学園天国
アカデミーは、我愛羅たちの私邸からほど近いところにあった。丸くて大きな建物は、砂の里では、標準的な形の建造物だったが、もともと侵入者の方向感覚を狂わせることを目的に設計されていたため入学したての新入生は、よく校内で迷子になった。カンクロウは、我愛羅の入学を知ると、やっとあの小生意気な弟の優位に立てると張り切って我愛羅を迎えに行ったが、思わぬ反撃をされてしまった。自分を兄と思っていない弟、その原因を作ったのは、他ならぬカンクロウだったのだが…。
我愛羅がヒョウタンを背負って初登校してくる姿をカンクロウは三階の窓から見ていた。心配した通り異質なものを嗅ぎつけた生徒たちが、早速に我愛羅を取り囲み始める。よく見るとその輪の中心となっているのは、悪評の高い最上級生たちだった。そして、彼らは、すぐに我愛羅を挑発し始めた。
「おい。お前、初めてみる顔だな」
「なんだよ。そのヒョウタンは。でっかい水筒だな」
「見ろよ。こいつ、眉なしだぜ」
「額に派手な刺青入れてやがるぜ。生意気なチビだ」
彼らは、初めて見る我愛羅の姿を面白がっていた。
「…どけ」
我愛羅は、低い声でそう言うと、不愉快な言葉を投げつける上級生たちを睨み上げた。彼らは、皆、馬鹿のように笑っていた。
「今、なんて言ったんだ?それが上級生に対する態度かよ。礼儀ってもんを知らないのか?」
「……」
我愛羅の足元の砂が静かに動き始めていた。しかし、あいにく風の強い日だったので誰もそのことには気が付いていなかった。
そして、一番背の高い少年が、いきなり我愛羅に殴りかかった。しかし、その手が殴ったものは、我愛羅の顔ではなく堅い砂の壁だった。我愛羅を取り囲んでいた生徒たちは、表情を失った。足元から立ち上った砂が、我愛羅の周りに盾を作り生き物のようにうごめいていた。
「…ま…まずいじゃんか」
カンクロウは、傍観者を決め込むつもりだったが、そうも言ってられない状況にあわてて階段を駆け下りた。
「……」
我愛羅が無言で一歩足を踏み出すと、人垣は、一斉に後ずさり我愛羅の前に一本の道を作った。ごくりと唾を飲み込む音が、それぞれの耳朶に響く中、一人静かに我愛羅は歩き出した。そして、そのまま全員が建物の中に入っていく我愛羅の後ろ姿を見送った。
「おいおい、なんだお前ら無事だったのかよ。良かったじゃん」
駆け付けたカンクロウの声に生徒たちは、やっと我に返るとまるで幻術から覚めたように互いの顔を見合った。
「カンクロウ。あいつ、一体何者なんだよ」
拳をさすりながら、我愛羅に殴りかかったヤサオが、涙目でカンクロウを見た。
「俺の弟じゃん。砂瀑の我愛羅、聞いたことあるだろ。よろしく頼むな」
「砂瀑の…我愛羅…って、あの人柱力の?」
「ああ。みんな知ってんじゃん」
「あんなチビが…我愛羅なのか?」
砂瀑の我愛羅の名前をこの砂の里で知らないものはいなかった。しかし、その姿を実際に見たものは少なかった。それは、我愛羅の行動範囲が極めて限定されていたことと、見たものがそれを訴える前にその口を永久につぐんでしまったケースが多かったことに由来する。
「すげぇ殺気だ。殺されるかと思った」
悪評高いボス格のヤサオが、手をさすりながらつぶやいた。
「あいつは、特別なんだ。背負ってるもんが俺らとは、違いすぎるのさ。だから、つまらないことにあいつを巻き込まないでやって欲しい」
いつもは、邪悪なカンクロウが、この日は善良に見えるほど生徒たちの血は、瞬間冷却されていた。校門をくぐって十数歩、まだ、建物に足を踏み入れてもいないうちから我愛羅の存在は、アカデミーにとって大きな脅威となった。
「でも、あいつに集団生活なんてできんのかな」
カンクロウは、我愛羅の学校生活を想像し一人ため息をついた。どう考えても仲良くお勉強というタイプではない。これまでは、ほとんど父である風影か、または、基礎的な忍術は、夜叉丸が我愛羅に教えていた。
「あいつ、ついこの間までは、もっとおどおどした感じだったのに…」
ぽつりとつぶやいたのは、足にギプスを巻いた少年ツチノだった。
奇妙な子供と遊んではいけない。彼らの親は、事あるごとにそう言った。いつも一人でブランコに乗っている不気味な子供、あれは、砂を操り人を殺すバケモノだと教えられた。そして、噂通り本当にその砂に追いかけられ、足を折られてしまったのだ。
「お腹が痛い…」
カシケは、夜遅く、薬を持って詫びに来た我愛羅を戸口で追い返してしまった。恐怖は身体的不調という形で現れ、カシケは、その場にうずくまった。そして、間もなく迎えに来た親に伴われて早退した。彼は、それきりアカデミーに来なくなった。
「これが、新入生誓いの言葉だ。今からこれを読み上げて、風影さまに宣誓しなさい」
我愛羅は、歴代の風影の石像が並ぶ部屋で担当教師オトカゼから一枚の紙切れを渡された。目の前には、父である四代目風影が立っていた。
「私は、入学に当たり、次の三つのことを風影と砂の里の民に誓う」
「一つ、私は、里を愛し、その平和と繁栄に寄与する忍となることを誓う」
「二つ、私は、不撓不屈の精神を有し、たゆまぬ努力と研さんに励む忍となることを誓う」
「三つ、私は、里のために身命を賭す忍となることを誓う」
我愛羅は、宣誓書を一瞥すると風影を見た。その不自然な沈黙と微妙な空気が二人の間に流れ始めるとあわててオトカゼは、我愛羅のそばに寄った。
「どうしたかな。まだ字が読めなかったかな?小さい子たち用に、一応ふりがなを振ってるはずだけど…」
「……」
オトカゼが取り成していると、いきなり我愛羅が紙を破いた。
「えっ?」
「宣誓などしない」
「それは、どういう…」
教師の質問が終わらぬうちに我愛羅の小さな体は、容赦なく壁に叩きつけられた。あまりの速さに何が起こったのか、オトカゼには分からなかった。そして、次第にそれが四代目風影から発せられた疾風塵であることに気がついた。我愛羅は、砂の防御により大怪我こそ免れたが、かなりのダメージを負っているようだった。
「お…おやめください。風影様」
微動だにせず仁王立ちしている風影にオトカゼは、あわてて進言した。
「……」
我愛羅は、かろうじて顔をあげると風影を睨んだ。衝撃で口の傍を切ったらしく血が出ていた。
「逆らうことは、許されないと知っているはずだ」
風影は、冷たくそう言い放つ。
「……」
「忍になるのがいやなら今すぐお前を殺すまでだ。里を守る気のない人柱力は、生きている価値すらない」
「風影様…。なんというご無体な…」
とても親子とは思えない会話にオトカゼは、たじろぐばかりだった。
我愛羅は、諦めたように目を瞑るとそのまま気を失った。
「医務室に連れて行け。回復したら教室に戻せ」
風影は、そう言い残すと倒れた我愛羅をそのままにして出て行った。オトカゼは、慌てて我愛羅を抱き起こすと、医務室まで運んだ。そして、驚く医療班に引き渡した。
「確かこの方は、ウチの班の夜叉丸がお世話していた我愛羅様では…」
「夜叉丸は、昨日死んだんだ。…この子の暗殺を風影様に命じられて、この子の手にかかって…」
ベッドに横たわる我愛羅は、まだほんのちいさな子供だった。人柱力として、里の希望の星として、皆がその誕生を見守ったのは、わずか6年前のことだ。それが今や実の父親にまで疎まれる程の里の脅威となりつつあった。
点滴を施され、打撲の手当を受けた我愛羅が目を覚ましたのは、それから一時間後のことだった。
…忍になるのがいやなら、今すぐお前を殺すまでだ。里を守れない人柱力には、生きている価値すらない…
我愛羅の中で父の言葉が、反芻する。
…だから、夜叉丸にボクを殺させようとしたのか…
昨日の今頃、まだ夜叉丸は、我愛羅の頭を撫でていた。一昨日の今頃は本を読み、その前日は、一緒に星を見ていた。
「夜叉丸は、もう…いないんだ」
…ボクが、殺してしまったから…
「大好きだったのに…」
…どうして…どうしてボクは、人柱力なんだろう…
我愛羅の目に涙がにじむ。それは、次第に瞳からあふれ、こめかみを伝い流れ落ちた。
…生きている価値が、ボクにはないんだ…
そうだ。皆が口々に言っていたではないか。お前は、バケモノだ。いらない…死んでしまえと…。あれほど、多くの人たちから、繰り返し聞かされていたことだ…。何を今さら…でも、聞きたくなかった。承知してしまえば、死ぬしかなかったから…。
夜叉丸に襲われた時もそうだった。ただ、死にたくなかった。夜叉丸を殺すつもりなど毛頭なかった。だが、自分が生きるためには、誰かが代わりに死ななければならなかった。目の前に敷かれた修羅の道は、他ならぬ敬愛する父親が我愛羅に与えたものだった。
「うっ…うっ…」
我愛羅は、嗚咽が漏れないように唇をかみしめると、一人声も立てずに泣いた。涙がとめどなくあふれ胸がかきむしられるように痛んだ。
「このクラスに来るんだって」
「えー!マジ?」
やがて、オトカゼに伴われて我愛羅が教室にやってきた。その日を境にクラス内には、絶えず緊張が走り授業中の私語や居眠りがなくなった。なぜか一様に皆の態度も礼儀正しくなり、清掃をさぼったり、当番をスッポかすものも激減した。そうやって遠巻きにしながら、彼らは全員で我愛羅を監視していた。
「我愛羅を怒らせたら、殺される」
それが、彼らの合言葉となった。昼間の緊張のせいか、夜は、疲れて死んだように寝る子供が増えた。代わりに早起きするようになったので、親と教師は、喜んだ。しかし、恐怖による支配は、やがて子供たちの心身を蝕んだ。
「だんだん欠席する子が増えていますねぇ…」
初めは我愛羅のクラスから体の不調を訴えるものが増え、やがて、さざ波のように広がり同期の三分の一が欠席するようになった。さすがに教師陣もあわて始めた。
「我愛羅さまが同級生を殴ったとか、蹴飛ばしたとかそんな事実はありません。彼は、いつも物静かだし、目上の者には礼儀正しい。成績も三代目風影さま以来の優秀な生徒だと言える。心配された守鶴の暴走も今のところ問題ない。普段の振る舞いも優雅で無駄がありません」
元来、父・風影より受け継いだ忍としての天性の素質に加え、幼いころからの英才教育により我愛羅は、すでにアカデミーで学ぶ大半の内容を身につけていた。心配されていた集団生活への適応も、周りが協力的な態度を示す限り問題なかった。しかし、初日の登校事件以降は、我愛羅に話しかけるものはおらず、いつも孤立していた。
「よう、我愛羅。集団生活うまくいってるようじゃん。俺もテマリも安心したよ」
アカデミーに通い始めてしばらくして、カンクロウは、校内の食堂で我愛羅に陽気に話しかけた。問題が起きていないことイコール楽しいこととは違ったが、カンクロウとテマリにとっては、もめごとを処理するお役目が回ってこないことは、平和で楽しいことだった。
「そうそう、お前、友達できたか?」
カンクロウは、調子に乗ってそう聞いてしまった。
「うっ…うっ…」
我愛羅は、突然うめきだすと、頭を抱えた。
「我愛羅!どうした。大丈夫か?」
苦しみだした我愛羅の様子に、カンクロウは、ただ事ではない雰囲気を察した。
…人は、親しく近づき…やがて、オマエを殺す。…油断させて…心を開かせ…殺しに来る…
…父や…夜叉丸がそうだったように…・もう誰にも心を許してはいけない…
…彼らは、心を食い…お前の存在をずたずたに引き裂き…なぶり殺す…
「我愛羅。しっかりしろ。頭、痛いのか?」
カンクロウは、小声でぶつぶつと何かを言っている我愛羅を揺さぶった。すると、突然、我愛羅は目を見開いてカンクロウに向き直った。瞳孔が収縮していた。
「お前もオレに殺されたいのか」
一見穏やかそうに見えたのに、以前と少しも変わっていない我愛羅の態度にカンクロウは驚いた。てっきり順調に過ごしていると思っていた学校生活も、本当はうまくいっていなかったということなのか。校内で見かける我愛羅は、いつも一人でいる。それが、普通だと思っていた。だから、時々見かけてもできるだけ声をかけずにそっとしておいた。我愛羅は、一人でいるのが好きなのだろうと考えていたからだ。
「しかも、この態度だ。どう考えたって、一人でいるしかないじゃん」
孤立するのは、我愛羅が悪い。自業自得だとカンクロウは、思った。なぜなら、カンクロウは、人柱力ではなかったし、身内に殺されるような経験もしていなかった。
やがて、我愛羅が入学して一年が経つ頃、校内の生徒たちも我愛羅の精神的な危うさに気付き始めていた。
「アイツやっぱり変だよ。…なんか、いつも誰かと小声で話してるんだ」
「この間は、一人でクナイ持って笑ってたよ。なんか手に血が着いてたみたいだし…気味悪いよ」
我愛羅自身も、ここのところの精神的な不調に悩まされていた。昼夜を問わず、いつも誰かが話しかけてくる。不眠症のせいもあり、初めは幻聴かと思ったが、それは、耳というより脳の奥深いところから確かに囁きかけてくるのだ。ある時は、母の声で…ある時は、しゃがれた老人の声で…。その言葉を無視すると、ひどい頭痛に襲われた。何かが頭の中で暴れている、脳を食いちぎり、神経を舐めまわす、それが日増しに強くなって行くのだった。
…かわいそうな我愛羅…ひとりぼっちのお前…大丈夫、私たちがいるから…
「話しかけているのは、オレの中に封印されている守鶴なのだろうか…」
初めは、母の声が聞こえ、受け答えしているうちに老人の出現率が高くなっていた。彼らは、優しかったし、慰めてもくれた。
「オレの中の守鶴が、外に出たがっているのか?」
誰にも聞けなかったし、誰も教えてはくれなかった。声の正体は、おそらく守鶴だろうと我愛羅は察した。まだ、その姿を見たことはなかった。引きずり込まれると分かっていても、つい答えてしまう自分がいた。なぜなら、彼らは、我愛羅が欲しているものを熟知しており、心の隙を突いて話しかけてくるのだ。そして、それに身を任せていると、なぜか安心した。彼らは自分の一部であり、決して自分を殺しに来ることはない。彼らと共存することで生きていける。その思いは、我愛羅を絶対的な孤独から救っていた。
それは、夜間合同演習の日に起こった。
演習は、日が沈んでから砂漠と岩場がある演習場で行われた。我愛羅は、満月を背にして一人で岩場の上に立っていた。この日の演習は、二軍に分かれて陣地に立てられた旗を奪うという戦に見立てたものだった。夜間のため、岩場は、身を隠す分には都合がよいが、足元が危険で動きは、自然と制限された。我愛羅は、岩場に陣を張るグループに所属していた。カンクロウ、テマリは、砂漠に陣を置くグループだった。地形を最大限に利用し、迅速に任務を遂行することは、忍としての基本だった。演習が始まり、生徒たちが動き始めた。一番高いところに立っている我愛羅からは、彼らの動きが手に取るように分かった。砂を使って岩場に近づこうとする者たちの足を滑らせる。いつもと違って同時に複数の敵を把握して対応を迫られる作業は、それなりに楽しみを与えていた。未熟な生徒たちを殺してしまっては、さすがに不味いこともあり、手加減する方に気を使った。同じグループの半数以上が、砂漠に下りて敵陣に迫っている様子も我愛羅には見えていた。
「造作もない」
我愛羅のいるチームは、防御を我愛羅に全面的に任せた形で攻撃に集中していた。まもなく旗にたどり着き終了するだろうと思った矢先のできごとだった。前方に意識を集中させていた我愛羅の背中に向けておびただしいクナイが投げられた。砂の盾が我愛羅の後ろで発動し、気付いた我愛羅が振り返ると、今度は、前方からも手裏剣が多数飛んできた。
「アカデミーの生徒たちが…?」
全員で自分を殺しに来たのかと一瞬考えたが、クナイが投げられた方向に生徒はいなかったはずだ。
「では、教師が…?」
一年前の出来事が、我愛羅の脳裏をよぎった。夜叉丸は、我愛羅の世話係兼家庭教師でもあった。
…また、風影に命じられて、誰かがオレを殺しに来たのか?
「カンクロウ…まさかテマリ?」
親しいものが使わされる。それは、対象を油断させて暗殺の成功率を高める。そして、例え暗殺に失敗しても、裏切られたという精神的なダメージが与えられる。
…残酷な方法だ…
我愛羅は、相手の位置を感知すると、そのまま素早く砂で岩場に隠れた敵を追った。どうやら、刺客は二人組らしい。
「逃しはしない」
どんなに隠れていても感知タイプの我愛羅には、彼らの位置がすぐにわかってしまう。そのまま二方向に分かれた刺客を同時に砂でとらえると、身動きができない彼らを圧死させた。正体は、あえて確かめなかった。確かめたくなかった。
…やらなければ、やられる…それだけのことだ…
目の前では、岩場チームが砂漠チームから旗を奪って、意気揚々と凱旋していた。敗れた砂漠チームは、お互いに文句を言いながら、岩場チームの生徒と肩を組んで一緒に引き上げてくる。その中に、我愛羅は、カンクロウとテマリの姿を見つけた。
「…違った」
なぜかホッとした我愛羅だった。では、先ほどの刺客は誰だったのだろうか。我愛羅は、気になり刺客の元に瞬身の術を使って移動した。かろうじて顔が判別できる状態で死んでいる忍の覆面をはがすと、それは、いつも我愛羅に食事を作ってくれていた給仕係のタスケだった。もう一人の方にも移動し、確認すると、やはり、屋敷で古くから働いていた年老いたマサ吉だった。
「どうして、彼らが?」
『風影さまからの命令です。心のどこかで私は、あなたを怨んでいたのかもしれません』
夜叉丸の言葉が、蘇った。
…父さま…これが、あなたのやり方なのか…
繰り返される悲劇に我愛羅の心は、引き裂かれるように痛んだ。親しくすれば、その者が刺客となり、また、自分の元に使わされる。父は、どこまでも自分を追い詰めて自ら死を選ぶようにさせたいのだろうか。しかし、砂の盾がそれを許さないことを誰よりも知っているはずだった。遺体のそばに落ちていたマサ吉の額当てを手に取ると、我愛羅は老人の開いたままの眼を瞑らせた。
「ひ…人が死んでる」
引き上げてきていたアカデミーの生徒の一人が、我愛羅の足元に倒れている老人を見てそう叫んだ。
「じいちゃん!!」
駆け付けた生徒の中には、マサ吉にすがりつく者がいた。そして、我愛羅が手にしていた老人の額当てを奪い取ると叫んだ。
「この人殺しのバケモノがっ!オレのじいちゃんを返せ!」
守鶴の発動はなかった。我愛羅は、身を守るために自分の力で戦った。ただ、圧倒的な能力は、それだけで異質であり、人は、原因よりも結果を重視した。
…今、生きているのは、オレ。死んでいるのは、マサ吉…
「おーい。こっちにも遺体があるぞ」
遠くから誰かが叫んでいた。そして、また、誰かが泣き声をあげている。
…オレは、敵を殺した…そして、彼らの家族を殺した…
「我愛羅…」
呼びかけたのは、テマリだった。
「また、刺客に襲われたのか」
状況をいち早く察知すると、茫然と立っている我愛羅の血まみれの手を拭おとう掴んだ。しかし、それは、すぐに払われ我愛羅は、背を向けると一人岩場から姿を消した。
「まあまあ、今、事情を説明するから…。慌てるなって言ってるじゃん」
カンクロウも事態を納めようと、ざわめき立つ生徒たちを必死でなだめた。
「なあ…大丈夫かな」
その夜、カンクロウとテマリは、二人で我愛羅の部屋を窓越しに見つめていた。
「ちょうど、一年前の満月じゃん。夜叉丸が、死んだのって…」
「ああ。私もそれを考えていたところだ」
「タスケの作るハンバーグは、美味かったのになぁ…」
「マサ吉は、私の扇子のカナメを修理してくれたんだ」
なんで彼らが刺客に選ばれてしまったのだろう。
「なぁ、テマリ。あの二人に我愛羅がやれると思うか?」
「…無理だな。100人いたって無理だ」
「なら、なぜ…」
…父さまは、本当に我愛羅を殺そうとしていたのだろうか…
テマリの中に疑問がわき起こった。夜叉丸は、中忍だった。それなりに、実力もあり、一時は、風影の側近を務めたこともあった。しかし、何より、我愛羅にとっては、親代わりであり、家庭教師だった。そんなものを刺客に使う父の意図が、テマリには理解できなかった。
「変だな。どう考えても…」
彼らの中に不安がよぎる。
…もしかしたら、いつか、私たちも…
考えたくないことだった。我愛羅は、圧倒的な存在だったし、我愛羅の暗殺を命じられたものは、おそらく皆、死ぬ。テマリは、身震いした。考えれば、考えるほどそれは、カンクロウと自分のこれからを暗示するようで、不安になるのだった。
…上手くやったじゃないか…何を気にすることがある…人殺し?笑わせるな。忍の存在自体が、人を殺すためにつくられたものだ。今日、お前をののしった奴らは、やがて躊躇することなく皆、人を殺すようになる。また、そうしなければ、忍の世界では生きていけぬ。なにを悩むことがある…・お前は、誰よりも強い。誰もが持ちたいと願っている力をすでに持っているし、この先、それは、お前次第で無限のものとなる。だから、その力をもっともっとうまく使え。そうすれば、誰よりも強く生きていける。この世界は、お前にひれ伏す。
我愛羅の頭の中で老人が何度もそう言った。しわがれた声はどこかで聞いた事があったが、ずっと思い出せなかった。
…マサ吉の声だったんだ…
守鶴は、身近なものの音声を使い囁いてた。食事をつくり、衣服を整え、部屋を整える者たち。我愛羅に仕える者は、沢山いた。たった一人で生きているように思えても、多くの人たちが、その暮らしを支えていた。その身近な者たちが、一人ひとり憎悪を持って自分を殺しに来るのだとしたら…。
…オレの存在とはなんだ…
我愛羅は、改めて自分の存在意義を問わずにはいられなかった。
Copyright(C)2011 ERIN All Rights Reserved.