合同任務 2〜遭遇


「テマリっ!!」
 国境付近の砂漠で使節団を見つけると真っ先に走って行ったのは、カンクロウだった。
「カンクロウっ!我愛羅っ!」
 テマリもカンクロウと我愛羅を見つけると手を大きく振りながら叫んでいた。
「お久しぶりです。バキさん」
 カカシは、使節団と合流するとバキに右手を差し出した。
「木ノ葉の協力に感謝する。こちらが使節団の団長のリュウサ殿だ」
「はたけカカシです。木ノ葉まで我々がご案内します」
「よろしく頼みます」
 上役の中でも一番若いリュウサは、元四代目の側近を務めていた男だった。
「我愛羅…」
 バキは、ナルトの横に立っている我愛羅に近づくといきなり片膝をついた。背の高いバキの顔が、丁度、我愛羅の目線の高さにあった。
「…バキ」
 我愛羅は、突然のバキの行動に驚くと思わず組んでいた両手を解いた。
「砂の里の危機を救ったのは、お前だ。我愛羅…皆を代表して礼を言う」
「オレの情報は、役に立ったのか」
「もちろんだ。少し時間がかかったが、こうして使節団を木ノ葉に送ることができた。すべてお前のお陰だ」
「ならいい。もう立て、皆が見ている」
 我愛羅は、バキの肩に手を置くと早く立ちあがるように促した。上忍がこうして下忍に跪くなどあり得ないことだった。
「我愛羅、合議制会議にはまだ様々な意見があり人柱力としてのお前の立場は複雑だ。しかし、少なくともオレはお前に侘びと感謝の意を示したいと思い、今回、使節団長に志願した。半月前に四人の忍達も無事に帰還した。皆、始めは驚いていたが、少なくともこれでしばらくは、お前の存在価値を試そうなどというバカな提案は影をひそめることだろう。まさに勇気ある決断だった」
「……」
 合議制会議が暗殺者を差し向けたことをリュウサは率直に詫びた。そして、結果的に彼らを生きたまま帰したことが高く評価されたことを我愛羅は知った。
「我愛羅…よかったな。やっぱりお前の判断は、正しかったんだ」
 カンクロウは、思わず涙ぐんでいた。
「テマリ…辛い役目をお前一人に背負わせてしまった。すまなかった」
 我愛羅は、テマリに近づくとねぎらうようにそう言った。
「我愛羅…」
 テマリは、我愛羅の小さな体をそっと抱き締めた。一か月前は、この日が来ることだけを夢に見て木ノ葉を出発した。それが今やっと実現したのだとテマリは、珍しく我愛羅たちの前で涙を見せた。
「砂の里にもこれからきっといい時代が来る」
「ああ…そうなることを願うばかりだ」
 我愛羅は、テマリの隣に立っているシカマルにも礼を言った。
「テマリが世話になった」
「えっ…別にいいって…思わぬ砂の里の観光もできたしな」
 シカマルは、テマリと目を合わすと照れたように頭の後ろで両腕を組んだ。
「なんかあやしい雰囲気ですよね。二人とも…」
 妙にスルドイのは、リーだった。
 使節団と木ノ葉の一行は、顔合わせをすませると、東に向かって移動を始めた。今日の宿泊場所は、風の砂漠にある洞窟だった。乾いた風が吹くその一帯は、我愛羅たちにとっては懐かしい場所であり、ナルト達にとっては、異国情緒あふれる場所だった。間もなく日が沈むと頭上いっぱいに星が現れ、降るように輝いた。
「赤い星が二つあるってばよ」
「あれは、さそり座のアンタレスと火星だ」
 砂漠に座って我愛羅とナルトは、南の空を見ていた。丁度、地平線の近くに二つの赤い星があった。
「砂漠には遮るものがないから星がよく見える。一見ばらばらに見える星も名前がつくと一つの形に見えてくるから不思議だな」
「へぇ…これって全部、名前が付いてるのか」
「星座を覚えると砂漠でも方角が分かる。今、自分がいる位置もな」
「ふぅん。お前ってば、本当に物知りなんだな」
 肩を寄せ合うように並んで座っている小さな二つの後ろ姿をじっと見ていたのは、バキとカンクロウだった。
「アレは、どういうことなんだ。我愛羅に友達ができたのか?」
「…まぁ、そうだな」
「なんだか雰囲気まで変わった気がするが…」
「変ったよ。もう以前の我愛羅じゃない。アイツは、木ノ葉でナルトに出会って、新しく生きることを始めたんだ。今は、本気で風影を目指している」
「風影だと?…あの我愛羅が?…いったい何のために?」
「何のためにって…そんなの砂の里の復興のために決まってるじゃんか!!」
 カンクロウは、バキの的外れな質問に声を荒げて抗議した。
「そう怒るなって。…テマリから地図を渡された時は、正直驚いたんだ。オレには、その地図を作った当初の目的が分かっていたからな。…アイツは、砂漠を放浪しながら、淡々と風影もろとも砂の里を滅ぼす計画を練っていた。だから、賠償金をアイツが工面するつもりだと聞いた時は、信じられなかったんだ」
「オヤジが生きている頃は、多分そうだったのかもしれないが、今は違う。アイツは、砂の里の事を本気で心配しているし、人柱力としての自分の力を里のために役立てたいとまで言ったんだ」
「そりゃ大きな心境の変化だな。…たった二ヶ月でいったい何があった?」
「まぁ、いろいろとな。だが、一番大きかったのは、復讐の対象としてたオヤジが死んでしまったことだろう。そして、絶妙のタイミングで木ノ葉のうずまきナルトが現れた。まさに運命的な出会いだったんだ」
 バキは、風影の死後、酷く落ち込んでいた我愛羅の忍の本能に火をつけたいと考え、木ノ葉隠れに対する支援任務を命じた。テマリが持ちだした留学の話を聞いた時は、環境を変えることで新しく生きるための目標を見つけてくれればと願い送り出した。我愛羅の変貌は、バキの期待を遥かに超えていたため驚きが大きかった。
…オレの父親は、オレを人柱力にし、こんなろくでもない運命を与えた男だった…
 里に帰ることを拒否して砂漠を放浪していた我愛羅は、バキを睨むと憎悪に燃える瞳でそう言った。
…オレは、父さまが憎い…
 我愛羅は、里の人々を怨み、自分を避けるアカデミーの生徒たちを憎んでいた。しかし、もっとも憎悪していたのは、自分を人柱力にした父である風影だった。それは、我愛羅自身が長い間、無意識に封印していた感情だったが、無人の砂漠という絶対的な孤独の中でその感情は解放された。
…殺してやりたいほど憎い…
 殺意を持つということは、その父との決別を意味した。怒りに震える我愛羅に、バキは言った。
…それなら俺と一緒に帰るんだ。このまま国境警備隊に捕まれば、無駄死にすることになるぞ…俺が、見届けてやるよ。お前がろくでもない運命から抜け出すのを。だから、今は、一旦里に帰るんだ…
 我愛羅は、父親への復讐を果たすためにバキと共に砂の里に戻ることを承知した。
『…あの時も…』
 木の葉崩しの計画を説明した時も我愛羅はどこか上の空だった。とりあえず一緒に行動はしていたが、作戦に対しては協力する素振りもなく、返事もどこかぞんざいだった。挙句の果ては、勝手に試合中に守鶴化し、事前計画を台無しにしてしまった。
『本当は、混乱に乗じて風影を殺すつもりだったのではないだろうか』
 バキは、里を出発するときから我愛羅の挙動不審な行動を見張っていた。木の葉崩しの計画には、バキ自身も元々賛成はしていなかったが、風影と合議制会議の決定には逆らえなかった。今度、上役に逆らって左遷されれば、二度と返り咲くことはないと考えた。我愛羅の行く末を見守るためにも、バキはその命令に従わざるをえなかった。
…オレの情報は、役に立ったのか…
 二か月ぶりに見た我愛羅の表情は、少し大人びたように感じられた。
『風影を目指す…か。…お前が、父親を超えるためには、それが一番いいのかもしれないな』
 バキには、熱砂の砂漠で繭に包まれたまま気を失っていた小さな我愛羅が、やっと自分の足で立ち上がり、大きく羽ばたこうとしているように思えた。
『お前は、風影から与えられたろくでもない運命を自分の力で変えて、新しい人生を切り拓こうとしているんだな』
 バキは、ずっと見守ってきた小さな子供が短期間でたくましく成長していることに思わず微笑んでいた。
「カンクロウ。オレ達ができることは、アイツを支えてやる事だけだが、そこにオレの夢やお前の夢も託すことができるんじゃないかな。砂の里の未来も含めて…」
「ああ…オレもそう思う」
 流れ星が長い尾を引いて落ちると、バキとカンクロウの前にある小さな二つの影もそれに気付いたらしくその方向を指さしていた。
「無邪気なもんだ」
「まったくだ」
 カンクロウとバキは、顔を見合すと笑いながら皆のいる洞窟へ戻っていった。

「やっといなくなったってばよ。お前の兄ちゃんとバキ先生」
「オレのことが心配なんだ。あの二人は…。また、オカッパ頭に冷やかされる」
「ゲジマユがお前を冷やかす?…なんのことだよ」
「なんでもない」
 砂漠の上には、満月が浮かんでいた。その月明かりの下で我愛羅は、ナルトと飽きることなく星を観察していた。


 翌朝、一行は東へと進路を向けた。賠償金の詰まった箱は、バキの部下であるイサゴとレキ、サザレが担いでいた。カカシ班は、小隊を三つに分けるとそれぞれに護衛を割り当てた。さらに砂の忍を一人ずつ配置してイサゴとレキ、サザレの前後左右を固めた。
「ここからまた川の国だ。谷の下を通れば、上から襲撃される恐れがある。ここは、稜線に沿って移動する方がいいだろう」
「了解した」
 一行は、できるだけ固まったまま移動を続けた。とりあえず来た時に一泊した洞窟までがその日の目標地点となった。見慣れた谷を眼下に臨みながら、太陽が間もなく正中に差しかかろうとしていた時だった。突然、谷の一角から白い煙が上がると、それを合図にあちこちで爆発が起き、あたり一帯が煙幕を張ったように真っ白になった。
「トラップだ、気をつけろ」
 お互いの顔もよく見えない状態の中で、四方八方からおびただしいクナイが飛んできた。
「危ないっ!!みんな避けろ!!」
 気配を察したカカシが叫んだ。しかし、到底間に合わないと誰もが思った。
「……!!」
「これは…」
 気が付くと大きな盾に一同は守られていた。
「我愛羅…」
 砂で囲まれた大きな空間を作っていたのは、我愛羅だった。
「視界が悪すぎる。敵の位置が分からない。誰かこの煙幕を風で吹き飛ばしてくれ」
「まかせな」
 カカシの言葉にすぐさま反応したのは、テマリだった。そして、背中の巨大扇子で風を起こすと一気に谷を埋め尽くす煙を追い払った。視界が開けた先には、ずらりと音の忍達が並んでいた。
「来るぞ。半分は、防御に回れっ。賠償金の箱を死守しろ!!」
「力づくで奪おうって作戦か。…大蛇丸の奴、どこまで木ノ葉と砂を愚弄する気なんだ」
 何者かが襲ってくることは、想定内だったが、早速現れたのは大蛇丸達だった。
「ふふ。皆さんお揃いとはね。…相手に不足はないわ」
 大蛇丸が顎で合図をすると、一斉に音の忍達が襲いかかった。数は、およそ三倍。それは、大蛇丸やカブトが各地から集めた精鋭たちだった。
「くそっ!!単純計算しても一人が三人以上の実力者たちを相手にしなければならないぞ」
「この人たち、予想以上に強いです。でも、僕も負けませんよ」
 ガイとリーは、互いに背中を守りながら戦っていた。
「さぁ、来なさい。私たちが、相手よ!!」
 サクラとテンテンは、ともにクナイで立ち回る。
「白眼!!」
「オレのカラスを甘くみたら死ぬじゃん」
 ネジとカンクロウは、大岩に敵を追い詰めていた。
「ザコはほおっておきなさい。目的は、賠償金よ」
 大蛇丸の言葉に我に戻ったように、音忍達の刃は、一斉に箱を抱えている三人に向けられた。
「うあっ」
 始めに箱を奪われたのはサザレだった。
「サスケ!?」
 その言葉に、交戦中の誰もが耳を疑った。だが、太陽を背に人質の首に刀を突き付けていたのは、まぎれもなくうちはサスケだった。
「こいつの命が惜しければ、お前ら二人もさっさと箱を渡せ」
 箱を背負ったイサゴとレキは、顔を見合わせた。
「おい、カカシ、どうする!?」
「まさか、サスケに箱を奪われるとはな…」
 ガイとカカシは、三人の隊長であるバキを振り返った。
「…サザレ、分かってるだろうな」
 バキが、一言そういうとサザレは頷いた。そして、箱を谷に落とすと上着のボタンをはずした。次の瞬間、爆音が響いた。
「自爆!?」
 始めからバキの部下たちは、起爆札を身につけていた。
「……!!」
 驚いたのは、我愛羅だった。
「バキ…なぜだ!?」
「賠償金は、死守するといったはずだ。大蛇丸などには、渡さない。これは、木ノ葉に届ける金だ」
「…金は、まだいくらでも用意できると知っているはずだ。こんなやり方は、認めない!!」
 我愛羅は、バキを睨んだ。
「我愛羅…やり方に良いも悪いもないんだ。あるのは、任務の成功のみだ。オレ達は、決死隊のつもりでこの使節団に参加している」
「………!!」
…最後です…死んでください…
 自爆したサザレの姿に夜叉丸の最後の姿が重なった。砂の忍の命は、そんなにも軽いものなのか!?我愛羅は、部下たちに簡単に起爆札を身につけさせる上忍たちのやり方に嫌悪感を抱いた。それは、昔からある砂の悪しき習慣だった。
「サスケ君…」
 至近距離で爆発に晒されたサスケの身を案じたのは、サクラだった。
「あっちだってばよ…」
 憮然とした表情で指差したのは、ナルトだった。サスケは、いち早く変わり身の術を使い、爆発を回避していた。
「砂瀑の我愛羅、くだらん感傷に浸っている場合じゃない。オレが相手だ」
「お前…うちはサスケ…」
 背後から襲ってきたのは、サスケだった。
「そうだ。…お前の復讐はどうした。もう、心変わりしたのか?」
「……」
「お前はオレに言ったはずだ。…オレとお前は同じ目をしていると…」
「……」
「憎しみの力は、殺意の力…殺意の力は、復讐の力…そうなんだろ?」
 かつて我愛羅が煽ったようにサスケは、そっくりその言葉を我愛羅に返してきた。
「……」
「諦めたんだな。そして、今は、ナルト達と仲良くじゃれ合ってるってわけか。‘砂瀑の我愛羅’が聞いてあきれる」
 サスケは、挑発をやめなかった。
「…闇の力を求めようとするお前…だが所詮、お前では、うずまきナルトに勝てない…」
 我愛羅は、サスケが最も意識している相手がナルトであることを見抜いていた。
「ナルトだと!?オレは、アイツのことなど何とも思っちゃいない。あんな落ちこぼれ」
「…嘘だな」
「何っ!?」
 我愛羅は、動揺するサスケの足元に砂を動かし始めた。サスケは、咄嗟に体勢を立て直すと、至近距離に近づき連続技で我愛羅を攻撃した。
「お前の砂の攻撃は、すでに見切っいる。さっさとまたあのバケモノの力を使うがいい!!」
「…くっ…」
 呪印の力を経てサスケの高速体術は、さらに鋭さを増していた。我愛羅は、その動きに翻弄された。
…そうだ。もう一度、見せろ。…お前とナルトの持つあの‘不思議な力’を…
「サスケッ!!お前の相手は、このオレだってばよ!」
 そこに割って入ったのは、ナルトだった。
「久しぶりだな。ウスラトンカチ…あれから少しはマシになったのか?」
「みんなに心配かけやがって…一体何をやってるんだよ。お前ってばっ!!」
「お前らには関係ない」
 荒みきったサスケの様子に、ナルトは、憤った。
「砂も木ノ葉も、もう終わりだ」
「サスケ…お前って奴は!!」
「来い。ウスラトンカチ。お前らバケモノなんかより、このオレの方が強いことを証明してやる」
…そうだ。もう一度、こいつらの‘あの力’を確かめるんだ…
 サスケは、体中に呪印を浮かび上がらせると、チャクラを練り背中から翼を生やした。
「サスケッー!!」
「ナルトッー!!」
 あの終末の谷の対決が再び行われようとしていた。
「やめて!!サスケくん!!ナルト!!」
 叫びながら立ちはだかったのは、サクラだった。サスケは、構わずに突っ込んで来る。
「…きゃあー!!」
 咄嗟にサクラの体を掴んだのは、柔らかい砂の腕だった。
「…砂?」
 サクラは、その砂の腕に見覚えがあった。だが、以前とは違い、それは、自分を守ってくれている。
「ちっ。邪魔が入ったか。だが、今度は、避け切れないぞ」
 サスケは、再びチャクラを手のひらに貯めると崖の上からもう一度ナルト目がけて駆け降りた。
「危ないナルト!!」
 ナルトは、いつの間にか大きな岩に追い詰められていた。
「死ねぇ!!ナルト!!」
「くそっ。螺旋丸が間に合わねぇってばよ」
 ナルトは、咄嗟に低く身を屈めた。
「何!?」
 サスケの千鳥は、ナルトの頭上を掠めるとその大岩を打ち砕いた。
「うわっああ」
 ナルトは、上から降り注ぐ瓦礫を避けようと必死にもがいた。
「ナルト!!」
 我愛羅は、素早く両手で印を結ぶと全身からチャクラを放った。
…この感じ…あの時の…
 サスケは、我愛羅が尾獣化を始めたことに気が付いた。
「こい。今度こそ決着をつけてやる」
 サスケは、右腕と尻尾を変化させた我愛羅に写輪眼を向けた。
「我愛羅…サスケ…サクラちゃん…」
 ナルトは、薄れゆく意識の中で仲間の名前を呼んだ。

 

「まさか…これは」
 一部の戦場に巨大なチャクラが発生すると、あちこちで戦っていた忍たちもその異常さに気が付き始めた。
「このチャクラ…我愛羅なのか?」
 始めに気が付いたのは、バキだった。
「ありえねぇじゃん。ここで守鶴化するなんて」
 目の前の敵を一網打尽にすると、カンクロウも、慌てて我愛羅のいる戦場へと走った。すでに全身が変化していた。
「大変だ。もしも完全体にでもなったら、この狭い谷では、敵も味方も皆殺しになる」
「皆、戦闘をやめて避難しろ!!ここにいては、危険だ」
 バキは、撤収を命じた。カンクロウは、我愛羅の前に立つうちはサスケに気が付いた。
「アレは…サスケか」
「お願い。早くナルトを救い出して!!この岩の下敷きになってるの」
 側で叫んでいたのは、サクラだった。
「ナルト!?」
 カンクロウは、事態がつかめず守鶴化した我愛羅と、サクラ、そして、サスケの姿を交互に見た。すると砂煙が舞いあがり、岩を持ち上げた。ナルトは、砂のまゆに包まれ無傷だった。
「我愛羅は、ナルトを守ろうとしてあの姿に…」
 ようやく事態が呑み込めてきたカンクロウは、舌打ちした。
「我愛羅、やめろ!それ以上、変化するな!!ナルトは、無事だ」
 カンクロウは叫んだが、我愛羅はやめなかった。いや、やめられなかったのだ。
「まずいな。親父が、死んだ今、アイツの暴走を止められる奴がいない…」
「どういうことだってばよ」
 ナルトは、カンクロウの深刻そうな表情に気が付くと、ますます巨大化する我愛羅を見上げた。


「尾獣が現れたぞ!!」
 巨大化した守鶴に気が付くと戦場は大混乱となった。音の忍びたちは、砂の怪腕に押しつぶされ、逃げ惑う者は尻尾でなぎ倒された。
「洞穴に隠れろ」
 カカシとガイは、小隊を避難させた。
「こうなっては、我愛羅と守鶴のチャクラが尽きるまで誰にも止められん。お前たちも避難するんだ」
 カンクロウとテマリを誘導したのは、バキだった。
「戦場で見るとまさに圧巻だな」
 腕組みをしたまま見上げていたのは、使節団長のリュウサだった。リュウサもまた、砂を使う忍だった。
「危ないですから、こちらに避難してください。今の我愛羅には、敵も味方も関係ないですから…」
「いや。そうでもなさそうだよ。バキ。あれを見てご覧よ」
 リュウサが指さした方向にナルトが立っていた。
「危ない!!何してるんだ。あのガキ!!」
 今にも踏みつぶされそうな場所でナルトは立ったまま我愛羅の名を叫んでいた。そして、守鶴は、ナルト側の足を軸にして、反対側ばかりを振り回していた。
「どうやらまだ我愛羅には、理性があるようだな…」
「はぁ…そうでしょうか。オレには、よくわかりませんが…」
 姿形は、いつもの完全体だったが、よく見るとこれまでの守鶴とは少し何かが違うような気がする。
「そういえば、瞳が星形じゃない。…あの緑色の瞳は、我愛羅の目だな」
 咆哮とともにひたすら周囲の岩や壁、木々をなぎ倒すその時の守鶴は、緑色の瞳をしていた。
「引き上げるわよ。このままだと全滅しかねないわ」
 大蛇丸は、撤退命令を出した。
『これが人柱力の力か。予想以上だな』
 初めて目にする尾獣の力にカブトは、目が離せなかった。それは、想像をはるかに超えた圧倒的な存在だった。
「どうやら口寄せで出てくる妖獣とは、根本的にチャクラの量と質が違うようだ…」
「カブト。サスケ君を頼むわ」
「そうでしたね」
 カブトは、本分を思い出すと、あたりを見渡した。そして、岩陰に身を潜めているサスケに気が付くと手招きをした。サスケは、首を横に振った。守鶴化した我愛羅が、血眼で探しているのは、まさにサスケだった。カブトがそれならと谷を指差すと、サスケもやっと頷いた。そのままV字谷に下りてしまえば、川伝いに逃げることができるはずだった。巨大化した我愛羅の目をかすめるには、狭い谷を利用することが得策だった。用心しながらサスケは、ひらりと谷に飛び下りた。
「見つけたぞ。うちはサスケ!」
 我愛羅は、まき散らした砂でサスケの気配を感知すると谷底に向けて真空弾を放った。
「くそっ!!」
 轟音とともに高圧縮された空気の玉が、谷に沿ってサスケを襲った。そして、衝撃で吹き飛ばされた小さな体は、岩壁に激突した。
「やれやれ…大蛇丸様のための大事な体だっていうのに…自覚がないんだから…」
 カブトは、気を失ったサスケを回収した。戦場から敵の気配が消えると我愛羅は、守鶴化したまま、下から叫ぶナルトを振り切るように谷を飛び越えて風の砂漠の方に走り去った。
「待てよ、我愛羅っ!!いったいどこに行くつもりなんだってばよ!!」
 ナルトは、叫びながら我愛羅の後を追った。


 嵐が去った戦場に取り残されたのは、賠償金の入った箱を抱えたイサゴとレキだった。
「終わりましたね」
「はぁ…死ぬかと思った」
 それから徐々に洞窟に隠れた者たちが、崖の上に集まってきた。
「ありましたよ〜!!」
 谷底でネジとリーが、サザレがけり落とした箱を見つけた。一同は、お互いの無事を確認し合った。だが、ナルトと我愛羅の姿はなかった。
「大丈夫だ。ナルトに任せよう。我愛羅君は必ず一緒に戻って来るはずだから…」
 カカシは、確信を持ってカンクロウにそう言うと隊列を整えるよう命じた。そして、使節団長のリュウサの許可を得て一行は、そのまま行軍を続けることにした。
「オレは、ここで我愛羅を待つ」
 カンクロウは、一人残ろうとしたが、カカシは、首を横に振った。
「今、あの子を連れ戻せるのは…おそらくナルトだけだ。それに今夜の野営先を二人は知っている」
「だが…」
「行こう。カンクロウ」
 カンクロウは、バキに促されしぶしぶその場を離れた。突然、我愛羅が守鶴化してしまった事、そして、逃げるように戦場を離脱してしまった事、その理由を誰よりも先に知りたかったのだ。
「すみません。我愛羅がまた勝手なことを…」
 バキは、リュウサに詫びた。そして、どうやってこの場を取り繕うかと思案した。
「なぜ謝るんだい?我愛羅は、人柱力として立派に役目を果たし、使節団を守ってくれた。お陰で賠償金も無事だったんだよ。むしろ活躍を誉めてやりたいと思っているのに…」
 リュウサは、先ほどの交戦について感想を述べると、心配顔のバキの横で満足そうに笑った。
「しかし、おそらく我愛羅本人は、そうは思っていないはずです」
 バキは、我愛羅が戦線を離脱した理由を自己嫌悪だと考えていた。まさかこんな所で暴走するなど、我愛羅の予定にはなかったはずだった。
「心配ない。帰ったらオレが我愛羅をねぎらってやるから…そのためにオレがいるんだ」
「はぁ…」
 年の割には、太っ腹な上役にバキは、安堵した。これがもしも別の上役ならもっと違う評価をしたに違いなかった。
…リュウサ殿が団長でよかった…
 バキは、我愛羅を支える人材を探していた。そして、目の前の上役もその候補者の一人としてリストに入れたいと考えた。


「我愛羅、どこに行くんだってばよ!」
「来るな。ナルト」
 我愛羅は、断崖まで来ると、チャクラが尽きたのか元の姿に戻った。そして、副作用で倒れそうになっていた。
「…オレは、二度と守鶴化をしないつもりだった…」
「でも、お前は、オレやサクラちゃんを守ろうとしてアイツの力を借りたんだろ?」
「…理由は何であれ、オレは、怒りにまかせて暴走したんだ。自力では、もとの姿に戻れないと知っていたのにあんなに大勢の仲間たちがいる狭い谷で…そして、皆を危険にさらした」
「バカ言うな」
「こんなオレに風影になる資格など…あるはずがない」
 我愛羅は、そこまで言うと意識を失ったまま後ろ向きに倒れた。足元には深い谷底が広がっていた。
「危ないっ!!」
 ナルトは、影分身をしながら落ちていく我愛羅を追った。
「口寄せっ!」
 そして、人差し指を噛むとガマブン太を呼び出した。ガマブン太は、咄嗟に状況を判断すると、慌てて崖から突き出た木に片腕で捕まった。そして、自分の頭上にいるナルトと我愛羅に気が付いた。
「なんじゃ、またお前か。ナルト。いくら契約したゆうても毎回毎回こんな危ない場所に呼び出されたら命がいくつあっても足りんぞ。…ところで、なんで、守鶴の霊媒が一緒におるんじゃ?」
「ちょっと訳ありだってばよ。それより、ガマ親ビン、ついでにオレたちを安全な場所まで頼むってばよ」
「まったく、わがままなヤツだな。このツケは、そのうちきっちり払ってもらうけんのぉ」
 ガマブン太は、ドスの聞いた声でそう恫喝すると崖を蹴って谷の中腹にある洞穴の前に飛び降りた。
「ここでええのか」
「うん。ありがとな」
「じゃあな。近頃の若い奴は、年上をこき使う礼儀知らずナラ。どないなっとるんや」
 ガマブン太がぼやきながら消えた後、ナルトは気を失ったままの我愛羅を抱えて洞穴の中に入って行った。
「我愛羅…大丈夫か?」
  カカシも写輪眼を使った後は、よく昏睡するが、我愛羅も守鶴化するたびにこんな状態になるのだろうか。同じ人柱力でも、随分、九尾とは、憑依の仕方が違うようだ。
「…ナルト」
 心配しているうちに我愛羅が目を開けた。ナルトは、いつものように笑いかけようとして慌てて口を結んだ。
「お前、いつからそんなに気弱になったんだってばよ。…まだ何も努力しないうちにもう投げ出すのか?」
 ナルトは、わざと低い声で不機嫌そうに言った。
「………」
 我愛羅は、一旦開けた目を閉じた。ナルトは、そんな我愛羅に一瞬、態度を緩めようとしたが、がまんした。
「なぁ、我愛羅。オレたちは、自分の存在を里の奴らに認めさせるために火影や風影を目指すんじゃなかったのか?」
「…ナルト…」
「オレもお前も普通じゃねぇ運命を背負っちまってる。でも、今更どうしようもねぇ。だからこそ、強くなろうと決めた。なのにあんなことぐらいで諦めるなんて根性なさすぎなんだよ。…大体、お前は、オレと違ってあんな風に部分的に変化したり、完全体になったり尾獣を操れる。オレよりもコントロールできてるくせに贅沢なんだよ。そんなお前が、風影になれねえんならこのオレは、どうなるんだってばよ」
 ナルトの説教は、論点がずれていた。だが、我愛羅には、それが、精いっぱいのナルトの励ましの言葉だと分かった。
「オレは、いつか完ぺきに九尾をコントロールしてやる。そして、火影になってやるってばよ」
「お前…まさか今まで一度も九尾化したことがないのか?」
 我愛羅は、ナルトに素朴な質問を返した。
「ねぇよ。…だってさ、オレの九尾は、やたらと厳重に封印されてるんだってばよ。そんなこと、怖くてできかっよ。でもさ、オレってば、アイツからチャクラを分捕ったことがあるってばよ、家賃かせーとかいってさ。うん。アイツ、ひびってたぞ」
 途中からは、作り話っぽかったが、我愛羅は、おもわず苦笑した。
「九尾からチャクラを奪い取ったのか」 
「ああ。ほんのちょっとだったけどな。実は以前、お前とやり合った時も最後の方は、アイツの力を使ったな。だから、あの時、お前に勝ったのはオレじゃなくて九尾なんだ」
「違う…オレはお前に負けたんだ。…ナルト、お前には、大切な者たちを守るという強い信念があったから勝てたんだ」
「えっ?オレってば、自分の力で勝ったのか?…でへへ…なんか照れるってばよ。我愛羅にそんなこと言われると…」
 すっかり不機嫌を忘れているナルトに我愛羅は、もう一度苦笑した。そして、自分の心もいつの間にか穏やかになっていることに気が付いた。
「すまなかった。…前言を撤回させてもらう。お前との約束をオレは守る」
「うん。我愛羅。それでこそオレの知ってる砂瀑の我愛羅だ」
「…ところで、さっき言ってた尾獣化せずにチャクラだけをもらう方法とはなんだ?」
「んー…改めてそういわれると…えっと、確かオレには、なんか赤いチャクラと青いチャクラがあって…赤がアイツのチャクラで青がオレんで…そんでもって自分のチャクラを使い切ると赤いのが出てきて…そんでもって口寄せしたら、初めは、尻尾が生えたオタマジャクシみたいなのが出て…で、死ぬって思ったらなんかいきなりガマ親分が出てきてさぁ…でも調子悪いとガマ吉なんかが出てくるし…って、あれっ?オレ一体何の話してたんだっけ?」
「…要するにお前にもよくわからないってことなのか…」
「…ってことだな」
 尾獣については、ナルトも我愛羅も詳しくは知らされていなかった。ただ共通しているのは、幼いころから、怒りや恐怖といったネガティブな感情が心に満ちると、その憎しみを引き金に尾獣が意思を表すことだった。我愛羅の場合は、無意識に尾獣化したため、それを抑える術を訓練された。やがて、自分の意思で変化できるようになると、風影は敵を殲滅するためにタヌキ寝入りの術を伝授した。だが、その術を使うと我愛羅は、守鶴のチャクラが尽きるまで自力では元の姿に戻れなかった。尾獣のチャクラだけを利用する方法は、以前から各里で研究されていたが、その研究成果は各里の最高機密として伏せられていた。
 


「まったく我愛羅の奴…」
 カンクロウは、洞窟がある岩場のてっぺんに登り、ずっと西側の谷を見張っていた。間もなく日が暮れようとしていたが、我愛羅たちは戻ってこなかった。あれから、使節団は、地元の山賊と、田舎の盗賊団に出くわしたが、一番心配していた‘暁’が、ついに姿を見せなかったことに彼らは、ほっとした。そして、予定時刻を少し回って洞窟にたどり着いた。そこには、砂隠れを出発した時とは違い、サザレという砂忍の姿がなかった。
『…こんなやり方は、認められない…か』
 バキは、責めるように睨んだ我愛羅の瞳を思い出した。自爆は、砂隠れでは慣習だった。だから、多くの砂忍が、いざという時に備えて鎖帷子の上に起爆札をまとった。それは、砂隠れ独自の機密を守る意味も持っていた。
『だが、オレとて朝、一緒に出発した部下が、夕方にはもうこの世の何処にもいないという事実に心が痛まないわけではない』
 バキは、我愛羅のことを心配する自分たちと同様に、サザレにも彼の帰りを待つ家族がいることを知っていた。
『…確かアイツには、年老いた母親がいたはずだ…』
 砂隠れに戻れば、その母親に息子の死を伝えなければならない。バキの心は、重かった。
「ただいまだってばよ」
 夜半になって皆が寝静まった頃、ナルトと我愛羅が洞窟に帰ってきた。
「…お帰りナルト。我愛羅くん」
 入り口で月を見ていたカカシが、小声で二人を出迎えた。
「遅かったな」
 テマリは、我愛羅とナルトに夕食を差し出した。
「賠償金も無事だったし…音の忍も追い返せた。さすが砂瀑の我愛羅だな」
 リュウサもまた岩壁を背にして彼らを待っていた。そして、バキに約束した通り、さりげなく我愛羅の働きをねぎらった。
「さすがに疲れたってばよ。おい、我愛羅…こっちが空いてる」
 ナルトは、前回と同じ場所に毛布を広げると我愛羅を手招きした。
「お帰り。ナルト、我愛羅君。怪我はしてない?」
 いつもとは違い優しく声をかけたのは、サクラだった。
「お帰り」
「お疲れ様」
「ゆっくり休めよ」
 寝ているはずの仲間たちが、皆、ナルトと我愛羅に声をかけた。皆、寝たふりをして本当は、彼らの帰りを待っていたのだ。
「なんだよ。皆、起きてたのか!?わざわざ物音を立てないように気を付けてたのに…」
 カカシも意外な顔をした。
「いいえ。ガイ先生とリー君は、爆睡してますよ」
「…ま、朝に強い二人だからね。そのまま寝かせといてあげて」
 洞窟の中には、猛獣がいるような低い寝息が聞こえていた。
「これが木ノ葉と砂の絆か…」
「あの砂瀑の我愛羅が、木ノ葉の連中となじんでいるなんて…」
 驚くバキや砂忍たちにカカシがにっこり微笑んだ。
「まぁ、砂隠れと木ノ葉は同盟国ですからね…」
「………」
 守鶴化したことで帰りづらい思いが我愛羅の中にはあったが、思わぬ歓迎に我愛羅は、心の中で感謝した。
「あれ?カンクロウがいない」
 気が付いたのは、ナルトだった。
「あっ…忘れてた」
 テマリは、もう一人の弟が崖の上で二人の帰りを待っていることを思い出すと慌てて呼びに行った。
「痛ってぇ…」
 その時、ナルトが、小さな叫び声を上げた。見ると岩肌にぶつけたのか指先から血を流している。我愛羅は、その手を掴むとそっと指先を口に咥えた。

…体の傷は確かに血が流れて痛そうに見えるかもしれません…でも時が経てば自然と痛みは消え薬を使えばさらに直りは早い…しかし厄介なのは心の傷です…治りにくいことこの上無い…ただ一つだけ心の傷を癒せるもの…ただこれは他人からしかもらうことができません……愛情は、自分の身近にいる大切な人に尽くしてあげたいと慈しみ 見守る心…

『…夜叉丸…やっと…オレにもわかった気がする…』
 我愛羅は、自分の横で照れたように笑ううずまきナルトをじっと見ていた。そして、その笑顔が、どこかあの日の夜叉丸に似ていると思ったのだった。


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