりぎりの命のやり取りをしようと思っていたが…どうやら無駄だったらしい。…守鶴の茶釜を用意されたのでは、オレに勝ち目はない」
「………」
「オレの負けだ。守鶴…」
「………」
「オートの砂やお前のチャクラがなくても、どうにかなると思っていた。だが、オレ自身のチャクラまで取り上げられては、どうしようもない」
「オレの勝ちか…」
「そうだ…お前の勝ちだ。…お前が居たから、今日までオレは、生き延びることができた…それが、良く分かった」
「オレのお陰だというのか」
「ああ。そうだ。お前のお蔭だ。認める。…お前は、長い間、ずっとオレの側にいてオレを守ってくれた。考えてみれば、あのうずまきナルトやカンクロウ、テマリ以上にお前は、オレにとって近しい存在だった。…なのにお前を無視するような真似をして悪かった。…あの時、思わずお前を嫌いだと言ってしまったが、お前は、以前のオレそのものだった。お前の住んでいるあの漆黒の世界を見た時によくわかった」
「………」
「オレ達は、良く似ていた…。だからこそ共鳴できたのだ」
「………」

 二人は、その後しばらく黙ったまま並んで座っていた。先に沈黙を破ったのは、守鶴だった。
「…漆黒の世界は、茶釜の中に似ている…オレは、茶釜の中は嫌いだ」
「………」
「…あの中は、暗くて寒い…」
「………」
「…こうして話しかける相手もいない」
「……」
「…もしも、お前が、この先、オレに憎しみの代わりとして与えてくれるものがあるならば…オレは、もう一度、お前と居てもいい」
「………」
「…………」
「………」
「…なにもないのか?」
「……ないことはないが…お前の気にいるものかどうか…わからないからな…」
「何だ?どんなもんだ??…あるなら早く言ってみろ!!」
「……これだ」
 我愛羅は、手にしていたかじりかけの固形食を守鶴の前に置いた。守鶴は、それをじっと見た。
「…食いかけの菓子?…お前、やはりオレをバカにしてるな」
「…違う。…これは、子どもの頃にオレから傷つけられ…そして、ずっとオレを憎み嫌っていた仲間が、オレの身を案じてわざわざくれたものだ。…それを貰った時、オレは本当に嬉しかったんだ。やっと彼らに許された…そう思った。…ずっとずっとオレは、自分が傷つけた人々に罪悪感を感じていた。本当は、彼らに許されたいと思っていたんだ。オレが、暴走したために大勢の里の人々が亡くなってしまったんだ。オレは、里の人たちに嫌われて当然だった。…なのにオレは、長い間そんな里の人々を逆恨みし憎んできた。本当は、一番悪いのは、オレ自身なのに…。木ノ葉の人柱力と出会い、オレは、生き方を変えた。風影を目指すようになってオレは、自分の行動を変えた。すると少しずつ、オレを見る人々の目も変わった。これは、オレにとって最初の許しだった…大切な大切な宝物だ」
「…そんなものをオレにくれるというのか?」
「…嬉しかったオレの心をお前に捧げたい。オレの孤独を知るお前だからこそ受け取って欲しい。…オレは、お前が、こうしてもう一度会いに来てくれることを信じていた。…そして、お前は、信じた通りこうして来てくれたのだ…」
「………」
「感謝している…守鶴…」
 我愛羅は、守鶴を見上げるとふわりと微笑し、その翡翠色の瞳から一筋の涙を流した。
「………」
 守鶴は、固まったまま、我愛羅を見下ろしていた。


 長い時間が経ち、やがて目の前のロウソクが燃え尽きると岩牢の中は、真っ暗になった。それは、守鶴と我愛羅の住んでいた世界に似ていたが、彼らは、心にともった別の明かりを見ていた。
 遠くから次第に足音が近づいてきた。
「…おい、我愛羅…奴らが来るぞ」
「…ああ」
「オレは、お前の中に戻る。…これは、ありがたく貰っておく」
 守鶴は、自分の前に置かれた固形食を飲み込んだ。
「…我愛羅…思う存分やれ」
「ああ…お前を頼りにしている」
 松明を持った一団が近づくと我愛羅は、ゆっくりと立ち上がった。真正面にいたのは、ガレキの側近のバラスだった。そして、背後には、巨大な茶釜が出現した。側には、カワスナとその部下達の姿があった。すでに皆の顔から面は、外されていた。
「待たせたな。三代目人柱力…。今、お前を解放してやる。これまでさぞや辛い人生だっただろう。皆にバケモノ扱いされて父親から命までも狙われて…。全く酷い男だった。自分が四代目になるために可愛い我が子を人柱力にしたのだからな。妻も叔父も犠牲になった。だが、安心しろ。お前の苦しみももう終わりだ。オレが、今、守鶴の呪縛からお前を解放してやる」
 バラスは、茶釜の前に立つと片手を上げた。
「これは、風影邸にあるオリジナルと同様に守鶴を封じ込めることが出来る茶釜だ。守鶴は、解封印に導かれ、この茶釜に吸い込まれる。三日三晩続く壮大な儀式だ。お前にとっては、最後の苦痛だが、やがて楽になる…」
「…バラス、一つ聞きたい。お前たちは、何のために守鶴を欲している?」
「里を守るため…と言えば、ご満足かな?…だが、そんな高尚な理由はない。守鶴は、絶対的な力だ。忍の世界では、力こそが最も価値あるもの…守鶴を手に入れることは、この砂の里を手に入れる事だ。お前の父親もそうしようとしたが、失敗したのだ。そして、お前自身もな。我愛羅」
「…なるほど。守鶴は、砂の里で最も価値あるもの…か。どうやら、アンタ達が、一番アイツを高く評価しているようだ」
「そうだ。だから手に入れる。…月が昇った。儀式を始めるぞ」
 岩牢の天窓が開くと月の光が差し込んだ。バラス達は、茶釜を囲んで印を結び、呪文を唱え始めた。低い声が岩に反響すると、次第に茶釜は、焼けたように赤くなった。バラスは、その様子を確認すると更に渾身の力で呪文を唱え続けた。我愛羅は、腕組みをしたまま、彼らを静観していた。
 ズズッ…ズズッ…ズズッ…サラサラ…サラサラ…
 一心不乱に呪文を唱えていた男たちの足元に何処からともなく砂が迫っていた。
「な…何だ、これは!」
「バカ。儀式の最中だぞ。集中しろ!!」
「しかし…砂が…」
「いったいなんだ。気を散らすな」
「あ…足元に砂が…!!!」
「砂だと?」
 口々に叫び出す頃には、四方八方から集まった大量の砂が、彼らの体を埋め尽くそうとしていた。
「うわっあああっっっ」
「…砂…砂に溺れる…」
「…我愛羅…貴様、チャクラを回復したのか」
「あいにくだったな…守鶴は、茶釜よりオレと共に生きて行く事を選んだらしい…」
「何だと!?」
 すでに全身をすっぽりと砂に捕えられた男たちは、身動きができずもがいていた。その砂は、次第に密度を高め、彼らの体を締め付けた。
「…砂瀑の我愛羅、オレも最後にアンタに聞きたいことがある」
 尋ねたのは、カワスナだった。
「何だ」
「アンタは、どうして風影になろうと考えたんだ。…アンタも人柱力であることで砂の里の人々から酷い差別を受けていたはずなのに…」
「…確かに砂の里にはオレを嫌う者達が、大勢いた。だが、オレを大切に思ってくれる者もいるのだと分かったからだ。オレは、彼らを守りたい。そして、彼らの手に繋がる者たちのことも守りたい。アンタ達が言うように大切な者を守るためには、力が必要だ。オレは、この世に生を受けたときに四代目風影から人柱力としての運命を与えられた。そして、今度は、守鶴自身にその力を行使する者として選ばれたんだ」
「…そうか…そういうことか……よかった…アンタなら、立派な風影になるだろう…あの守鶴に選ばれるほどなんだから…」
 カワスナが、わずかに口元を緩めていると、その横でバラスが、絶叫した。
「オレは、認めないぞ!尾獣のコントロールが、お前の様な未熟なガキに出来るものか!!守鶴の制御など、机上の空論だ。皆、バケモノのたわごとに騙されるな。こんなガキが、風影になったとして一体どれほどの事ができると言うのだ!いずれ暴走して里を混乱させるのが関の山だぞ!!そうか、分かったぞ。こいつは、すでに守鶴に操られているんだ!あの砂のバケモノに精神を乗っ取られているんだっっ!!」
 我愛羅は、叫び続けるバラスの口を砂で塞いだ。そして、残った砂忍たちに厳しい口調で言った。
「お前たちもコイツとともに死にたいのか!!」
「…お…オレ達は…ただ、命令されただけです…」
「そ…そうです。…オレは、ガレキ様に借金があって…命令に背けば殺されるから…しかたなかったんです」
 砂に全身を包まれた砂忍たちは、ガタガタと震えながら口々に命乞いをした。
「砂瀑の我愛羅…オレは、このまま、ここでバラスと共に死なせてくれ。このまま、砂の里に戻っても、ガレキにどうせ弄り殺されるだけだ。だが、部下のアカダマ、フヨウ、セッカイは、オレに従っただけだ。彼らに罪はない。どうか助けてやって欲しい」
「た…隊長!!」
「何を言ってるんですか」
「オレ達は、隊長に何度も命を救われた。隊長が、居なければ、とっくに死んでいた。隊長が、ここで死ぬと言うなら、オレ達もお伴しますよ」
 カワスナの申し出に、アカダマ、フヨウ、セッカイは、涙しながらそう言った。
「…アンタを殺せば、この三人は、アンタを殺した仇としてオレの命を狙うだろう。だから、アンタ達四人は、今後、バキの監視下に置く。…償いはそれからだ」
「…わかった…」
 我愛羅は、頷く男たちを砂の呪縛から解放した。カワスナは、それから今回の事の全貌を告白した。
「全ては、あなたをここに呼び出し守鶴を奪うための作戦でした」
「暴動の話も嘘だったのか」
「いえ。抵抗しようとした者達は、居ましたが、発覚後、ただちにバラスの命令で虐殺されました」
「…命令か…心を縛られていては、個人の罪を問うことは難しいな」
 我愛羅は、虐殺に関係した者たちを査問委員会にかけることを決めるとその身柄を拘束させた。そして、屋敷の中を調べ大量に隠されていた物資を発見した。その中には、砂漠基地から盗み出した食糧の箱も混ざっていた。
「砂の里に報告してここを徹底的に調査させろ。まだまだ、色々と出てきそうだ」
 我愛羅が、采配を振るっているとそこに聞きなれた騒がしい声が響いた。

「あー。あった」
「きっとここですよ。領主の館って!!」
「任せろと言ったくせに、お前らの案内で迷いに迷ったじゃん」
「おい、暴徒が占拠しているって話だぞ。皆、静かにしろ」
 今更ながらに注意を促している声は、サテツだった。語尾からして、カンクロウもいるようだった。
「あっ、我愛羅さまだ!!」
 目の良いツブサがいち早く我愛羅を見つけ叫んだ。
「何?我愛羅?」
「あそこですよ。あの階段のところ」
 カンクロウは、目を凝らした。
「本当だ。我愛羅だ」
 セキも叫ぶと先頭切って駆け出した。
「おい。慌てるとまた転ぶぞ!」
 言ってる側から岩に足を取られてセキが転んだ。だが、その足元には、砂がクッションのように広がりその小さな体を受け止めていた。
「我愛羅の砂…じゃあ…」
 カンクロウは、その砂が我愛羅から放たれたものであることに気が付くと顔をほころばせた。
「我愛羅!!」
 駆け寄ったカンクロウにいきなり抱きしめられ、我愛羅は、驚いた。その背中には、いつものひょうたんが復活していた。
「お前…砂の力が、戻ったのか?」
「ああ…」
「じゃあ、守鶴の奴を制御できたんだな」
「いや…そうではない。オレ達は、協力関係を結んだのだ。どちらかが支配するということではなく…」
「そうか…ま、どっちでもいいじゃん。…それでお前らが折り合ったんなら」
「……そうだな」
 我愛羅は、いつの間にかカンクロウが、自分を複数形で呼んでいることに気が付いた。そして、自分の中の守鶴もきっとそれを喜んでいるに違いないと思った。
「カワスナ隊長。ここにいたんですか。随分、探しましたよ」
「すまない。ちょっと事情があって…」
 カワスナは、サテツを見ると言葉を濁した。
「暴動は、オレをおびき出すために仕組んだ罠だったらしい…奴らの狙いは、オレの中の守鶴を奪うことだった。首謀者を捕えているから、査問委員会に引き渡す」
 我愛羅は、カワスナ達の裏切りには触れなかった。
「えっ?じゃあ、もう今回の任務は、終わっちゃったんですか?」
「オレ達、また間に合わなかったってこと?」
「これでも岩山で迷いに迷いながら、それなりに急いできたんだけどな…」
 いつになく使命感に燃えていたツブサ、セキ、サテツは、残念がった。我愛羅は、そんな彼らに新たな任務を与えた。
「お前達には、この茶釜を鍛冶屋村に返却する任務が残っている」
「茶釜だと?」 
 驚いたのは、カンクロウだった。
「守鶴の茶釜のレプリカだ。これは、存在してはならないものだ。再び、炉に入れて、ただの砂鉄に戻してもらいたい」
 我愛羅の指差す方向に巨大な茶釜があった。
「こんなのどうやって運ぶんだよ」
「でかー」
「鍛冶屋村は、遠いじゃん」
「…これ…砂鉄に戻すだけでいいのか?」
 意外そうに言ったのは、サテツだった。
「そうだ」
「ならオレが、ここで分解するよ。そうすれば、わざわざ鍛冶屋村まで行かなくても済むからな」
「炉も使わず砂鉄に分解するだと?そんな事ができるのか!?」
「それぐらいしか出来ないんだ」
 サテツは、茶釜に向かって印を結ぶとその指先をちょこんと触った。茶釜は、真っ赤になったと思った次の瞬間、黒く細かな鉄粉になり崩れ落ちた。
「……!!」
「サテツ隊長…すげー」
「アンタ…そんな能力あったのかよ」
「…やるじゃん」
「これで、任務完了…だな」
「サテツって名前…伊達じゃなかったんだ。何かやるとは思ったけど…」
 思わぬ小隊長の忍術を見せられセキやツブサは、しきりに感心していた。
「凄いな…」
 我愛羅もまた、これまで二カ月の間、一度も自分の能力を見せなかった小隊長の本当の力に驚いていた。
「まぁ、なかなか使う機会のない技でね。なんとか役に立ってよかったよ」
「その力って、クナイや手裏剣のような鉄でできた武器を瞬時に分解する塵遁の一種だろ?…アンタ…まさか岩隠れの忍者の血縁なのか?」
「遠い先祖の事は、良くわからないけどね。でも、使う範囲を誤ると味方の武器も分解しちゃうんで案外厄介な術なんだな。これが…」 
「武器を無力化する事ができる忍か…アンタは、血継限界だな」
「いや…ま…そう感心されると…照れるな」
 カワスナに指摘され、サテツは、頭を掻いた。

 
 帰路に着いた一行は、再び砂漠で野営した。行きと同じく三つのテントに別れた。
 そして、再び、我愛羅の夢の中に守鶴が現れた。
「我愛羅…尾獣のオレと違って、お前達人間の命には限りがある。オレは、お前が、その生を全うするまでお前の側でお前を見守る…あのオートの砂と一緒にな…」
「おかしな言い方をするな。オートの砂も、お前が発動しているんだろ?まるで別の者の意思のようだな…」
「……まぁ、いい。今は、そういう事にしておこう。…オレは、疲れた。しばらく休む」
「ああ…そうしてくれ。…守鶴…ご苦労だったな」
「……我愛羅…お前もな…」
 我愛羅は守鶴が、意識を消す一瞬、明るい世界を垣間見たような気がした。そこは、もはや漆黒の闇ではなく青い光に包まれていた。我愛羅は、その眩しさにナルトの瞳を思い出していた。              

「辺境警備〜反乱」  <完>


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