外伝  風花(かぜはな)                    


「我愛羅か…」
 夜半、小さな気配に気がつくと、バキは、目を瞑ったまま左手で上掛けをはぐり、隣を空けた。我愛羅は、冷たい体をその空間にもぐりこませた。
「…遅かったな」
 砂漠に雪が降る夜、我愛羅は、バキを探した。バキは、我愛羅のために、部屋のカギをかけない。そして、いつも何も言わずに我愛羅を受け入れた。
「俺は、もう少し眠る。温まったら勝手に出ていくといい…」
 我愛羅は、黙ってうなずく。鳩尾のあたりに回されたバキの左手に自分の左手を重ねると、バキは、ゆっくりと腕を入れ替え、我愛羅の左手を上から握った。そして、寝返りを打つたびに低い声で「じっとしていろ」と呟き、我愛羅を抱き締めた。
 やがて、耳元にバキの規則正しい寝息が聞こえてくると、我愛羅は安心して体から力を抜いた。人の温かさを背中に感じると、浅い眠りが訪れた。
 夜が明けるころ、我愛羅は、そっとバキの腕の中から抜け出した。バキは、まだ眠っているようだった。
 バキの左顔は、いつも布に隠されていて見えなかったが、それは、戦争で死んでしまった妻子が、バキの顔を忘れてしまわないように彼らに持って行かせたのだと言っていた。だから、バキはいつも右側を下にして眠っていた。
 外に出ると、白みかけた空から、雪が花弁のように舞いながら降ってきた。
 我愛羅は、吐息の白さを確認すると、まだ、誰も踏んでいない砂の上を一人歩いた。後には、小さな足跡が残った。

  獅子王さまから頂いたイメージ画


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