辺境警備4〜ジンの荒野


「おかしいな。そろそろ基地が見えてもいいころなのに…」
 夜が白みかけたころ、彼らは第三中央方面砂漠部隊基地の姿が確認できる場所まで来ていた。だが、いくら目を凝らしても彼らの前には延々と広がる砂漠が見えるだけだった。
「あれ?あそこ、なんか小屋みたいなのがありますよ」
「おい、なんか展望台に似てねぇ?」
 砂の上にぽつんと見慣れた形の建物があった。建っているというよりは、それは砂の上に置かれていると言った方がわかりやすい状態だった。
「いや、間違いない。あれは展望台だ」
 サテツも確信した。だが、彼らが普段上り下りに使っていた梯子部分は、砂にすっぽりと埋まってしまっており、部屋に当たる部分だけが地上にでていた。
「じゃあ、基地は?みんなは?」
「おそらく砂の下だな」
 彼らは、展望台の東側に換気塔を見つけるとその周辺を掘った。
「ここだ。確かこの下に屋上に出る非常用ハッチがあるはずだ」
「…下がっていろ。オレが砂を動かす」
 我愛羅は、三人を下がらせると両手を広げて屋上部分にあった大量の砂を空中に浮かせ、それを離れた場所に移動させた。
「凄いよ!!アカゲ!!こんなことができる奴、オレ、初めて見たよ」
 セキは、我愛羅の忍術に目を丸くすると大きな拍手をした。次第に本領を発揮していく我愛羅にツブサは、口を半開きにしていた。
「同じ下忍とは思えないよ。やっぱ、アカデミー本校出身の奴って村の分校の奴らとは違うよ」
「あれ?お前ら、アカデミーの同級生だったんじゃなかったのか」
 ツブサは、セキの懐きぶりからてっきり彼らを昔からの知り合いだとばかり思っていた。だが、実際、彼らは三週間前に初めて出会い一方的に懐いていたのはセキの方だった。しかし、何かと行動範囲が同じな為二人は始終一緒にいるように見えていた。我愛羅も一生懸命話しかけるセキに対しては、出来るだけ受け答えをするように心がけていた。それは、木ノ葉の里でナルトから学んだことでもあった。
「オレは、ここから一日半のところにある村の分校出身なんだ」
 広大な面積を持つ風の国には、あちこちのオアシスにアカデミーの分校があった。砂漠にすむ若者たちは、第123演習場で毎年行われる卒業認定試験を目指して分校で基礎を学んだ。そして、卒業後は、正規部隊に配属されることを夢見ていた。中でも砂の里での勤務は、砂漠に住む者たちのもっとも憧れる勤務場所だった。セキは、憧れと羨望の眼差しで我愛羅を眩しそうに見ていた。
「ハッチがあったぞ」
 サテツは、その蓋を開けると薄暗い中の様子を窺った。周囲は日が昇り次第に明るくなっていた。
「ここは、砂に埋没しても崩れないように頑丈に作ってあるから、換気塔さえ表に出てれば中の皆も生きているはずだ」
 非常用電源が作動したらしく内部はオレンジ色の光が点燈していた。サテツを先頭に一同は階段を下りると正面の扉を開けた。
「あっ、サテツさん。よかった。助けに来てくれたんですね」 
 部屋の中には、砂漠で四人の遺体を始めに見つけたアリの部下であるギリスがいた。
「どういうことだ?これは」
「竜巻ですよ。夜中に突然襲って来てびっくりしました。建物は大揺れするし…てっきり地震かと思いました。皆、寝てたもんだからそのまま閉じ込められちゃって…頼みの屋上ハッチは、中から開かずこのまま生き埋めかと思いましたよ」
『…アイツは、やはりこちらに移動していたのか』
 どうやら我愛羅が砂漠でジンに遭遇し、まもなく襲われたようだった。ジンは砂漠を彷徨う間にも仲間を連れ去った敵に対して憎悪を高めたに違いなかった。
「でもなぜなんだ?」
 サテツは、魂の器と呼ばれていた精霊ジンにチャクラを抜かれた四忍の遺体がないにも関わらずどうしてジンが基地を襲ったのか不思議でならなかった。
「わかりません。でも、声が聞こえました。仲間を返せって。そして腹いせみたいに大量の砂を基地の上にぶちまけて行きやがったんですよ」
「復讐のつもりかもしれんな。まずは被害状況の確認だ。人的被害、物質的被害、どうなってる?」
「それが、指示を出すはずのウエシタ部隊長がずっと見当たらないんです」
「なんだって?指令室じゃないのか?」
「いませんでした」
「まさか外に出てたわけじゃないだろうな。もしそうなら砂に埋まって窒息してるぞ」
 サテツと我愛羅は、指令室周辺を探した。それから、ウエシタが立ち入りそうな場所として通信室や調査室、医療室と探したが、何処にもウエシタの姿はなかった。そして、思いもよらぬ場所で彼らは奇妙なものを見つけた。
「これは…」
 廊下でフクロウが死んでいた。サテツは、そのまま真っ直ぐに進んだ。その先には伝書鳥の飼育小屋があるはずだった。
「…ここだ」
 感知したのは我愛羅だった。
「ウエシタ部隊長」
「お前たち…戻ったきたのか」
 ウエシタの足元でもフクロウが三羽死んでいた。
「どういうことだ?」
「フクロウは、全部で4羽いたんだ。ウエシタ部隊長は、お前を演習場に行かせるために嘘をついた」
「…そんなことをしなくてもオレは、始めから行くつもりだった…」
「……」
 顔を反らしているウエシタにフクロウの死骸を突きつけるとサテツは、冷めた声で言った。
「アンタは、証拠隠滅を謀ろうとしてフクロウを始末したのか。失望したよ」
 ウエシタは、何も言わずにうつむいていた。
「…待て」
 我愛羅は、フクロウのランドセルに異物を感知すると中から黒い石と磁石を取り出した。
「これは…ゲンブの体の一部のようだが、なぜここに?」
「それは、遺体収容袋からこぼれ落ちた残骸だ。先ほどハズクが拾って届けに来た。これがあれば、ここが襲われる。だから、フクロウに取り付けて砂漠に飛ばそうとしたのだ。磁石を入れたのは、フクロウの方向感覚を狂わせるためだ。そのまま飛ばせば、こいつらは各施設に飛んで行ってしまうからな。だが、準備をしているところに竜巻が来て、驚いたフクロウたちが壁に激突して死んだんだ」
「部隊長、アンタ…」
「オレにはもうこの基地しかない。だから、ここを守りたかったんだ。だが、このざまだ」
 ウエシタは、無念そうに机を力一杯殴った。その衝撃で義手が肩から外れ床に落ちた。
「何もかもお前のせいだ。我愛羅。お前が守鶴化してオレの灰色オオカミの胴体を殺しオレの両腕を奪った。そして、こんな姿のまま、オレに子を失った悲しみを背負わせて中途半端に生きながらえさせた。お前は、そうやってオレの復讐戦を弄んだんだ!!」
 ウエシタは、心に貯めていた憎悪を我愛羅にぶつけた。
「…オレがアンタに留めを刺さなかったのは、アンタが、ミギとヒダリの父親だったからだ」
「黙れ!!お前にミギとヒダリの何がわかる。お前は、本当のあの子たちに会ったこともないというのに…」
「ウエシタ隊長。今は、そんな思い出話をしている場合じゃない。竜巻はもう一度ここを襲ってくるはずだ」
 二人のやり取りに割って入ったのは、サテツだった。だが、ウエシタは、構わず続けた。一度堰を切った思いは止められなかった。
「もう一度だと?なら、今度こそ終わりだ。ここは、砂に埋まる…柩のように完全にな」
 そして、吐き捨てるように言った。むしろその破滅こそを待ちかねているようだった。
「本当にそれでいいのか?…ここには、アンタの息子たちと同じ年頃の部下たちが大勢いる…そして、アンタなら何とかしてくれると信じている」 
 ウエシタは、その言葉にはっとした。彼を頂点とするこの砂漠基地には、50名以上の忍達がいて、今や遅しと部隊長であるウエシタの指示を待っているはずだった。
「今すぐ彼らを連れて逃げろ!!」
「…お前…」
「アイツは、オレが食い止める…この命に代えても…」
「なぜ、お前がここを守ろうとする?…:来たばかりのお前が一体なぜ?」
「仲間を死なせないためだ」
「我愛羅…」
 砂漠で初めて対峙した時、人柱力であるその小さな子どもは修羅の様に殺意と狂気を漂わせていた。そして、チャクラを解放して守鶴化すると、あっという間にウエシタが口寄せした灰色オオカミを引き裂いた。それは到底人間の所業とは思えない仕打ちで、ウエシタは絶望と恐怖を感じながら意識を失った。その殺戮者が、目の前で信じられない言葉を吐いていた。
「お前は、これまで躊躇なく人を殺す砂の殺人兵器だったはずだ。なのに何故そんな偉そうな言葉が吐けるのだ?それを語る資格がお前にあると思っているのか!!この砂のバケモノが!!」
「…過去は変えられない。だが、生き方を変えることはできる。…オレは、この手につながる大切な者たちを守りたいだけだ」
「…守るだと?」
「そうだ…オレは、その為に生み出された人柱力だ」

『ナルト、オレは今ようやくこの強すぎる圧倒的な力をどのように使えばいいのかわかった気がする…』

 ずっと苦しかった
 巨大なバケモノの力が自分に封印されている理由がわからずに…
 ずっと悲しかった
 ただ、忌み嫌われ、差別され…避けられることが…
 ずっと認めたくなかった
 誰からも必要とされていないこと…存在する価値がないと思われていること…

…一人ぼっちの…あの苦しみは…ハンパじゃねーよな…お前の気持ちは…なんでかな…痛いほど分かるんだってばよ…

…初めて共感する者が現れたあの時…交わす言葉は少なかったが、オレは悟った…

…オレの中にあった苦しみや悲しみ…痛みや辛さ…

…オレと同じ傷を抱えたナルト…

…自分にとって大切な者たちを守る…それが本当に強いって事だってばよ…

 我愛羅は、まっすぐにウエシタを見ていた。ウエシタは、立ち上がると器用に足で義手を装着し部屋を出ていった。そして、大きな声を張り上げると砂漠に避難する指示を出した。
「オレはお前と残るよ。俺たちは、同じチームだからな」
 サテツは、皆の避難を確認すると、我愛羅の側に戻ってきた。側には、セキやツブサの姿もあった。
「いや、ここからはオレが1人でやる」
「アカゲ…無茶だよ。基地をこんなにしちまう奴だ。一緒に逃げた方がいいって」
「そうだよ。シムーン並みの凄い竜巻だよ。人の力ではどうしようもないよ」
 セキやツブサの心配をよそに、我愛羅は首を振った。
「…人の力を超えたもの…オレにはそれがある…だからそれを使う」
 我愛羅は、二人をサテツに任せると、自分の部屋に走った。そして、衣装箱から宝石の入った布袋を取り出すとポケットに入れた。その時、偶然壁にかけたナルトのゴーグルが目に留まった。
『…ナルト…』
 それは、ナルトが木の葉丸に渡し、木ノ葉丸の手から我愛羅に渡された物だった。我愛羅は、額当てを外し皮ベルトの腰の位置に巻くと代わりにナルトのゴーグルを装着した。
「…オレに力を貸してくれ…ちゃんと砂漠基地の皆を守れるように…」

 我愛羅は、屋上に上がるとゲンブの破片を手に掲げ空に向かって叫んだ。
「見えるか!!お前の仲間はここだ。早く連れに来い!!」
 声を聴きつけたように東の空は、見る見る暗くなり漏斗上に雲が引き伸ばされた。我愛羅は、砂に乗って自ら竜巻に向かっていった。
…ナカマヲ カエセ…
 低い声が、響き渡り空気を震わせた。
「受け取れ!!」
 我愛羅は、布袋をポケットから取り出すと竜巻の中に投げ込んだ。布袋は、あっという間に渦に巻き上げられると花火のように色とりどりの宝石を飛び散らせた。折しも砂漠に避難していた者たちは、太陽に反射してきらきらと輝くその光景に驚きの声を上げた。そして、逆光に浮かぶシルエットを指差した。
「砂に乗って空を飛んでるぞ!!あの新入りだっ!」
「なんで下忍のくせにあんなことが出来るんだ!!?」
「アカゲって、いったい何者なんだよ!?」
 口々にその正体を詮索する声が聞こえた。
「アカゲは、砂を自在に操る事ができる忍なんだぞ。すごいんだぞ!!」
 セキが、自分の事のように我愛羅を自慢した時だった。基地上空で青く輝く石がスパークすると、雷鳴が鳴り響き大粒の雨が降り出した。
「大変だ。アカゲが落ちてる!!」
 始めに気が付いたのは、ツブサだった。基地は、雨で洗われ元の姿を覗かせようとしていた。そして、その上空に墜落する我愛羅の姿があった。
「砂が濡れて飛べなくなったんだ!このままじゃ展望台に激突する!!」
「うおぉぉぉぉっ」
「セ…セキ!?」
 ツブサの横で突如、セキがうめき声を上げた。
「お前…一体…」
 セキの顔から、曲がったくちばしが生えると同時に緑の翼に黒い班のある翼が羽ばたいた。
「…きょ…巨大なセキセイインコ!?…セキの奴…血継限界の一族だったのか!?」
「アカゲ!!危ない」
 我愛羅は、落下の途中で柔らかい何ものかに受け止められた。
「…お前…」
「うん。オレ…セキだよ。アカゲ。黙ってたけどハゲタカのヨークは、オレの腹違いの兄貴だったんだ。でも、アニキは、一族の中でもやたらと強くて…オレは、弱虫の役立たずだってずっといじめられてたんだ。…こんなだし…臆病だし…でも、少しはアカゲの役に立ったかな?」
 我愛羅は、自分が一羽の美しい翼を持った鳥の背に乗っていることに気が付いた。
「セキ…お前のお陰で命拾いした」
 水滴を羽の表面ではじきながら、セキは、雨の中を突っ切り、晴れている空間に移動した。基地の周りには、雨水によってできた幾筋もの小川が現れ風下に向かって小さな池を作っていた。
「まるで小さなオアシスだね…」
 やがて、暗雲は去り空が明るくなると、大きな虹が基地の上空に架かった。
「オレ、虹なんて初めて見るよ。絵本の中でしか見たことがなかったけど…」
「…オレは、木ノ葉で何度かみた…」
 我愛羅は、セキの背に立ち砂漠の上に巨大な弧を描く光の橋を見上げた。それは、先ほど去って行ったジンからの謝礼のようにも見えた。
「竜巻、また襲ってくるのかな」
「いや、もう、来ないはずだ」
…ダイジナ ナカマ ヤット ミツケタ…
「アイツは、探していた仲間と一緒に行ってしまった」
「どういうこと?」
「アイツは、青い石を探していたんだ。そこに仲間が封じ込めてたらしい」
「青い石?…それ、多分ゲンブさんの仕業だよ。あの人は、人やチャクラを石に変える能力があったから。妖獣とか魔物退治が十八番だったんだけど、時々、手加減できずに基地の仲間を石にしちゃったこともあって…みんな怖がってたんだ」

…クサリヘビガ ノミコミ ドコカニ カクシタ…

「アニキたち‘西の砂漠の四忍’は、いつでも一緒だったんだ。戦う時も、基地にいる時も、砂漠で死んだ時も…オレ…それだけは、うらやましいって思ってた」
 セキは、乾いた砂の上に降り立つと元の姿に戻った。その横顔は、何故か少しさびしそうに見えた。
「仲間ならお前にもいる」
「アカゲ…」
 我愛羅は、ゴーグルを外すと砂を払った。その額には、くっきりと緋文字が浮かんでいた。だが、セキが振り向いた時は、既にいつも身の額当てを巻き緋色の文字は見えなくなっていた。 


「今年の新人、レベル高ぇ〜」
 我愛羅の空中飛翔とセキの変身を見せられた基地の忍達は、ため息交じりで称賛を送った。彼らが城壁や建物に囲まれた砂の里の中でそれを見せられていれば、異なった感想を持ったかもしれなかったが、ここは、朝の光があふれる開放的な砂漠の中だった。
「最近のアカデミーでは、飛行忍術を教えるのか。オレ達の時代とは随分カリキュラムが変わったようだ」
「岩隠れの土影は空を飛ぶらしいが、ついに砂忍も空を制する時代が来たというわけだな」
「風を操るんだから空を飛べても不思議はないのかもな。あの二人、お前の部下だろ?サテツ。オレに紹介しろ」
 砂漠パトロール隊のアリもまた、サテツの隣で感嘆の声を漏らしていた。


 基地の皆から感心されていることも知らずに、セキと我愛羅は、ツブサの「素朴な質問」攻めにされていた。
「青い色以外の石も飛び散ってたよね…さっき」
「……」
「どうして全部、ばら撒くかな。青い石ってわかってるんだから青い石だけでいいだろ?」
「他にもチャクラを感じる石があった」
「そこだよ。いくつかあったとしても、それ以外は、本物の宝石だろ。勿体ないじゃないか〜。下から見てたけど、お前がばらまいた宝石は、ここの忍全員が一生もらう俸給より高いよ」
「俸給?」
「給料だよ。そのためにオレたち働いているんだぞ」
「……そうなのか?」
 我愛羅には、凡そ俸給という概念がなかった。風影邸では、必要なものがある時は、一言呟けば、大抵すぐに差し出されるのが常だった。
「心配ない。オレが、全部拾うよ。どうせ毎日暇だし…あっ、ほら、見っけ。これってエメラルドだよね。ラッキー!!」
 早速、砂の間で光っている緑色の宝石を一つ拾うとセキは、目をキラキラと輝かせポケットに入れた。
「あっ、ずるい。オレだって視力じゃ誰にも負けないぞ」
 ツブサは、さっそく腰を落とすと砂を凝視した。
 やがて避難していた仲間たちも次々に砂漠基地に戻ってきた。その中には、ウエシタの姿もあった。


 一週間後、我愛羅は、ウエシタに呼び出された。指令室には我愛羅の武勲を評価する勲章と褒美の品が届いていた。
「由良が合議制会議に報告したようだ。…おかげでオレの面目もたった。礼を言うべきかな」
「…必要ない…アンタもオレも自分の仕事をしたまでだ」
「そうか…だが、これは受け取れ。…お前宛だ」
「……」
 差し出された箱を受け取る我愛羅の目に壁に掛けられた双子の写真が止まった。今回の件で多少汚れていたが、見知った笑顔が、そこには写っていた。
…この状況からすると、かなりの班がすでに脱落したかもしれませんね…
 灼熱の砂漠の中、ヒダリは、涼やかで聡明だった。
…でも、僕らは最後までやれますよ。我愛羅さまが一緒だから…
 ミギは、時折弱音を吐きながらも最後まで明るく陽気だった。
 彼らの面ざしは、目の前にいるウエシタによく似ていた。
「…アンタには、感謝している」
「感謝だと?」
 予期せぬ我愛羅の言葉にウエシタは、顔をあげた。
「オレにアカゲという新しい通り名をくれた」
「勘違いするな。オレは、お前に本名を名乗らせたくなかっただけだ。お前が‘砂瀑の我愛羅’で、オレを叩きのめした人柱力であることを知れば、上下の区別がつかなくなるからな。オレは、自分の為にお前の存在を明らかにしたくなかったのだ。バキの事もずっと恨んでいた。アイツは、オレが、お前の事など早く忘れてしまいと知ってるくせにお前をここによこした」
「そうか…だが、オレは、皆にアカゲと呼ばれる事が嬉しかった。ここでは皆が、普通に声をかけてくれる。だからアンタにずっと感謝していた」
「……」
「…ごく短い期間だったが、オレは、ミギとヒダリにも感謝していた。彼らは、人柱力であるオレを恐れずに仲間として接してくれた。ヒダリは聡明だったし、ミギは明るく陽気だった。だから、本当の彼らにも会ってみたかった…彼らの顔や声は、アンタによく似ていた」
「……」
 指令室を出た我愛羅の耳にウエシタの嗚咽が小さく聞こえた。それは、息子を守ろうとして必死で戦ってきた父親の姿でもあった。


 自室に戻り褒美の品を開けてみると、上役のリュウサが書いた手紙が同封されていた。

 多くの罪を持つものは、罪の少ないものより愛が大きい。
 そして多くを愛したものは赦されるという。
 今回、第123演習場と第3中央方面砂漠基地にいた総勢、200名以上の忍たちの命が、お前の判断と行動のお陰で救われた。
 俺たちは、お前の働きを高く評価している。
 かたくなな砂の里の人々にも、いつかきっとお前の心が届くはずだ。

 包みの中身は、標準服のベストの上からでも忍具を装着できる薄紫色のベストだった。手配したのはカンクロウだったが、我愛羅は、それを合議制会議を通して支給されたのだった。


 翌日、サテツ小隊は、基地周辺の砂漠の中に居た。
「おっ!お宝発見!!…今度のはでかいぞ」
 砂漠の中で宝石を拾うとセキは、嬉々として大声をあげた。
「なんでセキばっかり…くそう。遠くならよく見えるのに…砂ばっかりだ」
 ツブサは、イライラしながら何度も目をこすった。
「ねぇ、サテツ隊長。三つに一つは自分のものにしていいってルールにしてくれたら、オレ、益々モチベーション上がるんだけど」
「だめだ。コレは、里の復興にとあの‘西の砂漠の四忍’がアカゲに託したものだぞ。最後まで自己利益など考えずに奉仕の精神に徹するんだ!」
「意欲減退…」
「その代わり多く拾った者には、ウエシタ司令から中忍選抜試験への推薦状が出るらしいぞ」
「えっ…?本当に?」
「なら頑張ってオレも探そう!」
 寝転がっていたツブサもその声を聞くと、張り切って砂の中に目を凝らした。
「サテツ…その気になればオレは、種類別に一気に回収する事ができるんだが…」
「ダメダメダメ…」
 我愛羅の申し出を一蹴するように横に首を振ったのはサテツだった。
「お宝探しは、刺激の少ない砂漠での新しい娯楽なんだから、お前は黙って見てればいいの。いいか…オレ達のお楽しみを邪魔するなよ」
「……」
「さあ、頑張るぞ。なんたって砂の中から小石を探すのは、得意中の得意だからな」
 小鳥が殻の多いえさの中から実の入った粟だけをくちばしでついばむように、セキは、誰よりも熱心に砂の中の宝石を探していた。

−砂瀑の我愛羅へ  御無礼海容  砂隠れの復興を衷心より切に願う  西の砂漠の四忍−

 それは、一度も砂の里に足を踏み入れることなく生涯を西の砂漠に捧げ、そして現在は、誰もいない砂漠で眠る四人の忍達が残した彼らの心の欠片だったのかもしれない。


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